彼女とお菓子と不機嫌な彼3
やっと…!
今回の視察は8日間と言う短い期間だったが新たな問題が浮き彫りになった。
カルト国の国境侵害の危険。
ルディースル国と彼の国は黒の森と言われる鬱蒼とした森で隔てられており、それは先の大陸戦争が起こる前も起こった時でさえお互いが侵すことが無かった。
その理由はこの森事態が巨大な魔力を持つ、1つの存在だからだ。
長い歴史の中で繰り返される戦争で、幾度となく様々な国がこの森の魔力、資源を求めた。
しかし森はそこに意志があるかのように、魔力によって自身を傷つけようとする人間を惑わせて狂わせた。
国家騎士団の様に魔力が巨大な人間は少ないため、自分よりも大きな魔力に当てられたのだ。
その森があったからこそカルト国とルディースル国が大きな争いをすることなく平和協定が結べたのである。
故に黒の森はルディースル国とカルト国の平和協定の証。
それが今侵されそうになっている。
「陛下の言った通りだな。まさかあの森の資源を狙うとは。」
「魔力を持つ木材は希少価値が高い。…所詮奴等も人間。どんな目的であれ欲望は尽きないだろう。」
「まぁな。グエンはこのまま騎宿舎に戻るのか?」
「…いや、中庭にでも行く。」
「中庭ぁ?なんでそんな…あ、まさか…。」
「気分転換だ。」
「気分転換、ね。じゃぁ俺も行こーっと。」
アレンのニヤつきを無視し、グエンダルは中庭へ向かった。
+++++++
「キーナちゃん元気かね?」
「………。」
「会いたがってるだろうなぁ?」
「………。」
「待ってるかもよ?」
「………。」
「キーナちゃ…ちょ、まてまて何だその握り拳は!やめ、やめてやめて!グリグリするなっ!禿げる!!」
「禿げろ。」
「イダダダダ!!ああ!噂をすればキーナちゃんだ!!」
神の助けとでも言うが如く目を輝かせて少し離れた所に見えたキーナを指差す。
拳が止まりグエンダルが振り返る。
どうせいつものようにスカートを持ち上げて自分の元へ走ってくるのだろう。
そして五月蝿く喚き立て…
「リムルさーん!!!」
「キーナちゃん。」
「今日は渾身の出来です!」
「あ、マーラの形だ。成長したね。」
「へへ、頑張りました。食べて下さい。」
「ありがとうキーナちゃん。」
はにかむような笑顔のキーナと彼女の頭を撫でる青年。
「キーナちゃんと…あれは、近衛兵?そう言えば城下では好きな相手に手作りのマーラをやるのが流行っているって…あ、オイ!グエン!!」
無言で騎宿舎へ踵を返し、グエンダルは中庭を後にした。
そのまま帰る気にもならず鍛錬をしてから騎宿舎へ向かった。
何故あの時自分は踵を返したのか。
それは。
いや、帰ってきたばかりであの子供の相手は疲れる。そう、自分は感じたのだろう。
鍛錬でうっすら汗をかいたグエンダルは騎宿舎の入口の前に小さな影があるのを見つけた。
既に日が傾き周囲は薄暗い。
そんな中1人で立っていたのはキーナだった。
「っあ!グエンさんッ!!!」
頬を真っ赤に染め本当に嬉しそうに走り寄ってくる。
「視察お疲れさまでした!!あの、あの、これ作ったんで良かったら食べて下さいっ!!」
そういって差し出された菓子。綺麗にラッピングされ、赤いリボンがついている。
手を伸ばしかけ脳裏に映ったのは、赤毛の青年。
「いらん。」
パシッ
「…え?」
グエンダルに払われたマーラは少し離れた所に転がった。
「私に渡さずとも受け取って貰える相手が居るだろう。」
「い、居ないですよ!相変わらず厳し「素性の知れぬ者の手作りを食べる程警戒心が無いわけではない。」……っ。」
「…グエンさん?何か…怒ってますか?」
「これは貴様に対する普段の態度だ。俺は忙しい。帰れ。」
「あっ!グエンさん!」
何度か呼ばれたが、どんな顔をしているか確認はせず騎宿舎へ入っていった。
「………グエンさん…。」
残されたのはキーナだけ。
+++++++
次の日、キーナの背中にはオドロオドロしい空気が流れていた。
「……どうしたのキーナ?」
「……ぃぇ。」
「大丈夫?」
「……ぃぇ。」
「…貴女、女性?」
「……ぃぇ。」
「駄目だわこりゃ。」
ふぅ、と溜め息をつくシェリー。このままではいつ仕事を失敗するか分からない。
「キーナ、少し休んできなさい。仕事に支障が出るわ。」
「…すみません…、」
トボトボ歩いていくキーナ。
…もうッ!!!ハズウェルめ。キーナに何をやったのよ。あんな耳と尻尾がしょんぼりしちゃって可愛…じゃなくて可哀想に!
シェリー・ノーベル
キーナの侍女先輩であり、友人でありキーナを応援し隊の副隊長である。
「はぁ…。怒ってたよなぁ…グエンさん。」
何故あんなにも怒って居たのだろう。いつもなら文句を吐きつつ貰ってくれると思っていたのに。
「頑張ったんだけどな…。」
自然と目線は下に向く。
「あれ?キーナちゃん?」
下に向けていた目線を上げた先に居たのは赤毛の青年だった。
「リムルさん…。」
「どうしたのキーナちゃん?顔色が悪いよ?」
「……。」
「…ここじゃ話ずらいだろうから、人が居ない方に行こう。」
リムルさんは優しい。
でも私の手を握って引いてくれているのがグエンさんなら。って思っちゃうんだ。
末期だなぁ…。
「何を弛んでいる!!お前らはそれでも国家騎士団の一員なのか!!」
鍛錬場、そこかしこに国家騎士団の隊員が伸びている。
「おいおい、何で今日はさらにキツくなってる訳?少し休ませてやれ。」
「こんな程度で伸びるとは…騎士として恥ずべき事だ。」
「皆お前みたいな超人じみてないんだよ。
本当にどうした?騎宿舎に帰ってきてからずっと機嫌悪いだろ。」
「…普段通りだ。」
嘘だ
本当は小さな影が残像として残っている為に苛々している。
その苛々が向いているのは彼女か。それより、彼女が傷つくであろう言葉を投げつけた自分なのか。
「そう言えば、好きな相手にマーラをあげるのが流行っている。って言ったが、友人間とかでもあるらしいな。ラッピングのリボンで決まるんだと。
確かーピンクは“恋人”赤は“想い人”黄は“友人”とかだっけかな。
昨日キーナちゃんが赤毛にあげてたのは黄色のリボンだったな。」
………黄色?
あの時の、自分に捧げられたリボンは……
「…アレン。少し、抜ける。」
「あいよー。」
「つまりは、何故か彼は怒っていて、マーラは貰ってもらえなかったと。」
「……はい。」
思い出すと落ち込む。
貰われなかった事ではなく、余所者扱いされた事に。
「……ねぇ、そのマーラ僕にくれないかな?」
「…え、でも…。」
「あの人は一度拒絶した物を再び受け入れる事はしないよ。
キーナちゃんがせっかく努力して作ったんだ。…欲しいな。」
「……。」
確かにそうだ。
「今まで色々酷い言葉を言われてきたんだ。もう、いいんじゃないかな?」
それもその通り
貶されて
蔑まれて
でも
それでも
あのマーラは。
「悪いが、その物体は私のだ。」
「「!」」
二人の前に現れたのはいつもより更に険しい顔をしたグエンダルだった。
「キーナ、仕事中だと言うのにフラフラするな。その様ならいつまでも侍女見習いのままだぞ。」
「しゅみませんッ!!!」
噛んだ。
「リムル・ダンシーだな。警備もせず此処で何をしている?」
「………。」
「この阿呆は連れて行く。持ち場に戻れ。…行くぞ。」
「わ!いた、いたたた耳が取れましゅ!グエンさん~ッ!!」
「キーナちゃ、」
ボソッ
「―――。」
「っ!」
キーナの耳を引っ張り、リムルの横を通りすぎる時耳元で何か囁く。
先ほどのグエンダルの様に険しい顔をしたリムルは拳を握りながら二つの影を見送る事しか出来なかった。
++++++
今は昼食。
休憩時間のためか城内の廊下はしずかである。
「いたぁ~ッ。ちょ、コレ耳あります?私の耳まだ付いてます?」
「………。」
「…?グエンさん?」
「わ、…。」
「わ?」
「………。」
何なんだ。
珍しすぎる程歯切れが悪い。
「貴様…。」
「はい。」
「貴様、は陛下に拾われた身。既にこの国の所有物であったことを失念していた。」
「…ん?えと、それは…。」
この間の余所者云々の話?
もしかして…コレ謝ってる?
あのグエンさんが!!!?
「それから、貴様の物体Xなぞ他の者に食わすな。城内で死人が出たら困るから処理位私がしてやろう。」
それって…それって!!!
「あ、あぁああの、今度の休みに新しいの作ります!…貰ってくれますか?」
「さっきからそうだと言っている。……それから、昨日の物も寄越せ。食す。」
「え。」
「話は以上だ。持ち場に戻りその無駄な体力で城に貢献しろ。」
ふぃ、
と鍛錬場への道を戻るグエンダル。
あのグエンさんが謝った…。
遠回しすぎるけど、マーラも食べてくれる。って言った。
「…ふへ。グエンさん!後で持っていきますねっ!!大好き!」
一瞬止まったが、振り返らないグエンダル。
でもそれでいい。
あの言葉だけでいい。
一瞬貴方を留める事が出来たんだから。
「よし!仕事仕事ーッ!!」
今日はもう転ばない気がする。鼻歌を歌いながらまずはシェリーに謝ろうと思うキーナであった。
―――――
「言ってくれるね、死神。」
そう言って笑うリムルの目はもはや優しい萌木色では無かった。
『悪いが、お前はずっと黄色のリボンのままだ。』
目まぐるしい。
最後は急ぎ足でした(汗)
アレンがマーラの真相を話したのはもちろんわざとです。
余計な事言っちまった!
と反省した結果です。