第一章1 『未知との遭遇①』
『受信箱に一件の未読があります』
土曜日
自分の部屋でくつろいでいた連城ほのかはその表示を見て胸が踊った。
「あっ……メールだ!」
彼女は急いで受信箱を開く。その顔は少しほころんでいた。それもそのはず、メールの発信主は真島純という男だったからだ。画面越しには相手の顔は見えないのに、ほのかはメールを確認するのに髪を整えたり、表情の練習をしたりしていた。最後に気持ちの整理をしてボタンを押すと、文面が表示される。
『たった今、当選の連絡が来ました。
これで俺も晴れて神箜第二学園の生徒
会長ということになります。
先に副会長就任が決定していた連城に
も連絡がいくと思うけど、一応先に報
告しておこうと思ってメールしました。
演説の練習相手になってくれたり、放
課後遅くまで残って資料の準備をして
くれたり、連城にはお世話になりまし
た。当選したのは連城のお陰です。
本当にありがとう。』
ほのかはそのメールを何度も見返す。
「うぅー。やったー」
そばにあったクッションに顔を埋めながらそう叫んだ。連城ほのかは副会長、そして真島純が生徒会長。その組み合わせがほのかにとって何よりも嬉しいことだった。けれども、ちょっと罪悪感もある。それは落選した候補者のこと。ほのかはそっちとも知り合いだった。
しかし、不正はなかった。演説の練習も聞いて、純の話し方に関してアドバイスはしたけれど、内容についてはアドバイスはしてないし、一緒に集めた資料も、同じく選挙の準備をしていたほのかにとって必要な資料だった。それだけのこと。
ほのかはハッと埋めていた顔をあげると、『返信』のボタンを押す。
「えっと、……お、め、で、と、う、……っと」
ほのかは画面を操作して次々と文字を打ち込む。その間、色々なことを考えた。純とは中学時代からの友達。その頃から色々な思い出がある。相手にとっては何でもないことであってもほのかにとっては大事な出来事ばかりだった。時々それを思い出しては頬が緩む。
「よしっ、できた!」
ほのかは完成したメールをもう一度読み直す。
『おめでとう、純!
私はあんまり役に立ててなかったし、
当選したのは自分の力だよ!自信を持
って!これから一緒に学校を引っ張っ
ていくことになるけど、票を入れてく
れた人の期待を裏切らないように頑張
ろうね!
わざわざ報告ありがとう。
また月曜日学校で、じゃあね!』
「送信……っと」
親指で気持ちを込めて押す。
『メールは送信されました』
画面が変わって、出てきた文字を見つめる。それを消すと、ほのかはもう一度届いたメールを読み直した。
「ありがとう……だって」
ほのかは嬉しそうに呟いた。
そんなほのかの机の上には幼い頃のほのかを含め、八人の子供が写った写真が大事そうに飾られているのだった。
◇◇◇
「生徒会長選挙、当選おめでとう!」
クラッカーの音が部屋の中に鳴り響く。ここは神箜第二学園の一階に位置する生徒会室である。部屋の中には十人ほどの生徒がおり、一人の男子生徒を囲むようにして各々手に持っていたクラッカーを上に向けていた。その中心に位置する男こそ、先日の生徒会長選挙を勝ち抜き、神箜第二学園の生徒会長に就任した男、真島純その人である。
「言葉が間違ってるぞ。それを言うなら生徒会発足おめでとう、だろう。今日はそのためのパーティーなんだから」
彼は言った。事実、生徒会長が選出されたのは三日前。そのあと、次々と生徒会役員も割り当てられ、今日はその記念すべき第一回目の招集日、生徒会発足の日である。諸々の手続きや形式的な会を全てこなした後、放課後に生徒会室を貸し切ってパーティーをやることになっていた。
「いいんじゃないの、好きにやらせれば。純が生徒会長に当選したのも事実なんだし」
横で副生徒会長の連城ほのかが付け加えた。真島純にとって彼女は幼馴染とかそういう関係ではなかったが、中学の時に仲良くなって以来、何かしら世話になっていた。彼女もまた生徒会選挙を勝ち抜いてきた一人である。ただ彼女の場合は純と違って立候補が一人だけだったため、信任投票による当選であったが。
「連城、お前が言うな!このパーティーを企画したのもお前だし、きっちりと、題字まで書いてあるじゃないか!」
「バレた?」
「……逆にバレないとでも思ってたのか。俺にだけこんな派手な飾りを付けて」
「いいの。私は副会長だし。二番目に偉い。副会長権力の発動」
「生徒会長としての俺の権力はどこに行った?」
「さっきあっちのほうで見たけど、探してこようか?」
ほのかはそう言って席をはずした。ほのかは、『副』のつく役職につくのは二回目だった。そう言えば、ちょうど十年前にも副リーダーをやっていたな、と昔を振りかえる。今度はこの生徒会という集団の中での居場所を見つけることになる。よし、とほのかは小さく呟いた。
「どうかしたんですか、先輩?」
「真美。何でもないよ。それより、今日は楽しんでいってね」
真美の方を見てにっこりと笑うと、ほのかは生徒会室から出ていき、姿を消した。
「あらら。先輩きっとすねてますよ。みんながお祝いしてるんだから素直に喜べばいいじゃないですか、生徒会長」
そう言いながら、純の隣にやってきたのは自称・副副生徒会長の笹原真美である。もちろんそんな役職は存在しない。それ以前に彼女は生徒会役員のメンバーですらない。つまりは部外者である。純やほのかとは学年が一つ下である彼女は、入学した時からなぜかほのかのことを慕っており、ことあるごとにほのかの所に現れてはお手伝いという名のストーカー行為に及んでいた。ほのかもその事に関しては、別に気にしている様子もない。
「部外者は関係ない。出ていけ」
「いじわる」
真美が純を睨みつける。純もまた負けじと真美を睨み返す。しばらく続いた睨み合いは、ほのかの仲介によって中断されることとなった。彼女は大量の食べ物を手に、生徒会室へと戻ってきたのだった。
「はい、喧嘩はおしまい。さあパーティーを続けましょ。早くしないと食べるもの無くなっちゃうよ」
生徒会室のテーブルの上にはお菓子やジュースといった様々なものが並べられた。これらは全てほのかがそろえたものである。会長と副会長そして真美を除く他の生徒会メンバーはさっそく何かしらに手を付けており、お菓子も半分近く無くなっていた。
「あ、私そこのチョコいただきまーす」
純と睨み合っていた真美はすぐに目をそらしたかと思うとテーブルに置いてあったチョコクラックに飛びつき、食べ始めた。こうして一人の部外者を除けば、真島純をリーダーとする生徒会は正常に機能を始め、平和な日常の一部を今日も演出しているのであった。
◇◇◇
とある時刻、別の場所。
三十二人目の最終メール受信者になった、ある少女がいた。
「これが漫画やアニメの空想の世界ではなく、現実の世界の出来事なんだよね?本当に私なんかが世界を救っちゃっていいんだね?」
少女はフードを深くかぶり、辺りの様子をうかがいながら、人の通りの少ない裏道へと入ると、自分の持っていた携帯電話にそう話しかけた。
少女は電話で誰かに話しかけているわけではない。かといって、話し相手のいないのに、一人でベラベラとしゃべっているこの少女がおかしいわけでもない。
「全然構イマセンヨ」
携帯電話からはそう返答があった。
いかにも機械が話していると言うような、あまり抑揚のない喋り。彼女が一年前からメールを発信している人物であり、この男に世界を救う使命を託した張本人でもある。そのコードネームは「女神」。
「中学生、及ビ高校生。稀ニ、二十代ニ見ラレル、類稀ナル豊カナ想像力ヲ、アナタハ持チ合ワセテイマス。ソノ『力』ヲ貸シテイタダケルダケデ、世界ハ救ワレルデショウ。アナタノ努力ニ期待シマス」
「言ってくれるよ。楽勝だってーの。さあ、始めようか。悪魔退治を」
少女は女神に指示されるがまま、裏道を奥へ奥へと進んでいく。その先に目当ての悪魔がいることを願いながら。
しばらくすると、目の前にフェンスで囲まれた大きな建物が見えてきた。馴染みのない建物ではない。ここは学校だった。裏門の看板には『神箜第二学園』と書かれている。
「今日も収穫無しか……」
少女は落胆しながら呟いた。出会わなければ退治できない。退治しなければ、いつまでも世界を救ったことにはならないのだ。
時間がない、今日はここまで、と少女が引き上げようと、学校に背を向けたその時だった。
「警告。小規模ナ時空ノ歪ミヲ観測。展開シマス」
携帯電話から、女神の声がそう告げる。
少女はすぐに振り返る。
そこに見えたのは、邪悪な気を放つ男の姿。つい先程まではいなかった。
それは、悪魔だった。一見すると、普通の人間に見える。それもそのはず、悪魔は人間に扮して普通に生活しているのだから。ただ、見慣れないのはその格好。仮面にマントを纏っていた。
「貴様、名前は?」
「はあ?」
少女の前に現れた悪魔は、唐突にそう質問した。
「名前だ、名前。ああ、あと年齢も教えてくれると助かるのだが?」
「赤辻心美。十八だよ」
「何だ。年上か。……ああ、何でもない。俺の名前はジョーカーだ」
「ずいぶんと馴れ馴れしい悪魔だ……なっ!」
心美は目を疑った。目の前の悪魔が再び姿を消していたのだ。
かと思ったら、赤辻心美の体に重い衝撃が走った。目で追っている暇はなかった。それだけの早いスピードで、悪魔は動いて彼女に攻撃を加えていたのだ。
彼女は派手に吹き飛ばされて、彼女の出てきた裏道へと転がっていった。
「ふざけた真似を」
心美は体勢を立て直すと、被っていたフードを外し、携帯電話を取り出す。
「赤辻心美の名のもとに命ず。形無きその虚像の形骸に、魂無きその傀儡の四肢に、生命の息吹を与えん。生成。その本能の為すままに喰らい尽くせ、現実召喚、モデル、ドラゴン!」
心美がそう唱える。
すると、携帯電話を中心に、体を覆うような大きな魔方陣が現れ、微小粒子が大量に発生する中、その粒子は繋がって線となり、面となり、そして、立体となって更に大きな形を作っていった。
ドラゴンと言う、想像上の生き物が、こうして現実に現れた。
ドラゴンは、召喚されると同時に、牙を剥き出しにして、雄叫びをあげながら、悪魔のもとへと迫る。心美による渾身の一撃のはずだった。
声が止む。辺りを覆っていた煙が晴れ、状況が見えてきた。心美は目の前の光景を見て絶句する。ジョーカーと名乗った悪魔は一歩も動いてはいなかった。ただ、伸ばしたその右腕が、確実にドラゴンの喉の皮膚を突き破り、その結果ドラゴンは小刻みに痙攣を繰り返していた。
「嘘……でしょ?」
ジョーカーは手首を捻る。すると、バキッという鈍い音とともに、ドラゴンは力なくうなだれ、次第に分解され、虚空へと消えていった。
「赤辻心美。覚えておくといい。これが君と私の間に存在する絶対的な力の差だ」
心美は一歩後ずさる。
そのわずかな間にジョーカーは、心美の目の前にまで詰め寄っていた。
「ひっ」
心美は悪魔の仮面の奥に光る黒い瞳を見た。
「そして、力無きものに待っているのは……死だ」
「やめて。お願いやめて。誰か助けて……」
バキッ、ゴキッ、グチャ。ジョーカーの耳にそんな音が無機質に響いた。
「やっぱり、仮面をつけておいて正解だった」
ジョーカーは仮面を外す。そこにいたのは神箜第二学園の生徒会長。真島純だった。彼は人間に扮した悪魔。その事実を誰一人として知らなかった。
「残念でしたね、先輩。世界を救うヒーローになれなくて」
純は地面に落ちていた赤辻心美の携帯電話を踏み潰した。
警告のチェーンメールを受け取った総計三十二人。誰一人として、悪魔に勝てるものはいなかった。
そして、メールは三十三人目のもとへと発信された。