014 作戦会議
結論から言うと、アレイスタは、さくっと長いものに巻かれた。正直な話、腹が減って考えるのが面倒になったのだ。
怖いし巻き込まれたくないし嫌だなあと思わないでもなかったが、どっちみち貧乏くじは引かないといけないし――彼女には貧乏籤の神の加護がある――、少女が行方不明というのは寝覚めが悪い。年端もいかない子供など鼻くそほじって笑ってればいいのだ。お姫様がそんなことするかと言われそうだが、アレイスタの考えるガキなんてそんなものである。
頼んできた皇太子も、親の顔をしていた。わざわざ、自分の年の半分もいかぬアレイスタに頭を下げて。それ以上を考えるのは野暮だろう。危険な目に合うことも早々ないだろうし。
アレイスタが諾の返事をすると、皇太子は固い表情のまま無理やり笑顔を浮かべた。皇太子妃も、泣きそうな顔で頭を下げる。取り乱さないのは流石だが、心配で仕方ないのだろう。おそらく藁にも縋りたいに違いない。藁としては、まあ、できる限りがんばろう。
アレイスタに頭を下げた後、憔悴した表情の皇太子夫妻は、眼帯男性に薦められて退室した。確かに、少し休んだ方がいいだろう。下の者が多くいるここでは、弱音も吐けないに違いない。
できる限りさくっと片付けて、めでたしめでたし。甥っ子探しに何の遅れもなく出発!、がアレイスタにとって一番よい結果だ。
広い部屋の中、3チームに分かれる。わずかでも時間を短縮するためかな、とアレイスタは見ていた。
ぱっと見た感じ、隊士は男女混合だが、体格がいいものが多い。博士とレネ爺さん以外ほとんど見たことがないアレイスタにとっては脅威だ。叔父従兄も大きいが、この場はとにかく張り詰めた雰囲気がきつい。透子の記憶がなければ逃げ出したかもしれなかった。
チームA、アルヴィン王子(※)から事情聴取をするチーム。両親と、さらには乳母らしい女性が少年に付き添った。アレだけ泣いた後だからか、彼は別人のように落ち着いた受け答えをしている。違和感を覚えるほどだ。
チームB、アレイスタとサー・エセルバート、それに少し幼い印象の隊士が1人のチーム。彼がアレイスタとサー・エセルバートに、今までの経緯を説明してくれる。
そしてチームC、今後の方針を検討するメインチーム。皇太子に声をかけた眼帯の男性と、熊のような男性を中心とし、5人ほどの隊士が地図を広げてなにやら話し合いをしている。説明を受けた後は、サー・エセルバートとアレイスタもこちらに混ざることになるのだろう。といっても、アレイスタは拾い聞きして従うだけだろうが。
また、この他常時3人ほどの隊士が常駐し、サー・エセルバートが利用していたのと同じ通信石のハイエンド版を利用している。逐次入ってくる情報をまとめているようだった。
気を利かせて軽食を用意してくれたお仕着せのロマンスグレーからサンドイッチを受け取りながら話を聞く。腹が鳴りそうだったのでラッキーだ。もっとも、実際に鳴っていたら、開き直って食糧を要求するくらいにはアレイスタは図々しい。
幼い印象の癖のある金茶の髪の隊士は、デーヴィッド・フォーサイス=ノースベローと名乗った。彼はロードと呼ぼうとしたアレイスタを留めて――紳士録を暗記しておけと言った博士に感謝――、なぜか少し顔を赤らめてダヴィーと呼んでほしいと言った。幾つかの書類にサインをした後、すぐに表情を引き締めた(引き攣らせた?)彼が説明してくれた内容は、まあ概ねこんな感じだった。
事件は城外で起きた。
姫とアルヴィン王子は、内郭に建っている学校に馬車で通っている。この馬車が襲われた。警備についていた近衛隊士は4名。前後に2名ずつ付いていた。
馬車がある辻に通りかかったところ、とある荷馬車から鶏が大量に逃げ出す騒ぎがあり、立ち往生した。前についていた隊士の1人が、その場の収集に手を貸すため、前に出た。それに合わせて念のため、後ろについていた隊士の1人が馬車の横に付く。
隊士が横についたのとほぼ同時に、馬車近辺の複数箇所から破裂音が響く。砂煙と蒸気があがり、襲撃を受けた。襲撃人数は10人弱程度だったと思われる。
隊士たちは、視界が悪い中、多数の襲撃者を撃退するのは困難として、姫と王子を逃がすことを優先した。が、追加対応人員が場に到着するまで、持ちこたえることができなかった。
現在、姫と、馬車横についていた隊士が行方不明になっている。また、5名ほど捕縛したが、取り調べに時間がかかっている。これらは、珍しいことにジャガーの獣人ばかりだった。魔法の痕跡はなかったので、破裂音には何らかの魔道具が使われたようである。
……なるほど。あの鶏は、それであんなとこにいたのか……。
途中、魔道具店ホップ・ステップ・ジャンプで襲い掛かった鶏を思い出し、思わずサー・エセルバートと目配せして苦笑した。逃げ出した鶏についても、鳥人が事情聴取をしたらしい。魚と話ができるアレイスタは、たぶんあまり役には立たなかっただろうなと思った。彼らの話は、韻律重視で独特なのだ。
それにまあ、王子の服装にも得心がいった。確かに彼の服装は平民の間にいれば目立つ。が、貴族子弟が多く通う学校では妥当だろう。
話を聞いた後、サー・エセルバートとアレイスタはメインチームに合流した。
責任者として隊長と副隊長を紹介され握手を交わす。
隊長として紹介されたのは、皇太子に進言していた眼帯男性である。鍛え上げられた体躯とグレイの髪をもつ彼は、ラトウィッジ・ギャヴィストンと名乗った。彼のヘイゼルの左目は笑っても鷲のように鋭かったが、その厳しい雰囲気がどことなく博士に似通っており、アレイスタには親しみ深かった。
隊長も堂々とした体躯だったが、副隊長の男性はさらに筋骨隆々、岩のような男だった。黒髪黒目で頬骨からつながるもみ上げが立派だ。豪快な笑顔は虎人のヴィンセント・ディオンにも通じる雰囲気がある。彼はバーナード・バーンと名乗り、BBと呼んでほしいと言った。匂いから何がしかの獣人だろうとアレイスタは見当をつけた。
挨拶を終えると、アレイスタはやることはなくなった。一応話し合っている人の輪にいるが、邪魔にならないように端に寄る。だって多分アレイスタはエサだ。作戦立案については専門家集団に任せ、釣り針につけられるのを待っていればいい。
大体、彼らが話しているのは、どこを探索するかである。王都に来たばかりのアレイスタにはまったく意味がわからない。
……あれ、私エサなの?
一瞬、まったく内容を説明されていないのに、エサだとわかっている自分に物悲しい気分になったが、仕方ないと割り切る。むしろ戦えとか言われなくてよかったよかった。街歩きだけのつもりだったので、武器どころか手荷物もほとんど持ってきていない。重いので。
正直、武器に関してはうかつとしか言いようがない。街中で発生し直行する羽目になるクエストは多いらしい。ゲームを途中でほぼ投げ出した透子もそれくらいは知っているが、この世界で育ったアレイスタには、なんというか、自覚が薄いのだ。ここがゲームの世界であることが。だから、透子のゲーム認識を当て嵌めるのにワンクッション必要になる。
明らかに暇そうだったのか、サー・エセルバートに声をかけられた。
「ターシャ、先に着替えてきてはどうでしょうか」
確かにアレイスタは薄着である。日が暮れる前に帰ってくる予定だったので、グレーのフランネレット製ドレスに途中で買ったフード付ショールだ。
「ですが」
だが、かといって着替えもない。帰って着替えて来ていいということだろうか。と、いつの間にか後ろに立っていたお仕着せのロマンスグレーに声をかけられた。
「お嬢様、こちらへ」
さり気なく立ち上がるように誘導された。どうやら、すでに着替えが準備されているらしい。手際のよいことである。
別室で準備されていた服に着替えたアレイスタは、無言で姿見をにらんでいた。用意されていたのは男性用の服だった。やはり、仕立てがよく少し古臭くて堅苦しい。それは別にいいのだが。
「……気のせい気のせい」
軽く頭を振り、あまり気にしないことにした。
「お待たせしました」
「……いえ。
お似合いでございます」
にっこりと笑ったお仕着せのロマンスグレーに導かれて、再び元の部屋に戻る。
と、ちょうど事情聴取が終わったらしいアルヴィン王子が声を上げた。そのままアレイスタのほうに駆け寄ってくる。
「お姉さん、男だったの!?」
「アルヴィン!」
「殿下!」
同時に、母親と乳母の悲鳴じみた声が上がる。こちらを向いていた数人が無言で視線を反らした。
エルゲントスでは成熟した大人が好まれる。そのため、女性は幼いころからコルセットをつけて腰を締め、脂肪を胸と臀部に寄せる。そうして美しい釣鐘型を作るのだ。
自分の胸元を見下ろす。折り曲げた襟が若干大きめな上着のせいか、手持ちのフード付ショールをかけたせいか、それとも淑女らしくない髪型のせいか。いまいちなんというか、……女性らしく見えない。博士同様コルセットをつけなかったせいもあるかもしれないが、そもそも肉が薄いのだ。着けても効果は上がらなかっただろう。それもこれも。
……うらむぞひーちゃん。
ムチムチおっぱいを希望したのに、「とーはこんなもん」で却下したのは甥っ子だ。ちくしょう。違う、微乳じゃない、美乳なんだ……!と心の中で叫ぶが、笑顔を保つ。せめてもう少し高い声ならよかっただろうか。
「……いえ、私は雌性体です」
「なんだ、よかった。……です。
そうしてると物語の騎士王子みたいですね」
アレイスタの前でにこにこと言う王子に悪気がないのはわかる。わかるが、アレイスタの心をざくざく削ってるのに気づいてほしい。表には出さないが。
「ありがとうございます」
「でも、やっぱりドレスの方が似合います。
……あと、助けてくださって、ありがとうございました」
王子は、少し恥ずかしそうにアレイスタに頭を下げた。
なるほど、彼はこれが言いたくて話しかけてきたらしい。たしかに、あれだけ泣けば恥ずかしいだろう。
「いえ、ご無事でなによりでした」
「お恥ずかしいところをお見せしました」
顔を上げた彼は、皇太子と同じ目をしていた。
「あの、お願いです。
ルディ姉さまと、エスをよろしくお願いします」
アレイスタの手をとり、必死に言葉をつむぐ。といって、アレイスタにできることは限られる。
「努力します」
「……あなたも。
絶対にご無事で戻ってきて下さい」
アレイスタの手を握りすがるような目をした王子は、同様に深く頭を下げた親と共に部屋から出て行った。
彼らを見送ってから、再度動き始めた周囲に紛れてすとんと元の席に着く。なんとなくだが、さっきほど雰囲気が硬くない。周りの気遣うような視線を感じつつ、アレイスタは隣の従兄に声をかけた。
「……エセル様」
「はい」
「揉むと大きくなるというので、手伝っていただけませんか」
なぜか周囲の人がぴたりと口をつぐむ。サー・エセルバートが興味深げに片眉を上げた。
「手伝うのはかまいませんが、その話は聞いたことがありません。
ガセではないでしょうか」
「エセルバート卿!」
ロード・ノースベロー――ダヴィー――が悲鳴じみた声を上げた。その童顔を真っ赤にしている。
「なんてことを!
少女に対して破廉恥です!」
「責められるのは私だけですか。
腰が痛いから揉んでくれというのと同じでしょう」
サー・エセルバートが心外だと言いたげに頭を振った。
「ぜんぜん違いますよ!
アレイスタ嬢も!
もっと自分を大事にしなさい!」
アレイスタも一緒に怒られた。
ちなみに、透子は甥っ子に同じことを頼んでものすごい勢いで断られたことがある。あの蔑むような目は忘れられない。
「まあ、嬢ちゃん、いずれ育つさ」
副隊長のサー・バーナードに慰められた。育つだろうか。なんか、望み薄な気がする。
「……進めていいか」
ぴたりと動きが止まる。
隊長、サー・ラトウィッジの視線が冷たい。腕を組んだ彼に威圧されるようにして、作戦会議が再開された。
(※)王子・姫は、ここでは王位継承権を持つ男子、女子という意味の敬称。別に女王の子という意味ではない。念のため。