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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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013 拾い物は厄介ごとの予感

 うわー……

 これ、私が拾ったのか。


 自分が手をつないでいた少年を見て、アレイスタは微妙な気分を味わった。

 さすがに手遊びに引っつかんで来たわけではないと思うが、自信がない。なにせ、手をつないでいた自覚もなかったのである。おそらく、餌のついていない真っ直ぐな釣り針に自ら掛かった魚を見つけたら、こんな気分を味わうのではないだろうか。実際はアレイスタが釣り糸を垂れようものなら、魚は喜んでかかってくれるだろうが。むしろ直接釣果入れのバケツに入りかねない。

 ちなみに、手から伝わってくる感触から、脳は”甥っ子の感触じゃないね”と伝えてくる。変態くさいというなかれ。愛情のなせる業である。


 さてどうしようとアレイスタが考えていた間に、サー・エセルバートは懐から取り出した魔道具でなにやら連絡を取っている。携帯電話のような使い方をしているそれは、通信石のハイエンド版だろう。


 と、ぎゅっと手を握られた。見下ろせば少年がかわいらしい顔の眉間にしわを寄せたまま前を睨んでいた。


 ……構えということだろうか。


 アレイスタはざっと少年を観察した。

 身長は、甥っ子が6つのときくらいだろうか。少し古臭く地味な色味だが、仕立てのよい服を着ている。今は明るい色味でひらひらと靡く服が流行っている様子なので、体に沿ってきちんと仕立てられた彼の上着は、いかにも型遅れで礼服じみて見えた。今となっては、おそらくきちんとした場面でない限り見ない代物ではないだろうか。元は裕福な家の子が、落ちぶれる前のお古を着ているといった雰囲気だ。もっとも、博士のお古のグレーのドレスを仕立て直して着ているアレイスタのほうが、よほど古臭いだろが。


 だが、地味な色味の服を着ているから目立たないかというと、そうでもない。

 横に見えるふわふわとした金髪は輝かんばかり。けぶるような金髪のサー・エセルバートとは正反対の、実に派手な色合い。覗く耳は、先ほど会ったステフェン・スクルドとよく似た葉のような形をしているが、同種ではないだろう。彼の森のような匂いとは異なる、少し不思議な匂いがする。乳臭さが混ざったというわけでもなさそうかな、と思う。


 なんというか、どうにも派手な存在だ。それに、途中で転びでもしたのか、全体的に少しすすけて見える。仕立てのよい服が台無しだ。サー・エセルバートの話しぶりからは王族のようだったから、服は変装なのだろうが、明らかに失敗して酷く悪目立ちしている。

 先ほどから周囲の視線が痛い。

 実際のところを言えば、アレイスタは自分もいるだけで目立つ存在だということを忘れている。たとえフードを被っていても目立つのだ。おかげで相乗効果で目立っているのだが、そこは本人が気づかない。


 さて、構うにしても、どう扱おうか、とアレイスタは思案した。


 完全な幼児だったらよいが、甥っ子もこのくらいから子供扱いを嫌がり、気難しくなった。ちょうど、小学校に入学して友達の輪が広がった頃だ。もっとも、それも子供らしい態度で実に可愛らしかったのだが。姉夫婦が亡くなった後はさらに大人びてしまったことだし。

 迷った挙句、アレイスタは特に何も言わず、手を握り返すだけにした。少年が、ゆっくりとこちらを見る。不機嫌そうな顔のまま、睨みつけるような目を崩さない。目は、トルマリンのような青だった。


 その顔を見て、アレイスタは気づいた。

 前に、この顔を見たことがある。

 それは、姉夫婦が亡くなった時だった。


 ……ああ、泣くのを我慢しているのか。


 途端に、どうでもよかった子供に愛情がわく。優しくしてやろうという気分になった。自然に笑顔が浮かぶ。

 それを見た少年が目を見開いた。くしゃりと顔をゆがめる。


「っうえ、ええっ、ん、えっ……ふええぇ……ええええん……!!」


 ぼたぼたと、大粒の涙を零しながら、彼はしゃくりあげ始めた。





 小一時間後、アレイスタはまだ少年とともにいた。


 それにしても泣く子は恐ろしい。


 あの後、驚いて顔を覗きこんだアレイスタに、少年は飛びついた。首に抱き着き、更にわんわんと声を張り、泣き喚いて離れない。耳元の大音量に、アレイスタはくらくらとした。

 それを見たサー・エセルバートは、アレイスタごと少年を連れて行くことにしたらしい。軽く肩をすくめた後、重さによろけるアレイスタを支えつつ、捕まえた辻馬車にやんわりと押し込んだ。


 着いた先は王城だった。

 威容を誇るその姿を、まさかこんなに近くで見ることになるとは思わなかったが、なにせ大泣きしている子供を貼り付けたままである。どっしりとした石造りの壁を見上げる余裕も、見事なファサードを鑑賞する余裕もない。

 本来なら、おそらく辻馬車など中に入れず、馬車から降りて門番のボディチェックが実施されるのだろう。しかし、アレイスタは少年が離れないため、身動きが取れない。サー・エセルバートが身柄を保証し実施が省略され、そのまま馬車で行くことになった。泣く子に縋りつかれているアレイスタを、門番は胡散臭さ半分、同情半分といった目で見送ってくれた。誤解だ、泣いているのは私のせいじゃない、とアレイスタは弁明したかったのだが、あれは多分疑われたままだ。頭を抱えたい気分になった。


 そして、現在。

 奥まった建物に通され、ふかふかの椅子に座っているのだが。


 少年は張り付いたままである。


 部屋についたとたんに、サー・エセルバートはどこかに行ってしまった。ゆっくりしててくださいと言われたが、わんわん泣く子をつけたままである。ゆっくりも何もない。腹が減っているのだが、お仕着せを着た侍女に勧められた茶菓子に手をつけることもできない。このサイズの子供はかなり重いのだ。できるのはせいぜい、豪奢な部屋の内装を観察するくらいである。壁や椅子には、青地に金の文様が浮いた美しい緞子が貼られている。青がテーマの部屋なのだろう。

 窓の外はすでに日が落ちてきており、少年が泣き始めてから小一時間ほど経っている。落ち着くまで好きなだけ泣けばいいとは思う。思うが、それは自分から離れてからにしてほしい。耳がおかしくなりそうだ。

 ……いい加減落ち着いてくれないかな。もう腕の感覚がない。本当だったら、そろそろ宿に戻ってご飯を食べてるころかなあ。


 抱えたままぼうっと窓の外を眺めていたら、これまた美しく磨かれた金色の取っ手が回る。扉を開けたのはこちらもお仕着せを着た髭が素敵なロマンスグレー。彼がすっと頭を下げて、後ろに道を譲った。入って来たのは、サー・エセルバートが先導した一団。いつもの笑顔を見て、アレイスタは少し力が抜けた。待たされたのは短い時間だったが、知らない場所でそれなりに緊張していたらしい。

 すっかり見慣れた笑顔に続くのは、なんとなく偉そうな男女2組(だって着てるものが立派だ)。年齢はサー・エセルバートと同じか上だろうか。正直、アレイスタにはいくつかまったく判断できない。なにしろ、日本人でもなく、さらに男性はそれぞれヒゲを蓄えている。後ろに続くのは街中で見たのと同じ制服の数人。これが近衛隊だろう。女性も数人混ざっているが、こちらはミニスカートだった。すばらしい。


 と、入ってきた一団を見て、少年がぱっと顔を輝かせた。


「母上!!」

「アルヴィン!!」


 少年――アルヴィンというらしい――はアレイスタから離れて、女性の1人に抱きついた。母親である女性は、膝を折り彼を迎える。少年と抱き合う女性ごと、彼女を支えていた男性が抱きしめた。なるほど、感動の親子の再会か。


 ようやっと解放されたアレイスタは、やれやれと背筋を伸ばした。腕も首も肩も腰も全部痛い。1人椅子に座っているのも気まずいので立ち上がり、感動の対面の後ろ、眺めている人々に頭を下げた。一番前にいる男女は、未だひどく顔色が悪い。それを見て、おやと思う。どうやら、開放されたからといって、のんびり茶を飲む空気でもないらしい。


 ……いやな予感がした。


 できたらさくっと。

 決して自己紹介など聞かずに帰りたい。のだが、さて、どうなるか。


 後ろにいた制服の中、眼帯をしている男性が、一歩前に出る。彼は、感動の再会を見ている、顔色の悪い男性に声をかけた。


「バージル殿下」


 声をかけられた男性は頷き、顔を上げた。彼に支えられた女性も、アレイスタを見る。

 声が聞こえたらしい抱き合っていた父親が母親をなだめ、この2人も顔を上げた。釣られて、少年も顔を上げる。


 全員の視線を感じた。

 皆、すがるような目をしている。


 …………ものすごく嫌な予感した。


 顔色の悪い男性が口を開く。どうやら、彼が代表らしい。


「はじめまして、アレイスタ嬢。

 私は、バージル・ライアン・エリス・アルフレッドと言います。

 エセルバート卿から話しを聞きました。

 甥を見つけて連れてきてくださったこと、感謝いたします。

 本当にありがとうございました」


 途中サー・エセルバートのほうを見て頷き、彼は深く頭を下げた。ゆっくりと顔を上げ、ひたとアレイスタを見据える。

 切羽詰った顔をしていた。


 彼の名乗りに家名が含まれていなかったことに、アレイスタは気づいた。つまり、王族ということだ。そして、その名前に聞き覚えがある。


 アレイスタとて、自国の王子の名前くらい知っている。

 バージル皇太子。女王アレクサンドラの第1子だ。


「そして、お願いしたいのです。

 私たちの娘を探すのに、協力していただけませんか」



 視界の隅で文字が踊る。

依頼(クエスト)[姫君をこの手に]が発生しました】



 なんてことだ、とアレイスタは思った。


 しばらく、ご飯にはありつけそうにない。


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