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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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008 魔道具店の3職人

 サー・エセルバートに案内された店は、一見の価値のあるものだった。磨かれた飴色の木材は細工を施され、元の枝を生かして波のように広がる形は優美な曲線を描いていた。間の硝子で屋内が透けて見える。石と煉瓦が主な町並みに在って、その木造建築は不思議な調和を見せており、それは美術品に似て、アレイスタにアンティークの戸棚を思い起こさせた。

 街路からわずかに間が空いて立てられており、1階に上がるための階段と、地下に降りるための階段が、それぞれ伸びていた。こちらの手すりも描く曲線が美しい。


 見上げていたアレイスタを促し、サー・エセルバートは街路から伸びる階段を上がった。察するに、1階が店舗、地下は工房なのだろう。


 コロン、と来客を知らせるベルが鳴った。ドアとのつなぎ目がわからないこれも、優しい音色から判断して木製なのだろうか、とアレイスタは感心した。見事なものだ。



 頭を垂れて出迎えてくれた栗色の髪の女性につられ、アレイスタは軽く会釈した。サー・エセルバートのように鷹揚に挨拶を返すような文化は、彼女も透子も持ち合わせていなかった。といっても、アレイスタの場合は店に入るのがこれで魚人人生二度目だ。身につきようがない。一度目は、先ほどいった服屋である。


「いらっしゃいませ。

 お待ちしておりました、エセルバート卿。

 はじめまして、新しいお客様」


 にこりと笑顔を返してくれた女性からは、げっ歯類のような歯がわずかに覗いて見えた。愛嬌があって可愛らしい。

 たいていの獣人は、人態をとってもどこかに獣相が残るものだ。匂いからしてヒトではなさそうなので――魚人は、目は悪いが鼻はそこそこだ――彼女は栗鼠人かもしれない。ヒト科ヒト族ヒト亜族獣人属栗鼠。もっとも、獣人の血を濃く引いた、前歯が突出しているだけの女性かもしれないが。


 ちなみにアレイスタはヒト科ヒト族ヒト亜族獣人属魚となる。通称魚人。残っている獣相は、手足の指の間に残る1センチばかりの水かき。おかげで手袋は直しが必要になる。


「本日は新しい依頼者をご紹介いただき、その方が新しい魔道具を作成されるということでよろしかったでしょうか。

 魔道具については、工房で職人たちと相談され、どういったものにするか決定されるのがよいかと思うのですが、いかがでしょう」

「はい、よろしくお願いします」


 サー・エセルバートが支払うと言っていたので、彼が依頼者かと思っていたのだが、どうやら違う紹介がされていたらしい。紹介者であるサー・エセルバートの顔をうかがうと問題ないとばかりにうなずいていたので、おとなしく返事をした。が、内心、もし支払えと言われたらどうしようと不安でいっぱいだ。何せ高そうな雰囲気で、明らかにこれはオーダーメイド。……本当にどうしよう。オーダーメイドにクーリングオフとかあるのだろうか。


 どうぞこちらへ、と女性に案内され階段を降りていく。からり、とドアを開けた先は、アレイスタが工房だろうと当たりをつけたとおり、数人の職人が作業をしていた。

顔を上げ、客を認めると席を立ってくる。老いも若いも入り混じり、といった雰囲気だが、席を立ったのは3人ばかりだった。


 1人はサー・エセルバートと並ぶほど背が高いが、残りはアレイスタの肩よりも低い。さらに1人は胸よりさらに小さかった。ただ、アレイスタの肩と同等の高さの者はがっしりとした骨格をしていて、幅はアレイスタよりもありそうだ。

 アレイスタは仮に心の中で、背高さん、小柄さん、幅広さん、と呼ぶことにした。


 口火を切ったのは、幅広さんだった。えらく人懐こい雰囲気の人だ。アレイスタは彼の蓄えられた立派なひげを見て、サンタクロースを思い出した。ふっさりとした見事な眉毛の下、青い目がきらきら輝く。


「お久ぶりですなあ、エセルバート卿。

 今日の依頼者はそちらのお嬢さんですかな」

「ご無沙汰しています。

 いつもすばらしい出来に感謝しています。

 こちらは私の従妹のアレイスタ嬢。

 今回は彼女のために魔道具を作成していただきたい」

「はじめまして、アレイスタ・ゴメスです」


 フードを取って顔を見せながら挨拶をすれば、目を丸くしたサンタクロース氏が相好を崩した。後ろでは、背高さんがヒュウ、と軽く口笛のような音を出し、小柄さんも目をまん丸にして顔を見ている。そこまでの顔かね、と自分の顔を見慣れているアレイスタは内心苦笑した。


 差し出された手を握り返せば、もう片方の手も添えて包むように両手で握ってくれる。職人特有の硬い大きな手だった。


「こりゃあまた、綺麗なお嬢さんだ。

 ワシはイムホテップ。

 ホップと呼んでくだされ」

「よろしくお願いします、ホップさん」


 挨拶は交わしたものの、ほっほっほ、といかにも好々爺といった様子のイムホテップ氏は、中々手を離そうとしない。

 さてどうしよう、とにこにことした相手の顔を眺めながら困惑していたところ、後ろで、背高さんが彼をつついた。


「ホップ、そろそろ変われ。

 彼女も困っている」

「なんじゃ、気が短い。

 寿命が長いんだからもうちっと待てい」

「お前だって変わんないだろう、それ」


 言いつつ、イムホテップはアレイスタの手を離そうとしないまま、脇をつついてくる背高さんとじゃれあいをはじめてしまった。サー・エセルバートや案内役の女性を見れば、ちょっと肩をすくめるような動作が見れた。どうやら、いつものことらしい。困った。


「おい、こんなとこで喧嘩すんな。

 客の前だぞ」


 結局、仲裁してくれたのは小柄さんだった。彼が言えば、ほかの2人もさっと引いた。どうやら、ここまでが予定調和のようだ。


「ありがとうございます」

「べ、別にお前のためじゃない」


 照れくさそうな彼の顔に、ああ、ツンデレってやつか、とアレイスタは思った。女の子ならともかく、おっさん(というほどの年にも見えないが)のツンデレは実に微妙な気分にさせられる。人間素直が一番だ。

 その気持ちが伝わったか、後ろの背高さんとイムホテップが顔を見合わせてやれやれというリアクションをしたのが見えた。

 どうやら、ここまでが本当の予定調和だったようだ。やれやれ。




「改めて。

 ワシがイムホテップじゃ。

 ホップと呼んでくれ」


 改めてと言って再度手を握ったイムホテップに続き、彼を押しのけた背高さんがアレイスタの手を握った。


「はじめまして。

 ステファン・スクルドです。

 ステップって呼んでね」

「はじめまして、ステップさん」


 こちらに片目をつぶって愛想を振りまくステフェン氏に苦笑する。よく見れば、彼の耳は葉のように長くとがっていた。サー・エセルバートよりも色が濃く、癖の強い金髪をしている。新緑の目に白い肌。


「オレはジャン・ポール」


 最後に手を握ったジャン氏は、目を合わせれば恥ずかしそうに逸らしてしまう。彼は、収まりが悪そうに、目と同じこげ茶の髪を帽子に押し込んでいた。


「はじめまして、」


 と、アレイスタが返礼をしている最中に、イムホテップとステフェン・スクルドが割り込んだ。イムホテップが肩に、ステフェンが頭に――上背があるからちょうどいいのだろうが、されたジャン・ポールは屈辱的だろう――腕をかけている。


「こいつはジャンプって呼んでやってくれい」

「3人そろってホップ・ステップ・ジャンプさ。

 魔道具店ホップ・ステップ・ジャンプにようこそ!」


 このシックな店は、ホップ・ステップ・ジャンプと言うらしい。なんというか、店構えに似合わない店名だ。

 じゃーん! と口で効果音を出しつつポーズを決めた3人――いやいやではあるようだが、律儀にジャン・ポールもポーズをとっている――を見て、アレイスタはリアクションに困った。アホだとは思ったが、そんなことをおくびにも出さない程度の分別はある。ただ、大真面目に面白くもないネタをやっている大人3人を見ていたら。


「っぷ…」


 アレイスタは、つい吹きだしてしまった。


 それがよかったのか悪かったのか。

 妙に嬉しそうなイムホテップとステフェンは、なぜか4人でのポーズを考案し始め、少し照れくさそうなジャン・ポールもなぜか熱心にうなずいている。いやいや、ちょっと待った。


「あの、私はちょっと……」


 決めポーズに参加したくない、と抑えるように手をあげた状態で、振り向いた3人と目があった。


 ……とても輝いている。


 ああ、こういうとき、当たり障りなく断るにはどうすればよいのだ、とアレイスタは冷や汗をかいた。職人は職人であるからして、例えここで気分を害してもきちんと仕事をしてくれるだろう。しかし、仕事を依頼する身としては、楽しく仕事をしていただきたい。

 アレイスタは博士とある意味引きこもり生活をしていたため、対人能力が低い。何せ話したことがある人物も片手で足りるほどだったので。そして透子は、なんというか典型的な日本人だったので、直接的な断り方というのはまずしない。遠まわしな婉曲表現バンザイ。


 ああ、視界の端でサー・エセルバートと女性が応接セットに腰掛、いつの間にかお茶を始めているのが見える。にこやかにこちらを見ている。


「……その、紹介された立場ですので!」


 躊躇いなくサー・エセルバートを巻き込むことにした。そう、自分ができなければ助けてもらえばいいのだ。

 これぞ透子が社会人になって身に着けた中、もっとも役立つビジネススキル。『面倒ごとはよろしく』解決法である。投げ先は上司だろうが同僚だろうが部下だろうが、自分でなければどうでもいい。メリットとして面倒ごとはなくなるが、デメリットとして人望を失っていく。かっこよく言えば諸刃の剣だ。

 軽く目を見張ったあと、面白そうに笑うサー・エセルバートが見える。


 3人はくるっと後ろを向き、サー・エセルバートを見た。素材を吟味する目になっている。


「やりませんよ?」


 にっこりと例の笑みを浮かべてきっぱりと断るサー・エセルバートに、内心拍手を送る。


「やりません」


 残念そうな顔をした彼らを見て更に念を押している。肩を下げる3人にちょっと心が痛んだが、まあ仕方ない。

 でも、サーエセルバートがアホなポーズをとるのはちょっと見たかった。


 視界の隅で文字が踊る。

【面倒ごとを回避しました】

【スキル[面倒ごとはよろしく]を取得しました】


 どうせなら、NOといえる日本人の称号がほしい。




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