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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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005 サー・エセルバート・ゴメス

 サー・エセルバート・ゴメスは親切な男だ。

 ……ありがたいはありがたいんだけど……。


 自分の対面に座る優雅な男をちらりと伺うと、ばっちり目が合った。どうやら、こちらをずっと見ていたらしい。にこりと笑う男に引き攣りながらも笑みを返し、アレイ

スタは内心ため息をついた。狭い馬車の中、視線で息が詰まりそうだった。





 博士が亡くなった後すぐに、アレイスタはサー・ウォルターに連絡をとった。サー・ウォルターからは、博士の弟であるサー・リチャード・ゴメス・ローウェルと、そのサー・リチャードの次男たるサー・エセルバート・ゴメス、それに司祭と連れ立って島に行く旨書かれた手紙を受けとった。博士の希望通りに亡きがらを葬るためだ。遺言状の立会人であったレネ爺さんとミス・リップには、アレイスタからお願いをした。

 手紙を受け取ったアレイスタは、少なからず覚悟をしていた。義叔父と義従兄にとって、自分は招かざる客だろう。今時分継子いじめもあるまいが、博士の厚意がよくない結果を招くかもしれない。


 結果として、それは完全な杞憂に終わった。レネ爺さんの船から降りてきた彼らは、非常に紳士的だった。


 義叔父のサー・リチャードは、撫で付けられた色の薄い金髪に青灰色の目、彫りの深い顔に高い鼻といった、姉たる博士と似た風貌で、男振りもよかった。痩せ型だった博士に対して彼は体格に恵まれていて物腰も雰囲気も柔らかく、博士が峻厳たる冬の海なら、サー・リチャードは春の温かさがあった。

 対して、義従兄のサー・エセルバートは、初めのうち、完全に一線を引いていた。彼も父親と同じく穏やかな雰囲気をまとっていたが、初対面特有の見えない壁の向こうにいた。時折、視線を感じて顔を上げれば、すっと顔を逸らす彼が見えたので、警戒されていたのかもしれない。

ただ、ミス・リップは船の中で彼を気に入ったらしく、あれこれと話しかけていた。その対応から見て、悪い人物ではなさそうだとアレイスタは判断した。特に言葉をかわすことはなかったが、葬儀後に家に招いた時には、視線が合っても顔を逸らされることもなくなったので、短い時間だったが無害と伝わったのだろう。


 二人が穏やかなな人物だったので、軽食を勧めたテーブルでは、和やかな雰囲気で故人の話題を持てた。サー・リチャードが知る博士は、アレイスタやレネ爺さん、ミス・リップが知る彼女とは異なる。博士が幼い頃の話を聞き、ここで生活していた時の話をした。彼女について一番網羅的に知っていたのはサー・ウォルターだったが、彼は自分から話すことはなく、嬉しそうに相槌を打っていた。余分な口をはさまない性質らしいサー・エセルバートと、故人を直接知らない司祭は聞き役だったが、気まずさを感じさせるようなことはなかった。





 思えば、皆さんが帰られるという頃、そういえば帰りに同乗させてもらえないか、とお願いしたことが発端だった。


「嬢ちゃん、ここを離れるのか?」

「危なくないかねえ?」


 顔に、心配、と貼付けて、レネ爺さんとミス・リップが言った。


「はい、博士に同胞を捜す様に言われています。

 今から暖かい季節になりますから」


「……貴女が一人で?」


 その低い声に驚いて、アレイスタは動きを止めた。見れば、ほかもぴたりと口をつぐみ、驚きに目を軽く見開いている。

 その声を発したのは、それまで穏やかな笑顔で話を聞いていたサー・エセルバートだった。笑顔のままだったのに、不思議なことに恫喝されているような気分になる。


「はい。その予定ですが……?」


 多数種族が入り乱れるこの世界では、種族ごとに成長速度も寿命も違う。そのため成人は、基本教育が完了していることと、第二次性徴が現れたこと、の2つの条件を満たした段階でなされたと考えるのが普通である。

 アレイスタは孵化して6年になるが、条件を満たしているため、成人だ。1人で旅をしていてもそんなにおかしいことでもない。人態の外見もハイティーンだ。


 首を傾げながら、はて一体彼は何が気に入らないんだろうと問えば、声がより低くなった。笑顔のままなので怖い。


「……女性一人で行かれるつもりだと?」

「ええと……」


 他人を雇えるほど金もないし、他にいないのだから仕方ない。博士の遺産をいただいたが、それを使う気はなかった。


「でも、これもありますから」


 そう示したのは、博士の形見の懐中時計。さきほど、彼女の所有として登録されたものだ。実は身を守るための魔道具だと聞いて断ったのだが……


 -- 貴女は先ほど、剣も魔法もあまり得意でないとおっしゃっていたでしょう?

   身を守る手段はたくさんあったほうがいい。

   邪魔になるものでもないですから、取っておいて下さい。


 と、サー・リチャードに笑顔で押し切られた。

 懐中時計を見た後、少し考えたサー・エセルバートは、にっこりと笑って言った。


「では、身を隠すための魔道具を準備しましょう。

 女性一人だと危ないですから」

「え、いえ、その、そういったものを準備するお金は……」

「こちらで準備しますよ、従妹殿」

「そんな高価なものを準備していただくわけには」

「貴女は先ほど、剣も魔法もあまり得意でないとおっしゃっていたでしょう?

 身を守る手段はたくさんあったほうがいい。

 邪魔になるものでもないですから、取っておいて下さい」


 あれ、どっかで聞いた台詞だなとアレイスタは思った。


「いえ、でも」

「邪魔になるものでもないですから、取っておいて下さい」

「あの、」

「邪魔になるものでもないですから、取っておいて下さい」


 断ろうとしたのだが、重ねて言われる。笑顔が怖い。


「まあまあ嬢ちゃん、せっかくだからもらっておきなさいよ」

「なあ、せっかく旦那がこう言ってくださってるんだ」

「女性ひとりは危ないですからね」

「こういった準備はしすぎることはないですよ」

「息子の言うとおりですね」


 周りを味方につけられて繰り返し笑顔で押し切られ、結局断れなかったところも一緒だった。さすが親子だ、よく似ている。





 エセルバート卿は、何でこんなに親切なんだ。


 その後、レネ爺さんの船の人数制限に引っかかると聞いたアレイスタが、荷物だけ載せてもらえれば泳いで行くと言ったら、また怒られた。


「ええと、では歩いていきます」


 魚たちはアレイスタに親切だ。それこそ、皿を持って立てば、集まって先を争い勝手に皿に飛び乗ってくるほど。言葉がわかるので食べる気は起きないし、正直その気遣いが重いので勘弁してほしいと思ってるが、頼めば上を歩くくらい余裕だろう。バランス感覚は必要とされそうだけれども。

 と、伝えたのだが。


「……私と一緒に待っていましょうか」

「いえ、そんな手間ですし。

 私は魚人族なので……」


 別に濡れるとか気にしない、と言いたかったのだが。


「私と一緒に待っていましょう」

「あの」

「私と一緒に待っていましょう」


 上から被された。


「俺はそれでいいぜ、嬢ちゃん。

 娘っ子が濡れるのはよくねぇよ」

「せっかくだから甘えたらどうだい?

 一人で待ってるのもアレだしねえ」


 さっきもこの展開だった気がする、と思ったが、結局アレイスタは彼と二人でレネ爺さんを待つことになった。


 別れ際、なんだか妙に可笑しそうな顔をしたサー・リチャードと目が合ったと思ったら、彼は片目をつぶって見せた。


「まあ、そんなに困った顔をしないでください。

 私もあの子と同じく、貴女をとても好ましく感じています。

 こちらに来ていただけないのは残念です。

 機会があればぜひお立ち寄りください」


 歓迎はされそうだが、面倒なことになりそうだな、と思いながら返事をした。





 しかも、気づけば王都に向かう馬車の中、向かいあって座っている。


 確か、「王都には腕のいい魔道具が集まるんですよ」と聞いたときは断ったのだが。何がどこでこうなったのだろう。……義従兄怖い。そして視線が痛い。笑顔なのに痛い。

 アレイスタは博士と2人暮らしで、他の人間にほとんど会った事がない。そして透子は日本人だ。人と視線を合わせるのは苦手だった。


 彼は、ため息をついたアレイスタを気にせず、そのまま言葉を向けてきた。


「貴女は、叔母のことを博士と呼んでいたんですか?」


 その言葉に、アレイスタは呼び方を変えた日のことを思い出していた。アレイスタと博士は義理の親子に当たる。それは、手続きが完了した日のことだった。


 -- アレイスタ、私と貴女は親子ですね。


 -- はい。


 -- では、私のことを博士というのは少し他人行儀過ぎて不適切ですね。

   別の呼び方を考えなさい。


 -- 別の呼び方というと……。


 -- 一般的に、母親のことは母様かかさま、母上、お母さんなどと呼びます。


 -- ええと…


 -- 一般的に、母親のことは母様かかさま、母上、お母さんなどと呼びます。


 -- ……はい、母様。


 -- よろしい、ターシャ。


 よくよく思い出してみればそっくりだなこの二人、とアレイスタは思った。


「……いえ、母様と」

「なるほど。

 そして、貴女はなんと呼ばれていたんですか?」

「ターシャですが……」


 何が言いたいのだろう、と首を傾げる。


「従妹殿、私と貴女は従兄妹どうしですね」

「はあ」

「私のことをエセルバート卿というのは少し他人行儀過ぎて不適切ですよね。

 別の呼び方をお願いしたいのですが」


 あれ、また記憶に残っているのと同じやり取りだなとアレイスタは思った。


「別の呼び方といいますと……」

「私は、親しい人にはエセルの愛称で呼ばれています」


 なんというか、この難儀な性格はゴメス家のものなのだろうか。あまり、博士に押しの強さを感じたことはなかったアレイスタは、顔を引きつらせた。


「あの、私は」


 まだ親しくはないのですが、と言いたかったのだが。


「エセルの愛称で呼ばれています」

「あの、」

「エセルの愛称で呼ばれています」


 また被された。


「……はい、エセルさま」

「よろしい、ターシャ」


 サー・エセルバート・ゴメスは親切な男だ。

 多分。

 そして、押しが強い。

 その親切さと押しの強さに、アレイスタは潰されそうである。

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