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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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032 予定は未定でなく

 結果として、ジョン・ドゥは無罪放免になった。モンスターは思想や主張を持たない、という一般常識ゆえだ。思想も主張もないから誘拐犯に加担などありえない。それに、彼――と言っていいのか迷うところだが――は、既にアレイスタのサーバントである。協力者の所有となったのなら問題なかろう、ということだ。


 ……なんとなく、厄介な荷物を押し付けられた気分になる。気のせいだと思いたい。


 彼が解放されれば、アレイスタがやれることはない。元々協力者の彼女は事件の当事者でもなく、事情聴取もざっくりしたものだった。

 いずれにせよ、早々に終わったのなら重畳だ。事務所扱いのせいか、椅子が硬くて尻が痛くなってきていたので。泊まった部屋は随分といい家具だったが、仕事場は質素なものだ。


 ここにいても仕方ない。宿屋に帰って、義従兄の仕事が終わるまで昼寝でもしていよう、とアレイスタは立ち上がった。当然の様にジョン・ドゥが付き従う。


 情報は多い方がいい。一刻も早く甥っ子の情報を集めに行きたい、と気は急く。だが、どうやら義従兄を待つしかなさそうだ、と思い、ため息がつきたくなった。


 もし当初予定通り出掛けるにしても、一人では不案内で心許ない。それに、厄介ごとに好かれる彼女だ。その上、更に面倒を呼びそうなものを連れてなど、絶対にイヤである。



「アレイスタ嬢」


 と、部屋から出たタイミングで ロード・ノースベローに声をかけられた。彼は言いにくそうにしていたが、少しして口を開いた。


「その、……先ほどは、申し訳ありませんでした」

「はい?」


 なんのことやら。

 首をかしげれば、彼はわずかにアレイスタの後ろを見やり、すまなそうに続ける。


「先ほどは、乱暴な言葉をぶつけてしまいました」


 成る程、先ほどのジョン・ドゥの指摘? を気にして、悔いていたらしい。襲われたのは自分だというのに、それとは話が別という。なんとも真っ直ぐだ。


「先ほども言いましたが、私の言葉が良くなかったのです。

 ご不快だったでしょう」


 こちらこそ申し訳ありません、と苦笑して頭を下げる。本当なら襲った当人(当モンスター? )にも頭を下げてもらいたいところだが、成り立て主人マスターとしてはそれを指示するのもためらわれた。

 頭を下げたアレイスタに目を丸くしたロード・ノースベローは、慌てて声を上げた。


「いえ、やはり自分が乱暴でした。

 女性に対して、配慮が足りず申し訳ない」


 そう言って、生真面目に頭を下げられる。育ちがいいのだろう、お辞儀の仕方も折り目正しく優雅で、実に美しい。

 そのまっすぐな態度にアレイスタは素直に感心し、微笑ましく思う。恐らく、彼が僅かに幼い印象を与えるのは、この性根によるのだろう。まっすぐで気持ちがいい。マティルダやアルヴィンにも通じるものがある。そして、彼女の可愛い甥っ子にも。

 きっと、彼はよい隊士になるのだろう、とアレイスタは目を細めた。




「ところで、アレイスタ嬢はこれからどうなさるのですか?

 よろしければお送りしますが」


 いえいえ私がいえ私が、というひとしきりのやり取りの後、ロード・ノースベローに尋ねられる。先ほどよりは少しばかり打ち解けた雰囲気だが、やはり彼は生真面目な性質らしい。アレイスタの方は先ほどの態度から好感を持っているのだが、彼がアレイスタに対して馴れた様子を滲ませるようなことはなかった。


「宿に戻るつもりですが、お気遣いなく」


 ちょっと遠かった気もするが、宿の名前も覚えている。懐と相談して馬車を捕まえても、連れがいるので歩いてもいい。歩き回るならともかく、帰るくらいなら何事もないだろう。そう考えながら返事をする。


 しかしその答えの何が気になるのか、僅かに眉をひそめられた。


「では、お送りします」


 この対応にアレイスタは、ん? と少しの違和感を抱いた。彼は女性に馴れ馴れしいタイプではないが、わずかに過干渉の感がある。彼なので下心はないだろうが。

 それとも、アレイスタの中に透子の経験があるから妙に感じるだけで、こちらの文化では普通のことなのか。


 まあ、どうでもいいか、と流すことにした。考えても仕方ないので、普通に対応する。


「あの、お気遣いありがとうございます。

 でも、それよりもご自分の体のことを大事になさってください」


 お疲れでしょう、顔色が良くありませんし、と気づいたことを口にすれば、彼は虚をつかれたようだった。


 実際、彼の顔には、隈が浮かんでいる。仮眠は取ったかもしれないが、十分ではないのではなかろうか。


 だから、とアレイスタは言葉を続けた。


「私のことよりも、ご自身をおいとい下さいませ。

 ロ……、ダヴィー様」


 ぽかんとしている彼に――そんな顔をしていると余計に幼いのだが――微笑んで言う。その幼さが、アレイスタには好ましい。

 が、返事がない。


「……ダヴィー様?」

「あ、いえ。

 なんでありません」


 彼は呼びかけられ、すぐに我に返ったらしい。少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、口を手で覆って視線を逸らされる。

 目の前にいたアレイスタは、少しばかり気まずい思いを味わった。別に自分が何かしたわけではないが、他人が恥らう姿というのは概して気まずいものである。目の前にいられては見なかったフリも難しい。

 背後のジョン・ドゥに軽く視線を送るが、彼はどこ吹く風である。まあ期待はしていなかったが。


 ロード・ノースベローは、気を取り直したらしい。こほんと軽く咳払いをした。


「帰られる予定でしたら、やはりお送りします」

「大丈夫ですよ、その、彼もいますし」


 ちらりと後ろを見やる。端から見れば、連れ立っている相手に見えるはずだ。防犯上は問題ない。

 しかし、目の前の相手は納得できないようだった。


「ですが」

「貴女は、あまり単独で動かない方がいいですよ、ターシャ」


 中で話しが終わったのか、サー・エセルバートが部屋から出てきた。


「エセル様」

「と、言いたいのだろう?」


 いつもの笑顔のまま、彼はロード・ノースベローに水を向けた。向けられた先は、気まずそうに視線を逸らしている。


「……まあ、そうです」

「あの?」


 どういうことだ、と義従兄を見やれば、肩を竦められた。


「貴女は、トラブルの撒き餌のようなものかと」


 あんまりな言い分である。


 義従兄も自分に対して、随分と遠慮のない言い草をするようになったものだ、と苦笑する。彼も疲れているのかもしれない。可愛らしく顔に出すような性質ではないようだが。

 しかし、いくらなんでも帰るくらいは大丈夫だろうに。


「な、私はそこまでは!」

「だが、そういうことだろう」


 横で、ロード・ノースベローが反駁した。しかしサー・エセルバートは慣れているらしく、食って掛かる彼をさらっといなす。


「厄介ごとが入れ食い状態になった場合、力押しで来られれば貴女では対処できないでしょう。

 ですから、単独で出歩かない方がいい。

 それに、融通が利かない彼では、穏便な解決は難しいかと」


 成る程、ロード・ノースベローの態度にも合点がいった。彼は心配してくれていたのだろう。

 とはいえ、さすがに心配のしすぎではなかろうか、と主張してみた。


「その、帰る間くらいなら大丈夫だと思うのですが」

「昨日、古着屋までの1時間弱の間に浚われかけたでしょう」


 指摘されてアレイスタは押し黙った。忘れていたが、言われればその通りである。しかし、あの時のサー・エセルバートの対応が穏便だったかと言えば、少々疑問が残るのだが。

 義従兄の言葉に、初耳だったらしいロード・ノースベローが目を剥いた。


「そんなことが。

 アレイスタ嬢、やはり一人で帰られるのは避けた方がいいかと。

 貴女は、ご自身のステータスをもっと自覚すべきです」

「その通り。

 誘拐犯の釣餌にもなった自分のステータスを自覚してください」


 2人で畳かけられる。あれ、なんだろうこの微妙な既視感。


「というわけで、出歩かず、待っていてください。

 私はもう少しすれば解放されるので」

「その、でも」


 馬車を呼べばいいだけの話だと思うのだが。


「出歩かず、待っていてください」


 にっこりと笑顔で押し切られる。その笑顔が怖い。

 そういえば、アレイスタの義従兄はこういう性格だった。




 聞けば、元々休暇中だったサー・エセルバートは、半日もすれば休暇に戻るのだそうだ。そのため、昼時まで待っていてほしいという。

 やはり笑顔が怖いので、アレイスタはこれに頷いた。まあ、特に反対する理由もない。


「では、どこかで時間を潰しています。

 よい場所はあるでしょうか」

「ああ、それでしたら」


 と言いかけたところで、ロード・ノースベローが目を見開いた。なにやらにぎやかな音がするなと思いつつ、彼と僅かに身を引いた義従兄の視線を追い、振り向く。


「お姉さん!」

「レイ!」

「ぐっふ!」


 その途中で、横腹に2人分の衝撃を受けたアレイスタは、ジョン・ドゥに横っ飛びにぶつかった。微動だにしない彼のおかげで倒れずには済む。が、妙に硬く、横腹と肩、顔の半分に地味にダメージを受けた。さすがは泥人形ゴーレムである。


「ご無事で?」

「だ、大丈夫ですか?」

「はあ、ありがとうございます……」


 ジョン・ドゥとロード・ノースベローに声をかけられた。痛いが、まあ無事である。

 しかし、と義従兄に視線をおくる。そ知らぬ顔をしている彼は、先ほどさりげなく身を引いて巻き込まれるのを避けてた。全く食えない男である。立場上手を出せないのかもしれないが、せめて警告してくれればいいものを。


「レイ、終わったのでしょう?!

 王宮博物館に行くわよ!」

「お姉さん、あのね、海覇王の品物があるよ!

 思い出したんだ!」


 吹っ飛ばした当の2人の殿下方は、ぺしょりとジョン・ドゥに張り付く形になったアレイスタに頓着せず、ステレオで話かけてくる。実ににぎやかである。

 体を起こそうにも、微妙にバランスを崩した上に彼らが圧し掛かっている状態だ。イマイチ上手くいかず、アレイスタは顔だけ振り返った。


「ええと、お2人とも、授業は?」

「今は休憩時間だよ!」

「終わったら声をかけろと言ったでしょう?

 この後の魔導の授業は付き合いなさい!」


 見れば、申し訳なさそうな顔のロード・ノースベローと、肩を竦めるサー・エセルバート。どうやら、アレイスタの午前中の予定は決まったようだった。


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