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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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031 持ち物には記名せよというけれど

 アレイスタに対してはなぜか丁寧だった無表情男は、身分証不携帯で名前(あれはいくらなんでも偽名だろうとのこと)、住所、身元保証人、いずれも不明だという。しかも他の人とはイマイチきちんと会話しないらしいので、これを聞き出してほしい、とのことだった。

 自分もそんなに話してないんだけどと思いつつ、どっちにしろ義従兄の仕事が終わらないと街に不案内な彼女はどうしようもない。なので、アレイスタはその話を受けた。


「ステータスを開示して欲しいのですが」


 部屋に入り、アレイスタは単刀直入に切り出した。

 彼女とともに入室し横に控えている義従兄殿は、スキル[力量把握]で他人のステータスを確認できる。が、現状見えてないとのことだったので、とりあえず頼んでみたのだ。手っ取り早く終わらせて、さっさと甥っ子情報を集めに街に向かいたい。案内つきで。


 それに対する彼の返事は、予想外だった。


我が女主人ミレディ、我は特にステータスを秘匿しておりませぬ」

「そうなのですか」


 横の義従兄と童顔隊士に視線をやる。サー・エセルバートは肩を竦め、ロード・ノースベローは顔をしかめた。


「馬鹿な。

 ならば、こちらのスキルで把握できないはずがない」


 その言葉に、ジョン・ドゥに視線を移す。


「見れないようですが、原因はなんでしょうか」

「我の状態のためかと」

「どういった状態ですか」

「所有者の承諾を待っている状態です」


 ……ん、なんか嫌な言葉を聞いたな、とアレイスタは思った。


 知らない間に、『話を早く聞けるように協力をして帰る』のつもりが、『巻き込まれないように慎重に話をすすめ、かつ早く終わらせて帰る』に、難易度が変更されたらしい。アレイスタのことを女主人と呼ぶ、特殊な性癖を持つらしい男の脳内設定のせいで、面倒に巻き込まれてはたまらない。

 勘弁してくれ、と慌てて頭を働かせた。不自然に感じられないように逃げ出すには、さて、と頭をひねる。


 ここでのベストは、彼に関わらず、つまり王国軍に目をつけられていそうな男と長く接点を持たず、この場から離れられることだ。なぜなら、アレイスタはダミアンたち誘拐団と合流しなければならない。王国軍に疑われるような要素は持ちたくなかった。せっかくの甥っ子へのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


「あなたは、誰かに所有されるものなのですか」

「左様でございます」


 うわあ、肯定した。

 内心アレイスタはドン引きだが、ある意味都合がいいとも言えなくもない。この手の不気味な発言を続けていただき、女の子を関わらせたらまずそう、という雰囲気の元に離脱を狙おう。案内はさっくり諦める。


 だが、アレイスタの目論見どおりに物事が進むことなど早々ないのだった。


「その、失礼を承知でお聞きしますが、あなたがそういった性癖を持っていらっしゃるからですか。

 罵られて喜ぶ類の」

「ぶっ」

「なっ!

 アレイスタ嬢!」


 横の声にそちらを見れば、真っ赤になったロード・ノースベロー。


「未婚女性がそのようなことを口にするものではありません!」

「申し訳……」


 すごい勢いで怒られた。横で噴出したらしい義従兄殿は苦笑いである。未婚女性としては褒められた台詞でないのは全くその通りなので、大人しく頭を下げる。


 いや、下げようとした。


 ガッ! と、横合いから出た腕が、ロード・ノースベローの口を押さえたのだ。アレイスタは一瞬のことに驚いたが、気づけば義従兄も自分の腰の剣に手をかけている。


「貴様、我が女主人に対し、随分と乱暴な言葉を使う」


 慌ててそちらを見ると、気づけば腕の主、ジョン・ドゥが横に立っていた。その顔は今だ無機質な無表情のままだが、僅かに怒気が浮かんでいるようにも見える。


「その手を放せ」


 静かなサー・エセルバートの勧告に、彼はちらりと視線を動かしただけだった。


「我は我が女主人ミレディの指示にのみ従う。

 それは貴様ではない」


 その言葉に、サー・エセルバートが顔をしかめた。


「……貴様、まさか」


 義従兄が振り向く。彼は、なぜか微妙な顔をしていた。


 と、なにか鈍い音が響く。


 そういえばこの無表情男は怪力の持ち主であった、とアレイスタは思い出した。抜けた床とアレイスタ(と便器)を片手で回すような男だ、本気になればとんでもないことになるのではなかろうか。

 頭の中に、りんごを片手で握りつぶすプロレスラーの映像が流れる。りんごの役割を振られるのは、この場ではロード・ノースベローの頭になるだろう。一瞬で想像し青くなったアレイスタは、慌てて声を上げた。


「あ、あの、私は、その、なんとも思ってないですから。

 むしろ今のは私が悪かったですから!」


 恐ろしくて喉が渇き、声が少し上ずっていることに自分で気づいた。みっともないが、それどころではない。


「しかし、女主人」

「だから、手を放してください!」


 目の前でそんなこと勘弁してほしい。物騒なことはごめんだ。しかも、その原因が自分のせいにされそうとか絶対にイヤだ。

 声を大きくしたアレイスタを見て、ジョン・ドゥは不思議な表情をした。いや、無表情は無表情のままなのだが。


「それは、主人としての命令ですか」


 そういえば、こんな質問を昨晩も聞いたなと、ちらと脳裏に浮かぶ。とはいえ、それがどういった意味を持つのか、そのときのアレイスタに考える余裕はなかった。


「ターシャ、いけない!」

「はい、命令です!」


 サー・エセルバートの制止の声と、アレイスタのそれはほぼ同時だった。


 ジョン・ドゥが、ロード・ノースベローから手を放し、口の端を持ち上げる。初めてきちんと笑みの形を作った。


「了解いたしました。

 すべては御心のままに、我が主よ」


 てっきり表情など存在しないと思っていた相手の笑顔に、アレイスタはあっけに取られる。



 視界の隅で文字が踊る。

【ジョン・ドゥの、主従の誓いを受け入れました】

高度泥人形ハイ・ゴーレム族の僕の取得に成功しました】

【ジョン・ドゥを、サーバントとして登録しました】

【新しい名前を指定することができます】



 え、何が起きたのだろう。


「っ痛……」


 ぽかんとジョン・ドゥを見ていたが、すぐにロード・ノースベローの状態の方が重要だと我に返る。慌てて歩み寄った。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい、自分は大丈夫です。

 お気遣いありがとうございます」


 尋ねれば、ロード・ノースベローは痛そうに顎を押さえていた手を放し、笑いを浮かべた。それに少し安心する。普通に話せて笑えるということは、そこまで大事にならなかったということだろう。


「ご無事でなによりです、冷やした方がいいかも」

「いえ、これくらい平気です。

 それより」


 ロード・ノースベローはアレイスタの言葉に首を振った。笑みを消し、その後ろのサー・エセルバートに声をかける。


「エセルバート卿、先ほどは何を?」

「ああ……」


 そう言えば、ちょうどアレイスタと同時に声を上げ、彼は何かを言おうとしていた。

 振り返れば、困った顔をした義従兄が、軽く顎をしゃくった。そちらを見たが、特に何もない。先ほどと変わらず、ジョン・ドゥがいるだけだ。


 どうしたことだと再び見やる。と、ロード・ノースベローが引きつった顔でアレイスタの上部を見ている。ああ、ステータスを見ているのかと納得したところで、そういえば先ほど妙なアナウンスが流れたなと思い出す。


 なんだかとても嫌な予感がする。


「……あの?」


 説明を求めて義従兄を見る。彼は軽くため息をつき、口を開いた。


「主従の誓いをご存知ですか」

「はあ。

 一応は」


 ゲームの記憶で残っている。倒したモンスターや魅了したモンスターが、『仲間になりたいようです。僕にしますか?』とくるあれだ。

 が。


「……え」


 さーっと青くなったアレイスタを見て、義従兄は重々しく頷いた。


「それです」

「え、モンスター?」


 ジョン・ドゥをまじまじと見る。多少無機質でとても顔色が悪く変な色合いだと思うが、普通の人間にしか見えない。


「は。

 高度泥人形ハイ・ゴーレム族、機械人形マシーナリー・ドール種になります」


 先ほどの笑顔は見間違いだったかというほどの無表情だが、心なし誇らしげだ。


「え、本当に?」


 救いを求めるように周りを見回し、ロード・ノースベローと目が合う。すっと目をそらされた。


「その。

 実際に、そのようにステータスに表示されています。

 ……アレイスタ嬢のものにも」

「すみません、ターシャ。

 モンスターには見えなかったので、油断しました」


 気の毒そうに言われる。義従兄にも謝られたが、気づかなかったのはアレイスタも同じである。いわゆる大6種族(※)に見まがわれるモンスターがいるなど、聞いたこともない。図鑑で見たものの中にもいなかった。ゲーム――といってもあんまり進んではいなかったが――で見たものよりリアルだな程度の感想である。


 仲間になってくれるというのはありがたい。非常にありがたいと思う。が、申し訳ないが、厄介ごとの気配しかしないのは何でだろう。それに、なんだか嵌められたような気もするのだが。自分の物には名前を書けというけれど、勝手に名前が書かれちゃったらどうすればいいのだ。

 とはいえ、相手の前で頭を抱えるわけにもいかないので顔を上げる。さすがに、いくらモンスターとはいえ失礼だろう。それに、非常に有能そうであるのは確かなのだ。たぶん。


「その、すみませんでした。

 これからよろしくおねがいします」

「礼など不要ゆえ、頭をお上げください。

 我は貴女様の所有物。

 これより気兼ねなく使っていただければ、それこそが誉なのです」


 さすがにそれは性格上できそうにないので、笑ってごまかす。とはいえ、困惑した空気が出ていたのか、2人の隊士が困った顔で声をかけてきた。


「その、ターシャ。

 それは珍しいものですよ」

「たしかに、駆動しているものは初めて見ました。

 王宮博物館の職員に鑑定してもらってはいかがか。

 喜ばれると思います」


 サー、ロード。レアかどうかは問題じゃないんです。なのでそれはフォローになっておりません。


(※)人、獣人、小人、鬼人、延命人、竜人の6つの大分類に含まれる種族のこと。プレイヤーが選択できる、いわゆるプレイヤー種族と同義。ちなみに魚人は獣人に含まれる。エルフは延命人。

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