彼女と過去
暗い…かな?
私が喚ばれたのは、19歳の時
つまらくも平和な日常
それが尊いものだと、皮肉にも手放してから気付かされた。
その日もいつも通りなはずだった。
ご飯を食べ、大学へ行き、友達と喋ったり勉強をして家に帰る。
そう、いつもと変わらず家へと続く道をただ歩いているだけだった。
今日の夜ご飯は何だろう、そんな事を考えて。だけど私が瞬きをした次に見たものは、蝋燭しか灯っていない暗い部屋の中何人も倒れた人間達。
その人達はピクリとも動かずまるで死んでいるかのようで…。
「ハハハっ!!見ろサン、成功だ!」
混乱で身動ぎも出来ない私の耳に届いた喜びに満ちた声。
「ようこそ、我が化け物。」
見ると、まるで恋人に向けるかの様な微笑みを湛えた若い美しい男が私を見つめ、その美しい微笑みに私は背筋を凍らせた。
そして、そこからは全てが地獄の日々。
この世界へ何人もの人間の命と引き換えに喚ばれた私の体に現れた蔦模様、宿った巨大な力。
厳重に警備された牢獄に鎖に繋がれ、徹底的に私は“人間”の尊厳を奪われ“化け物”へと堕とされた。
私の契約者だと言われたのはリリーヌと言うまだ10代であろう娘だった。
こんなこと出来ない、神への冒涜だと叫んで泣いたその娘は、次の日になると顔半分を紫に腫らしていた。
その次の日は身体中を鞭打たれ
そのまた次の日は小指を切り落とされ
そしてさらにその次の日、いや、夜。彼女の叫び声と笑いを含んだ男達の囃し立てる声が響いた。
やがて獣の様な不快な臭いと共に彼女の叫び声は聞こえなくなった。
彼女は、逆らうことを止めた。
私は毎日見て、聞いた。
リリーヌが私の力を、己を媒体とし術を施す様を。
人間が化け物にされる情景を。
投げ掛けられる“皇帝”の狂言と狂気を。
散らされる命を。
命を、いのちを、いのチを、イノチを…。
地球、日本、大学、友達、家族。私の全てが消えて行き恐怖、絶望、憎悪で新しい私が創られていく。
「見ろ、人間達が醜く争う所を。」
毎日男に外を映す水晶を見せられる。そこに映るは戦争をする人々。
“大陸大戦争”
この国は参加らしい参加をしなかったが他の多くの国々が領土を自分達のものにせんと血を流していた。
「チッ、忌々しい死神め、この戦いで死ねばいいものを。まぁ良い。あの国が大陸を占めるようになったとしてもいずれは我が手中に落ちるのだからな。よく見ておけ、紀衣菜。お前が殺すことになるであろう男を、手に入れる世界を。」
私が殺す男、手に入れる世界…殺す?誰を。人を?この憎い世界の?この世界を手に入れる為に。
…殺したい。
私の憎悪は私を喚び出した者達だけに向いてる訳ではない。
何日も何ヶ月も来る日も来る日も積み重ねた怒りは、私にこの“世界”にその矛先を向けさせるのに十分だった。
この世界の人間を、全てを、その男を。
この世界を壊す為に。
憎しみが溢れる。
残酷な気持ちまま水晶へ目線を集中させ、見たものは。
灰煙に舞う白銀の髪
敵を射抜く冷酷な瞳
光る鈍色
舞い散る赤
照らす太陽
振り向いたその眼光は―…
心を震わせるほどの美しい翡翠
「グエンダル・ハズウェル。死神と恐れられるほどの男だ。」
「グエンダル・ハズウェル…。」
呟いた声は本人にすら聞こえない程、掠れ小さい。
こちらは見えていないはずなのに、まるで見えているかの様に真っ直ぐ突き刺さった瞳。
その夜、私は冷たい牢獄の中久しぶりに涙を流した。
もう流せる感情など無くなったと思っていたのに。
「…ぅうっ、っく!ぅ、あぁあっ!!!」
手に入らないものに駄々をこねている子供の様に声を上げた。
知らなかった、この世界にあんなにも美しいものがあったなんて。
知りたくなかった、この憎い世界にあんなにも美しいものがある事を。
知りたかった、この世界のあんなにも美しいものを。
そして私は“生きたい”とここへ来て初めて心から望んだ。
死にたい程の毎日を過ごし、死ねない毎日を過ごした私が、だだ生きたいと我武者羅に。
恐怖を植え付けられ、自ら出来なかった事
逃げる事を決意した。
それから私は考えないように、自分のものでは無いと言うようにしてきた身の内の魔力を感知出来るように毎日毎日方法を探った。
元々魔法など本の中のものだったため理解など出来ず、それを周りの人間が教えてくれる筈もない。奴等は私が力を使い暴れださないように魔力への知識がつかないようにしていたのだ。
持っているものが大きくても使い方がわからなければどうしようも無い。
気付かれないよう、冷たい牢獄の中で。
静かに、我武者羅に。
どれくらいその様なことをしていたか。
どれ程努力しようとも魔力も感じる事は出来ず、毎日繰り返される地獄に限界を感じていた。
そして、いつの間にか大陸大戦争も終わり私が此方へ来て2年が経とうとしていた夜。
冷たい牢獄の中、薄い毛布にくるまり足の霜焼けを手で暖めていたある日。
【紀衣菜】
「…っ!」
その声は唐突に、だが明瞭に私に届いた。
【やっと、届いた】
「あ、なたは…?」
【分かっている筈だよ、紀衣菜。だって君は…】
突然響いた声を怖いとは思わなかった。だって、これは
「あなたは、…私?」
【そう、君は僕。僕は君。流れる月日の中で紀衣菜の閉じ込めた感情を君の魔力が取り込み意思を持ったのが僕。紀衣菜の感情であり、紀衣菜の魔力】
「…かんじょう。」
【君が押し殺してきた忌むべき感情。恐怖、絶望、憎悪。僕は紀衣菜がこの世界へ来てすぐに生まれた。けど“魔力”の概念を持たず、外界と魔力と自分を切り離していた紀衣菜には僕の声は聞こえていなかった】
ずっとこうして話したかった
そう、ソレは言った。
「わたし、怖かった、の。命を散らせていく力が…っ自分のものだなんて…だから、目、逸らしてた。」
【…うん】
「で、も…わたし、気付かされてしまったの。」
【うん】
「…っ生きたいって、気付いたの!」
【うん】
「生きたい!此処から出たい!還りたい!…っもう、使われたくない!」
【うん】
ソレは私なのだから、言わなくても分かる筈。けれど言葉が止まらない。
【じゃあ、一緒に行こう】
「いっしょ、に?」
【当たり前。僕は紀衣菜なんだから】
「…うん。」
【守ってあげるよ、紀衣菜。いや、キーナ。】
月も無い夜、私達は牢獄から逃げた。
あの子の事を知った私は身の内の巨大な魔力をほとんど身体の外へ放出した。
それは“あの子”と言う意思と力を持ち牢獄を吹き飛ばし、兵の者達を殺し、私はボロボロになるまでひたすら逃げた。
そこからは、もう言うまでもない。
私は光を見つけたのだ。
だから、私は光を守るため全てを賭ける。
それで本望。
その筈、なのに
この胸に広がる悲しみは。
切なく、苦しい痛みは。
グエンさん、凄く、痛いよ。
貴方に決して手が届く事の無い事がこんなにも心残りだ。