033 海覇王の罠
「可憐な魔道武具師、アン!」
「い、いとけない魔道防具師、ドゥ……!」
ここで一呼吸置いて。
「2人そろってアン・ドゥ!」
じゃーん! と口で効果音を出しつつ、決めポーズ。
見覚えのある行動を取っているのは、つい先ほどマティルダが声をかけた王宮博物館職員だ。種族は違うようだが、2人とも背が小さく、なぜか妙に動きが似ていて、コミカルな印象を与える。より小さい方は、恥ずかしいのか、ちょっと顔を赤らめていた。
小動物じみて、非常に可愛らしい。
「ふふ」
なので、思わず笑ってしまった、のだが。
「同志よね!?」
「……同志、だわ……」
顔を輝かせた2人に詰め寄られ、アレイスタは顔を引きつらせた。なんで自分はまたも同じ轍を踏んだのか、と後悔が襲う。
「あのね、今ポジションが空いてるのよね!」
「ちょ、ちょうどいい、と、思う、の」
きらきらとした視線が痛い。
視線を避けつつ、どう断ろうか言葉を詰まらせると、横からぐいと腕を引かれた。さらに、わずかに屈んだところを、ぎゅっと首に腕が回される。
「ちょっと!
レイはそんなのに混ざらないから!」
「お姉さんはこっち!
やるとしたら僕と!」
「えー」
「……え……」
ぶーぶーという女の子2人のブーイングをステレオで聴きながら、ほっと胸をなでおろす。殿下方2人に感謝した。うっかり混ざることになったら、と想像するだに恐ろしい。背丈からいって、さぞかし悪目立ちしただろう。
「改めて、あたしはアンジュ。
アンって呼んでね!」
「私、ドミニク。
ドゥ、って、呼んで」
非常に見覚えのある2人は、想像通り魔道具店ホップ・ステップ・ジャンプの関係者だった。アンジュが骨太なイムホテップの、ドミニクが小柄なジャン・ポールの娘らしい。アンジュは骨太な印象ではないが、よく見れば髭をそっているようだったし、ドミニクが両側に結んでいる髪は親譲りの巻き毛だった。
「アレイスタ・ゴメスです。
……っと、こちらが、ジョン・ドゥ、さん」
2人は当然名乗りがあるものと目を向けたが、ジョン・ドゥは微動だにしない。仕方ないのでアレイスタが紹介した。どうやら、彼は通常、アレイスタが絡まないと反応しないらしい。まったく、迷惑なことだ。
アレイスタの紹介を受け、ジョン・ドゥはようやく動いた。アレイスタと一瞬視線を合わせ、彼女達に綺麗で隙のないお辞儀をする。
「ジョン・ドゥです。
以後、お見知りおきを」
それを見て、2人は声を上げた。
「うわ、高度泥人形族よね!?」
「すごい……珍しい」
喜々としてジョン・ドゥを囲んで、物珍しそうにしている。
「どうして直ぐにわかったんですか?」
ぱっと見、ものすごく顔色の悪い人間にしか見えないと思うのだが、とアレイスタは首を傾げた。ちなみに、マティルダとアルヴィンの2人には、こちらに来る前に説明をしている。付き従う彼の態度を見て、どうしたのかと聞かれたからである。
アレイスタの質問に、2人は顔を見合わせる。頷いて、先に口を開いたのはドミニクだった。
「見たこと、あるの。
遺跡と一緒に、たまに、発掘されるの。
モンスターだけど、無機物、だから。
スキル[鑑定(道具)]の、対象に、なるの」
なるほど、よくできたロボットのような扱いか、とアレイスタは頷いた。しかし、人にしか見えないものに鑑定をかけたとはすごい。見覚えがあると言っているが、もしかして全部同じ顔なのだろうか。それとも、壊れたものがあったとか。
ドミニクの訥々とした説明に、アンジュが続ける。
「それに、貴女のステータスにもあるもの。
武器職人と防具職人は、スキル[力量把握]を初期に取るのよね!」
「へえ、すごいですねえ」
自分のステータスも確認できないアレイスタから見ると、実にうらやましい。どうやったら身につくのか、機会があれば教えてもらいたいものだ。
感心したところで、アンジュがでも、と顔をしかめた。
「武器や防具には分類されないから、私たちだと専門外なのよね」
「鑑定も、できるけど。
専門外だから、簡単なこと、だけ。
得意は、もう一人」
鑑定してもらう必要はないのでいいが、どちらかというと他に気になることがある。ホップ・ステップ・ジャンプに、アン・ドゥときたら。
「最後の一人はトロアさんというお名前で?」
「なんでわかったの!?」
「すごい……!」
驚きの声を上げる二人に、アレイスタは苦笑いを浮かべた。なんてネーミングセンスだ、全く。
「……今日は、どのような、ご用?」
「早くするのよね!」
ぶーたれた2人が、不機嫌そうに聞いてくる。はしゃいでいたところを、マティルダが一括したことが気に入らなかったらしい。アレイスタの腕をとっているマティルダも、首に腕を回しているアルヴィンも妙にイライラとしていて、雰囲気は悪かった。
弱ったな、とアレイスタは苦笑を浮かべた。子供が新しい玩具を手に入れて見せびらかしに来たところ、手を出されて駄々をこねているように見えたのだ。微笑ましいが、少しばかり困る。しかしまあ、何とかなるだろう。
「前に見せてくれただろ、海覇王のやつだよ!」
「レイは、魚人よ。
同族を捜すっていうから、ヒントになるでしょ」
ぎゅうとしがみついている殿下方が、口々に言った。
これからどうするのかを朝食の席で聞かれたので、サー・エセルバートやサー・リチャードにしたのと同様、同族を捜す旨説明してある。さらに言えば、「黒髪黒目の『カワナカヒロタカ』という少年を覚えているので、彼を捜すつもりだ」と説明してある。その少年が魚人でないことは説明を省いたが、嘘はないからいいだろう。
それを聞き、2人がぱん、と手を叩いた。
「……ああ、あれ」
「早く言うのよね!
取ってくる!」
ぱっと身を翻してすごいスピードで歩いていくアンジュ。博物館というから走ってはいけないのだろうな、とアレイスタはあっけに取られてそれを見送った。
ぼうっと去って行った方を見ていたら、やはりすごい勢いで戻ってくる。手には木箱を抱えていた。
「持ってきたのよね!」
彼女が抱えていたのは、古ぼけた木箱だった。テーブルの上に荷物を置く彼女に、ドミニクがつと傍に寄る。なんとなくだが、雰囲気が浮かれていた。
理由はたやすく想像できるな、とアレイスタは目を細めた。たぶん、専門でないと言いつつも、大抵の専門家と同じく自分達の分野について他者と話ができることが嬉しくて仕方ないのだろう。彼女達も、親同様の専門馬鹿のようだ。
「レイ」
「はい」
そんなことを考えていたら、マティルダに腕を引かれた。殿下方の様子を軽く伺えば、すでに2人の興味が品物に移ったせいか、やはり先ほどまでの不機嫌さはかなり直っている。とはいえ、こちらをじっと見ていたアルヴィンと目が合った。ぎゅ、と抱きついてくる腕に力を込められ、苦笑する。ともかく、予想通り雰囲気が持ち直したのでありがたいことだ。
促され、テーブルに近づく。テーブルの上にそっと置かれたそれは、特になんの表書きも塗りもない。そっけない白木の箱が、年月を経て薄汚れている。
「これが、海覇王の、ゆかりの、品物」
「世界会議の後、陛下がいただいたらしいのよね。
当時の陛下は珍しいものを集めてたから、魚人族珍しいって声かけたみたいなのよ」
魚人族は、ほとんど歴史の表舞台に出てきたことがない。恐らく、生息域が他種族とはっきり分かれていて、係わりが薄かったせいだろう。
そんな中、一人だけはっきりと名前を残した者がいる。陸で名を馳せた狂覇王に対し海覇王と呼ばれたその男は、第三次世界動乱の際の魚人族の長だった。
当時、ちょうど愚帝ヨアヒムが純血政策を宣言した直後の世界会議の席に、かつてない規模の国家・種族群が集まった。その中、魚人族の長として、かの海覇王もいたのである。
彼が有名になった原因は、その会議上での演説にある。詳細は割愛するが、長は民のしもべである、長は死ぬまで民に尽くすものだというその演説は、当時の人々に大きく感銘を与えたという。また、その後の民主主義運動家に引用されるようになった、……らしい。どこまで本当かなどわからないが、まあ歴史上の人物などそんなものだ。
そういった説明を交互にしながら(よく知られていることのせいか、マティルダとアルヴィンは明らかに聞き流していた)、アンジュが嬉々として箱に手をかける。
そうして、中から出てきたものは。
「これは……」
箱の中にあったのは、妙な形状のものだった。アレイスタの手のひら部分ほどの大きさの、骨のような白っぽい塊が2つ。短い棘が、放射状に突き出ている。といっても雲丹のように全方向でなく、のっぺりと平面状で、せいぜい60度くらいの間に5本だけだ。間に薄い皮膜の乾燥したようなものが残っており、手のように見えなくもない。飾りだろうか、小さい宝石が取り付けられ、細い鎖が垂れ下がっていた。
「……なんでしょうか」
歴史上の人物が絡んでいるし、王宮博物館だし、てっきり、何かすごい物が出てくるかと思ったのだが。
「それが、どういうものかわからなかったのよね」
「私達、装備、できない。
魚人専用、みたい」
普通、贈る相手に使えないものは贈らないだろうに、とアレイスタは顔を引きつらせた。当時のエルゲントス王は、随分と図々しいお願いの仕方をしたのだろうか。
「鑑定では?」
「使われたことがないし、年月が経ってるから、詳細が不明になってるのよね。
誰かが装備するまでわからないのよね」
そういうものか、とアレイスタはうなった。便利なようで便利でない仕様である。
「ね、お姉さん、装備してみてよ!」
「そうよレイ、何かヒントになるかもしれないし」
「え……」
抱きついたままのアルヴィンとマティルダに言われ、アレイスタは戸惑いの声をあげた。収蔵品をそういう風に扱うのはいかがなものか、というのと。
ちらりと品物を見る。正直、得体が知れないので、あまり触りたくない。詳細がわからないせいか、河童のミイラとか、天狗の鼻とか、その手のものを思い起こさせる。
「楽、しみ」
「ようやく何なのかわかるのよね!」
「僕は、武器だと思う!」
「装備品だって言ってたでしょ。
扇子じゃないかしら」
4人が、きらきらとした目で品物やアレイスタを見、楽しげに談笑している。
……とても断りにくい。
「ね、レイ、つけて上げるわ!」
「あ、ルディ姉さまずるい!
僕も!」
マティルダとアルヴィンの輝かんばかりの笑顔が、こちらに向けられる。
及び腰だったアレイスタは、それに白旗を揚げた。
「……では、お言葉に甘えて。
お2人にお願いします」
マティルダとアルヴィンに頼む。2人で、となってちょっとふてくされたらしいマティルダには、苦笑するしかない。お願いしますルディ、と頼みなおせば、気を取り直したらしい彼女は、仕方ないわね! と応じた。
とはいえ。
「どういうものでしょうね?」
それぞれ、手にとったまま持て余していた。
「留め金とかないのよねえ」
「使い方、わからない」
めいめいが首を傾げる中で、マティルダが提案した。
「レイが持ってみたらどうかしら。
はい」
「はあ」
差し出されるままにおっかなびっくり受け取ったが、アレイスタが触ったところで何の変化もない。
触ったそれは特に温度もなく、からからと乾いた軽さがあった。
「うーん?」
アルヴィンからも受け取り、両手に持ってみる。ひっくり返しても、何も変わらない。そもそも、どちらが表かもわからないので、意味もない。
さてどうするか、と視線を上げたところで、先ほどから特に話もせずじっとしている男が目に付いた。
「貴方は、知りませんか?
装備の仕方」
「は。
外耳と頭の間に差し入れますと、装備可能となります、女主人」
「知ってたなら早く言いなさいよ!」
マティルダが吼える。全くその通りだとは思ったが、義従兄の言っていた通り、融通が利かないのだろう。
皆が見ている中、す、と両手を動かして、それぞれを耳裏と頭の間に持っていく。と。
頭に触れるか触れないかという時だった。手の中で、どくん、という脈動を感じる。つぷ、と自分の頭との境目があいまいになった。
「え」
慌てて手を放そうとするが間に合わない。下がっていた鎖が意思を持つように鎌首をもたげる。しゅるり、と上ったそれは、アレイスタの耳に牙をむいた。
「痛!」
「レイ!」
「お姉さん!」
ぷすぷすぷす、とアレイスタの耳に刺さったそれは、しゃらんと涼やかな音を立てた。短かった棘がつつと伸び、間の干からびていた皮膜がぐんと上まで伸びる。彼女の血を吸ったせいか、色のついていなかった石が、さらに皮膜が赤く染まった。
端から見れば、赤い水かきのような形だ。その膜とアレイスタの耳が、飾りのついた鎖でつながっている。なぞってみれば、根元はアレイスタ自身にもぐりこんだようになっていた。全体的にほんのり暖かく、なぜか触れられた感覚もある。
「すごい!
お姉さん、綺麗だよー」
「人魚の飾りみたい。
レイ、似合ってるわよ」
アレイスタ自身には見えないのだが、きゃっきゃと大喜びの殿下方を見る限り、見目は悪くないのだろう。そして。
「大した造りなのよね」
「この効果……見事」
嬉々として虚空を見る――たぶん、アレイスタのステータスから物品の詳細を見ている――博物館員の様子では、どうやら効果も悪くなさそうだ。
と、思ったのだが。
視界の隅で文字が踊る。
【[海覇王の水かき]を装備しました】
【なお、本装備品は、種族が変更されるまで変更できません】
いやいや、ちょっと待った、とアレイスタは思わず固まった。
が、アナウンスは止まらない。
視界の隅で文字が踊る。
【能力値[雰囲気]に、能力ポイント補正1が入りました】
【能力値[雰囲気]が、10になりました】
【能力値[内的魅力]が、19になりました】
【能力値[魅力]が、44になりました】
【能力値[個人的な幸運]に、能力ポイント補正1が入りました】
【能力値[幸運]が、1になりました】
【能力値[運]が、22になりました】
補正が入るのはいい、ありがたいことだ。実にありがたい。
が、問題はその前である。
「……あの、なんか、今、妙なアナウンスがあったんですが。
その、外れないっぽい感じの……」
冷や汗を浮かべたアレイスタの声に、笑っていた4人がぴたりと動きを止めた。まじまじと虚空を見たアンジュとドミニクが、妙な顔をする。
「……あら、本当」
「グレーアウトして、触れないみたいなのよね?」
冗談だろう、とジョン・ドゥを見る。
「……外れないんですか?」
「左様でございます」
「……だから、知ってたなら早く言いなさいよ、そういうことは!」
マティルダが吼える。うつろな笑いを浮かべながら、全くその通りだ、とアレイスタは思った。こんな目立つものを街中で着けていろというのか。もう笑うしかない。