036 テーラーメイド、プロトタイプ
この数日は特にトラブルがなかった割に、……もとい、『特に』大きなトラブルがなかった割りに、なぜか妙に慌しく過ぎた。10日弱の間に旅の準備をするだけの、余裕あるスケジュールのはずが、なぜか。
殿下方に振り回されたり、なんだかんだ小さなトラブルに巻き込まれたせいかと思われる。ジョン・ドゥに教えてもらってステータスを見る練習もしてたのだが、時間がないせいか進み具合は芳しくなかった。
経って、魔道具店ホップ・ステップ・ジャンプでの受渡日である。
早めにできたと連絡を受け、アレイスタ達は指定された時間に店を訪れた。
案内された室内はなぜか厚手のカーテンが引かれ、薄暗い空間になっている。目の前のテーブルには宝箱が置かれていた。彼女たちが来店するとともに、どたばたとセッティングされたのだ。わざわざ依頼した魔道具を宝箱に入れるあたり、いかにも子供だましでこの職人たちらしい。
3職人含め、店の者や付き添いの義従兄、お供の人形は、彼女から一歩引いた形で見守っている。職人たちは弟子含め、くたびれた雰囲気ながら妙に活気づいていた。
促され、アレイスタは宝箱に手をかける。こうも準備されると、流石に少しばかり緊張するなと思った。
腕に力を込める。
わずかに開いた箱から、きらきらと光がこぼれた。
その幻想的な演出に驚き、アレイスタは目を見開いて動きを止めた。思わず周りを見渡せば、職人ににっこりと笑顔で促される。それにうなずき、そのまま大きく箱を開けば、室内は七色の光りに満ちた。
さて。
箱を開いたアレイスタは言葉に窮していた。箱からは、未だ光りが溢れている。箱を開く際のエフェクトかと思えば、なんのことはない、入っていたもの自体が光っていたのだった。七色に。
暗闇なので、とても目が痛い。
始終色を変えながら光り輝くそれは、折り畳まれている。が、はっきりと――暗い中でそれだけ光っているのだ、見えすぎて目がちかちかする――縫製された襟首が確認できた。衣服である。3職人と相談した2回目の打ち合わせで、案にOKを出したとおりだ。が。
ちゃんちゃららんらんらららららららららんらららんらん……
思わずどこのエレクトリカルパレードだよとつっこみそうになり、アレイスタは言葉を飲み込んだ。脳内で勝手にBGMが流れる。
手に取って広げてみれば、それはフードがついた、長いコートの形をしていた。おかしなところは何もない――七色に発光している以外は。広げたせいで見える面積が大きくなり、余計に視覚にダメージを与えてくる。
たしかお願いしたのは、目立たないようにするためのものだった気がする、とアレイスタは自分の記憶を探った。
しかし、誘蛾灯にはぴったりなこの魔道具は、むしろ目立つのではないだろうか。
もっとも、虹色に発光するコートを着たものに近寄りたいかと言われれば、アレイスタは全力で関わりたくない。衣服と聞いてお任せしますと答えたことを、真剣に後悔した。この発想はない。これを自分が着るのだろうか。
ちょっと途方にくれる。
コートをつかんだまま周りを見回せば、すっと視線を逸らされる。ものすごくいい顔をした3職人と、いつもどおり無表情なジョン・ドゥ以外は。
目があった職人たちはぐっと親指を立て、泥人形はごく自然にこちらに近づいてきた。
「お手伝いします」
「え」
思わず手の中のもをの見下ろす。
「……その、ちょっと、これを着こなす自信はないのですが」
遠まわしに断ろうとするアレイスタに、ジョン・ドゥがうなずいた。
「ご安心を。
我が女主人でしたら、どのようなものも着こなせます」
しまった。
その堂々とした言葉に、アレイスタは思い切り顔を引きつらせた。先日、好きなようにしていいと言ってから、泥人形はこういった偏った言動を取るようになった。義従兄に聞いたところ、本来モンスターの僕はこういうものらしい。
透子もゲームで僕を連れていたが、こんな風だとは知らなかった。だってそうだろう、かわいらしい動物が後をについてきても、気にするようなことはない。だが、残念なことにジョン・ドゥは人型で話すのである。そう、残念なことに。
「さぞかしお似合いでしょう」
嫌がらせでなく好意なのでより性質が悪い。
七色に光るコートを着せられながら、アレイスタはそう思った。人間、あきらめが肝心である。
よくお似合いです、着心地はいかがでしょう、との声に悪くないと返事をしつつ、複雑な心境を味わう。着心地がどうとか言うよりも問題があるだろうと思うし、似合っていても別にうれしくない。
と、アレイスタがコートを着るにあたり、だんだんと申し訳なさそうな顔になってきたジャン・ポールに声をかけられた。
「その、なんだ」
いいにくそうな言葉に、そちらを向く。彼女の視線を避ける様にしたの方を向いた彼は、躊躇いがちに口を開いた。
「……その、悪かったな、ふざけて」
と、詫びていた声に、他2人の楽しそうな声が無遠慮に重なった。
「いやあ、発光七色、よく似合ってたねぇ」
「嬢ちゃん流石よなあ」
「お前ら、人がフォローいれてんだから黙っとけよ!」
それを背後に聞いて、ジャン・ポールが顔を引きつらせて突っ込みを入れた。ステフェン・スクルドとイムホテップが顔を見合わせて肩をすくめる。
「お前が一番ノリノリで作ってたじゃないか」
「全くおぬしのアイデアには恐れ入るわ」
「ちっげーよ!
おれ発案のはほとんどないだろうが!
お前らの悪ノリを取り入れただけだ!」
悪ノリだとわかっているなら取り入れないでほしい。
「まあ、なんだ。
それは目立ちたいとき様だ。
普段はオフにしとけばいい」
夜に、馬車にはねられたくない時とかな、と袖のボタンをいじられる。と、発光がぴたりと止まった。虹色が渦巻き溶けて、じわじわとなじむ。やがてコートは室内に溶け込むような、暗い茶色に変化した。
「周囲の色彩に溶け込むカメレオンコートを発展させた。
色数は少ないが、指定して固定することもできる。
目立たなくするために、利用者から半径1パーツ(※)程度の範囲で、他者の7識を鈍らせるように遮断の魔法も織り込んである。
ついでに、水精霊のドレスと同じ繊維も利用したから、水中ほどでなくても、魚人のお前のステータスをいくらか補助するはずだ」
強度はこれくらい、ここを押すとこういう機能が、水だから暑さに弱い、手入れはこう、とてきぱきと説明してくれる。はじめの脱力感を忘れ、アレイスタは目を丸くした。
「すごい」
思わず感嘆の声を上げる。
「ば、ばか!
こんくらい、別にすごくねえよ!」
職人ならこれくらい普通だ! と言い捨てて、ジャン・ポールは顔を赤らめてそっぽを向いた。そんな彼に、イムホテップとステフェン・スクルドがにやにやしながら声をかける。
「よく言うよ、何日か徹夜したくせに」
「完成した後鼻血出して倒れたのもいたのお」
「うっせえよ!
お前らだってカメレオンに集られたり、間違って髭を一緒に縫い込んだりしただろうが!」
「可愛がってただけで集られてないよ!」
「わしの髭は強度があるから分けてやっただけじゃい!」
道理で、妙な吸盤のあとがあったり、髭が短くなったりしていると思った。ずいぶんがんばってもらったらしい。
じゃれあっているような彼らに、栗鼠嬢が苦笑している。
「その、カメレオンコートのような獣属性のものと、水精霊のドレスのような精霊の遺産を掛け合わせる技術は、初めてなんです。
現在そのアイデアで知的財産としての申請をしています。
人に貸したりするのを控えていただけると助かりますわ」
つらつらと注意事項を説明された。なるほど、どうやら職人が意識をまわしそうにない法務などを取り仕切っているのは彼女らしい。
「了解しました。
ありがとうございます」
「お礼は彼らに。
その分御代に色をつけていただくと……とは申しませんが、機能のオンオフをしながら着て歩く広告塔になってくださると助かりますわ」
どうやら、広告や営業も彼女らしい。茶目っ気たっぷりにウィンクされて、アレイスタは苦笑し、
「確かに、隠密行動などにちょうどよさそうですね」
という義従兄の物騒な呟きに思わず固まった。
「軍部には売り込みを開始しています。
こちらの1点は機能開発のための試作品という扱いなので、目をつぶってもらえると思います。
ふざけた機能もついてますし」
「なるほど。
……よかったですね、ターシャ」
義従兄の言葉に、アレイスタはあいまいな笑みを浮かべた。
なんとも言いがたい気分で自分の着ているコートを見下ろす。どうやら、これはいずれ軍の機密扱いになる可能性があるらしい。言われてみれば、暗殺などに便利そうな機能が満載だ。うっかり虹色に発光させたらアウトだが。
「その色も、よくお似合いです」
背後に控えていたジョン・ドゥに声をかけられる。
彼にしてみれば、コートが虹色に発光していようがどんな機能を搭載していようが、アレイスタが着ているものであれば、別に関係ないらしい。
(※)1パーツ … 約2.5メートル