018 作戦会議再び
やや目の腫れた主従は、それでも先ほどまでの切羽詰った雰囲気が消え、余裕を見せていた。顔を洗ってくるという姫君を見送った後――この部屋は客室として作られたらしく、洗面所が備え付けられているようだ――、女騎士が頭を下げてきた。
「見苦しいところを見せて、申し訳なかった」
どうやら生真面目な性格らしい彼女に、苦笑を返す。
「いえ。
それに私は弱いので、騎士様が期待された役割を果たせないと思います」
足止めとか無理ですよーと告げてやれば、明らかにほっとした顔をしつつも、「そうか。残念だ」と返事が返ってきた。2人してずいぶん素直な性格だ。
「……何か言ったの?」
入れ違いに顔を洗いに行った女騎士を見送り、姫君が首を傾げた。足取りも軽く晴れやかな様子が嬉しかったらしく、少し顔が綻んでいた。良い子だ。
「申し出をお断りしただけです」
「そう。
……ありがとう」
「私はお断りしたんですよ?」
「……そうだったわね?
この無礼者」
彼女と顔を見合わせる。姫君は笑みが滲んだ疲れた顔で言った。
……これは、さて。
「……あの方は、殿下のことがとても大事なのでしょうね」
笑顔のまま言えば、姫君がちょっと目を見張り、顔をこわばらせた。
「……そうかしら」
「はい」
「私。
……責めたわ」
「それでも、そう見えましたよ」
不安そうに目を揺らしている彼女に、ためらいを見せずに肯定してみせる。
「そうかしら」
「ええ。
後悔しているのでしたら、そう言ってもよいのでは?」
「……私は間違ってないし、主張を曲げる気はないわ」
言葉は強いが、途方にくれたような声音だった。ああ、子供なのだな、と思う。
「それも、そう告げればいいと思いますよ。
後悔した発言があることを告げるのと、主張を曲げるのは違います。
主張を説明するときに、その表現をちょっと間違えたというだけです」
「そう……そうね」
泣き笑いに近い表情を浮かべた。
「ありがとう」
その後、戻ってきた女騎士に、自分の言葉を正しく伝えていた。
彼女の肩の荷も下りたようで、表情が明るい。
バックグラウンドが違うからちゃんと心情を読みきれるか微妙だったのだが、どうやら成功したようだ。傷がつかなくて、よかった。
「先ほどは失礼しました。
改めまして、私はエスター・サリンジャーです。
こちらは私の主の」
「マティルダ・ローラ・エリー・アルフレーダよ。
いろいろとありがとう」
律儀に礼を言う2人はほほえましい。
「気にされるようなことではありません。
このとおり、捕まってしまってますし」
視線に促されて話始めた。期待されても、苦笑するしかない。
「……私が知っていることはわずかです。
私は囮として作戦に協力しました。
ですが現在、私はここにいる、ということです」
お役に立てなくてすみません、と謝るしかない。アレイスタは全く躊躇いなく謝れるタイプの人間である。自分の損にならなければ、という注意書きがつくが、透子のもつビジネススキルの賜物だ。
「……じゃあ、まだ、隊士は」
「はい、ここを突き止めていないと思います」
「誘拐犯たちから、何か要求は」
「特に聞いていません。
私が来たときは、彼らに動きがあったようですが……」
「そうか……」
沈思するエスターを横に見、マティルダが言葉を続けた。
「貴方、どう思う?
ここで救出を待つか、逃げ出すか」
「逃げ出したほうがいいと思いますね」
断言したアレイスタに、マティルダが面白そうな顔をした。
「それは、何で?」
「ちょっと騒ぎを起こしたら見つけてもらえるんじゃないかなーと。
それだけです」
我ながら楽観的だ。
正直、この手のことには全くの門外漢なので、どう判断すればいいのかわからない。ただ、時間が経つにつれて、普通は捜査範囲を広げるだろうくらい予想ができる。人手が限られていて範囲が広がれば、当然捜査網は薄くなる。
だったら捜査網の厚い今、早めに見つけて貰えるよう何か頑張ればいい。
「……気楽ね」
「危険が多すぎないか」
呆れた2人の視線が痛い。
「……殿下に危険はほとんどないと思いますよ?」
多分だが。
姫君が微妙な顔をしている。エスターは思い至っていたのだろう、硬い顔をしていた。ちらりと伺えば、視線に気づいた彼女は頷いてみた。やはり、説明しておいたほうがいいと判断したのだろう。今までは2人とも取り乱しており、ロクに話しも出来ていなかったようだし。
「……それは何で?」
ここは任せたほうがよさそうなので、口を閉じた。視線を受けたエスターが言葉を引き継ぐ。
「まだ要求がなされていないためです。
今後されるかもしれませんが、ちょっと遅い。
それに、……我々に対する扱いは丁重なものです」
現在いる部屋を見るだけで、扱いは知れる。
落ち着いた上品な内装だ。洗面所も寝室もついており、設備的には問題がない。今腰掛けている、肘掛の曲線が美しいソファも、モスグリーンのびろうど張りでかなりすわり心地がよい。アレイスタ達がとった宿の部屋よりも上等かもしれない。
……見張りがついているのは仕方ないとして。
話を聞いたマティルダが表情を強張らせた。
「……じゃあ、目的は私自身ってこと?」
「恐らくは」
沈黙が落ちる。
視線を逸らした2人を見回し、マティルダがこぶしを振るわせた。
「腹黒ヒヒ助平親父が私の体を狙ってるなんて!
そんなの許せないわ!」
「……殿下、それはなんか違います」
私もそう思います。
「うるさい!
早く逃げ出すわよ!
そんな変態に好き勝手されてたまるもんですか!」
「大声だと外に聞こえます」
「うるさいって言ってるでしょ!
こっちから捕まえて去勢してやるわ!」
「下品です」
「もう、何してるの!?
早く!」
すでに席を立ち、窓際に寄っていっている。
勢いにあっけにとられたが、エスターは淡々と付いていっているので、どうやらマティルダの勢いに任せた行動は常のことらしい。
「レイ、早くなさい!」
……それは私のことですかね。
なんかそう呼ばれると男みたいだと思いつつ、アレイスタは彼女に従った。