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彼女と彼と彼等

ただいま糖度!

「あのぅ、もう歩けますからぁ…。」


「何を抜かしている、ついこの間までは起きるのもやっとだったと言うのに。」


品良く調度品が飾られた広い部屋で大きな天蓋付きの寝台で、クッションを背に起きたキーナは困り顔で美しい男を見上げた。


男は寝台に寄せた椅子に座り果物の皮を向いている。


「いや、グエンさんのおかげでもう良くなりましたから。それに陛下やアレンさんやシェリーさんに謝らなきゃ…。」


そこはグエンダルが所有する屋敷だった。


普段は騎士宿舎の宛てがわれた部屋で過ごし、屋敷に帰る事は無い。しかし今では帰るだけでなく暇を作ってはわざわざ少しの時間の為に足を運んでいる。


それもこれも憔悴しきった状態で保護…もとい捕獲したキーナの世話を焼く為だ。


キーナは捕獲されてから三週間以上経つと言うのに誰かに会う事も無く未だに庭さえ散歩させて貰えない。


初めは魔物とバレてしまったギルヘルムやアレン達に何を言われるか怖くて会いたくなかったが、流石に落ち着けば言い訳のひとつと謝罪をすべきだろうと思ったのだ。


しかし…


「いらん、事情は全て俺から言ってある。今は休養を十分に取れと言うことだ。」


「でも…」


「二度言わせるな。それよりも紀衣菜、口を開けろ。」


…アナタハダレダ。


キーナはグエンダルが差し出した切り分けられた果物を見つめ遠い目になった。


グエンさん、なんかキャラが違う!もう自分で食べれるのに何この羞恥プレイ!!


グエンダルは今や立派な過保護へと変わった。言葉は辛辣ではあるが目の冷たさは無くなりキーナは居た堪れない。


ずぃっ、とさらに出された果物を意を決して食べる。


しゃくしゃくと味わっているとそれを見つめるグエンダルと目が合い更に居た堪れない。


「あの、グエンさん…何か人格が非常に変わっていません?」


「そうとは思わないが…言うなれば、悩む事を止めたと言う事だ。」


「悩む?」


「手に入れたいものを我慢するのが馬鹿らしくなってな。お前みたいな馬鹿を捕まえるには自分も馬鹿になる事が必要と気付いた。」


「ば、ばかって言うな…」


それってそれってある意味告ha…ぐぁあぁ!!!この人それ気付いてるの!?


口にあった果物が食べ終わると次を差し出してくるグエンダル。


嬉しくて直ぐに噛り付きたいが今を逃せばグエンダルはまた城へ行って帰ってくるのは夜中になってしまう。


どうしても皆に会って謝りたかった。


「私、会わなきゃいけないんです。ううん、会いたいの…ミュシュライ様にも…っイタタタ!そこは口じゃありません!」

そこは目、目だから!!


グリグリと果物を押し付けられ涙ぐんだ右目を抑えながらグエンダルを睨む。


「鬼畜の極みですか!」


「殿下にも会う必要は無い。」


「は?」


「今は執務で忙しくされている、お前は邪魔になるだろう。」


今までの自分なら、そうかと納得したが今回は状況が違う。


なぜならいつもは無表情の筈のグエンダルは顔を顰めそっぽを向いているのだ。


これは、もしや…


「や、やきもち?って、イダダダ!だからそこは目ですってばぁ!!」


「五月蠅い、笑うな。」


再び目に果物をグリグリされてもキーナの顔は緩んでいる。


笑っちゃうよ、だってねぇ?グエンさんがこんなにも可愛いなんて。


「この、いい加減にしろ。」


「ごめんなさ、でもミュシュライ様の名前を出したのに意味はないんですよ?」


「ふん、意味などあったらお前を叩き斬る所だ。」


こわっ!


「愛が痛い!愛が痛いよグエンさん!!」


「きちんと受け取ってみせろ。」


……………え。

..................え?


「ちょ、え、あれ?いつもの『愛など無いからな』みたいなのは…。」


「お前の脳みそは虫以下か。言っただろう、我慢はしないとな。」


そう言ってグエンダルは茹で蛸の様になったキーナの顎に指をかけた。


その動作だけで、これまで何度も繰り返された行為だと分かりキーナの心臓が一際跳ねる。


「紀衣菜…。」


掠れた囁きがキーナの唇を擽り、そして…。


「ちょ、今は開けちゃ駄目ですって!」


「グゥウエンダァアル!!!お前いい加減にしろ!いつまで余にキーナを会わせないつもri......」


「父上、そんな乱暴に扉を開けたりしたら…」


「キーナ!体は大丈夫…あら。」


扉を壊す勢いで入ってきた見知った者達にバッチリと『まじでする3秒前』を見られたのである。


「ち、違うぞ?余はミュシュライが開けろと言うから…。」


「私の所為にしないで下さい。」


「ならばアレンが全て悪い!」


「ちょ、責任転嫁とかそれでも一国の王か⁉」


「余だって人間だもの。」


「それよりも取り敢えず閉めて10秒だけ待っていてあげましょうよ。」


顔を近付けた状態で固まる2人を尻目に入り口でギルヘルム、ミュシュライ、アレン、シェリーが騒ぐ。


そして当たり前と言えようか、身の毛がよだつ程の低い声がその場にいた全員の時を止めた。


「五月蝿い。」


言葉通り、空気が凍る。

細かく言えばキーナがいる寝台以外の部屋部分が一瞬で氷に覆われた。


「グ、グエン落ち着けって。キーナちゃんの体に氷は良く無いんじゃないかなぁーっぎゃぁあああ!!」


後日、哀れな男の叫び声が屋敷の外にも響き渡ったと語られた。



十十十十十十十十


「しかし、流石に以前よりも濃密な魔力になっていたな。」


「さらに人間離れしていくね、グエンダル。」


氷で覆われた部屋が使えなくなったため一行は別の部屋へ移った。そこでもキーナの隣に誰が座るかで揉めたのだが結局グエンダルの隣と言う定位置にいる。


「その、人間離れ、し、た魔力を、全身にっ、受けた俺は、どうなる、んですか、ぶぇっくしょん!!」


ガタガタと震え桶に張ったお湯に足を浸けるアレンはギルヘルム達を睨みつける。


「ある意味人間離れしているね。」


「殿下!大体ね、一国の王と王子が揃いも揃って人を盾にしないで下さい!」


「だって余は王だもん。」


「だって私は王子ですし。」


「最低だな!」


キーナは目の前で繰り広げられる相変わらずなやり取りを、何とも言い難い表情で見ていた。


罵声の一つや畏怖の目や最悪で捕縛を想像していたため余りにも普段通り過ぎて反応に困る。


「いい加減にして下さい、今はそんな事より大切な事があるでしょう。」


騒ぐ気配をみせた男性陣にぴしゃりと言ったのはシェリーだった。彼女は言いながらも真剣な目で真っ直ぐにキーナを見つめている。


何を言われても真っ直ぐに彼等を見つめよう。


視線を受け止めたキーナはそう思い、シェリーを見つめ返した。


「キーナ、まず無事そうで良かったわ。貴女のおかげで被害を最小限に留める事ができた…皆を守ってくれて本当にありがとう。」


「シェリーさん…。」


「心から感謝してる。でも私達は聞かなきゃならないわ、貴女の事を…話してくれる?」


「…はい。」


キーナにとって思い出す事は苦痛だ。きっとそれはシェリーも分かっているだろうが、これは彼等がくれたチャンス。


キーナを魔物としてではなく、“紀衣菜”として見ようとする…。


握った両手をグエンダルの大きな片手が包む。それだけで、十分だった。


どのような断罪が下され様とも、グエンダルが守ってくれ様としても自分は受け入れるとキーナは決意し、話し始めた。


ーーー自分の名が鈴宮紀衣菜と言い地球と呼ばれる星の日本に住む女子大生だった事、魔物として召喚され日常を奪われた後に進んで力を貸した訳では無いにせよ抵抗せず魔力を差し出していた事。


そして自分の力を分けて逃げ出した際にギルヘルムに保護され、自らの保守の為に城で生活していた自分の汚さを…。


全て話し終わるまで誰一人言葉を発さなかった。ただ、グエンダルの自分の両手を包む手の温かさだけを感じていた。


「感謝される必要なんてないんです。私がこの国に居なければ、第一にアルメデスがこの国に攻めてくる事もありませんでした。見つかる可能性を考えた事もあったのに私はここを離れなかった…。」


それを最後にキーナは口を閉じ、難しい顔をしている彼等を見つめて判断が下されるのを待つ。


「魔物は…我々にとって畏怖の象徴であり禁忌とされたもの。民を守るべき王からすれば国の脅威、もといこの世界の均衡を崩すものは見逃せぬ。」


「はい。」


重々しく口を開いたギルヘルムの言葉に痛みを堪えしかしハッキリと頷く。


「だが、その守るべき者が苦しみ続けているのだとしたら…民の1人を救えずして何故多くを救えようか。」


「…?」


「お前をあの森で見つける事が出来て良かった。」


言われた事が理解出来なかった。いや、理解したがそんな筈無いと考えたのだ。なぜなら自分は守られるべき者の振りをしてずっと彼等を欺いていたのだから。


「キーナ、近くにいたのに貴女の背負う苦しみを気付く事が出来ないでごめんなさい。」


シェリーは言いながら向かいに座るキーナの頬に手を伸ばし、くしゃりと美しい顔を歪めて柔らかい頬を優しく撫でた。


「お前は魔物などでは無いよ。今でも私の可愛いキーナだ。」


「言っただろ、素直になれない馬鹿を変えてくれた君にはずっと感謝しているって。」


ミュシュライの、アレンの言葉が体の強張りを解いて行く。


どうして。


「辛かったな、キーナ。もう大丈夫だ。」


ーー『もう大丈夫だ。』

太陽の様な瞳。暖かさを湛え自分に向けられる優しさ。


いつかの、絶望から救ってくれたトロリとした蜂蜜色。


「ー…っ、ふぇ、う…うわぁああっ!!あぁ、っひくっ、うぁあ、ええぇん!!!」


キーナの瞳にみるみる内に涙が溜まり、やがて止めどなく流れ出す。


まるで赤ん坊のように泣き始めたキーナをグエンダルが抱きしめ、ギルヘルムが手を握る。シェリーの手が頭を撫で、ミュシュライとアレンが優しくそれを見守った。


それは彼女の二度目の産声。


交じり合う筈が無い世界に放り出された少女が、世界に受け入れられた瞬間だった。




ただの惚気。

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