004 お客さんが来ます
アレイスタは黙々と荷作りをしていた。少し苛立ちながら。
思い立った……ではなく、思い出したが吉日。今日はこの島に人が来る予定だったので、帰りの船に同乗させてもらうつもりだった。元から博士の遺言に従って島を出る予定だったので、少し速まったといえ片付けも済んでいてちょうどよい。
苛立っているのは、片付けについてではない。この世界の仕様のためだ。
トランクにパンツをつっこむ。
視界の隅で文字が踊る。
【[古びた革製トランク]に[履き古したパンツ]を収納しました】
トランクに上着をつっこむ。
視界の隅で文字が踊る。
【[古びた革製トランク]に[着古した上着]を収納しました】
トランクに歯磨きをつっこむ。
視界の隅で文字が踊る。
【[古びた革製トランク]に[使い古した歯磨き]を収納しました】
「……ウザ……!」
いままでは、「こういうもの」として気にしたことがなかったが、透子の生活を思い出した後だ。何をしても流れていく文字が、ちらちらと視界を狭める。これが実に欝陶しい。自分の状態を把握出来るようになれば、これを流れないようにもできる、と博士が言っていたが、早くそうなりたいものだ。
と、視界の隅に黒い影。
「……ッ逃がすか!」
すかさずスリッパを構えたアレイスタは、その影を捕らえた。
すぱーん、と景気がいい音が響く。
視界の隅で文字が踊る。
【ゴキブリを仕留めました】
【仕留めたゴキブリの通算が50匹になりました】
【称号[油虫の狩人]を取得しました】
【スキル[スリッパ早打ち]を取得しました】
「……要らない……!」
アレイスタの呻き声が室内に響いた。
余談だが、彼女は100匹蝿を退治した人間が取得する称号、[蝿の殺戮者]も持っている。スキル[蝿叩き早打ち]はレベル2だ。
双剣技の取得スキルには、レベル2に達したものはない。
住居のある離島、大地母神の枝毛−−ふざけた名前だといつも思うのだが……−−は、つい先日まで博士とアレイスタしかいなかった。なので、最寄の大きな島にある雑貨屋から、生活用品が届けてもらっていた。
届けてくれるのは、漁師のレネ爺さんだ。この島には彼の船以外来たことがない。付近の海流が複雑なので、慣れない者では潮の流れが読めないらしい。
アレイスタは今まで島から出たことがないので、会ったことがあるのは4人だけ。一緒に暮らしていた博士、たまにくるレネ爺さん、1度訪れたゴメス家顧問弁護士のサー・ウォルターと雑貨屋のミス・リップ。全員人間だった。
今日は、レネ爺さんが、サー・ウォルターとミス・リップ、それに後3人を案内して来る。アレイスタが生活し始めてから、1番多い人間を見ることになる予定だ。
博士の葬儀と遺言の開示のため。
もう昼だから、そろそろ着替えた方がよさそうだ。昼の準備も必要だろう。
アレイスタは素早く身支度を整えると、昼の軽食を準備するために台所へ降りた。