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「いらっしゃーーい」

「へいっ!おまちどーさまです!」

「ありがとうございましたー!」


 懐中時計を首にかけ、死神の姿で成々軒の、のれんをくぐった。望めば物質はすり抜けられるので、ガラス張りのドアをすり抜け、誰に気づかれる事もなく店内へと侵入できる。


 何度も行き来した狭い店内は、数ヶ月前と同じ姿のまま。スープのいい香りが店内に漂い、アナログテレビがナイターを放送中だった。

 カウンターに一人。奥の座席に家族が一組座り、みな美味しそうにラーメンをすすっていた。エプロン姿の成瀬が餃子を運んでゆく。

 黒服で一人神妙で、壁の花になりじっと成瀬を見つめていた。



 ――死因は『飛び出し』、交通事故。


 ……バカよね、ホント。すぐ飛び出しそうだもんね……。

 全く落ち着きがないんだから……。




「進、のれんしまえー」

「あいよ♪」

 客が帰り、店じまいの時間となると、成瀬はのれんを店内へと下げて、ドアにシャッターを下ろして掃除を始めた。

 本当に、親孝行なんだよね。こんなに働く所をしっかりと見たことはなかったけど。

 掃き掃除、テーブル拭き、座敷の雑巾がけ。終わると食器を洗って、奥から母親が遅い夕食に声をかけた。

 家族団らんを覗きながら、とても胸が痛かった。

 一人息子だもん。失ったら泣くだろうな……、おじさん、おばさん……。


**


 成瀬の入浴中、こそりと部屋に入ってみた。

 ……うわー……。入るの、小学生以来かも……。


 意外と中は片付いていて、多少出しっぱなしの雑誌やコミックス、ゲーム機などあるけれど、きちんとしていてちょっと感心。

 Hなものばかりじゃないんだ……。ちょっと自分の偏見に反省したりして。


 カラーボックスの上にコルクボードが立てられ、ピンで写真が何枚か留めてあるのに気がついた。うちのクラスの望月との写真。演劇部の公演の写真。二年の友達との写真。……中央に私の写真。――私が真ん中ですか。


 友達数人で夏祭りに出かけた、その時の私が浴衣姿で笑っていた。

 これ、成瀬と一緒に行ったやつじゃないよね。友達の誰かに貰ったってことかな?成瀬が頼み込んだ可能性もありうる。


 毎年恒例の地元神社のお祭りは、すでに女子友だけで行くようにいつからか変わっていた。子供の頃は、成瀬と一緒に行った事もあったけど……。

 親とはぐれて、不安になる私の手を引いて、一緒に探し歩いてくれた事もあった。

 新しいサンダルで靴擦れを起こして、おんぶして家まで送ってくれたのは五年生の時だったかなぁ……。


 夏祭りだけじゃない。助けてもらった事はいっぱいあったよね。

 ……優しいんだ、成瀬は。




「はーっ。いい湯だった」

「――!!」


 頭にバスタオルをかけ、パンツ一枚で成瀬がドアを開けた。リラックスしまくった姿に思わず声にならない悲鳴を上げた。

 声を出しても、聞こえないはずだけど。ちょ、ちょっと、どうでもいいから早く服着てよ!!


「課題あったっけー」

 塗れた髪をぐしゃぐしゃ拭きながら、カバンのチェック。――ダメだ。タオルからチラリと覗く腰とか、見てられないから。とにかく部屋の隅で肩をすぼめて背中を向けた。


「やべっ!これだけはやっとかないと!」

 カバンをどかして、プリントに取りかかるのは後にして、まずは服着てよぉーー!


「……。へっくし!」

 だから言ったじゃない!

 くしゃみが出て、ようやくいそいそとパジャマズボンを引き寄せはいた。長袖Tシャツを着て、上にパジャマを重ね着する。


 ……ほーーーっ……。ひとまず安心。目に悪いよ。



 温かくなって来たとはいえ、ちゃんと髪の毛乾かさなくていいのかなぁ?どうやらタオルだけで済ましてしまうみたいだ。男は髪が短いからそれでいいのかな。

「ひーっ!わかんねえ!」

 数学の課題に頭を抱えて悶絶している。思わず口を押さえて笑いをこらえた。

「バーカ」

 言っても聞こえない。

 指で突いても、こうしてすり抜けるもんね。指先が、すぅっと頬をすり抜けて入る。あまり気持ちよくないので、人をすり抜けたりは極力しないようにはしてるんだけど。


 じ――っと隣に立って見つめている。こんなに近くにいるなんて。一体いつぶりなんだろう。隣で寄り添って昼寝した。そんな事もあった頃……。


 大きい目。染めてるのかな?少し明るい茶色の髪。結構サラサラしている気がする。首とか、手とか、やっぱり男の子なんだなぁ……。



 思わず、もっと顔が近づいて。耳元に息がかかりそうなほど。だって、今の私なら気づかれないから……。首に手を回し、頬にそっと口寄せてみた。

 唇に温かい頬がふれた。


「……えっ?」

――バッ!目が覚めて慌てて離れた。え?嘘?なんで?なんで触れたの!?

 異様に加速する全身の鼓動。顔から身から火が出そうで後じ去った。

 

 頬を押さえて、こちらを見る成瀬。

「なに、今の……」

 不思議そうに立ち上がる。もう限界だった。脱兎のように背を向け全力で外に逃げた。




 なに?なに?どういうこと?

 なんですり抜けなかったの――!??


《必要に応じて、すり抜けられます》

 物でも人でも。天使が告げた。

 すり抜ける必要がなかったって事?私が、【不必要】って思ったって事?つまりは、私が――。

 

 考えると再び火が出る思いに駆られた。


 

 鎌で空を飛び、自室の窓に転がるように帰還した。熱は一向に冷めてはくれなかった。

 時計を外し、黒服からパジャマへと衣装が変わる。身を投げ出すように枕に埋もれた。


「……苦しいよぉ。成瀬……」

 右手の中で、無情にも時計の針は進んでゆく。

 一日が過ぎようとしていた。あと二日。たったの二日……。



 どうするんだろう、成瀬は。

 自分の命があと僅かだとしたら……。



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