019 戦力として期待しないで下さい
びっと勢いよくカーテンを開け、窓を見たマティルダが舌打ちをした。すかさずエスターが嗜める。
「下品です」
「おだまり!
……厄介ね」
「昼に見たじゃないですか」
「うっさいわね!」
テラスに出れる大きめの窓だけでなく、ご丁寧に天窓まで鉄格子がはまっている。見上げていれば、エスターが解説してくれた。
「この部屋だけでなく、寝室、洗面所、全ての窓に鉄格子が嵌まっている。窓枠の一部となっており、かつ魔術がかけられているようだ。
また、一階まで高さがるので、外した後を降りる方法を考える必要がある。
さらに、庭にも見張りが巡回しているため、回避するか、戦闘を行うかすることになる」
ぱっと見たところ、今いる窓の近くには庭木もない。が、隣の部屋、洗面所の方には背が高い木が見えた。
「窓から出るとしたら、洗面所でしょうか?」
「降りることを考えたら妥当だろう」
「じゃ、あっちに行きましょ」
不機嫌そうに窓の外を見ていたマティルダが、肩を竦めて洗面所に向かった。
「巡回の人数はどれくらいですか?」
着いて行きながらエスターに話しかける。既に日が落ちて外は暗く、目の良くないアレイスタには見えなかったのだ。
「巡回の人数は大体2人1組、また各所に見張りがいる」
「こちらの戦力はどうなの?」
洗面所のドアを開きながら、振り返らずにマティルダが報告を促す。
「私は、ご存知のとおり武器を取り上げられ、現在徒手です。
体術は一通りですが、身体機能が強化された獣人が相手では、複数相手は難しくなります。
魔法は、……土属性なので、攻撃に向きません」
マティルダに対する報告なので、丁寧語でエスターが対応する。それを横に聞きながら、ずいぶん優秀だと、アレイスタは素直に関心した。
デミアンを思い浮かべる。自分はあんなのの相手は絶対無理だ。普通に会話するのもしんどい。
と、ここで、2人の視線に気付いた。未だ不機嫌そうなマティルダに促される。
「レイは?」
「この中で、断トツで弱い自信があります」
堂々言い放って胸を張る。剣も魔法も下手だしな!
アレイスタのステータスはご存知のとおりだ。
裏側の話をすれば、ゲームでは、武器にしろ魔法にしろ、コントローラで方向を設定する必要があった。初期チュートリアルでそれが下手だとわかった透子は、とっとと諦めた。
なので、武器は双剣である。左右と通常の2倍の手数があるので、コントローラの調整が甘くてよいのだ。質より量作戦である。更に魔法は諦めた。同じことを魔法でしようと思ったら、大規模無差別殲滅魔法しかないからだ。魔力量が足りない。
そして、現在。
武器にしても魔法にしても、いくら練習しても狙いが下手くそなアレイスタがいるわけである。これ以上成長しないというわけではなかろうが、今の段階ではどうしようもない。
アレイスタに毒気を抜かれたらしいマティルダが、呆れたような声を出した。
「白鳥の騎士様の一族なのでしょう?
従者になる予定とかではないの?」
……今なんと。
ここで、少し話がずれるが、こちらの国について軽く説明しよう。
こちらの国々は、ある程度モデルとなった国や地域が透けて見える。雰囲気を理解しやすくしたためか、……もしくはゲーム開発者の手抜きだろう。
たとえば、ここエルゲントス王国は建物がイギリスに似ている。隣国のエリゼ共和国は多分ドイツ・フランスあたりだろうか。端の方には、秋津島とかそのままな国もある。わかりにくいのは北方幻獣国連邦だが、あそこはちょっと特殊だ。それに、なんとなくはわかる。
そして、風俗もそのまま取り入れられている。一部変更されていたりはするが。
透子の記憶では、白鳥の騎士は、オペラだ。観たことはないが、ロマンティックで有名だったと思う。鶴の恩返しに似た話で、機を織る代わりに戦って助けて旦那になり、覗かない代わりに名前を秘す、そんなあらすじだった。が。
一体誰のことじゃいと思ったのが顔に出たらしい。マティルダが、うっとりと夢見るような顔つきで言った。
「エセルバート卿よ。
あの、湖面のような瞳にけぶるような薄い色の金髪。
ぴったりだと思わない?」
「ぶっ」
吹いた。
アレが白鳥などという可愛いらしいタマか。
過ごした時間は少ないが、掛け離れているくらいはわかる。鴬と鬼太鼓座くらい違う。もし万が一に鳥だとしても、うっかり近寄れば躊躇ゼロで嘴で眼球を狙う性格だ。少なくとも白くない。笑顔も腹も真っ黒である。ロマンティックとか冗談。ラブロマンスでなくアクションか任侠だ。
とはいえ。
マティルダから思わず視線を泳がせれば、エスターと目があった。その目は笑うなと言っている。
「……ぇっほえほ。
失礼しました」
仕方なく強引にごまかしたアレイスタである。
「……その、既にお伝えした通り、血縁ではありませんし。
戦力として期待されてはおりません。
武器も置いて来ていますし」
視線を逸らしつつ答える。視線が痛いが、目が合えば笑いそうだ。一緒にごまかしてくれるらしい、エスターが空気を払うように咳払いをした。
「んっ。
あー、魔法は?
適性は火と土だろう?」
適性は外見に顕れる。
アレイスタの髪と目を見ながら、エスターが言った。彼女の咳払いで、マティルダは夢の国から帰ってきたようだ。
「後、水です。
が、私は魔法感覚が鈍いと」
「……じゃあ、無理だな」
「相済みません」
魔法が得意な人間は、一つの属性に特化している場合が多い。たとえば、エスターは亜麻色の髪にこげ茶の目の土属性らしいから、優秀なのだろう。攻撃には向かないらしいが。
アレイスタのように3適性、しかも火と水の様に相反する属性を持った場合、魔法感覚が優れてないと上手く使えないのが常識である。精霊同士が喧嘩すると言われる。
実は、属性は絞った方が魔法を伸ばしやすいとゲームの説明書にも書いてあったのだが、ロクに読まなかった透子は適当に設定した。甥っ子に指摘されても聞き流した。前述のコントローラの件もあり諦めていたためだが、アレイスタにしてみれば歯軋りする思いである。
「精霊や妖精には好かれてるみたいなのにね」
マティルダがアレイスタを見て首を傾げた。
「殿下は」
「ルディよ」
「は……?」
見れば、マティルダがまた不機嫌そうな顔をしている。少し顔が赤い。
「ルディと呼ぶ栄誉をあげると言ってるの」
「殿下」
「言ってるの!」
嗜めるようなエスターの言葉を遮って、念を押される。
「……ルディ様は、」
「呼び捨てでいいわ」
そういわれても、憮然としたエスターがちょっと怖い。ちらりとそちらを見れば、
「私がいいというのだからいいのよ」
押し切られた。黙ったエスターが気になったが、アレイスタは権力の強い方にサクッと巻かれた。
「……ルディ」
「ふふ。
なあに?」
実に満足そうだ。ミルクを飲んだ後の猫のように目を細めたマティルダは、なぜかエスターの方をちらりと見た。かの女騎士は軽く肩を竦める。それに促されて、アレイスタは言葉を続けた。
「ルディはやはり精霊や妖精が見えるのですか?」
エルゲントス王族は、妖精王の末裔だという伝説がある。妖精王の娘を娶ったとかいや女王をとかパターンはあるが、王権神授説の一種だろう。ティンカーベルだったのかムーミンだったのかはわからないが、一般的に見えるものなのだろうか。
ちなみに、ここでは精霊と妖精の違いはほぼないと言われている。精霊には属性があることが唯一の差異だ。更に言えば、妖怪も鬼も似たようなものだろうとアレイスタは思っている。
「うちの一族にはスキル[透視力]があるもの。
あなたには痕跡があるし」
この部屋には入ってこれないみたいだけど、と付け足して肩を竦めた。なんとなく自分の体を見下ろす。蛾の燐粉が残っていたようなものだろうか。
それを見たマティルダが、やや硬い声を出した。
「……いたずらだってかわいいものよ。
嫌わないであげて」
「はあ。
別にいいですがね」
正直どうでも。
「ふうん?
そう?」
「で、ルディはどうです?
武器と魔法は?」
アレイスタの答えの何が気に入ったのか、なにやら微妙にうれしそうな彼女に水を向けた。
「私は、身を守る程度だと思うわ。
金属を嫌う一族だから、武器は扱えないわ」
「殿下は、私がお守りします」
身を守るで思い出した。
「……そういえば」
完全に忘れていた魔道具を懐から取り出す。懐中時計は、開けば普通に動いているようだった。時刻は21時前といったところか。
2人が不思議そうに手元を覗き込んできた。
「懐中時計?
どうしたの?」
「はあ、博士の形見です。
身を守るための魔道具で、私の属性に合わせてもらったのですが、動かなかったんですよね」
「……博士とは、ロザリア・ゴメス博士か?」
エスターが、引きつった顔をしていた。マティルダを庇いつつ、微妙に一歩後ろに下がっている。
「どうかしましたか?」
「……知らないのか?
その魔道具を使ってロザリア・ゴメス博士が暴漢を撃退した事件は有名だ。
彼女は、襲ってきた10人以上の武器を溶かし、顔や手を焼いたという」
「……」
ちょっと懐中時計を体から放した。
「……本当ですか?」
「ああ。
酸の壁を張り、さらにそれを波のように扱って相手を襲ったとか。
知らないか?
あの『お下がり下郎』事件だ」
「ああ、聞いたことあるわ」
ぽん、とマティルダが手を打った。
「……は?」
「確か、博士が、暴漢に言い放った一言よ。
容赦のなさと、その言葉が事件を有名にしたと聞いたわ」
わざわざ口に出したのか、というか、……ひょっとして。
ひっくり返してみる。そこには、OSGGR-01の刻印と目を模した模様。アレイスタの名前も刻まれている。
マティルダは好奇心に負けたらしく、身を乗り出してきた。エスターが嫌な顔をしている。
「殿下」
「いいじゃない、大丈夫よ。
OSGGR-01って銘?」
マティルダに引っ張られ同じように見ていたエスターは、アレイスタと同じことに気づいたらしい。微妙な声を出した。
「……なあ、動かなかったとか言ったな?
起動ボタンもなく、起動はひょっとして……」
魔道具も普通の道具と同じである。起動にはなんらかのきっかけが必要になる場合が多い。てっきり、これは勝手に発動するものだと思っていたのだが。
「……もしかして、キーワード型でしょうか」
「……そうだな。
有名な事件なので、説明されなかったのだろうな」
「ふふ、レイも動かすときに『お下がり下郎』って言えばよかったのね!
やだ、女王様みたい!」
マティルダのあっけらかんとした声に、頭痛がした。キーワードも性格に合わせて変更してもらえないだろうか。