006 奇襲を受けました
「大地母神の枝毛」島から、王都ロルーへ至るには、大陸の最寄の漁村へ船で1時間、漁村から馬車で州都へ1日半、州都から転送陣で一瞬、といった道行になる。漁村からの馬車は、サー・エセルバートが待たせていたものを利用した。サー・リチャードとサー・ウォルターは二人ともローウェル家領ホルスコから来たため、漁村からそちらに道が分かれている。
サー・エセルバートが事前に転送陣の利用申請をして予約を取っていたので、最短時間で王都に着くことができた。途中の息苦しさを思い出し、アレイスタはほっと息をついた。
アレイスタは博士以外の人間と親しくしたこともなく、透子はモンゴロイド以外になじみがない。だから、外人男と間近に接しているのはしんどかった。なによりでかい。分厚く筋肉がついているというわけではなさそうだったが、骨格が違うのか圧迫感が半端ない。狭い馬車で目の前に座られていると壁のようだった。笑顔を向けられているとはいえ、いやだからこそ、余計に怖かった。とにかく着いてよかった。
ちなみに、道中の車中泊はアレイスタだけで、サー・エセルバートは御者とともに野営した。このときほど彼が紳士でよかったと思ったことはない。一時的に圧迫感から開放され、本当によかったとしみじみ思った。
それに、なんだかんだ言いくるめられて、結局これから魔道具の通信石を購入し、2日に1回は彼に現況を報告することになってしまった。また長く付き合うと何かしら押し通されそうで怖い。親切の押し売りである。親切なだけに断りにくい。
転送陣のあった大きな建物は、比較的多くの人がいたようだ。出れば、陣の利用客目当ての辻馬車を多く見た。
初めて見た王都は、州都よりさらに大きかった。漁村と変わらず焼煉瓦で出来ているものがほとんど、大きめな建物は石造り。2階建て以上の建物も多い。
透子が透子のままで初めて見たら、異国情緒漂うその光景に感嘆の声を上げただろう。が、アレイスタが住んでいた家も似たり寄ったりな作りだった。アレイスタがアレイスタのままで初めて見たら、人の多さに驚いただろう。が、透子が住んでいた東京ほど人が多くも街が大きくもなかった。多分、総人口も全然違うのだろう。
そして、透子であるアレイスタはそのことに気づいて、なんとなく損をした気分になった。せっかくなので旅行気分で色々と驚きたかった。とはいえ、多種族入り乱れる通行人は、一見の価値があったが。
2人分の荷物を持った――断ったがやはり断り切れなかった――サー・エセルバートに先導され、彼が捕まえた辻馬車に乗り込んだ。御者への指示を聞けば、王都の内郭に向かうようだった。
アレイスタがいる間は一緒に宿をとると言っていたので――こちらもやはり断ったのだが――そちらで宿を探すのだろう。彼は王都で就職しており、そこで斡旋された住居があるらしいが、そちらは関係者以外立ち入り禁止らしい。
彼が選んだ宿は、上品だが気さくな雰囲気だった。サー・エセルバートが手続きをしている最中、ホテルというよりは民宿かなあと宿内を見回していたアレイスタは、そこで奇襲にあった。
その宿屋にはペットが飼われていた。毛足が長い金茶のたれ耳の大型犬と、太り気味の三毛猫。2匹が宿の待合室奥で転がっていたのを見て、アレイスタは呼び寄せるようにちっちっちと音を立てた。島では魚や海鳥、ネズミくらいしか見なかったが、アレイスタは動物が好きだ。
それに反応して耳をぴんと立てた猫が、なぜかすさまじい勢いで走ってきた。アレイスタは思わず身を引いた、のだが。
「げふッ」
弾丸のように走ってきた猫は、そのままアレイスタの腹につっこんだ。うめき声を上げたアレイスタの体に爪を立ててよじ登り、肩にちょうどよく体を落ち着けることが出来たらしい。ざりざりとした舌で頬をひたすら舐められる。痛い。
もう片方の頬に体を擦り付けられているせいで、振っているらしい尻尾が、しきりと額を打つ。なんの嫌がらせだと思ったが、喉をごろごろと鳴らしているということは、猫は上機嫌なのだろう。魚の味がするのだろうか。
と、今度は後ろからどしりと足に重量級の衝撃を受ける。たまらず膝を着けば、のしりと背中から圧し掛かられた。何かと思えば、先ほど見た大型犬だった。はっはっはと生臭い息が――物凄く、物凄く生臭く、そして生ぬるい
――、猫と反対の頬にかかり、べろんべろん舐められる。
2匹に嘗め回され、顔を覆っていたベールが帽子ごとずりずりと落ちてくる。左右前後に揺さぶられて、段々と態勢がつぶれてきた。
あ。これはやばいかも、と思ったところで。
「ターシャ!?」
「……!
お、お客様!申し訳ありません!
大丈夫ですか!?」
助っ人のおかげで助かった。
ほっと息を吐いたところで、視界の隅で文字が踊るのが見える。が、それは気づいたときには消えてしまって、読み取れなかった。
なんとか犬と猫を引き剥がし、借りた部屋に移動した。まったくはがれようとしない彼らは、頼めば離れてくれた。むしろ、すみませんすみませんと謝り続ける宿の方の扱いに困った。おかげで宿代が安くなったのだけれども。しかし、何が彼らをそこまで駆り立てたのか。
よだれまみれになったアレイスタは深く部屋のソファに座り込み、ため息をついた。
「大丈夫ですか?」
「……なんとか」
どうぞ、とサー・エセルバートが、茶を入れてくれた。まめな男である。アレイスタはありがたくそれを受け取った。