第一章2 『未知との遭遇②』
「イベントをやる?」
次の日、本格的に機能し始めた生徒会であったが、特にやることもなかったため放課後に生徒会長と副会長、そして二、三人の生徒会メンバーでだらだらと生徒会室に居座っていた。すると突然ほのかがイベントをやらないか、と純に提案してきたのである。
「そう、イベント。この時期特にやることもないし、せっかくだから生徒会企画のイベントをやってみるのはどうかなと思ったの。学園の生徒も楽しめるし生徒会をアピールする良い機会だと思うの。今は六月だし時期に合わせて七夕企画なんてどうかな」
ほのかはクラスの中でも気配りのできる良くできた女の子として有名だった。この暇な時間をどうやってつぶそうかと考えている生徒会長の純と違ってしっかりと副会長として機能していた。純は手を止めしばらく考えた後、手に持っていたものをテーブルに置き返事をした。
「いいんじゃないかな。この学園の生徒が生徒会活動にどれくらい積極的に参加してくれるのかを知る良い機会にもなるだろうし。これからの生徒会活動の参考にもなる」
「そうと決まったら、買い出しに行きましょう。笹とか短冊とか必要になるし。ほら純、行くよ」
ほのかはどこか嬉しそうに見えた。それは自分の提案が通ったからだと、純は勝手に思っていたが、本当のところ、ほのかが嬉しそうな顔をしたのは、純と二人で買い出しに行く口実ができたからだった。やれやれ、と立ち上がった純はほのかとともに生徒会室を出たのであった。
◇◇◇
買い出しの帰り道、純は笹を、ほのかはその他の荷物を持つこととなった。純の身長よりも長い笹を抱えながら、ほのかは前を歩く純に話しかけた。
「クアラルンプール!」
「ルワンダ共和国」
「く……くじびき?」
「キプロス共和国」
「もう!くじゃ『く』!純も『く』だからね!」
「クロアチア共和国」
「……。首つり自殺」
「物騒だな。ツナビア共和国」
買い出しに行く途中から暇つぶしに始めたしりとりが、今もまだ延々と続いていた。純の成績は学年でもトップクラス。そのせいか純による執拗な『く』攻めがほのかに対して行われていた。その結果が、もはや、しりとりと呼べないものになっていた。そしてとうとうほのかが音を上げた。
「国名ばっかじゃん!そこまでして勝ちたいわけ?」
「だから、やめたほうがいいって言ったんだよ」
「っていうか、ツナビア共和国とか本当にあるの?聞いたことないんだけど」
「ないよ」
「じゃあ、純の負けじゃん!」
「ちょっとからかっただけだよ。ツバル国。これでいいだろ?」
「く……、また、く……。うーん」
ほのかは一瞬だけ勝ちを確信したような表情を見せたが、純が詰まることなく新しい単語を口にすると、再び難しい顔に戻ってしりとりの続きを考えていた。
そんなほのかを見て、今度は純のほうが音を上げた。
「もう終わりにしよう、連城。だが勘違いするなよ、これは俺が負けを認めたわけじゃないからな。このまま続けていれば俺は勝つ自信がある。でもそこに至るまでに要する時間を考えたとき学園に帰るまでの時間じゃとてもじゃないが足りない。だから、引き分けということだ」
「それって負け惜しみ?負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ」
「なに!どっちかといえば、負けてるのはおまえのほうだろ?」
「空腹。純、おなかが減った。どうしようか?」
「勝手に食ってろ。奢る気はないからさ」
「最近オープンしたばかりのクレープ屋さんがこの近くにあるんだけどな。どうしようか?」
しばらく問答が続いた後、結局純の負けということで話がついた。ほのかはどこか勝ち誇ったような顔をして歩いていた。しばらく無言の時間が続いた。すると、ほのかが、あ、と言う声をあげた。
「六月三十日。そう言えば……ちょうど今日で十年目か……」
「え?どうかしたのか?」
「何でもない……ねえ、純。ちょっとだけ寄り道してもいいかな?」
「構わないが」
そして、道を外れて、ちょうどクレープ屋のあたりを通りかかった時だった。ほのかが立ち止まった。近くで女の子の声が聞こえる。
「おぉー、これはとても美味しそうなクレープですね!ぜひ写メっときましょう。よし撮れた。では、いただきまーす。わんわん!」
目を向けるとそこには純の見知らぬ女の子が一人いた。向こうもすぐにこちらに気づいたようで、動きを止める。その目線は、ほのかへと向いていた。お互いにじっと顔を見る二人。
そして、この女の子との出会いが、後に重要な分岐点となることをこのとき純は知る由もなかった。
◇◇◇
ほのかの目を向けた先には純の見知らぬ女の子がいた。その子はこちらに気付いたようで驚いた顔をしながらこちらに近づいてくる。
「ほのかちゃん……?久しぶりだねー」
口にクリームをつけながら彼女は嬉しそうに話しかけてきた。ほのかもちょっと嬉しそうに見えた。ほのかが口についたクリームを指摘すると彼女は苦笑いをしながらそれを取り、今度は純の方に歩み寄ってきた。
「こりゃ失礼。こちらの方は、初めましてかな。私、灯月和音っていいます。以後お見知り置きを。」
帽子をかぶり、私服にショルダーバックを身に着けた姿の彼女は丁寧にあいさつしてきた。純の方も同じようにあいさつを済ませた後ほのかに尋ねた。
「彼女は神箜第二学園の生徒なのかな。学校内では見たことないけど」
ほのかが答えるより前に、彼女自身が自分で答えた。
「違いますよ。私はほのかちゃんとは知り合いだけど別の高校です。ほのかちゃんとは小さい頃に家が近くでよく一緒に遊んでました。今はちょっと……別々ですけど」
語尾の方が少し弱く聞こえた様な気がした。ほのかも先ほどことなく、嬉しそうな表情ではなくなり、何だか二人にしかわからない事情があるようにうかがえた。するとほのかは彼女のカバンに目をやり何かを見つけたようにそこを凝視した。
「それ、まだつけてるんだね」
ほのかが目を向けた先には「004」と書かれたプレートがかけてあった。彼女もちょっと気まずそうな顔をして説明をした。
「うん、これ私の原点みたいなものだし。それに……忘れちゃいけないと思って。」
「うん……そうだね……」
何だか重苦しい空気が流れた。風に吹かれて純の持っている笹が揺れる。
「あはは、なんだか暗い空気になっちゃったね。私はもうこれでおさらばするから、二人とも頑張ってね」
そう言い残すと灯月和音は駆け足でその場を去った。二人取り残された純とほのかは再び学園へと歩を進めた。ほのかは先ほどから元気がなく歩くスピードも遅くなっていた。聞いて良いものか純は迷ったが好奇心に勝てなかった純は思い切って聞いてみることにした。
「なあ、連城。さっきの四っていうのは何の数字なんだ?」
しばらく黙っていたほのかは何かを決心したように口を開いた。
「知りたい?まあ、別に隠すことじゃないしね。あれは、私達が昔いっしょに遊んでた友達同士で呼び合ってた名称でね『001』から『008』まである。それで私が『002』で彼女が『004』」
「番号で呼び合うなんて、囚人じゃあるまいし」
「まあ、子供が考えたことだもの。そこまで深い意味はないよ。ついでに言うとね、ほかの番号の人を、純はほとんど知らないと思うけど、一人だけ知ってるはず。番号で言うと『003』。その人はあなたと生徒会長選挙を戦って負けた人だよ」
ーー一同じ日、同じ時刻。一人の男が空を見上げた。
「今日でちょうど十年目か……」
彼は、知っていた。全ては十年前のあの日から止まったままだと言うことを、そして、自分には、それを再び動かす力はないということを。そんな彼に届いた一通のメール。
「女神……俺にも守るべきものはあるんだよ」
男はゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
ーー翌日。
真島純は、いつも通り登校した。ただ周りの生徒の視線が気になる。ここ数日ずっとそうだった。
「おはようございます、生徒会長」
「やめろよ。いつも通り『真島』でいいってば……」
急に周りの自分を呼ぶ呼び方が変わってしまっていた。純は挨拶をしてくる生徒に愛想笑いを返す。疲れたようにため息を一つつく。そのまま校舎に入ると、純はある人物を見つけた。昨日ほのかの話に出てきた、生徒会長になり損ねた男、天野光流だった。
「おーい。おはよう、天野」
彼は純の声に反応し、一度は振り向いたが、気にくわなかったのか、すぐに顔を背けるとすたすたと歩き去っていった。
「あいつ、俺のこと嫌いなのかな……」
「そんなことないと思うよ!」
「うわ、びっくりした」
いつのまにか連城ほのかが隣にいた。
「おはよう、純」
ほのかはいつも通りの笑顔でそう言った。
その日の放課後から生徒会の七夕企画が本格的にスタートした。生徒会メンバーにはほのかが作った説明書を配布し、計画は着実に進行していた。ほのかも昨日の暗い雰囲気とは違い、いつもの元気を取り戻している。そして今日はなぜか笹原真美も生徒会室に来ていた。
「さあ、始めましょう。今始めましょう、すぐ始めましょう!」
生徒会メンバーでもない彼女が元気に掛け声をかけた。生徒会のみんなもすでに彼女をメンバーの一人として受け入れているようであった。その中、椅子に腰かけ浮かない顔をしている男が一人。真島純は昨日の件について考えていた。昨日の様子からほのかの過去に何かあるのは明らかだった。そしてもう一人、生徒会長選挙で純に負けた男、天野光流。彼がほのかにどうかかわってくるのか。人の事情に踏み込むのはあまり良いことではないが気になるのも確かだった。
「生徒会長、何ボーとしてるんですか。会長なんですからしっかりして下さい。それと、会長にお客さんですよ」
真美が純を叱責した。純は真美を軽くあしらった後、用事があるという人物が待っているという方を見てみた。その人物は、天野光流だった。
◇◇◇
純は天野光流に話したいことがあるといわれて人気のない体育館裏まで連れてこられた。そこに着くと彼は真剣な表情をして言った。
「まずは、生徒会長当選おめでとう。君ならこの学園を良い方に導いて行ってくれると思ってるよ。それと今から話す話は真面目な話だ。君という人柄を信じて僕はこのことを話そうと決めたんだ。」
しばしの沈黙が流れた。
「一年前のチェーンメール事件は覚えているかい。」
純は記憶を探る。日本中で意味不明なチェーンメールが出回り、一時期メディアでも取り上げられたが結局何も起きなかったあの事件。
「ああ、覚えているよ。どうしてわざわざそんな昔のことを。」
「それが、僕にとっては昔のことじゃないんだよ。あのメールは僕の携帯電話に収束したんだ。メールの文面にあった『時空ノ歪ミ』という単語。そして僕という人間が選ばれたこと。言葉で説明するより見てもらった方が早い。その結果がこれだ。」
彼は携帯電話を取り出し、起動させた。そして叫んだ。
「現実召喚!モデル、ドラゴン!」
突然、彼の携帯を中心にまぶしい光が漏れ出した。その光はすぐに無くなったが、代わりに現れたものがあった。長い尾と大きな体、そして背中には翼、頭には角。ざらざらの光沢のある鱗を全身にまとったそれは、伝説上の生き物ドラゴンのようなモンスター。
「あのメールは終わってない。むしろ始まりを告げる合図だ。」