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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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029 優先スキル、様式(モード)

 このゲーム中に、依頼クエストというものがある。誰かから、困りごとを解決してほしいと頼まれるものだ。オフライン・オンラインとも、メインストーリーと関係ないものがほとんどである。

 クエストを解決すると、特典が得られる。特典はクエストによりさまざまだ。途中の戦闘による経験値とは別に、依頼者からのなんらかの謝礼、加護、称号、スキル、スキル進化のために割り振るスキルポイント、あるいはアイテムなどが得られる。

 また、いずれのクエストも、依頼者に感謝される、関係者に恨まれるなどがあった場合は、隠し能力値の「徳」に関係するらしい。

 クエストといっても内容はさまざまで、また特典もさまざまだ。例えば、アレイスタの持っている書生アペンティスという称号は、師の論文執筆のお手伝いクエスト完了が取得条件のひとつだった。当然難易度の高いモンスター討伐依頼などは、きっとよい特典がついているのだろう。




 さて。

 一夜明けて、アレイスタは落ち込んでいた。

 話は少しばかりさかのぼる。



 泥のように眠って一夜。

 起きれば、どこで見ていたのかというようなタイミングで部屋のドアを叩かれた。入ってきたお仕着せのロマンスグレーから、ご一家が朝食を一緒に、という伝言を聞く。

 案内された部屋は十分に広かったが、家族用の食堂らしい。その場では、すでに皇太子一家と弟一家が席についていた。

 彼らの和気藹々とした雰囲気を見て取り、アレイスタは少し気分が軽くなったのを感じた。王族では当たり前なのかもしれないが、アルヴィン王子を囮にしたことがなんらかの確執を生んでいたのならば、それは少年の望まぬことのはずだ。けれどそんな影は感じられなかった。そのことにほっとする。

 アレイスタの入室に気づき、複数の視線が向けられる。マティルダやアルヴィン王子が、ぱっと顔を輝かせた。


「レ……」

「お姉さん!」


 呼びかけようとしたマティルダの声を遮り、声を上げたアルヴィン王子が勢いよく立ち上がる。椅子を蹴倒す勢いそのまま、アレイスタに抱きついてきた。


「お姉さん!」

「わ……!」


 よろけそうになったところ、案内をしてくれたお仕着せのロマンスグレーが後ろをそっと支えてくれる。おかげで倒れずに済んだ。それに礼を言う間もなく、飛びついてきた王子が勢いよく顔を上げる。


「ありがとうございます!

 貴女も無事でよかった!」

「……おはようございます。

 ご心配ありがとうございます。

 でも、私は何もやっていませんよ」


 実際アレイスタがやったのは餌役くらいだ。後は便器に嵌っている間に終わってしまい、全くといっていいほど何もしていない。なので、あまりに感謝されても戸惑う。こう感じるのは、透子の日本的な習慣が残っているのかもしれないが。


「おはよう。

 何困った顔してるのよ、堂々としてなさい。

 実際レイが居なかったら、こんなに早く帰れなかったかもしれないんだから」


 立ち上がったマティルダが、肩を竦めながら声をかけてきた。やや不機嫌そうな顔をしている。


「おはようございます。

 そうでしょうか」

「そうよ、それに言ったでしょう?

 私だって、その、感謝してると。

 困ってたら助けてあげるから」


 膨れ面で視線を逸らされた。が、なんとなくマティルダの性格がわかってきたアレイスタには、それは微笑ましい照れ隠しに見えた。思わず笑みをこぼして応じる。

 そういえばそんなことを言われた。自分も、困っていたら手助けすると応じたはずだ。彼女を好ましく思っているので。


「覚えております。

 ありがとうございます、ルディ」

「……覚えているならいいわ」


 視線を逸らしていたマティルダは、頬を紅潮させている。彼女にとって、アレイスタのようにはっきりと好意を口にされることは、まだ恥ずかしいのかもしれない。それを見ながら、忘れてないことをきちんと告げておかないと、と思う。


「私も申したとおり、ルディのことを好ましく思ってい」

「そこは言わなくていいわ!」


 真っ赤になったマティルダに遮られた。なぜに。


「……しかし、そんな格好をしてると、女の子に見えるわね」

「私ははじめから雌性体ですが……」


 アレイスタは、前日着ていたグレーのフランネレット製ドレスだ。お借りした上着とズボンは早々に返している。

 昨日の帰りにおやと思ったが、どうやら性別を軽く勘違いされていたようだ。別に男性の振りをしたわけでもないのに、心外である。


「まあ、いいわ。

 別にどうとでもなるし」

「ルディ姉さま!」


 いたずらっぽく笑ったマティルダに首を傾げれば、抱きついたままだったアルヴィン王子が大きな声を出した。


「姉さまは白鳥の騎士ローエングリン様にご執心だったじゃないですか!」

「ッ!」

「別にいいじゃない。

 あの方は素敵だと思うけど、可能性は多い方がいいわ」


 出来れば義従兄殿を白鳥の騎士ローエングリンと呼ぶのを止めてほしい。思わず吹きそうになってしまうので。


「ずるい!」

「うっさいわね。

 それより、貴方はくっつきすぎよ。

 離れなさい!」

「いー!」


 不意打ちで吹きそうになっているのを我慢している間に、なんだか揉めはじめてしまった。内容をそこまで理解しきれていないが、なにか厄介ごとの予感がするな、とアレイスタは思った。できれば振りかからずに済むといいのだが。


「まあまあ、2人とも落ち着きなさい」


 困っていれば、席から立ち上がった皇太子殿下が、やんわりと割って入ってくれた。ありがたい。

 それを皮切りに、2人のやり取りを見守っていた両親方が嗜める。


「そんなことを言って、お嬢さんを困らすのは紳士でないよ、アル」

「マティルダも、声を荒げたりしないの。

 どちらの場合もお下品よ」

「席にお着きなさい、アルヴィン」


 それぞれ声をかけられ、2人が母親の元に行く。さて、とアレイスタもそちらに寄れば、立ち上がって迎えてくれた皇太子に声をかけられた。他の親方も、マティルダ・アルヴィンと一緒に、彼の後ろに立っていた。


「改めて。

 ありがとうございます、アレイスタ・ゴメス嬢。

 貴女のおかげで、我々は大事な子を失わずに済みました。

 この場には来れませんでしたが、母からも礼をと」


 本当にありがとう、と頭を下げられた。

 父があり、母があり、子がいる。そこにある家族の形に、アレイスタは胸が苦しくなった。


「いえ、……無事で、本当によかったです。

 私も、お役に立ててよかった」


 純粋によかった、と思う。やはり、家族は失われたり、引き裂かれたりするものではない。

 そして同時に、ひどく甥っ子が恋しかった。自分の家族は、今、どこでどうしているだろうか。


 言葉を詰まらせて微笑んだアレイスタを、彼らはどう思ったのか。同じように微笑みあを交わした。


「……では、朝ごはんにしましょうか。

 アレイスタ嬢、こちらへ」

「ありがとうございます」


 皇太子に促され、椅子を引いてくれたロマンスグレーに礼を言い、腰を下ろす。

 と、そうして一息ついたタイミングだった。



 視界の隅で文字が踊る。

依頼(クエスト)[姫君をこの手に]を達成しました】

【スキルポイントを5取得しました】

【経験値を20取得しました】

【レベルが15になりました】

【能力ポイントを1取得しました】



 依頼人であった皇太子の礼をもって、クエスト達成のアナウンスが流れた。どうやら、レベルも上がったらしい。


 実は、アレイスタはレベルが上がるのを楽しみにしていた。これがゲームと同じ世界だということは、レベルが上がれば能力値ポイントが取得でき、能力値を上げることができるからだ。取得した能力値は僅かだが、それでもありがたい。日常生活をしていると早々レベルなど上がらないのだ。

 幸運を上げたいし、もう少し武器や魔法が当たるように7識を上げて、役に立つ戦闘系スキルも上げたい。すでに高い魅力はどうしようもないのだが。

 もらったポイントは、後でじっくり割り振ろう、と思う。


 そんな彼女は忘れていた。なぜ今まで、それをすることができなかったのか。



【スキルポイントを、自動割り振り設定の優先スキルに従い、割り振ります】

【自動割り振り設定は、様式モード[魅力的な私]に設定されています】



 ……ちょっと待った。


 そう、そんなことができるなら、7識――視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の身体5識に、神性認識、精霊認識の精神2識。いずれも回避や命中などに影響する――が低く命中率が悪いという彼女の悩みを知っていた博士は、真っ先にその方法を提案してくれたはずなのだ。


 このゲームは、かなりみっちりとステータスが設けられている。詳細な能力値が30以上、それを元に計算された項目が30弱。さらに山のようなスキル。スキルの多さはこのゲームの売りでもあったようだが、それはそれとして。

 そんなだったので、能力値やスキルがよくわかっていない初心者には扱いづらい。そのため、ポイントをいちいち割り振るのが面倒な初心者向けに、自動割り振り設定という支援機能がついていた。なんとなくここら辺を上げたい、という能力値のモード設定を選択し、さらに優先してあげるスキルを指定しておくと、勝手に割り振ってくれる便利機能だ。


 それを、山下透子は利用していた。割り振りがよくわからない彼女のために、甥っ子が設定したのだ。そして、おそらくそれは有効なまま。


「……しまった……」


 うかつである。


 博士は、ステータスを自分で確認できるようになったらなんとかなるわよ、と言っていた。それは、自分で設定を変更しろということだ。

 思い出すのが遅かった。魔道具屋ホップ・ステップ・ジャンプで思い出していれば、その場で設定を変更できたというのに。アレイスタは自分のステータスをまだ確認することができない。なので、どうしようもなかった。


 いまさら気づいても時すでに遅し。嬉しくないアナウンスが視界の隅を流れていく。

 彼女が止めたくても、流れる文字は止まらない。



【スキル[美しさは罪]に、スキルポイント5が割り振られました】

【スキル[美しさは罪]が、レベル2になりました】

【能力値[顔]に、能力ポイント1が割り振られました】

【能力値[顔]が、9になりました】

【能力値[外的魅力]が、19になりました】

【能力値[魅力]が、44になりました】



「……だ、大丈夫?

 どうしたの?」

「お姉さん?

 具合が悪いのですか?」

「いえ。

 すみません、大丈夫です……」


 横に座っていたマティルダとアルヴィン王子に、心配そうな声をかけられる。それに応じながら、アレイスタは頭を抱えた。


 アホだった。完全に設定のことを忘れていた。

 それに、ゲーム側の悪意を感じる。魅力なら魅力で、せめて性的魅力の辺りにふってくれればいいものを。なぜ他に割り振るのか。


 かくしてアレイスタのでこぼこステータスは改善されず、余計にひどくなったわけである。



 とはいえ、落ち込んでも仕方ないので切り替える。考えても仕方ないことは考えない。仕方ないで諦める、この切り替えの早さは自慢だ。ついでに、心配してくれたご家族の方に、一応理由を説明した。

 男親2人は、見えているのか少し虚空に視線をやったあと、生暖かい同情を送られる。マティルダには馬鹿ねえと呆れられ、アルヴィン王子には心配の目を向けられた。経験してわかったが、笑われるよりも呆れられるよりも、心配と同情の方が心が痛い。なぜだろう。


 ちなみに、朝ご飯は非常に美味だった。やはり、離島と違って材料の種類が桁はずれに多い。


 アレイスタたちの食事は大抵決まっていて、自家製のじゃが芋、毎日焼くわけではないので日が経つごとに硬いパン、ゆで卵、たまねぎやハーブ、イラクサのスープ、夏場はピクルスといったところ。たまに冬場にレネ爺さんが来れなかったりすると、食材はかなり貧相になる。魚は買った保存食以外では手をつけなかったが――喜んで食べられてくれるようだったが、相手と会話が通じているため、罪悪感が半端ない――、それでも、本当に窮したときはありがたくいただいた。

 生まれてこの方それだったので、アレイスタは特に不満もなかった。透子の記憶が残っていたら、慣れるのに時間がかかったかもしれないが、不幸中の幸いである。


 それに比べて、王宮の食事は、豊富な緑黄色野菜による色鮮やかなサラダ、数種のきのこによるクリームポタージュ、ハムやソーセージの燻製類、ふわとろオムレツ、数種の果物にフレッシュジュース、牛乳、ジャム多種、それにふわふわのブレッドにバターの香りのするデニッシュ、ペストリー。古きよき英国風朝食というよりは、一般的な洋食の朝ごはんといった雰囲気だ。大歓迎である。


 腹いっぱいおいしいものを食べられただけで、十分な特典だと思う。ステータスは、まあ残念だったが、仕方ない。

 これで甥っ子さえいれば、人生に何の不満もない、とアレイスタは思った。


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