彼女と昼寝と彼
ふぁ~、良い天気だぁ~。
暖かな日差しが差す中、キーナは数枚のカーテンを持ち中庭の木の下に居た。
城にあるカーテンはお針子によって解れを直すか新しい物に変えたりしるが、侍女棟などのカーテンは下端の侍女が解れを直す事になっている。キーナはばっちり下端の為、今回はその仕事が回ってきたのだ。
折角天気も良いしあまり人が来ない中庭にやって来て、小さな手でチクチク縫う。
料理は壊滅的だが裁縫は比較的得意である謎のキーナであった。
そう言えば、グエンさん大丈夫かな。
グエンダルにマーラを受け取って貰えた翌日、彼は医務室へと運ばれたらしい。
(それを知っているのはアレンだけだが。)
保持している巨大な魔力の力で体内の猛毒さえも中和する力を持つグエンダルを負かすマーラ。
医務室に見舞いに行った時のグエンダルの絶対零度の視線は記憶に新しい。
しかも暫く近寄るな命令が出てる。グエンダルが本気で殺る目だった為、破る勇気は無い。
嫌われたい訳じゃないし…我慢しよう。
キーナは1つ欠伸をすると目を瞑った。
さわさわとした葉の擦れる音と暖かな日差しが眠気を誘う。
ん~、眠い。昨日も徹夜で縫ってたし…少しだけ…。
++++++++
「キーナ、またこんな所で寝て。」
ん、…だれ?
体を揺り動かされて目を覚ますと黒髪黒目の優しそうな女性が目の前に居た。
ここ、どこ?
小さな庭。素朴だが美しい花々が咲いている。
そこにある白い椅子に座っていた。
あぁ、そうだ。ここは私の家だ。この女性は、お母さん…
「母さん、キーナは…あ、お前こんな所に居たのかよ。父さんも待ってるぞ。」
そこにもう一人同じ様な黒髪黒目の青年がやって来た。優しそうな目が女性と似ている。
「そうよ、今日は貴女が主役のお祝いなんだから早く支度しちゃいなさい。」
彼は私のお兄ちゃん。
お祝い…そう、そうだ。
今日は私の19回目の誕生日。
「うん、ごめん。すぐ着替えてくるね。」
これが夢だと言うことには気付いたが、キーナの口からはその言葉がするりと出てきた。
自分の部屋。
あのヌイグミは親友に貰った。
カーテンはお母さんの趣味で、本当はピンクではなく水色が良かった。
壁の沢山の本はお兄ちゃんが自分の部屋に収まらない分
お気に入りの姿見
クローゼット
花瓶
クローゼットを開け、薄緑のワンピースを着る。一階に下りると家族皆がいた。
「似合うじゃないか、キーナ。」
あの人はお父さん
「だって私が選んだのだもの。」
クスクス笑うお母さん
「腹減ったー。」
空気読めお兄ちゃん
レストランでご飯を食べ、お兄ちゃんに無理矢理お酒を飲まされて、仕返しにデザートを食べてやった。お父さんも参戦してきて、お母さんに諌められて。
プレゼントを貰って、笑って、話をして、楽しくて。
このままここに居たい。
キーナはもはやこれを夢だと思わなくなっていた。
現実として受け止めたい。
このまま。
「すみませーん」
デザートの最後の一口を食べられ、打ち拉がれている甘党な兄の為、新しい物を頼もうとキーナはウェイターを呼んだ。
「お待たせしました。」
「えっとこの、赤ワインのシャーベットと木苺の……。」
メニューから目を離しウェイターを見て、言葉を失った。
顔形は似ていないが、蝋燭の光を浴びて揺れる翡翠の瞳。
「………あ………。」
愛しさが溢れた。
今までこの夢が現実であればいいと思っていたが、そんな事もうどうでもいい。
「如何なされました?」
「あ、いえ。やっぱりいいです。すみません。」
去っていくウェイターの背中を見ながら、ふと先程まで五月蝿かった家族が静かになっていることに気付く。
振り返ると皆がキーナを見つめていた。
その瞳はとても静かで愛しいものを見る目だった。
きっと、私が何を言いたいか分かっているんだ。
「そろそろ時間ね。」
「え?」
「とても楽しかったよ、キーナ。」
「お父さん?」
「まぁ、馬子にも衣装ってやつを見れたしな。ただデザートの恨みは忘れん!」
「ちっさ。こだわる所ちっさ。」
「キーナ。私達の大切な娘。寂しいけれど、きっとまたいつか会えるわ。」
そう言いながらキーナの頬を撫でる。
「大丈夫。どこに居ても貴女は貴女よ。」
お母さん
「元気だけが取り柄なんだからよー。」
お兄ちゃん
「時間だ。」
お父さん
キーナ、
「「「また会う日まで。」」」
光に、包まれた。
+++++++
さわさわと葉が擦れる音
暖かな日差し
静かにキーナは瞼を開けた。
城の中庭。
縫いかけのカーテン。
ふと隣を見る。
「ぅえぇ!!?グ、グエンさんッ!!!」
隣には本を広げるグエンダル。そしてその肩に凭れている自分。
「ふぉんご!!」
素早く鼻を押さえる。
鼻血なんて出した日には死刑が待っている。
「グ、グエンひゃん、なんれここに…。」
もごもごと話す。
「…何の夢を見ていた。」
「…え?」
夢
懐かしい、彼方の人達。
「…覚えてないです。」
ヘラリと笑ったキーナにそこで初めて目を合わせるグエンダル。
いつもよりも何倍も近い位置に大好きな翡翠がある。
ほんの少しの間見つめ合う。
グエンダルの手がキーナに伸び
鼻を摘ままれた。
「涎の跡がついているぞ、間抜け面め。」
「ふにゃ!!やめへくださぃ~!」
「城の中とは言え何が起きるか分からん。この様に無防備に間抜け面を晒して寝るな。」
そう言うと本を閉じ中に戻ろうとする。
「あ!グエンさん、あの、私、もうグエンさんに近づいていいんですか?」
「………好きにしろ。」
チラリと振り返り、今度こそ去っていく。
「はい!!グエンさん、愛してるッ!!」
懐かしい人
きっともう会えない。
でも、私は彼を追いかけているから。
だから、寂しくなんてない。
冷たくて残酷で優しい彼を。