第六章6 『8人目の守護神』
ほのかは、建物の陰から現れた助けに安堵し、膝から崩れ落ちる。
そうしている間にも、孝樹は激しい衝突音を響かせながら、シャドウを壁に押し付け引き摺りまわした。真美も力なく壁に寄りかかりながら、その様子を見ていた。最後に一際大きな音と、小さな叫び声を発すると、二人は動きを止めた。孝樹は目をぎらつかせ、息を切らしながら問いただした。
「はぁ……、てめえは、誰だ?こんなところで何してやがる」
砂埃が晴れると、そこには苦しそうに顔を歪めるシャドウの姿。しかし、そんな表情も束の間、孝樹の顔を見て、不敵に口の端を吊り上げる。シャドウは答えた。
「良いねその顔。こちらだって頑張った甲斐があったってもんだ」
次の瞬間、シャドウの袖口から、おびただしい量の糸が出現し、孝樹はシャドウから無理やり引き剥がされる形となった。糸に絡まれないように、急いでその場から飛び去る孝樹。その間に自由になったシャドウは糸を伝って場所の移動を始め、最終的には巨大な繭の上へと着地した。孝樹は繭の方のシャドウをじっと見つめる。シャドウは高笑いを始めた。
「君が、俺を君たちの敵だと考えているのなら、それは正解だ。でも、この騒ぎを起こした直接的な首謀者であるって言う意味なら、残念ながら、不正解と言わざるを得ない」
手をふらふらと揺らしながら、シャドウは続けた。
「君たちの目指すべき諸悪の根元は……この繭の中に」
シャドウの指先は、まっすぐ繭の方へと向いていた。しかし、孝樹はそれを聞いても表情ひとつ変えることはなかった。
「はあ?お前なに言ってんの?この騒ぎの原因を突き止めるのと、お前がほのかたちを泣かせたのは別問題だろ?だから俺はお前を先に斬る!」
孝樹はそう宣言すると、再び羽根を広げて、一直線に向かっていく。片手には大剣。目標はシャドウだった。距離を詰めて切りかかる。一太刀いれたかに見えたが、あと少しのところで、かわされる。孝樹は間髪いれずに、体勢を立て直すと両の腕の力で思いっきり剣を振り落とした。孝樹の手に伝わる確かな感触。よく見ると、シャドウに糸で固めた盾に塞がれていた。返り討ちに蹴りを入れられる。ただそれだけの動作にも関わらず、孝樹が体を曲げて衝撃を吸収しても、それは孝樹を地面へと蹴り落とすには十分な破壊力だった。
「ちょっと待ってよ。俺はわざわざ教えてあげたのに。俺がこんなことを言うってことは、もう君たちには興味がないってこと。わかる?あとは憎愛の復讐劇なり、感動の救出劇なり勝手にやっててよ。そう言うことで、じゃあね」
そういうとシャドウはあっという間に遠くに姿を消した。
「逃がすか!」
「待って!」
孝樹が再び追いかけようとすると、後ろからほのかがそう叫び、孝樹を引き止めた。
「追うのはやめて。あいつ変な力使ってくるよ。……私のことは大丈夫だから気にしないで。そんなことより、あの繭を壊して欲しい。中に光流がいるはずだから。彼を助ければ、全て終わるはずだから」
孝樹はほのかの話を聞いて、その動きを止める。その顔にはすこし驚きの表情も見えた。
「そうか。わかった。あの中に光流がいるって話が本当なら、話したいこともあるんだ。そうか……諸悪の根元が光流って言うなら、タイミング的に俺のせいでもあるんだよな」
孝樹はゆっくりとそう呟きながら、繭の上に降り立った。
「斬撃」
孝樹は剣を横に走らせると、切り口を作った。何度も何度もするうちに少しずつその中が見えてくる。頭が見えてきた。顔が見えてきた。ほのかの言うとおり、それは光流だった。
「おい、光流。大丈夫か?」
孝樹の声に答えるように、光流はうっすらと目を開けた。光流は孝樹の顔を認識すると軽く首を縦に振る。それを合図に、孝樹は一気に繭を切り進め、ほのかといっしょに中から光流を引っ張り出した。光流といっしょに糸が何本か絡み付いていた。それを全て切り落とすと、光流は急に力が抜けた様に前のめりに歩き出す。数歩進んだところで、ボーンの変身を解除していた孝樹に支えられて動きを止めた。
「大丈夫か?」
孝樹は声をかける。しかし、返事はなかった。その直後、彼の顔に鋭い痛みが走った。ぼんやりとした意識の中、目の前の状況を確認して整理すると、すぐに理由がわかった。ーー光流が孝樹の顔を殴ったのだ。光流は息を荒げて言った。
「何をしに来た……誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」
そう言いながら、再び孝樹に迫る光流。一瞬、ほのかの制止が入るも、気にせず力任せに押し倒すと孝樹の胸ぐらをつかんだ。孝樹は心配そうにほのかに視線を移したが、すぐに光流に目を戻すと眉間にシワを寄せた。光流は堪えきれずに叫んだ。
「何だよその目は?俺は知ってるんだよ。お前は俺のことが嫌いなんだろ?そうなんだろ?さっきだってそう。俺に食って掛かってきたじゃないか。お前がいなければあの時もうまくやれてたはずなんだ」
光流は言った。孝樹は返した。
「その通りだよ。はっきり言って今のお前は嫌いだ。十年前の、子供の時と比べてずっと変わってしまったお前はな」
「そんな言葉で話を濁すんじゃねえ。十年も経てば誰だって変わるさ」
光流がそう返すと、孝樹は声をさらに大きくした。
「そんなことを言ってるんじゃない。わからないならはっきり言うぞ。お前はクロが死んでから変わってしまった。俺はお前のことを昔から知っている。だから、その変化がなおさら心配だったんだよ。お前はあの時から少し暴走気味だった」
光流もさらに力を込める。
「暴走だと?一生懸命に問題に対処する俺の行動をお前はそういう風に見ていたのか?」
「そうやってお前はいつも下らない意地を張って自分を省みようとはしなかった。お前がいなくなったクロの代わりに守護神の新しいリーダーになろうとしていたのは気づいていたさ。けれどお前の目にはいつもクロの影が写っていた。目標を持って行動するのは否定はしない。でもな、誰かを目標にするときは憧れを持ってするものであって、お前のように妬みを持ってはダメだ。そんな感情で埋め尽くされると、心が狭くなって、弱くなってしまう。」
「お前に何がわかる?孝樹は子供の時からうまく立ち回って、どんなやつとも友好な関係を築ける器用さをもってたし、刻だって喧嘩に強いってだけでみんなから頼りにされていた。俺だけがなんの取り柄もなくて常にみんなより一歩遅れてた。そりゃ妬みもするだろう。俺だけが劣ってるんだから」
「お前は劣ってるんじゃなくて、成長しなかっただけだ。憧れは相手の良い所を浮き彫りにして自分の悪いところを実感させる。でも、妬みを持ってしまうと、相手の悪いところを探しだして、自分の良い所と比べて喜ぶような人間になってしまう。それじゃ結局何も成長しないんだよ。光流だってそうなりたい訳じゃないんだろう?だから、お前は少し暴走してただけって言ったのはそういうことだ」
確かな感触はなかったものの、少しだけ光流の握りしめている手の力が弱くなった気がした。そこで、孝樹は切り出した。
「光流、これ覚えてるか?」
孝樹は折り畳まれた布切れのようなものを差し出す。少し汚れていて、所々埃もついていて、さっき棚の奥から引っ張ってきたような古びたものだった。孝樹がそれを広げると、一メートル四方ほどの大きさになった。光流はハッとする。隣で様子を見ていたほのかも驚いたような表情を見せたあと、懐かしいものを見る目付きになった。
「それって……」
目についたのは、布切れにかかれた文字。中央には太い字体で『守護神』とかかれていた。それは間違いなく、十年前に光流たちがつくったものだった。よく見ると『護』という字のつくりの部分が間違っている。
そして、余白には八個の書き込みがあった。当時のメンバーの字だった。光流は自分のものを反射的に探していた。そして、見つける。
『このメンバーが最高メンバー!みんながいれば最強ムテキ!! ひかる』
当時の光流たちはこれを『旗』と呼んでいた。守護神が結成されて間もない頃、自分の思いを書き綴ったものである。今となってはその存在すら忘れてしまっていたものだった。光流は少し恥ずかしさを覚えながらも、小さい頃の歪んでいないまっすぐな気持ちを、そこから感じることができた。
確かに孝樹が言うことは間違っていない。光流自身も自分が行っていることは完全に正しいことだとは思っていなかった部分もある。むしろ、そういう迷いを消すために、独断で物事を進めてきた。それを暴走というのなら、孝樹の表現は的を得ていた。
本来のスタンスとは遠くかけ離れた今の自分。どこから歪んでいったのだろうか。
「ごめん……」
光流は涙を流して、膝から崩れ落ちた…………
◇◇◇
ーーとあるビルの中、歩く影が二つあった。
「この建物はこの人で最後だ」
久慈原乱は怪我をした人の補助をしながら、広間へとやって来た。そこにはすでに彼と同じように怪我を負った十数人の人と、それを手当てする一人の少女の姿が。浅海葵は言った。
「ありがとう、そこに寝かせて」
葵はリアライズ、と小さく呟き、携帯電話から、新しい傷薬を取り出すと、乱が今運んできた患者のもとへとやって来た。大丈夫ですよ、と言いながら、彼女はその人の傷口に軽くそれを塗る。すると、不思議なことにあっという間に外傷は消えていった。その様子を乱は感心したように見ていた。
「へえ。それってどういう仕組みなんだい?」
葵は立ち上がって乱の方を向き直す。その時にはすでにさっきの傷薬は、跡形もなく消えていた。
「簡単なことよ。私の力は二次元の道具を三次元にする力。もちろんゲームの中に出てくるような、何でも治す傷薬だって取り出せる。それを使っただけ。ただ、力の性質上イメージできない治療はできないけれど」
二人は今回の騒ぎで負傷した人たちの治療を自主的に行っていた。あれだけ大きなモンスターが暴れれば、気づかないだけで被害もそれなりのものになる。特撮映画のようなヒーローが戦うシーンには映らないような被害もあるのだ。
葵は窓の方へと歩いていき、静かになった外の様子を確認した。
「やっと戦闘が終わったみたいね。本当に迷惑なことよ。巻き込まれる一般人のことも考えて戦って欲しいわ」
「それよりか、俺たちってもっと派手な出番とかないの?いつも、こういう地味な役回りじゃんか」
乱は不満をこぼした。
「こういうのも大事なの。それに……」
「それに?」
「あんまり前線には出たくない。真島純と言う男、あいつとは関わりたくないもの。あいつ人間じゃないかもしれない。あなたは知らないだろうけど、私は以前あいつと戦ったことがあるの。そのときに、私あいつを至近距離で撃ったの。怪我してもさっきの傷薬で治せると思ってね。でも、一滴の血もでなかった。あの距離で避けたか、もしくは当たっても効かない体なのか。いずれにしても人間業じゃない。あなたもあいつには近づかない方がいいわ」
乱は葵の話を聞いて、ニヤリと笑った。
(天野光流……あなたは気づいているのかしら。真島純と言う男の異常性に……)
葵は静かに彼のことを思った。
◇◇◇
戦闘が終わったあと、いままでの出来事が嘘だったような静けさが訪れた。
江崎詩は、叫び声を聞いて急に飛び出していった孝樹を見送ったあと、周りの状況を確認していた。弥彦も無事に戻ってきて、行方不明の仲間はいなかった。ただ、一人水沢優と言う男の子が保護されていた。話によると、姉と一緒に近くに来ていたらしい。
「おーい。みんな大丈夫」
そんなときだった。和音の声が遠くから聞こえた。そちらを向くと、その後ろには純を含め大勢の人が詩の方へ向かっていた。
「和音さん。こちらは大丈夫です」
詩も和音の声に答える。
「詩ちゃんも大変だったね」
「いえいえ。皆さん無事で何よりです」
あとは孝樹たちが戻ってくれば、全員揃う、そんなときだった。
和音が声をあげて、別の方向を指差す。そちらには孝樹やほのかの姿が。真美がほのかに支えられるように歩いていた。
「みんな無事か」
「うん」
孝樹の呼び掛けに和音が答える。光流はみんなを見て申し訳なさそうにしていた。全員が揃ったところで、詩が改めて呼び掛ける。
「あの、この子が迷子みたいなんですけど、誰か知りませんか?」
みんな優の顔を確認するも、心辺りがある人はいなかった。優はにっこりと笑いかける。しばらく、どうするか話し合った。しかし、その必要もすぐになくなった。遠くから彼を呼ぶ人の声が聞こえてきたのだ。
「悠!」
その人は人混みの中を割って進む。辺りに水しぶきが散った。その少女が優のもとへと駆け寄るのを見ると、周りの人は恐怖から、みんな一歩下がって距離をとった。
長い髪をなびかせていた彼女は、何故かその手に槍をもっていたのだ。
「大丈夫、悠?」
「お姉ちゃん!」
優はうれしそうだった。その少女は顔をあげて辺りを見渡した。彼を保護した人にお礼を言いたいのか、それとも、彼を取り囲んで何をしようとしていたのか、問い詰めるのか。武器を持っている時点で油断はできなかった。しかし、その少女が声をあげるより前に、和音が、声をあげた。
「もしかして、慧ちゃん?」
「和音?」
その人は八人目の守護神のメンバー、水沢慧だった。
ここで邂逅編は終了です。次回からは元素融合体に焦点をあてた話に移っていきます。




