彼と魔物と彼女
遅くなりスミマセン;
切っても切っても自分に襲いかかってくるモノにグエンダルは奥歯を噛み締めた。
それはアルメデスの背や肩や腕から出ており赤黒く、一見触手の様にも見える。だがその先は槍や斧や長剣など様々に形造られており、雨のようにグエンダルに襲いかかってくる。
しかもいくら切ってもそれは瞬く間に形を戻し再び自分へと向かってくるのだ。
ギルヘルムも己を襲うモノを自身の光で飲み込み、断ち切っている。
しかしそれよりも向かってくる数が多すぎるらしく、素早い身のこなしで避けている。
アレンはアルメデスの傍に付いていた従者に時間を取られているらしい。
「どうした死神、口だけか?ほら、増やすぞ!」
アルメデスが言うと共に攻撃が苛烈さを増す。
先程より数を増やしたその赤黒い切っ先はグエンダルやギルヘルムの肩や脇腹を切り裂く。
「鬱陶しい。」
グエンダルの纏う銀色の魔力が膨れ、周りの赤黒い触手を一気や飲み込み弾ける。
パラパラと舞う千切れたソレはまるで赤い血が降っているかのよう。
アルメデスは一瞬目を開くが直ぐに憎々し気にグエンダルを睨み付ける。
「は、まだまだ余裕という事か。」
膨れ上がったグエンダルの魔力。今までは此方を伺いつつの攻防だったのだろう。
「さすがだな、数多の人間の首を狩る死神。殺すには惜しい。お前が魔物の力を経たら面白そうだな。」
アルメデスは己に襲いかかるグエンダルの力を自分の力で相殺しつつ楽しげに話す。
「魔物を再び手に入れたらまず一番にお前を造り替えてやろう。あぁ、だが肝心の契約者が耐えられるかどうか。私の時ですら死にかけたから死神相手ならどうなるか、おっと。」
今まで淡々と距離を図りつつ攻防していたグエンダルがいきなり斬り詰めてくる。
目には憎しみの色。
ニヤリ、とアルメデスは笑った。
「最初は言うことも聞かなかったんだがな、少し両手足の爪を剥がして体に鞭打てば協力してくれた。
実に優しい娘でね、自分の力で化け物を作る度に発狂せんばかりに泣き叫び心を痛めていた。本当、実に心優しく哀れな道具だったよ。」「黙れ!」
グエンダルの銀色の髪が彼の力によって巻き上がる。
「グエンダル!」
ギルヘルムが叫ぶが遅かった。
感情のままアルメデスに斬りかかったグエンダルは赤黒い切っ先を肩にまともに食らう。
「…ち、心の臓を狙ったのだがな。ギリギリで避けたか。」
グエンダルの肩から引き抜いたソレはヌルリと彼の血に濡れていた。
「…クク、死神も女には優しいのか?」
アルメデスはグエンダルの血をベロリと長い舌で舐めとりながら笑う。
ギルヘルムがアルメデスの隙を見計らい攻撃を仕掛けるが、それさえ往なしながら更に言葉を続ける。
「同情でもしているのか?だが、その女も我等と同じ穴の狢さ。何て言ったって自分が助かる為に化け物を造り続けたのだからな。」
「……五月蝿い、」
グエンダルは剣を構えアルメデスを静かに見据えている。
「最後の方など命令されずとも自らやっていたさ。人間とは本当に適応する生き物だな。」
「…五月蝿い、」
「グエンダル、挑発に乗るでないぞ!」
ギルヘルムがアルメデスに抗戦しながら叫ぶ。
「しかも優秀だった。化け物を造るだけではなく…そう、兵士の…慰み者としても、な。」
「五月蝿いッッ!!!」
起きたのは、爆発とも言える衝撃
グエンダル達が居た部屋は壁が吹き飛び瓦礫の山と化した。
外はちょうど庭の位置であったため色とりどりの花々も共に吹き飛び土が抉れている。
上がる土煙から勢い良く二人が出てくる。
グエンダルがアルメデスの魔力を今までよりも早く避け、断ち切り、距離を詰める。
赤黒い縄がグエンダルを捕らえ身動きを封じ、それに向かって次々と刃先を突き立てようとする。
それをグエンダルは片手で剣を薙いだだけで己に絡み付く縄ごとバラバラに吹き飛ばした。
そしてアルメデスが瞬きをした瞬間、彼の切っ先はアルメデスの脇腹を抉っていた。
「…っ、………くく、はははは!見てみろギルヘルム、これでは、どちらが化け物か分からないではないか!!」
抉られた傷口は徐々に塞がっていく。
だが格段に速さを増したグエンダルの攻撃が完治する前に傷を抉り、増やしていく。
「やめろグエン!それ以上力を使うな!」
瓦礫から出てきた傷だらけのアレンがサンをなぎ倒し叫んだ。
だがグエンダルの攻撃は更に速さを増す。
魔力は無限ではない。
いくらグエンダルとて魔力が尽きれば死んでしまう。
常に冷静さを失わず感情を揺らす事なく戦に挑んでいた筈であったのに。
今グエンダルは、ずっと隣で共に戦っていたアレンですら感じた事のない力を使っていた。
それほどに我を忘れる、怒り。
思いに捕らわれた者は身を滅ぼす。
そんな考えがちらりと頭を過ったが、グエンダルは己の魔力をその足に、腕に、一本一本の指に流す。
アルメデスを斬り付けながら全てに行き渡らせ、奴の歪む赤い目を見据える。
これで、
「終りだ。」
グエンダルが間合いを詰め、男の首へとその剣が煌めく。
だが彼のソレは男には届かなかった。なぜなら、
バキィイィン!
結界が壊れる音が響き、頭上にいた化け物達が次々と降り立ったからだ。
勿論グエンダルとアルメデスの間にも。
グエンダルの剣は自分とアルメデスの間に降り立った化け物の胴体を真っ二つにしていた。
まるで皇帝を守るかのように化け物達が三人へと牙を剥く。
グエンダルとギルヘルムは皇帝から離され、アレンも自分に向かってくる化け物に剣を向ける。
牙を避け、鋭い爪を腕ごと切り落とし首を飛ばす。
翼を削ぎ喉を裂き腹に突き立てる
化け物を殺していくが、次々に前に立ち塞がってくる。
アルメデスはそれを笑いながら見ていた。
「さすがにこれだけの数を相手にすれば傷だらけだな。」
言う通り、三人とも傷を作っていた。
さらに城の至るところから爆発音や叫び声が響く。
魔術団と国家騎士団が応戦しているのだろう。
それを冷静に考えるグエンダルが化け物の一閃を避けたその時。
「っ!」
一瞬だけ足から力が抜けたのだ。
先程の力の放出が思ったよりも体にダメージを負わせていた。そしてその一瞬をアルメデスが見逃す筈も無く、男の赤黒い魔力の切っ先がグエンダルの右足と左肩を貫いた。
「グエン!」
アレンが走り寄ろうとするがそれをサンと化け物は許さない。ギルヘルムも同じく進むことが出来ない。
そして新たな化け物がグエンダルを囲む。
片足と片腕が使い物にならず、魔力の放出で体にダメージを負っている彼は顔を歪めた。
「死ね、死神ッ!!」
アルメデスの切っ先が、化け物達の牙が、爪がグエンダルへと振り落とされた。
だが、次の瞬間。
グエンダルの眼前に迫った赤黒い切っ先が、化け物達の振り落とそうとした腕が、牙を剥いた顔が
バラバラと千切れた。
「なんだと!?」
アルメデスは目を見開いた。何故なら自分のソレが、アレンやギルヘルムを襲う化け物達の体までもが、まるで紙切れのように簡単にバラバラに千切れたからだ。
「グエンさん。」
その場に似つかわしくない鈴を転がしたような声が響く。
そこにいる人間達が振り返ったその先に、メイド服に身を包んだ小柄な黒髪の少女がいた。
「……キーナ。」
グエンダルの呟きに応えたかのようにキーナがゆっくりとこちらに歩いてくる。
「来るでない、キーナ!」
「キーナちゃん!!」
ギルヘルムとアレンが叫んでも少女は歩みを止めない。
グヴゥガァアアッッ!!
化け物達が空から新たな獲物に一斉に飛び付いた。
「キーナ!!」
思わずグエンダルが叫ぶ。
キーナは歩みを止める事も無く、手を動かすでも無かった。
しかし、キーナへ飛び付いた全ての化け物達が先程の様に一瞬で細切れになった。
赤黒い血が霧のように弾ける。
―にゃぁ…―
少女の足元から影が盛り上がり、形を成していく。
それは小さな黒猫だった。
「キーリ…。」
グエンダルが静かに名を呼ぶ。
キーリがチラリとグエンダルを見、ゆら、と尻尾をゆらす。
「まさか、あの、小さな猫が魔物…?」
アレンも呆然と呟いた。
固まり、キーナを凝視していたアルメデスの体がブルブルと震え始める。
「…っぁ、は、はは、あははははは!!見付けたぞッ!!くははっ、やっと見付けた!ずっと隠れていたなんて悪い子だな!あははは、はは!!」
キーナは静かにグエンダルを見つめ、歩いてくる。
「キーナちゃん、来るな!こいつは君を、…っ契約者である君が目的なんだ!」
アレンは血の霧の中表情を変えない少女に苦し気に叫んだ。
「ははっ、何を言っているんだ!?」
興奮しているのか、男は裏声りながら言う。
「アレはそんなものではない」
アルメデスはキーナしか写さない瞳のまま言った。
「グエンさん、私は逃げないって決めたの。もうこれ以上奪わせはしない。傷つけさせない。」
足元の黒猫がゆらり、その形が朧気になる。
黒い霧と化した猫が足元からキーナに絡み付き、それはキーナの体を全て覆いつくす。
「幾多の命を奪い」
そしてそれがゆっくりと引いていく。いや、良くみるとその霧は少女の体に取り込まれていっている。
「大いなる力と恐怖をもたらした」
徐々に現れた、返り血を浴びた少女の姿は
「禁忌とされし化け物」
顔の右側から首、手の甲にまでもタトゥーにも見える黒い蔦がその象牙の肌に複雑な模様を描かれた姿だった。
「あの娘こそ、本物の、魔物だ!!!」
漆黒の髪は靡き、黒曜石のような瞳は今まで見たことがないほど鋭く温度を感じさせない。
「そ…んな…。」
アレンの顔色は既に青白い。ギルヘルムも驚愕に目を見開き、強張っている。
あの、小さな少女が。
まさか。だが、しかし。
空気を振るわすこの魔力の巨大さは。
「アルメデス、お前は今日で終わりだ。」
キーナは興奮に頬を赤くしている男を冷たく睨んだ。
そしてふと視線を和らげグエンダルを見やる。
「グエンさん、ごめんね。」
そう言った彼女の微笑みに、グエンダルは己の瞳を静かに閉じ、奥歯を噛み締めた。