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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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閑話001 サー・エセルバートの場合

主人公格周りの人々の視点でお送りします。

その一。

サー・エセルバート・ゴメスことエセルバート・ゴメス・北征勲爵士ナイト・コンクエスト・ザ・ノースあるいは勇敢なる大尉グラント・キャプテン・エセルバート・ゴメス。親からいただいた爵位と名前を格式ばって言うならば、エセルバート・ルイス・アカーテース・セツ・ゴメス・ローウェル=トゥーロ(トゥーロ子爵エセルバート・ゴメス・ローウェル)(※1)という、長い名前を持つ男の心情に関する話。





 美しいが、絶世の美女というわけではない。成熟した女性が好まれるエルゲントス王国では、基準から外れるだろう。


 顔立ちは驚くほど整っていて、まるでよく出来た美術品のようだ。が、その表情は憂いや妖艶さといったものとは無縁で、愚直な幼さが残っていた。どちらかというと凛々しい印象を与える。雰囲気と表情で損をしているな、と思った。なんとも残念だ。緑色の目だけは文句なしに美しかったが。

 赤銅色の髪は短めで、礼儀にしたがって(※2)伸ばされたのは襟足のみ。それもおおざっぱにまとめてあった。

 すんなりとした手足に、ささやかなながら丸みを帯びはじめた未発達な身体。あるいは、魚人族の女性はそういった体型のものなのかもしれない。


 エセルバート・ゴメスには、異性関係について特にこれといった性癖はない。ごく一般的な基準で美しい女を好んだ。

 つまり、アレイスタは彼の好みから外れていたのだ。彼に少女趣味はない。


 ……少なくとも、外れていたはずだった。




 初めて会った義理の従妹とは、なかなか気持ちがよい距離を保っていた。

幼さが残っているせいか、年頃の女性特有の押し付けがましさも自意識過剰さもまだなく、かといって頭の回転は悪くない。弱腰なところは気になるし、緊張感をもって恋愛を楽しむ相手としては足りなかったが、気楽な会話を楽しむ相手としてはちょうどよかった。

ついでに言えば、何かと不運な体質で、見ていて飽きない。まさしく他人の不幸は何とやらで、騒動が大好きなエセルバートとしては実に好ましかった。


 しかし、それは馬車から降りるまでの話だ。


 街を歩いていてふと横を見れば、彼女がしばしば姿を消していた。急ぎ振り返れば、そのたびに何かしら巻き込まれている。そんな彼女にいい加減呆れた。そのたびにぺこぺこ謝ってきたが、世間知らずにもほどがある。


 彼女が男に声をかけられたのを見て、不愉快に感じた自分がいた。大体、少女のような姿形のものに何を考えているのだろうか。肩を抱いて彼女を引き寄せたら男は慌てて去っていったが、肩の小ささに驚くと同時に、危機感のなさに少し腹が立った。

伯母の家では少女がひとりで、と魔道具を持たせることを主張したが、そうしておいてよかったと思った。せっかく面白い義従妹が出来たのだ、横から掻っ攫われるのはごめんだった。



 だが、さすがに馬車に押し込まれているのを見つけた時は、洒落にならないと眉をひそめた。


 無造作に体を動かす。能力を隠すこともせず走って馬車の後ろに飛び乗り、強引に扉をこじ開けて入り込んだ。飛んでいった扉に驚いた民衆がいたようだが、知ったことではない。当てはしなかったのだから、問題ではないだろう。


 車内には彼女以外に3人が乗り込んでいた。強引にだが軽々とアレイスタを持ち上げ押し込んでいたところを見ると、少なくとも1人は力自慢の獣人だろう。


 彼らは急に馬車に入り込んだエセルバートにひどく驚いたようだったが、反応は早かった。全員一斉に懐から銃を抜いた。


 が、エセルバートの方が早かった。


 2人は抜いた銃ごと腕を掴み壁に打ち付け、1拍遅れてもう1人を足で対面の扉に縫いとめた。鈍い音が響き、更に勢いでぎしりと扉がきしむ。スラックスの下、鉄骨の入っている軍用ブーツを履いていたせいだ。


「っかはッ……」


 最後1人は、足を使って首ごと縫いとめたせいで、呼吸が厳しいようだった。が、この程度で死ぬこともないだろう。それに喉がつぶれたとしても、エセルバートが気にするようなことでもない。むしろ、3人いても全く手応えがなかったことに、内心ため息をついた。


 少し動いたせいで、上げていた髪が乱れて一筋落ちてくる。首を振って目から払い、顔を上げればアレイスタと目があった。怯えさせないようににこりと笑ったら、はじかれたようにびくりと肩を揺らした。


 ああ、怯えさせたか、と思う。(※3)自身の楽しみのためには、これで距離を置かれるのは残念極まりない。どうするか考えつつ、笑顔のまま問いかけた。


「大丈夫ですか?」

「あ……、は、い。

 あ、りがとう、ござい、ます」


 顔が青ざめている。が、彼女はベールの奥の目をそらしたりはしなかった。と、背もたれにもたれかかったまま、彼女がゆっくりと下にずり落ちた。すべり落ちたため、帽子がズレて、彼女の顔がさらされる。


「……ふ、ふふ。

 ふふ、あはははははは!」


 さらに、急に笑い始めた。


 箍がはずれたのか、とエセルバートは眉根を寄せる。彼は戦場で似たような取り乱し方をする新兵を見たことがあったので、また面倒なと内心舌打ちをした。


「大丈夫ですか?」

「は、はは、はははははは…………助かったあ……」


 確認すれば、ひとしきり笑った後、なみだ目をすりながら、彼女はへにょりと笑う。その半泣きの情けない笑顔に目を見張った。


「……あの、本当に、ありがとうございました」


 再度礼を言って彼女がにっこりと笑った。エセル様はいつでも笑顔なんですね、そう言って苦笑した彼女に、


 瞬間。頭が真っ白になった気が、した。


 そして、これはいい、と思った。

 いい、とてもいい。



 落ちかける感覚にぞくりとしたが、それを表に出すほど子供でもない。笑顔を保ったまま、それはよかったと返事をする。


 さて、彼女が落ち着いたのであれば、拘束している彼らをまとめて片付け、御者の男も何とかしなければならない。視線を移せば、男たちは彼女の笑顔に晒されて、恍惚とした表情を浮かべている。なんとはなし面白くなくて、わずかに力を強めた。


 めきりと骨がきしむ感触が伝わってくる。


 痛みで我に返ったらしい男たちが、恐怖で引きつった顔を向けてきた。


「……!

 黒の……!?」


 気づいたらしい男が何か言いかけたが、そちらに視線を向けただけで黙り込んだ。顔色が青い。カタカタと振るえはじめたのが伝わってきた。すでに緊張が取れたらしいアレイスタが、その様子によくわかっていない顔をして首をかしげている。


「……?

 ええと、私、帰りたいのですが、いいでしょうか?」


 まあいいやと言いたげな彼女の提案は、震える男たちには天の助けだったろう。大きく頷く男たちに、どうも、と返し、すみませんでした、もう行けますと頭を下げてきた。


「いえ、お気になさらず。

 では、行きましょうか」


 そう返したエセルバートの笑顔に、アレイスタがおやという顔をした。


 腰を抜かしたでもなく、視線を逸らすでもなく。ごく普通に歩き出す様子に、これは楽しめそうだ、と嗤う。

彼は気づかなかったが、多分それは、アレイスタに向けた中で、はじめての自然な笑顔だった。


 エセルバート・ゴメスには、異性関係について特にこれといった性癖はない。しかし、こと彼の性格に関して言うならば、ゴメス家らしい戦闘に関する執着…端的に言えば戦闘狂であり、さらに多分に騒動を好む傾向がある。


  本当は。

 叔母の家で、このちぐはぐな義従妹に、なにがしかの予感があったのだということには、目を瞑っておく。



(※1)彼はローウェル女伯爵の息子であるので、成人時に彼女が持っていたトゥーロ子爵位を受け継いだ。そのため、それに対しての呼びかけをするならばロードとなる。ただ、本人は自己紹介時にサーとしか名乗っておらず、士爵以外の爵位を持っていることをアレイスタに伝えていない(それに知っていても、彼女は言及する性格ではない)。


(※2)女性は髪を長く伸ばし、ゆったりと結うのが主流。髪が短く、かつそれを晒している女性は、犯罪者として刑罰を受けたものと見られた。


(※3)動き云々より、アレイスタはこんな場面でも笑顔のエセルバートが怖かった。

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