彼女と彼の日常6
遅くなり申し訳ありません
昼間の活気溢れるルディースル国の城下町は、夜になるとまた別の種類の活気があった。
そこかしこの酒場で笑い声や歌、たまに喧騒が聞こえてくる。
そんな中、眉間に皺をそれ以上無いほど寄せたグエンダルは怒りで痛むこめかみに手を当てながらソレを見た。
「何故このようになった。」
「あ!ぐえんしゃぁん!!なんでいるのー?あははは!!!」
呼び出された酒場に行くとそこには大柄な男の膝に跨がる完全な酔っ払いであるキーナの姿が。
男は、と言うかその酒場に居るのは殆どが国家騎士団員であった。鍛練後、1日の終わりに飲みに来たのだろう。
「た、隊長!違うんス!!これは嬢ちゃんが勝手に乗ってきて、下心はないッス!!!」
キーナを膝に乗せていた男は大いに焦る。騎士団に入り3年、まだ死にたくない。
だが酔っ払いは今日は小悪魔でもあったらしい。
「したごころ…ないの?」
「え。」
甘い声が聞こえたのは己の膝の上。
上目遣いの目は(酒で)うるうるとしており(酒で)頬は赤く色付いている。
(酒で)とろんとした表情と下がった眉、(酒で)濡れた唇。
「わたし、こどもじゃないよ?」
普段色気のいの字も無く自分にとって妹の様な、動物の様な、女を一切感じない筈の少女。
だが今まさに自分の体を熱くしているのは目の前の少女だ。
「ねぇ、したごころ、ないの?」
吐息がかかる。
同じ酒を飲んだ筈なのに甘く感じるのは何故か。
「あ、ありますぐへぇっ!!!」
「オッズー!!!」
勢いで抱き締めようとした瞬間、グエンダルの長い足が哀れな男の顔面を捉え吹き飛ばした。
これ以上無いほど恐ろしい顔をした死神。腕の中には状況を把握していない少女。
「いい加減にしろ…帰るぞ愚か者が。」
「むぅ!?はなしてよ!」
いつもなら逆に喜んで飛び込むであろうグエンダルの腕の中も今のキーナには煩わしいものだ。
ジタバタと暴れ抜け出そうとする。
「はなせー!まだ飲むの!!」
「大人しくしろ。」
「はなせがんこもの!ぶあいそう!てっかめん!だいすき!!」
ジタバタ
と、振り回していたキーナの手がグエンダルの頬を打った。
「!!!。」
団員全員が息を飲み酒場が静まる。
今まで誰がグエンダルの顔面に打撃を与えられたか。
例え女でも容赦がないことは隊員がよく知っている事だ。
隊員達が固唾を飲む中グエンダルの瞳がキーナを捉え、少女をしっかりと抱え直す。
「あっ!やぁー!!はなしてよ!!」
そしてグエンダルはその場にいる男達が拍子抜けするほどアッサリと無言で酒場を後にした。
緊張が解けた男達は息を吐き出す。
「良かった、怒ってなかったな。」
「まぢヒヤヒヤしたぜー。」
「俺はキーナちゃんが今回ばかりはヤバイと思った。殺気向けられていたしな。」
「確かに。」
酒場の雰囲気が戻りつつある中、先程まで気絶していた男がヨロヨロと起き上がった。
「いや、あの殺気はキーナちゃんじゃねぇ。俺に向けられたものだった。」
「「オッズ!(生きてたか!)」」
「隊長がこの店から入ってきた時から俺は睨み付けられてたんだ。我ながら、チビらなかったのが不思議だ。」
グエンダルに蹴りを入れられた男、オッズ。
酒を飲む前よりも10歳は年を取ったように見える。
「……嬢ちゃんには酒を飲ますのは止めよう。」
「「「ああ。」」」
と言うよりも、彼女に触るのは。
騎士団の男達は皆そう思ったのである。
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「やぁだってば!はなせっ、オッズー!リュビ!ケントー!たすけてぇ~っ!!」
表の道から1つ奥に入った道をキーナを抱えながら歩く。勿論俵抱きだ。
「あたまに血がのぼるぅ。はーなーせーよ!ひとさらいぃ」
「黙らねば猿轡を噛ませるぞ。…もう時も遅い、いい加減にしろ。」
「わたしの事はほっといてよ!ぐえんさんにはかんけーないでしょっ」
「酒が明日に響きお前の仕事に支障が出るとシェリー・ノーベルに迷惑がかかるであろう。」
「ふんっ!なにさなにさ!やっぱりぐえんさんは大人の女がすきなんですねー。そりゃ胸おっきーほうがいいですよねーっだ!!」
「……。」
「うわ、だまった!ずぼしだぁ!!…っもぅ、ホントにはなしてよ!ぐえんさんなんか知らない!」
訳の分からないなじりをしていたキーナの声に泣きが入り、言葉とは裏腹に苦しそうな顔をする。
「キーナ。」
「いやだ!きかないもん!!」
何とも不毛なやり取りだ。内心苛つきながらもやはり放り投げる事は選択にはない。
こつり
「キーナ、良い子だから大人しくしろ。」
グエンダルは俵抱きから抱え直し彼女の額と己の額を合わせて言った。
その声が、支えてくれる手が優しくて。
「……こどもあつかいしないで…。」
呟き、泣きそうなままの顔でキーナはグエンダルの上着を握った。
「言ってみろ。」
「ふぇ?」
「私に何か思う所があったのであろう。」
「…。」
思う所なんて…聞きたい事なんて沢山ある。けれど。
「言っておくが、こんな煩わしい事など私は好かん。……だが、今の状態のお前は不愉快だ。ならば話を聞くのもやむを得まい。」
「…バレてたんですか…。」
ここ最近避けているのを。
「当たり前だ。」
キーナはくしゃりと顔を歪めグエンダルの首筋に埋めた。
「…さいきん、すごくキレイなひとといるのをじょうないで見た。」
ボインの。
「うで、くんでて……恋人なのかなって。」
濃いブラウンの髪と瞳を持った美しい人。
グエンダルと共に居る所を何回か見、先日はその細く白い手をグエンダルの腕に絡めていた。
それを見た時、想像より遥かに大きな感情が自分の中で荒れ狂った。
それを処理出来ずに彼を避け、情けない事に今日はベロベロだ。
別に彼にとって私は何の関係もない人間であり、何か言える立場でも何でもない。
でも、そうだとしても。
…なんて貪欲で我が儘な女なのだろうか。
話を聞いていたグエンダルの溜め息が耳を打つ。
「っごめん、なさい。なんでもない。」
握っていた手を離す。
惨めすぎる。
「キーナ。」
グエンダルの長く骨張った指が離したキーナの顔の目元を擦った。
「泣くな、馬鹿者。」
その声が驚く程優しく聞こえて。
「…ぅっ。ご、め」
言葉が出ない。
「アイツは仕事仲間であり腕を組んでいたのもやむを得なくだ。先日まで共に仕事をしたが、恋人でも何でもない。もう会うこともないだろう。」
「……そ、うなんだ。」
「全く下らない。」
「く、くだらなくなんかないもん!ほんとにショックで、でも言っちゃっだめで、でももやもやしてて…っ」
「分かったから落ち着け。…それで、阿呆の阿呆な誤解は解けたのか。」
「あほ言うな。でも、うん…解けた。」
「ならば、明日から私を見て逃げるのはよせ。酒も禁止だ。」
「はい。……ぐえんさん、頬っぺたごめんね。」
キーナは自分の手が当たりうっすらと赤くなっているグエンダルの頬に手を当てた。
「お前などの打撃など痒くもない。…だが、そうだな。罰として今度晩酌でも付き合わせるか。」
「お酒はきんしじゃないの?」
「…私と以外では、だ。酔っ払いは何をするか分からない、監視しなければな。」
クスクスと笑う。
グエンダルも目が穏やかで心なしか口端もあがっている。
酔っているからそう見えるだけかな?
「酔うのもわるくないかもー。」
「馬鹿が、調子づくな。」
ベシッ
「いたい!あたまはたかないでくださいー!」
「ならば落とすか?」
「それはいや。」
寒さも分からないポカポカした心と体で。
二人は城へと帰る。
「ぐえんさーん。」
「何だ。」
「すき。」
「……知っている。」
「ふふ、だぁいすき。」
「…質の悪い阿呆め。」
穏やかな、まま
またまた番外…;
次は本編に戻ります!