第六章4 『ケルベロスvsマテリアル』
ビルの屋上から見下ろす影があった。
「こんな化け物本当に相手にすることになるなんて思っても見なかったです。」
「まさか怖じ気づいたの、楓?」
「そんなことあるわけないじゃないですか。」
二人は眼下のケルベロスが炎に包まれたのを合図に地上へと飛び出していった。
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二次元生物が現れてからそれぞれの場所で熾烈な戦いが繰り広げられていた。もちろん元素融合体も黙って見ているわけはなく、組織されてからほぼ初めてという形で純たちと接触することになった。奇しくも敵である純たちと共同戦線という形を取らざるを得なくなった状況になったのは彼らも不服ではあったはずだ。
派遣されたのは火渡刻を含め三種類のマテリアル。氷のマテリアル・清浦鈴音。そして木のマテリアル・倉敷楓。二次元世界や黄泉世界とはまた違った力であり、また世間に認められた力を手にした彼らにとって正義とは単純に自分達の勝利だった。相手が誰であろうと叩きのめすこと、それが元素融合体に与えられたシンプルな使命だった。
今回はそれがおぞましい姿をした三頭のケルベロスであった。それだけのことであった。
地上へと降りた鈴音と楓はケルベロスを見上げる。さっき既に、楓の木の力で動かないように足を固定されたケルベロスは刻の放った炎から逃れることもできず、ただ瞳をぎらつかせながら恨めしそうに二人を見下ろしている。颯爽とその脇を通り抜けて現れる影が一つ。一仕事を終えた刻は二人のもとへと合流した。
「一人だけ良いところを持っていって何かムカつく。三頭いるんだから一人一頭で良いでしょ。そっちの方が早く終わる。」
「五分三十秒…。確かに時間がかかり過ぎな気がします。火に対して耐性でも持っているんでしょうか?」
刻はかつて光流のケルベロスと戦った日のことを思い出す。二次元生物がどのような仕組みで召喚されているかは彼は知らなかったが、火に対して耐性がつくとすれば、あの時の戦闘しか思い付かなかった。そうこうしているうちに、ケルベロスを縛っていた植物たちも灰となっていき、ケルベロスはその体を次第に動かせるようになっていった。
「どうする?」
「勝手にしろ。」
「わかった。じゃあ一人一頭で。」
そう告げると鈴は真っ先に飛び出していく。
「ではお先に失礼します。」
楓もそれに続いた。
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鈴音がケルベロスに近づくと、敵と認識したケルベロスは容赦なく口から出したエネルギー弾を浴びせる。しかし、鈴音はそれを氷の盾で軽くしのぐと、手をかざすだけでケルベロスをおおっていた炎と植物を自身の氷で一瞬にして消し去った。自由の身になったケルベロスは迷うことなく鈴へと突進してくる。
「愚かなことだ。」
鈴音は焦る様子もなく地面の一部とケルベロスの足を凍らせてその体勢を崩す。立つことが困難になったケルベロスは勢いを保ったまま滑稽に転ぶと、頭から地面に叩きつけられる。そのまま鈴音の張った氷の盾へと激突した。鈴はケルベロスの巨大なその顔を目の前に見ながら表情一つ変えることなく、次の攻撃へとうつる。
辺りの空気が一瞬冷たくなったかと思うと、次の瞬間には整然と並んだ幾千もの氷柱が鈴音のまわりを埋め尽くしていた。
「じゃあね。」
その言葉を最後に、文字どおり真っ白になったその視界が再び開ける頃には、ケルベロスの姿は跡形もなくなっていた。
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楓はケルベロスのそばに到着すると一区切りつけるかのように息を深く吸い込んだ。そして
「よーい、スタート!」
小さくそう呟くと、足止めに使っていた植物を全解除する。動けずにストレスがたまっていたのだろうか、ケルベロスは炎を全身に纏いながらも、獲物を狙う狩人が標的を定め、ちょうどいいタイミングを待っていたかのように迷うことなく楓との距離を詰める。しかし、楓は自身の植物を巧みに操りながら、空中へと身を逃がした。
追うケルベロスに逃げる楓。ケルベロスの必死な表情とは裏腹に、楓は全く苦戦している様子を見せない。それもそのはず彼女はただ時間稼ぎをしているに過ぎなかったのだから。楓は高層ビルの屋上へと目を移す。その隙をついてケルベロスの前足が真横をかすめとおった。一瞬驚いた表情を見せた楓だったがすぐにそれもなくなった。
そしてケルベロスの前足が再び地面につくことはなかった。何故ならケルベロスはすでに首吊り状態で固定されていたからだ。その首を縛る何重にも重ねられた蔦がミシミシと音をたてながら、道路の脇にある二つのビルの屋上から釣り下がっていた。
「ようやく静かになりましたね。その首、もらいますよ。」
苦しそうに呻くケルベロスを横目に楓は容赦なく、とどめをさした。
「五十八秒…。まあまあですね。」
楓は背伸びをした。
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二人を見送ると刻はその場に座り込んだ。
「二人ともはりきっちゃって。」
ゆっくりと二人の戦闘を眺めるつもりだったが、簡単にはそう思い通りにいくはずもなかった。ケルベロスが自由の身になってから、そのなかの一頭が刻の方へと向かってきていたからだ。
「マジか…」
刻はその姿を確認すると再び立ち上がり、試しにさっきよりも強力な火炎弾をぶつけてみた。しかし結果は予想通り、全くダメージを受けた様子がない。そうこうしているうちに距離が縮まってきたので、とりあえず避ける。ケルベロスからの攻撃はしのいだが、反撃の策も見つからない。そうこうしているうちに、刻はケルベロスからのエネルギー弾を一発くらってしまう。そのまま吹き飛ばされた刻が、再び立ち上がろうとしたときには、すでに遅かった。ケルベロスの前足にとらえられ、容赦なく地面へと押さえつけられる。
「うぐっ!!」
目の前には大きく開かれた三つの口が見える。そこで刻は閃いた。外がダメなら中に。体の中に直接攻撃すれば耐性なんて関係ないと。
「これでも食らえ!!」
刻はここぞとばかりに、最大火力の火炎弾を一つの口に連続で注ぎ込んだ。予想通り、ダメージを食らったらしく、苦しそうに体を反らしたあと、ふらふらと後退し、短い咆哮と共にその姿を消した。




