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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
序 魚人転生者 はじまり
3/45

003 問題の2つめは、どこに行ったかわかんないこと

 次に、問題の2つめについて。


 問題の2つめは、ひょっとして透子と甥っ子が、召喚被害者だったのではないかと思い至ったことである。なぜそう思ったかといえば、透子であるところの自分の最期……なんというか、そう考えると微妙な気分を味わうのだが……が、昔観た映画を思い起こさせるからだ。オズの魔法使いである。


 忘れもしないと言いたいが、きれいさっぱり忘れていた、運命のあの日。5月のゴールデンウィークあけ。参観会の日であった。

 甥っ子は隠そうとしていたが、透子はすでに仕事を調整し、年休を取得していた。ママ友メーリングリスト侮るなかれ。両親がいない今、彼の参観会に参加するのは透子の義務であり権利なのだ。気合を入れて洋服を新調し、美容院に行き、更には外で保護者と居たがらなくなった甥っ子を宥めすかして一緒に帰る約束もした。


 その帰り道。

 靴を履き急いで出て行くと、甥っ子は友達グループと校庭で遊んでいた。透子に気付いたのか、別れを告げてこちらに寄ってくる。が、こちらの顔を見て、少し顔をしかめた。更には手を繋ごうとしたらしれっと無視された。ああ、子供の成長とは切ないものだ。

 しばらく無言で歩いていたのだが、甥っ子は我慢出来なくなったのか、斜め後ろを行く透子に話しかけた。


 −− ……何にやにやしてるの。


 −− にやにやなんて。

   ね、外では、オレって言ってるの?


 −− ……


 −− もー、悪ぶっちゃって、カ・ワ・イ・イ!


 −− うっざ……


 吐き捨てた後に速度を上げた甥っ子に、おいて行かれまいと慌てて追い縋る。


 −− おおう、ひーちゃん。

   ちょっと待ってよ。

   大丈夫、理解してるよ。

   ワルぶりたいお年頃だよね!


 ぐっ! と親指を立てた透子に、甥っ子の冷たい視線が刺さる。


 −− マジウザい。

   それに外では呼ぶなっつったじゃん。


 −− まあまあ、ひーちゃ……


 −− だからその……?

   !!


 透子は、話してる途中で気が付いた。そして固まった。人間、信じがたいものを見ると、頭が真っ白になるものだ。


 目に映ったものは、蛇行するトラック。所々で人や自転車を引っ掛けて、こちらに向かってくる。


 視界の隅で振り返った甥っ子が、透子の顔を見て同じ方向を向き、やはり動きを止めた。その甥っ子を見て、透子は縛りが解ける。彼をここに置いておいてはいけないと――蛇行しているトラックの進路上においておくわけにはいかないと、反射的に考えた。慌てて、彼との距離を詰める。


 その時には、もうトラックは目の前だった。


 透子は、とっさに目の前の甥っ子を突き飛ばそうとした。ところがなんと、彼は驚きの反射神経で、透子の延ばした腕を掴んだ。そのままぐいと引っ張られて甥っ子の横を摺り抜けた透子は、突き飛ばそうとした勢いのまま投げ出される。

 一瞬なにが起きたか分からなかった透子は、心の中で悲鳴を上げた。


 ……なんで大人しくしてないの、ひーちゃん!!


 交差する瞬間の甥っ子の顔は見えなかった。

 後ろに迫る大きなトラックの陰は、よく見えたのだけれども。


 −− ひーちゃん!!


 透子は甥っ子の名前を叫ぶ。転倒時に地面についた手のひらと腕、顔、足に、コンクリートで擦った痛みが走ったが、意識の外だった。

 転倒した体を急ぎ起こした透子は、目を見張った。


 鈍い音を立て、トラックがふっとんのだ。


 スローモーションの様に落ちていくトラックを、呆気にとられて見送る。トラックは地面に叩きつけられ、轟音をあげて火を吹いた。

 反射的に目をつぶって首を竦める。音とともに、熱風が頬を横切っていった。ゆっくりと目を開ければ、そこに先程までの驚異が見える。


 何が起きたかイマイチ理解できなかったが、頭を振って切り替える。危機が去って、甥っ子に怪我がなければそれでいい。


 と、首を巡らせようとした刹那、その光景に息を呑んだ。


 −− ……ッ!!


 見れば、甥っ子を中心につむじ風が起きている。風が巻き込んだのか、甥っ子の左手の甲から鮮血が溢れた。彼がとっさに押さえた右手から零れた血が、つむじ風にまかれて鮮やかに螺旋を描く。それを見て、透子は悲鳴をあげた。


 −− ひーちゃん!!


 −− ……ばかッ、とー、止めろ!!


 考えることもない。


 透子は、甥っ子の制止を無視し、つむじ風に跳びこんだ。体中を引き裂く痛みを無視し、甥っ子を抱え込む。これは彼女の大事な宝だ。傷つけるなど許さないとばかり、ぎゅっと力をこめる。今度こそ守るのだ。


 直後に、全身に衝撃が来た。

 そして、目の前が真っ暗になった。





 最期は、多分、どこかの室内だった。

 重い瞼を長い時間かけて無理矢理こじ開けたら、白茶けた四角い間口から人影のような揺らぎが見えた。

 だから、必死に甥っ子を頼んだ。身体がひたすら重くて鈍くて、声となっていたかは分からないが。




 多分、自分たちはつむじ風に乗って、オズの国のようなどこかに飛ばされたのだ。


「……ドロシーは、帰ったよね?」


 甥っ子は、無事だったろうか。

 透子の大事な大事な家族は、怪我などしなかっただろうか。泣いていないか。


 飛んだ先は、ここではないかもしれない。

 ここにはいないかもしれないが、じっとしていることもできない。探しに行く以外の選択肢など、ない。


 だって、たった一人の家族だったのだから。

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