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彼女と招かざる者

シェリーに言われた通りに侍女棟を掃除していたキーナは、不穏な気配を感じ雑巾を置いてふと外を見た。


何だろう…?


ざわざわと心が乱れる。

それを確かめる為に、行くなと言われた命令に背き侍女棟からの回路を渡る。


先程まで晴れていた空は今は鈍色の雲に覆われ、寒い季節だと言うのに生暖かい、ドロリと肌に纏わり付くような風が頬を霞めた。


今日は陛下とあの男が両国会議をしている筈だ。


来日が早まったのは確実に自分達の気配をアルメデスが感じ取ったからだろう。あの男が気付いたと言うことは、巨大な魔力を持つ陛下やグエンダルも勘づいたはず。


グエンダルを思うとぎゅう、と心臓が痛みを訴える。

それは甘やかなモノではなくグエンダルの疑問を確信にしてしまった事への、もうすぐ彼を見詰める事すら出来なくなる辛さからだろう。


その痛みを首を横に振り誤魔化す。今はこの不安を煽るものが何か確かめなければならない。


あの男は何かを仕掛けてくる。

キーナはアルメデスの来日で全てが終わる事を確信していた。

だから一刻も早く、行かなければ。



「キーナ!!」


名を呼ばれ振り返るとシェリーが目尻を吊り上げて此方へと走ってきた。



「シェリーさん。」


「貴女には侍女棟の掃除を頼んだ筈よ。こんな所で何をしているの。」


「シェリーさん、私は行かなきゃいけないんです。」

黒の瞳がシェリーを見詰める。

それに奥歯を噛み締め、しかしシェリーは毅然と言う。


「貴女にはきちんと教育をしたはずなんだけれどね。

キーナ・スーミヤ、今すぐ自分の持ち場に戻りなさい。これは侍女監査としての命令よ。」


「…それは、出来ません。」


「一介の侍女見習い如きが仕事を放り出すつもり?今はカルト国の皇帝が来日なさっている。本城へ入れるのは選ばれた侍女だけよ。」


「知っています。でも、行かなくちゃ。」


シェリーのキツイ眼差しにも目を逸らさず静かにキーナは言う。その瞳に固い覚悟を見てシェリーは焦る。


いけない。この子を近付けてはいけないの。でなければ後戻りが出来なくなってしまう。



「立場を考えなさい。貴女の行動はそのまま侍女長達の責任になるわ。だから、」


「ありがとう、シェリーさん。」


「っ、」

ありがとう、と言ったキーナにくしゃりとシェリーの顔が歪んだ。


「もう、逃げないって決めたんです。だから…ありがとう。」


「キーナ…。」

キーナはシェリーの手を取り微笑む。シェリーはこれ言ってもこの娘は聞かない事を悟った。


あとは、力ずくでしか…。


そのシェリーの思考を遮ったのは大気の震えだった。


「っ、なに…っ!」


まるで重力が増したかのように重くなる空気、肌をビリビリと刺すようなそれは感じたことも無いような力。


「これは…っ、」

嫌というほど身に覚えのあるモノ。

キーナはそれが直ぐにアルメデスのものだということに気付いた。


早く行かなければ、再び走り出そうとしたキーナの動きを止めたのは二人の横を通り過ぎた一人の侍女の呟きだった。


「…あれは一体、何?」


その呟きは静かな回路に思いの外響き、その場を忙しなく行き来していた人々の視線を動かした。



「虫?いや、鳥?」


「いや違う。アレは…アレは何だ!?」


「な、何っ、あの化け物!?」


遠い空を覆い尽くし此方へとやってくる異形の物


それに皆青ざめた。


シェリーも目を見開き一度唇を戦慄かせる。が、直ぐにその場に居る者達に指示を与える。


「皆さんそれぞれの持ち場の者に急いで緊急避難を指示して!貴女はすぐ侍女長を呼んで!」


「は、はいっ」


初めに呟いた女性に言う。

流石はギルヘルムに仕える者達。

青ざめた顔をしつつ皆指示に従い、迅速に行動を始める。


「キーナ、貴女も他の人達と一緒に行きなさい!」


「私は…!」


「お願いキーナ、被害を出したくないの。」


「…っ。」


そうだ。ただ一人として奪われてはいけない。あんな化け物の毒牙に誰かが傷つくなど許されない。

まずは皆を安全な場所へ連れて行かなければ。


「シェリーさんは?」


「言ったでしょう、私はこの国のを守るべき責を負っているの。」

美しく微笑むシェリーの、その強い瞳を見てキーナもひとつ頷く。


「直ぐに皆さんを避難させます!」


だから


「待っていてください。」


何をとは聞かずシェリーもキーナに頷き返す。

それを見てキーナは走り出した。



++++



「緊急避難を!指示されていた通路から速やかに国の外へ逃げてください!!」


叫びながら走る。

何事だと驚いた人々もそれを聞いて行動に移し出す。

元々、非常事態が起きた際に指示されていた国の外へ通じる経路があるのだ。


途中、国家騎士団とフードを被った団体とすれ違う。見知った騎士団の彼等はみな剣を取り、いつものふざけた態度とはかけ離れた目をして走って行く。

さらにフードを被った団体の中に侍女長を見つける。


そうだ、彼女も優秀な魔術師だと聞いたんだった。


一度唇を噛み締め、キーナはさらに足を動かした。



異形の物達は今や既に上空に居る。だが何かに阻まれているかの様にある位置から此方へ入る事は出来ない。


空で自分達を阻む透明な壁に体をぶつけては火花を散らし、不快な鳴き声を上げている。



自分が感じた大気を震わせる禍々しい力も増し、さらにはそこに愛しい彼の力も感じる。


人々の恐怖と混乱した声も城に響く。


「皆さん冷静に!自分の持ち場の集団ごとに焦らず非常回路へ向かって下さい!!持ち場から離れている人は決して一人で行動せず近くの集団と避難をして下さい!」

キーナや、シェリーに命令された者、それぞれの持ち場の監督者の指示のお陰で速やかに集団になり駆けていく。


「キーナちゃん!」


「リムルさん!」


向かいから髪を乱した近衛兵のリムルが走って来る。


「まだこんな所にいたの!?キーナちゃんも早く行くんだ!」


「分かっています!でも混乱している皆さんを誘導しなくちゃ」


「もう皆大丈夫だ!混乱はしているけど城下の人々もほぼ避難回路に向かった。」


「でもまだ残っている人がいるかも…っ!」


「それはキーナちゃんの仕事じゃない!!魔障壁もヒビが入り始めているんだ、いつまで持つか分からないから早く逃げなきゃ!!」


「リムルさんは?」


「僕等は国外までの避難を護衛する。残りたいけど、戦いに関しては騎士団や魔術団の方が遥かに上だからね、それに避難した人々を守らなくては。

だからキーナちゃん、早く僕と行こう!」


そう言ってリムルはキーナに手を差し伸べる。


「リムルさんは行って下さい、私はやらなければならない事があるんです!」


「君が残って何が出来るんだ!?それよりも早く!」


手を握らないキーナに焦れたリムルが彼女の手を取る。

だがキーナはそれを振り払った。


「私にしか出来ない事があるんです。」


「キーナちゃ、」



バキィイィン!!!


何かが砕け散る音と共に、ついに化け物達が勢い良く地上へと降りてくる。

そこかしこで眩しい光と爆発音、雄叫びのような声が聞こえる。


「大変だ、キーナちゃん早く!」


そうリムルが言った時、二人の前に巨大な化け物が降り立った。

その振動だけでも足がたたらを踏む。


「…っ!!!」

リムルは思わず言葉を失った。


巨大な、ひしゃげた体

鼻をつく腐臭

ギラギラとした血のような目

鋭い爪と牙があり、ダラダラと涎を垂らしている。


「キーナちゃん、逃げてくれ!」

キーナを押し、リムルが剣を抜く。

だがそれよりも遥かに早く化け物の爪がリムルへと襲いかかった。


「くっ!!」


その一撃を間一髪避けるがそれが囮とでも言うかのようにリムルの目の前には涎が糸を引いた牙が迫っていた。


目の前に掲げた剣で止めたが衝撃で刃にヒビが入る。


くそ!!!




「っ、……?」


だが化け物はその牙がリムルの剣を砕き、彼にそれが食い込む前に動きを止めた。


いや、止めたのではない。


大きく口を開けたまま、化け物の首が胴体からボトリと落ち赤黒い血噴き出す。


その血の噴水の向こう側には、静かにキーナが佇んでいた。


「キー、ナちゃ、ん…?」


今の状況からしてこの化け物を殺したのは…だが、しかし…。


「リムルさん、…ごめんなさい。」


「なに…ぁ…。」

リムルの体を暖かい風が包み、抗えない睡魔へと彼を誘う。

彼が眠りへと落ちる直前に見たのは微笑む女性だった。


ああ、今なら、何故この人にあの死神が焦がれるのかが分かる気がする…。



眠りに落ちたリムルを黒い霧が飲み込む。


「皆の所へ。」


【わかった】

答えたのはあの男とも女とも子供ともつかない声。


「行こう。」


向かう場所は一つ。



自分へ襲いかかる化け物達を殺しつつ、目的地へと走った。

キーナが通った道は紅に染められ息絶えた化け物が転がっている。


顔が泣きそうに歪むのが分かった。

一体どれだけの人達が犠牲になったのか。彼らが人間であったことも、なぜこのような姿になったかも自分は知っている。

そして、彼等がもう元の姿に戻れない事も。


何故なら自分が彼等をこんな姿にしたのだから。


その自身の罪を改めて目にし、やはり全てを終わらせなければと手を握りしめた。


せめて痛みがないよう、死んだと言うことが分からない内に。一体、また一体と殺して行く。



そうして辿り着いた先はまるで戦場の様だった。


美しい庭園は見る影も無く、そこかしこで上がる火柱や光線

何かが焼けた様な不快な匂いと騎士の雄叫び、化け物の断末魔


そして城の一角が崩れ瓦礫が重なる中、周りを化け物に囲まれた愛しい彼の姿があった。


あの時と同じ。

直接ではないが初めて彼を見た時の様な、背筋が凍るほどの冷えきった、だがどこまでも澄んでいる瞳。


ゆっくりと


キーナはグエンダルの元へと歩き出した。



スロー展開申し訳ないです(´`)


あと少しお付き合いお願いします!(^^)



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