010 ジャンプ氏によるアレイスタのステータス解説
ステータスとは、概要、加護、称号、スキル、能力値といった、その個人に付随した項目をまとめて指す。
概要は、名、外見的な特徴や年齢、適応属性といったものが記されている。所有魔道具も確認できる。
加護は、神から与えられる能力値への補正および副次効果となる。大抵は、運と何か。ちなみに、神は主に2種に分かれる。幸運を与えてくれるものが善神、悪運を与えてくれるものが悪神である。
称号自体は大した意味はない。なんらかの条件を満たした場合に与えられる。ただ、称号取得がスキル取得の条件になっている場合が多い。
スキルも、取得自体は称号とあまり変わらない。常時発動型と逐次発動の2種に分類される。スキル自体にレベルが設定されており、レベルが上がるほど効果が大きくなる。効果はさまざま。能力値への補正もある。また、成長するものも多い。
能力値は、個人の能力を数値で表したものである。これは、種族特性に基づき生まれつき割り振られたものが元だが、その後の生活や訓練により成長がある。当然、逆に退化もある。通常、生活や訓練よりも、クエストをこなしたほうが、成長しやすい。
また、加護やスキルにより補正が入る。
……と、ジャン・ポールが説明してくれた。
どうやらいわゆるステータス画面で確認できるものが、一くくりでステータスと呼ばれているようだ。
魔道具で壁に映し出されたステータスを眺めながら、透子の記憶を元にアレイスタは考えた。多分、個人で確認できるようになるというのも、ステータス画面のことなのだろう。アレイスタはできないが。
ジャン・ポールが言いにくそうに解説してくれたアレイスタのステータスは、ようするに、こういうものだった。
人ごみにいれば、魅力のせいで目立つ。
運が人よりひどく悪いので――特に幸運がまったくないので――、何か問題があれば大抵巻き込まれる。
面倒ごとに巻き込まれても、残念。
攻撃を受けたとしたら、直接攻撃であれ魔法攻撃であれ、感覚が鈍いので、当たってから攻撃を受けたことに気づく。そして、体格に恵まれていないので、攻撃が当たったら多分アウト。
じゃあ先手必勝で先に何かできるかというと、これもまた残念。
直接攻撃を行うには、感覚が鈍いせいで的に当たらない。そして、力が弱いので当たってもあまり意味がない。
魔法攻撃を行うにも同様に鈍さがネック。魔力はあるのに、どうも、魔法という感覚自体になれてない。
「……と、いう感じ、なん、だ、が……。
総合値は悪くないが、はっきり言うと、バランスが悪いというか。
残念というか……。
……その、まあ、何だ。
元気出せよ!」
聞いたステータスの特徴は、甥っ子が言ったとおりだった。気の毒そうに、こちらを気遣うように、ちらちらと向けられる視線が痛い。
空気が重い。
が、それを完全に無視したように、イムホテップが気楽な声を出した。
「しかし、お嬢さんは変わった称号やスキルを多く持ってるねえ。
ここらへん、」
といいながら、イムホテップが壁に映し出された文字をさしたのを見て、あれ、とアレイスタは首を傾げた。他と違って詳細が写されない。
「詳細が公開されとらんし、ワシは見たことない。
なんだろうねえ」
指された先の項目としては、称号の[乙姫]、[靴の中の石]と、ユニークスキルの[控えよ僕]、[八尾比丘尼の素]の4つ。能力値補正以外については詳細がわからない。
わからないが、なんとなく予想がつくものもある。が、言う気にはならなかった。[八尾比丘尼の素]って。食われる前提じゃないか。苦笑いを浮かべるしかない。
「……その、あの、でも、珍しいですよ!
普通、5つも加護を持っていません」
その場の空気を換えようとしてか、栗鼠嬢がなんとかフォローのための言葉をつむいでくれたのだが。
「いや、でもこの[自己愛の神の偏愛]は微妙じゃないかね。
この幸運の項目を見ると、マイナスの加護になっとる。
こっちの3つがなかったら0以下だぞ」
「たしかに、こっちの3つは、それぞれ気の毒に思った神々が何とかがんばったって感じだよねぇ。
[生きている不思議]なんて称号、初めて見たよ」
イムホテップがばっさりと切り、ステフェン・スクルドに止めを刺された。栗鼠嬢が横目でにらんでいるのにも気づいていない。
目の前のジャン・ポールは頭を抑えている。きっと2人とも、職人特有のスキル[AKY(あえて空気読まない)]を身につけているに違いない。
ここで話題にしているとおり、アレイスタには5つの加護がついている。
が、結果はイマイチだ。[自己愛の神の偏愛]で悪運+5と幸運-3されたのを、[トイレの神の慈悲]、[洗濯の神の同情]、[芋の神のお情け]がそれぞれ幸運をひとつずつ+1してくれている。もうひとつは、[貧乏籤の神の寵愛]で、これは悪運を10上げている。副次効果もぱっとしない。特に、悪神の2つ。[かっこいいポーズを取って、相手を挑発することができる][貧乏籤を引くとき、必ずアタリを引くことができる]……何に使うのだ。
確かに、自分でも運が悪いかなーとは思っていた。洗濯物を干した途端に雨に降られるし、しょっちゅう靴紐が切れるし、博士とババ抜きしたら必ずババが来るし、トイレットペーパーが切れるのも必ずアレイスタが入った時だし。でも、[生きている不思議はいくらなんでもあんまりだ。
「ね、このかっこいいポーズって、やってみてよ!」
明るいステフェン・スクルドの気楽な声がいらっとくる。彼は常時発動の挑発スキルを持ってるんじゃないだろうか。
寒くなってきましたね、と栗鼠嬢がさりげなく席を外した。言われて見れば少し肌寒いし、何か起きたのか通りが騒がしい。いそいそと高窓を閉め始めた彼女の空気読みスキルは高いのだろう。
「ええと、巻き込まれるのは前提なんですか?」
アレイスタが尋ねると、ジャン・ポールが顔をしかめた。
「これだけ運がないとなあ……。
巻き込まれた後は、これは文句なく高い知力を活かし、何とか交渉で活路を見出すのがいいんじゃないか」
「……まあ、いざとなったら、トイレに隠れて歌えばいいですよ」
と、スキルを見ながら慰めるようにサー・エセルバートが言った。彼が見ているのは、スキル[トト]と[ローレライの歌]だ。[トト]は、トイレの水周りトラブル解決のほか、トイレにいれば相手の敵愾心をそぐことができる。そして[ローレライの歌]は、対象を誘惑することができる。
実際、アレイスタができる最大の対処はこんなところだろう。トイレの神様様である。真面目に毎日トイレ掃除やっててよかった。
「やっぱり、運と魅力が最大のネックだな。
これを何とかしないと」
ジャン・ポールが腕を組んで考え込んだ。他も異論はないようだが、アレイスタは釈然としない。
「その、そんなに私は運がないんですか?
今まで普通に生活できていましたし」
「さっきも言ったが。
これだけ運が悪いと、何か起きたら間違いなく……」
「きゃああああああ!」
と、高窓を閉めていた栗鼠嬢が悲鳴を上げた。
なんだ、と振り向く間もなく、思い切り体を引き倒される。目の前にざっと何かが突き出された。白い羽がぱっと舞う。
アレイスタは、一瞬遅れて、目の前に突き出されたものが、ジャケットに包まれた腕だと気づいた。サー・エセルバートが、横に座っていたアレイスタを引き寄せ、襲来した何かからかばってくれたらしい。
襲来した何か。
カッとローテーブルに着地し、コケコッコーと高らかに啼いたのは、ごく普通の鶏だった。2羽。どうやら市場から逃げ出したらしい。騒がしかったのはこれが原因か、とアレイスタは思った。サー・エセルバートがため息をついている。
「……やっぱり、運と魅力が最大のネックだな。
これを何とかしないと。
これだけ運が悪いと、何か起きたら間違いなく巻き込まれる」
「……はい、お願いします」
高窓から進入し、サー・エセルバートに払われた鶏は、なぜか2羽ともアレイスタの膝の上に収まった。上機嫌で時々啼くのがうるさいし、食い込む爪が痛い。
視界の隅で文字が踊る。
【鶏に気に入られました】
【鶏、猫、犬、ロバのそれぞれの種族に気に入られました】
【称号[家畜たちのお気に入り]を取得しました】
【スキル[ブレーメンの指揮者]を取得しました】
そういえば、宿屋で犬猫になつかれて、来る途中にロバに甘噛みされたな、とアレイスタはぼんやり思い出した。あっ、やめて痛い、痛いのでくちばしで啄ばまないでほしい。
「おや、増えたのう」
「ねえ、このブレーメンの指揮者ってやってみてよ!」
気楽な声に殺意が沸いた。