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魚人転生者と召喚被害者  作者: 浩太郎
1章 魚人転生者 エルゲントス王国 王都ロルー
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012 能力値の有効活用

 アレイスタを急襲した男は、サー・エセルバートに鷲づかみにされた顔が痛むらしく、あごをさすっていたが、アレイスタの視線に気づいてにかっと笑った。


「俺はヴィンセント・ディオン。

 ヴィンスでいい。

 よろしくな、ターシャ嬢」


 手を差し出された。気がつけば愛称で呼ばれている。サー・エセルバートが呼んだのを聞いていたのだろうが、なんというか、実になれなれし……もとい、人懐こい人物だ。

なんとか笑顔を浮かべて手を取ろうとしたら、伸ばそうとした手をサー・エセルバートに握られた。彼は同時にヴィンセントの手を叩き落としている。見事な早業。


「痛ッてェ……。

 勘弁してくれよ、この馬鹿力」

「死ね。

 即座に死ね」

「ははははは……」


 ヴィンセントは叩き落とされた手を痛そうに振っているが、対するサー・エセルバートはクールなものである。貼り付けたような笑顔だが、綺麗に磨いたブーツについたナメクジを見るような目をしている。おそらく、隙を見せたら塩をかけるだろう。

 オットーが乾いた笑いを浮かべている。アレイスタは、彼にシンパシーを持った。その小市民的な態度がまことに好感が持てる。よく見れば少し顔も凹凸が少なめだ。肌も象牙色だし、実にいい。彼の一族は東の方の出身なのかもしれない。


 しかし、とアレイスタは思った。

 2人とも、仮面が剥げたサー・エセルバートに案外、普通に接しているところを見ると、ひょっとして彼の仮面はしょっちゅう剥げているのかもしれない。もしくはこっちが素なのだろうか。


「しっかし」


 ずいと身を寄せられた。ひいと心の中で悲鳴を上げ、一歩踏み出してかばってくれたサー・エセルバートの背中に逃げる。失礼かとは思ったが、怖いものは怖い。なんていうか、本能的に。


 すん、と鼻を鳴らす。


「旨そうな匂いだよなあ。

 他の獣人からは、こういう匂いがしたことはなかったんだが」


 首を傾げて、ターシャちゃん、なんの獣人?と尋ねられた。それで、そういえば、ホップ・ステップ・ジャンプの店で、ステータスを非公開に設定したのだと思い出した。たしか、スキル[力量把握]を持っているサー・エセルバートは非公開設定でも見えると言っていたので、これはレベルの違いか、もしくはスキルを持っていないのだろう。


「はい。

 私は魚人です。

 魚の、獣人で」

「へえ、珍しいなあ。

 だから今まで嗅いだことがなかったのか」


 魚人は珍しい。アレイスタは、博士からそう聞いている。集落を見たという話も聞かない。


 なんでだろうと思っていたが、甥っ子に聞いた話を思い出した。たしか、彼は、魚人は人気がないらしいと教えてくれた。オンラインであまり見かけないらしい。どうやらゲーム達者な方たちは、半端スペックな魚人を選択しなかったのだろう。魚人が珍しいのは、おそらくそれが原因である。


「魚人ってのは、こんな旨そうな匂いがするんだなあ」


 すんすん、と鼻を鳴らしながら、こちらに近づいてくる。笑顔で間に入ってくれるサー・エセルバートに感謝しつつ、更に一歩後ろに隠れた。試しにと齧られでもしたらたまらない。ヴィンセントをたしなめているオットーが苦笑しながら同意した。


「たしかに、魚人は珍しいね。

 さすがゴメス家ってところ?」

「いや、彼女は伯母の養女だ」

「へぇ?」


 ゴメス家はある意味有名な家系である。


 獣人は、人態のほか、獣態が取れるかどうかが判断の基準となる。獣人の子が獣人とは限らない。混血が進めば、逆に獣態を取れなくなり、獣人の枠から外れる。ゴメス家は、混血が進んだ例としてよく挙げられる。初めて生物の資料集に家系図が載っているのを見た時は、度肝を抜かれたものだった。


 元々ゴメス家は傭兵として有名な家系だ。傭兵として強さを貴しとし、混血が珍しい時代ながら、強いと分かった血を積極的に取り入れていた。祖は、熊と鰐の形態が取れたという。それが、獣人でなくなったのは7世代ほど前。当初の常識で獣人は増え続けると思われてたため、公表されたときは酷く驚かれたらしい。


 サー・エセルバートの母親、ローウェル女伯爵の家系は、若い狼ローウェル家の名のとおり狼の獣人が祖であり、彼女も獣人だったが、ゴメス家と血が混ざった2人の息子は獣態を取れないため、人間であると聞いている。


 彼らは、つまりゴメス家なら珍しい魚人と縁続きでもおかしくないと考えたのだ。それくらい混血の多い家なのである。甥っ子と適当につけた名前だったが、バックグラウンドや親戚がいつの間にかできているのは不思議なものだ。


 ちなみに、ゲームでは転生するときに種族の混血が……とかなんとか、甥っ子が説明してくれた記憶がある。のだが、あいにく透子には遠い記憶の彼方だった。


 アレイスタは、サー・リチャードとサー・エセルバート、それに博士が、獣人でなくて本当によかったと思った。虎も洒落にならないが、熊も洒落にならない。木彫りの熊の鮭のようになるのはごめんである。


「早く見廻りに戻ったらどうだ」


 笑顔だがあからさまに目が笑ってないサー・エセルバートに、ヴィンセントが肩をすくめた。オットーも苦笑している。だが、実際長々と休んでもいられないのだろう、彼らは大人しく馬上の人となった。

 オットーが軽く手を上げる。


「またそのうち飲みに行こう」

「ああ」

「ターシャちゃんもおいでなー」


 付け足したヴィンセントに、サー・エセルバートが冷たい目を向ける。ヴィンセントはそれを笑っていなす。


「あ、そういやあ、なんかお前の同僚がうろついてたぜ」


 またなターシャちゃん、と付け足して馬首を返した。



 少し考え込んだ様子のサー・エセルバートに視線を向ける。ヴィンセントの言ったことの意味がわからなかったのだ。物問いた気な視線に気づいたらしいサー・エセルバートが、軽く苦笑した。

 彼は、ちょっと散歩をしながら帰りませんか、とアレイスタを誘った。歩きながら、小さな声で説明をしてくれる。


「彼らは、司法隊の所属なので、私とは所属が違うんです。

 今アレが言った同僚は、私と同じ所属の隊士がいたということですね」


 と、言った後、軽く咳払いをする。


「今から私が言うのは、独り言です。

 ……私が属しているのは近衛隊。

 役割は、まあ、王族の私兵です。

 普段は街中には下りてきません」


 あ、なんか嫌な予感がする。


「エセル様、もう結構です」

「話が早くて助かります」


 何か起きたらあなたは巻き込まれそうなので、と笑ったサー・エセルバートに苦笑を返しながら、食えないヤツだと思う。


 このあたりに彼の同僚がいたということは、ようするに、王族に何かあったということだ。そして、駆けつける気はなさそうな様子。休暇中には仕事をしないという主義かもしれないが、散歩として「何か起きたら巻き込まれそう」なエサのアレイスタを連れまわして、何か起きた時の囮に使う気なのだろう。

 ……内心この野郎とは思うが、まあ世話になっているのだ、これくらいは付き合おう。大体、何も起きない場合の方が多いはずだ。多分。


 のんびりと歩いている途中、少し会話が途切れがちになった。馬車の中では、彼は退屈をさせないように、実に見事に話をつないでくれていた。つまりこれは、周囲に何がしかの注意を払っているのだろう。



 ぽつぽつと話しながら、ああ、甥っ子はどうしているかなあ、とアレイスタは思った。


 彼女は、思い出してから、暇があれば甥っ子のことを考えている。甥っ子は、透子にとって最優先事項だった。そして、博士を失ったアレイスタにとっても最優先事項である。


 透子ことアレイスタの特徴は、その気楽な精神構造だろう。

 彼女は考えても仕方ないことは考えない。考えても仕方ないことは、考えるだけ無駄であるとさくっと放置する。極めて合理的な精神構造をしていた。その驚きの立ち直りの早さは、会社にあって「驚くべきストレスコントロール力」と感嘆されたものだ。一応、反省はするのだが。

 

 だが、欲望はまた別次元の話である。


 甥っ子は、かわいかった。それはそれはかわいかった。とんでもなくかわいかった。大事なことなので3回言った。客観的に見ればどうかわからないが、透子から見てダントツだった。

 小さい頃の、あの福々としたもみじの手を握ったときは、これが幸せの形かと感動したものだ。最近は、あまり手をつないでくれなくなったが、それでも。少しずつ大きくなってくる手が、その成長がどれほど透子の喜びとなったか、あの子は知らないだろう。わさわさと手を動かしながら、遠い目をしてその感触を思い出す。


 ああ。

 ひーちゃんと手をつなぎたいなあ……。



 ぼうっと考えていたら、サー・エセルバートに声をかけられた。


「ターシャ。

 あなたは実に見事に、私の予想以上の結果を出してくれますね。

 素晴らしい」


 その感心したような声に、アレイスタは首をかしげた。なんのことだ、と視線の先に目を落とせば。


「……え?」


 不機嫌そうな顔の少年と、手をつないでいた。

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