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彼と招かざる者

先程まで広い部屋を明るくしていた太陽は、厚い雲に覆われ始めていた。

それがさらに不穏な雰囲気に拍車を掛ける。


そして薄暗い部屋には狂った様な男の声が響いていた。



「クハハッはは、アハハハっ!はは、はっ、ふフフ!!!」


その禍々しさにアレンと共に護衛していた若者が半歩下がる。

触れてはならない、恐ろしい何かを触ってしまった恐怖に。


「堕ちた!?何を言うんだ、私は生まれながらにして“堕ちて”いるだろう!!くはは、暫く会わない内に間抜けな事を言うようになったなぁ!」


狂ったような笑いを受けてもギルヘルムとアレンは動揺を表さない。

目の前の男の真の目的を見極めようと目を逸らさず見つめている。



「お前が私に兵力を渡すのは最早避けられないんだよ!」


「先程までは借りたいと言っていたしおらしさはどうした?」


「ふっ、そんな事口だけだと分かっていただろう。お前はこの国の命を人質にされているんだ、既に我等に従う他の選択は無い。」

笑いを収めたアルメデスはまるで決定事項かの様に言う。


「………どういう事だ。」


ザワリ

ギルヘルムの周りの空気が震える。


「我々を下手に思い通りにしようとすれば怪我ではすみませんよ。なにせ気性の荒い奴等が多いのでね。」


容易く奪われる訳がないだろう。


口外にアレンは言う。

だがアルメデスはそれを気にする事もしない。


まるで己の掌に捕まえた虫を観察するようにアレンを見る。



「安心しろ、誇り高き国家騎士団とて私の言うことならば何でも聞くようになる。」


「少なくとも貴方に従いたいとはこれっぽっちも思えませんね。」


「は、関係ない。命令に従うよう創り変えれば良いだけさ。…サン。」


呼ばれたアルメデスの横に控えている男は、心得ているかのように大きな窓に近寄った。


そして窓を開け放つ。



部屋に入ってきた風は温く、不快な生臭い匂いが鼻についた。



「あれ等の様にな。」



遠い空に見える黒い点


それはやがて遠くの空を覆い尽くすほどに増え、もの凄い速さで此方へと向かってきている。



「な、なんだ、アレは…っ」

若い護衛の震えた声は誰も聞いていない。



彼等が捉えたソレにギルヘルムもアレンも目を疑った。



「アルメデス、お前は一体何を…。」



ソレはまさに異形だった。

腐った様な色、ひしゃげた翼、鋭い爪、赤い目


全て異なる形を持ってはいるが、みな目を背けたくなる様な姿


かつて大陸全土に蔓延り、多くの命を奪った恐怖の存在


葬り去られた術で召喚されし化け物



―…魔物であった。



「なんだ、あの数は…有り得ない…」

アレンも目を大きくし呆然としている。

空は既に黒く塗り潰される程だ。

これ程までの魔物を召喚出来る力など、この男の国にあるはずがない。


それに楽しそうにアルメデスが答えた。


「あり得なくなどないさ。あれは、我々の努力の結晶なのだから。」


「民を…、生け贄にしたか!」

ギルヘルムは立ち上がりアルメデスを睨み付ける。

怒りで漏れだした魔力が空気を震わせ金色の瞳が爛々と光る。


「何を勘違いしているのでしょうか。あれは、召喚した魔物ではない。」


「なに…、」


アルメデスの紅い目が揺れる。


「アレは、我々の最高傑作。長きに渡り研究し続け完成した兵器。力無き者に与えた永遠の命と巨大な力。私の命令だけを聞く化け物!


…弱き人間を、魔物に生まれ変わらせる技術ですよ。」


「グエンダル!!!」


瞬間、アルメデスをギルヘルムの魔力が縄のように捕らえようとする。


だがその金の縄がアルメデスを拘束する前に黒い霧によってそれは飲み込まれた。



男が隣の部屋に続く扉から抜刀しながら素早くサンに攻撃を仕掛けた。


「全ての組織に告げ、魔障壁の装置を動かし民を速やかに避難させろ!奴等を城下に入れることは許さぬ!!!」


「クワイ、行け!」


「ハッ!」


グエンダルに名を呼ばれた若い護衛は身を翻しこの事態を伝える為に走った。


それを確認し、グエンダルの剣を受け止めていたサンをアレンの方に蹴り飛ばす。

空中で体制を直したサンは次に振り落とされたアレンの一撃を短剣で受け止めてた。



「おや、誰かと思えば卑しい鼠じゃないか。はは、随分用意周到だ。魔障壁ごときでアレを防げるとは思ないがな。」


確かに、アレ等がどれ程の力を持つか分からないが民を避難させる時間稼ぎになれば良い。


「あの様なおぞましいものに自国民を犠牲にするなど…っ。」


「おぞましい?最高の力と朽ちる事が無い体を提供してやったのだ、自国の力になれるのだから民とて本望だろう。」


「あれは魔物などではない、紛い物だ。」


「確かにアレは人間よりは遥かに優れているが所詮紛い物。

だがその元となった力は本物さ。知っているのだろう?我々が…。」



「禁術を使い本物の魔物を召喚した、だろう。」


ヒタリ

アルメデスを翡翠が見据える。

殺気が首筋を撫で、切っ先はサンではなく既にアルメデスへと向けられている。



アルメデスはちらりとアレンと睨み合うサンを見、それからグエンダルに微笑みかけた。


「そこまで知っているのならば、それを返しに貰いに来た事も知っている筈だ。」


グエンダルの脳裏によぎった少女。


ギリ、と剣の柄が鳴る。



「ギルヘルム殿も人が悪い。アレは、多大なる犠牲を払いやっと手に入れた私の最強の兵器。何処に、隠している?」


「知っていたとしても教える訳が無い。」

グエンダルの剣が銀色の光が纏い始める。


「お前には渡さぬ。哀れな魔物には再び眠りについて貰おう。

……お前も、禁術を破ったとして身柄を拘束する。」


ゆらりと淡い光がギルヘルムに纏わり、巡る風は彼には柔らかくアルメデスには冷たく吹きつける。



「くく、大人しくは答えないか。まぁ良い、引きずり出してやろう。」


アルメデスの魔力が弾ける。肌をビリビリと刺す巨大さ。

机が弾き飛び、飾ってある花瓶は壊れる。カーテンは靡き空気は見えないうねりを上げる。


アルメデスとギルヘルムの魔力がぶつかり合い、グエンダルの魔力を霧が飲み込む。ルディースル国でもトップである筈の二人を相手に顔色を変えない事にギルヘルムは眉間に皺を寄せた。なぜなら“堕ち子”と言えど自分達を相手に平然と出来る訳がないからだ。



「理解出来ない様な顔をしているな、何故私がこれ程までの魔力か。」

ニヤリと笑ったアルメデスがその赤い目をくるりと回す。


そして次に見た時、その瞳孔はまるで爬虫類かのように縦に裂けていた。


「確かにアレは紛い物の化け物だ。だが私は違う。

召喚した魔物の魔力を契約者と言う器に溜め、それを我が身に流す。そして体の細胞が破壊と再生を、魔力が分裂と再結合を繰り返す事によって真の力を手に入れた。」


「契約者を、器に…」

アルメデスの力に対抗しながらグエンダルが呟く。



「あの化け物達はその過程で自我が崩壊し、肉体の変化を起こしたことによって出来た。

契約者の感情のブレによって流れる力は変わるから難しいのさ。なまじ、契約者はまだ若い娘だったからな。目の前で人間が人間で無くなる瞬間を目の当たりにすると直ぐに感情を揺らしてしまってね。


はは、………調教するのに苦労した。」


グエンダルの魔力が膨れ上がる。


それがアルメデスの力を上回り、崩れた隙間に素早く身をさばき相手の首に剣を振るう。


だが届く前にアルメデスがそれを手で受け止める。


袖から覗くその手は異様な太い血管が浮き上がりどす黒く、やはりアルメデスが人間では無い“何か”になった事を表していた。しかしその様なことはグエンダルには関係のない事だった。



「…貴様は私が殺してやる。」

例え身を滅ぼそうとも。


頭にあるのは小さな背中。

身体の傷が治っても、未だに心は血を流し続ける一人の少女だけ。




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