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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
24/45

021 北に

 頭の片隅で、回るルーレットが見える。

 からからと回ったそれは、0から3までの数字のうち、3に銀の玉が入って、動きを止めた。



 視界の隅で文字が踊る。

【消費MPは3で決定しました】



 なんだか不吉な予感がする、と考えかけたアレイスタの思考を遮る様に、鏡の高笑いが響いた。


『ははははははは!

 美しい私と話せて嬉しいかい?

 わが愛し子よ!

 さあ、私が、私の美というものについて教えてあげよう!』


 ……いえ、この場から逃げたいのですが。


 だが、体は固定されており、目の前で今にも開始されそうな鏡オンステージを見つめ続けるしかない。

 神が3柱関わってるとアナウンスされていたが、高笑いをしているコレは、たぶん、というか絶対に、自己愛の神だろう。


「レイ。

 早くなんとかしなさいよ」

「なんか、気の毒だが。

 見なかったことにはできないと思うぞ」



 視界の隅で文字が踊る。

【検討事項のスルーに失敗しました】



 ちくしょう、めんどくさいなあ!


 ため息をかみ殺し、仕方なく銀の顔に意識を向ける。愛想笑いを貼り付けた。威厳もなにもないが、神様だというのだ、下手なことして神罰とかごめんこうむりたい。ひょっとしたら筒抜けかもしれないが。


「……ようこそおいでくださいました、美しい、神様?

 お忙しいところありがとうございます。

 ところで、その。

 すみません、このスキルはどういうものでしょう…?」


『うん?

 ああ、まだ確認できないのか。

 仕方ないね、美しい私が教えてあげるよ!』


 えへん、と咳払いをする鏡。

 喉とかなさそうなのに咳払いするのか、とアレイスタは思った。


『鏡よ鏡、は、神々から助言を受けられるスキルさ。

 取得条件は、加護を3つ以上持っていること。

 起動条件は、加護を与えた神が、助言を与えることに同意することだよ!』


「ええと、それは……」


『うん、君が考えた通りさ。

 ヘルプ機能だね!

 君があんまりにも運が悪くて弱っちいから、みんな同情したわけさ!』


 あ、助言だからね、予言みたいなのはナシだよ!と付けたしつつ、実にあっけらかんと言われた。


 身も蓋も無い。

 そのとおりだろうが、強くなりたくて努力したアレイスタとしては、このやろうと思う。まじめにゲームをやってなかった透子が悪いのだが。このやろう。


「……ありがとうございます」

「それで、ここから逃げだすにはどうすればいいの??」


 アレイスタと鏡のやり取りに、マティルダが言葉を挟んだ。いい加減、しびれを切らしたらしい。


「殿下、人の会話の最中に言葉を挟むのは下品です」

「うるさいわね!

 で?」


『……』


「……ちょっと?」

「……?

 どうかなさいましたか?」


 無言。

 聞こえなかったのだろうか、と思ったのだが。


『私たちが加護を与えているのは、君だからねえ』


 アレイスタ以外と話す気はないらしい。


「……感じ悪ーい」

「殿下、聞こえますよ」

「その!

 ここの格子についてお聞きしてもいいですか?」


 後ろの2人のやり取りに、慌てて声を大きくしてごまかす。ヘソを曲げられたりしたらどうするのだ。


『それは、私の専門じゃないねえ』


 ええと?

 首をかしげたアレイスタに、鏡がちっちっちっと舌を鳴らした。指があったら指を振ったに違いない。


『3柱でそれぞれ専門が違うんだよ。

 私の美については、この私が!』


 じゃーん、と効果音を口で言いながら説明してくれた。

 …ということは、トイレについてはトイレの神様が、貧乏籤については貧乏籤の神様が、助言をくれるのだろうか。

 果たして、役に立つ内容はあるだろうか、と内心首を傾げながら



「その、じゃあトイレの神様や、貧乏籤の神様とも話せます?」


『うん、話せるよ。

 あ、でも貧乏籤は無理かな』


 うーん、と鏡が困った声を出した。


『貧乏籤のは、私と違って信仰が薄いから気配がものすごく薄いんだよねー。

 たぶん、話したり見たりはできないんじゃないかなあ』


 考えながらか、鏡が首を傾げた。銀のデスマスクがそんな仕草をしても、全然可愛くない。

 まあ、貧乏籤だし、と言うか。


「……自己愛の神様は信仰が厚いんですね?」


『ん?

 何か言いたげだねえ』


「いえそんな」


 顔を引きつらせつつ否定したアレイスタを見て、鏡は面白そうな顔をした。私は心が広いからまあいいけどね!、と言葉を続ける。


『私は長く在る神だし、偉いんだよ?

 自己と他者が確立された段階で生まれたから、最古参と言っても過言ではない!

 それに、自分のことが心底嫌いって、そうそういないから強いしね!

 そして美しい!!』


「へー……すごいですね」

「レイ、声が死んでるわ」

「殿下、言わないほうがいいこともあるのですよ」


 おっと、心底どうでもいいと思っていたのがそのままダレてたらしい。


『それにね、』


 と、鏡が少しまじめな顔をした。


『貧乏籤のは、君にあわせる顔がないってさ。

 ごめんねごめんねごめんね、って』


「それは……」


『ほらさ。

 こっちに来る時に、結果、一回さあ、ねえ?』


 ……まあ死んでしまったけれども。でも。


 アレイスタは、少し考えて口を開いた。


「…貧乏籤の神様に、伝えていただけませんか」


『……いいよ。

 なんだい?』


 見えないけれど、そこにいるはずの相手に、まっすぐに伝える。


「私は、あなたに、感謝しています」


 銀の顔が、軽く目を見張った。


「こちらに引き込まれたのは、確かに人によっては貧乏籤だと感じるかもしれません。

 ですが、あの時の私にとっては、救いでした」


 目を閉じれば、思い出せる。

 眼前に迫っていた、大きなトラックの影。その前に立っていた甥っ子の姿を。

 手をすり抜けていった小さな手。


「あの子は、あのままだと助からなかったでしょう。

 今は一緒にいませんし、……どこにいるかもわかりませんが、それでも生きていると信じることができます」


 あのつむじ風に飛び込んで、体を全部使って、確かにここにつなぎとめた。確認はできなかったが、きっとあの子はどこかで元気に生きていると、そう信じてがんばることはできる。

 それだけで、アレイスタはがんばれる。いつか会える日を目指してがんばれる。


「……わずかでも可能性があるのは、幸福です」


 だから、ありがとうございます。そう笑顔で伝えた。


 と。


 ぽんと、温かな何かが頭に触れるのを感じた。

 驚いて顔を上げれば、きらきらと、上から何か美しい光のようなものが、アレイスタに降り注いだ。



 視界の隅で文字が踊る。

【貧乏籤の神の涙を得ました】



 -- ありがとう



 見上げた、きらきらという光の向こう。

 草臥れて窶れ、顔には隈が目立つ痩せて貧相で幸薄そうで、本当に貧乏籤ばかり引いていそうな中年男が、ぼんやりとだが確かに見えた。半泣きでくしゃりと顔を崩し、ひどく嬉しそうに笑って消える。そのとき、アレイスタの耳に、かすかに声が届いた。



 -- 北に……


 今、

 確かに

 聞こえた。


『……君さあ、ちょっとサービスしすぎじゃないかい?

 ……うん?

 ……んー、まあ、確かに籤の結果だけども』


「……レイ?

 大丈夫?

 何か見えたの?」

「殿下、少し待ったほうがいいのでは」


 憮然と、聞こえない声と会話する鏡。それに、こちらを心配するマティルダとエスターの声に、ようやく我に返った。



 聞こえた内容を咀嚼する。

 北に、というのは。

 籤とは。

 さっきまで話していた貧乏籤の結果ということは。



 ぽろりと、意識せずに涙が落ちた。


「……!

 あ、ああああああ!」


 ぼろぼろぼろぼろと、涙が続いて零れ落ちる。


「だ、大丈夫!?

 レイ!?」

「おい、どうした!?

 殿下、前に出ては駄目です!」


 後ろで2人が声をあげたが、もう聞こえなかった。



「ありがとうございます!!」



 アレイスタは諦めない。諦め悪く、何が何でも甥っ子を見つけるつもりだ。そしてそのためにがんばれる。


 ただ、迷わずにいられるかと言えば、そうでもない。考えても意味はない、無駄だと捨て置いたはずの不安は、ふとした瞬間に忍び寄ってきた。


 例えば、荷物を詰めながら。馬車に揺られながら。寝る前に。アレイスタは時間があれば甥っ子のことを考える。自然と今どうしているのかと思う。つらい思いをしていないかと気を揉む。今どこにいるのかと考える。あの時のことを思い出す。

 この世界にいるのか。探せるところにいてくれてるか。あの時に傷ひとつついていないといいが。怪我でも軽ければいいが。怪我しなかったか。怪我で済んだか。そして。


 後は、考えるのも怖い。

 その先にあるのは、あの事故の時。手をすり抜けていく甥っ子を見た時に感じた空白だ。



 北に。


 その一言がアレイスタにとって、どれほど重いか。



「ありがとうございます!!

 ありがとうございます!!!」



 ぼろぼろと泣きながら、礼を言う。体が動かないことも忘れて、必死に頭を下げた。


 この後、どれだけ貧乏籤を引くことになっても、自分は絶対にかの神を恨めしく感じたりしないだろうと、アレイスタは思った。


 だって、あの子は北にいる。

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