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こんなんでましたけど~占い師、裁判員をやるの記~

こんなんでましたけど~占い師、裁判員をやるの記2~

作者: 遥 夏


 例えば、男として生まれると、しょっちゅう泣くのは男らしくないとか言われて育つものだ。いま現在の家庭教育ではそうとも限らないかもしれないが、何かしらの伝統的に、子どもというものは常に、どのようにあれ、と下地を作られる。

 男であれ、男らしくあれ。女であれ、女らしくあれ。子どもらしく従順で良い子であれ。

 ……などなど、個別具体的にはそれぞれの親のそれぞれの目論見があるけれども、大同小異、人間は枠のなかに生きるように育てられると思ってよいだろう。昭和の終わりかけに生まれ、平成年間に教育をうけて育つオレの世代は、そうした価値観が変動しつつも、まだ充分にそうした「良い子教育」が猛威を振るっていた時期で、オレ個人は、窮屈でたまらなかったと記憶している。


 ある意味では当然に、表面上を周囲が期待する「良い子」に合致させながら、頭脳は徹底して「良い子」の規範を守りながら悪いことをするにはどうすればよいのか、ということを考えたし、あるいは規範の論理を逆手にとって、頭のなかだけで自由を謳歌していた少年時代がある。

 ずいぶんと、格好をつけて書いているが、要は、規範から逸脱することが怖く、逸脱して社会から見捨てられることが怖く、誰よりも清廉潔白でありながら腹黒いということになる。あるいは、妄想のなかだけで自分の理想とするところを演じ、対外的には相手の理想とするところを演じ、正面きって「自分はこうだ」と主張する勇気がない弱気な存在でしかなかったわけである。


 ある意味では、その反動によって、オレは自由奔放への憧れが、成人前後になって開花した。

 周囲が期待する、男らしさをかなぐり捨てることからはじまり、人間らしく生きろ、という大前提も面倒になり、放りなげた。

 きちんと就職して社会に貢献するとか、オレにとってはどうでもいいこととなる。飢えないだけの微々たる稼ぎがあれば、ことは足りるし、飢えたら飢えたで我慢すればいい。家庭を持て、結婚しろ、子どもを作れ、とか、そういう社会的に当然のように求められるあれやこれやは、ようやく自由の身を手に入れたオレにとっては、さらなる窮屈なものでしかないので無視した。

 もちろん、家庭を養ったり、子を養育したりする責任が、充分に果たせるほどの責任感を持っていないことを自覚しているためでもある。


 それやこれやで、在野に論理武装した獣のようなオレがいる。といって、この獣が、獣としては極めて弱っちいものであることは疑うべくもない。パスカルのいわく「人間は考える葦である」とあるが、葦は群生するもので、社会にできるだけ関わらないようにあろうとしたいオレは葦ですらないようだ。


 獣といえば、そういえばオレは性的な対象が異常に広い。男女差別がないし、高齢者差別もない。法律に触れるので未成年には手出ししないが、それ以外の「他者」でありさえすれば、また、相手が自分を好み、自分も相手を好むうえでなら、あんまり障害にならないと思っている。そんなわけで、結婚して家庭を持ちこそしないが、大好きだと言い合える人間はいるし、普通よりそれが多いかもしれない。またしても、責任感のなさが浮き彫りである。


 と、悪い意味でのイイカゲンさやテキトーさ、なまけ具合、世捨ての傾向、責任感のなさ、好き勝手なことをするだけの人生設計、純粋にバカなのじゃなかろうかという性質にくわえて、自分大好きなうぬぼれ、自尊心のたかさ、社会の中にある他者と別格であろうとする決意、傲慢な気質を持ち合わせ、さらに他者にこうしろああしろと指図できる立場である占い師という眉をひそめられる職業にいながら、それでもオレは犯罪に手を染めてはしていないし、他者の権利を脅かしていない。

 当たり前のことであるのに、さもそれが偉いことのように言い張ってしまうが、わざわざ入念に作られた社会にむかっていって正面きって罪を犯すのではなく、自分が安寧とできる場所でぬくぬくと社会からあぶれた存在として生きることが、オレのありかただ。こんな人間ばかりになったら、社会はあっという間に滅びるだろうし、また昨今の日本ではそうなりつつあるような気配もある。


 ともあれ、自分だけで生きて社会に迷惑がかからないでいるなら、社会に煙たがられる存在は社会から放っておけばいい。

 こんな腑抜けた人間が、裁判員などというものをできるはずがない。

 そんな責任感など、ちっともないのだから。

 が、こんな言い方をするのも甚だ占い師としては癪に障るものではあるが「運命」はオレを裁判員にしたのである。


 まず、2010年11月、裁判員名簿に入った。2011年の間、裁判員に選ばれる可能性があるたくさんの人たちのひとりに、そのときに選ばれた、と、おおむねそういうことだ。

  そして、そのころ、県内の片田舎で、選挙の候補者の事務所に車が突っ込み、その事務所にいたひとりが死亡するという事件があった。こんな事件が、自分のすむほんの身近に起きたことに驚嘆し、鮮明に思い出したのだが、同時に、もしかしてこれの犯人がつかまれば裁判員裁判になるだろうと感じた。

 もし、裁判員になるならば、と、この瞬間には、すでに自分の責任感のなさなどどこかに流れ去っていて、妙な期待と興奮があったように思う。

 さて、2011年といえば、震災があった。

 オレが裁判員となったら行くべき場所となる「水戸」は、東北とは比べられないがそれでも酷い有様となった。ちなみに「水戸地方裁判所」といえば、その震災による怪我で、県内でいちばん重症となる怪我がでた場所ともなる。確か、塀かなにかが崩れ、それで3人ほどが骨折したりどこかを打ったのだったと記憶している。

 オレとしては、このあたりで、もはや裁判員のことは忘れていったのではなかったかと思う。

 名簿に入ったとき、なれるものならなってみたいとは思ったが、その時点ではまだまだ「可能性がある」程度でしかなく、また震災があったために、社会の機能はしばらく止まったのだ。

 ゆるやかにことは進み、半壊しかけた我が家をおおかた修繕し、落ちた瓦屋根も元通り、倒れた墓石も引き起こし、神社の鳥居や石灯籠を建て直し、と、あらかた身辺が元通りとなった2011年10月、突如として「配達証明郵便」が届いた。書留などのように、受け取りに印を要する確実に届かねばならない郵便物の中身に水戸地裁からの「呼び出し状」が入っていた。


 とある事件に関して裁判員裁判をやるにあたって、まず裁判員を選ぶので、裁判所に来い、ということである。裁判員を辞退する特別な事情があるかないかなどを尋ねられる質問票は、名簿に入ったときにもあったが、たいがい時間に自由がきき、あるいは夜中をメインとしているオレの職業だと、辞退できる事由がない。

 この、ほとんど何も記入できない質問票と、呼び出しでかかる交通費や一日の時間的拘束を保障する日当の支払いを受け取る銀行口座を書く紙とを、受取人払いの封書で送り返し、オレは、その呼び出しに応じることとなっていくのである。


 ちなみに、その際、オレは裁判所では「9番」と呼ばれるらしいと読んだ。

 裁判員は6人である。補充裁判員が最大4人である。

 だから、9番ということは、少なくとも18人くらいの候補者が呼び出されて、選任手続きという、いわゆる「くじびき」の結果を聞きにいくことになるのだろうと考えていた。


 そして、ちらりと頭をかすめたのは、あの選挙事務所に車が突っ込んだ事件である。


 だが、ことは、オレが思っていたのとは少し違っていた。

 選ばれるかどうか、不思議な緊張をしながら、裁判所に行ったのは、呼び出し状を受け取って約2ヶ月後、12月になってからであった。




~つづく~

 応援ありがとうございました。

 ますます読みづらいものになりましたが、今後もがんばります。

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