彼と感情
UPしていたのですが消えてました(>_<) すみません.
それは空気を引き裂くかのような、叫びだった。
優しさなどいらないと拒絶した少女。こちらの方が可哀想だと嘲笑った少女。
その涙の膜が張られた黒い瞳は月の光を浴びて不思議に揺らめき、奥にちらつく縋る弱さははいつまでも自分の中に巣食っている。
感情に捕らわれた者は身を滅ぼす。
思いによって判断力は鈍り、想いによって自身の信念は薄れていく。
鈍った判断力と薄れた信念を持った者の行く末を見てきた自分にとって、感情と言うものは捨てるべきものであった。
いや、むしろその様なものが自分の中にあるものか。
化け物である自分には。
そう本気で考えていたし、実際に感情と満足に言えるものを感じた事がなかった。
それを可笑しいこととも思わず、逆にそれを厭うていた。
それが変わったのはいつだったか。
変化とは言えないほどの小さな何かだったかもしれないが、少しずつだが確実に自分は変わっていった。
それを煩わしいと感じ遠ざけようともしたが、その度に脳にちらつく“黒”が自分で行わなくても良い用事を片手に城を歩くと言う行動を取らせた。
伸ばそうとした手を強く押し止めたのも一度や二度とではない。
目で走り回るその姿を探した事も戦友に言われるまでもなく自覚している。
只、認めてはならなかった。
認めれば今までを否定しなければならない。
剣を振るう事しか無い自分を、憎しみも悲しみも痛みも全て無にしてきた今までを。
だがそれももう遅いのだろう。
あの夜、部屋から飛び出した少女の後を追ったのは見張るためでも警戒したのでも無い。そんなものは後付けに過ぎない。
ただ追いかけてしまったのだ。
走り去る少女の背中が突き刺さるような叫び声を上げていた様に見えて。
今にも悲しみに潰れてしまいそうに見えて。
自分らしく無いと感じたのは暗い部屋のベランダに踞る少女を見た時だがそれでも近付いて行くことは止められなかった。
顔は青白く強張り、嘲りに口元は歪み、瞳には怒りや悔しさの炎。
だが自分が見たものは
怒りや悔しさの裏に見え隠れする恐れや不安。
独りは嫌だと、寂しいと。
自分にとってその時の彼女はただの孤独に震える少女だった。
そしてその縋るかの様な弱々しい光に捕らわれ、それを向けられる事に、縋られる事に、暗い悦びの様なものを感じ始めたのは今はもうだいぶ前だったと思える。
憐れな少女だ。
手を伸ばすつもりも無いが突き放すつもりも無い。
それは彼女にとっては不幸な事だ。
早く自分を支えてくれる男でも見付けられればその方が余程幸せだっただろうに。
自分の様な者に目を付けられるなど。
だがそれも今更だ。
自分は知ってしまった。
人間である事の心地好さを。
羨望も嫉妬も策略も恐れも無く自分の名前を呼ぶ少女。
そんな生暖かいものに包まれるかのような思いを出来るなら、少女の嘘に終わりまで付き合おう。
化け物と恐れられている男が聞いて呆れる、厭うていたモノに捕らわれているなど。
中庭の大樹の下でうたた寝していた少女の寝言を聞いていない振りをするなど。
何の夢かなど聞かなくても分かる。彼女は家族を求めていた。
小さな呟きを聞いた瞬間に沸いた暗い感情は未だに求められ続ける家族への、そして求めているのが自分ではない彼女へ負の想いだったのだろう。
キーナ。
寂しい、と叫んでいた少女。
煩わしい感情をもたらす少女。
もう無視出来ない程の想いを抱いた自分。
気付くと彼女の声を求める自分。
ただ、それもあと少しで終わる。
この暖かさは己の手で消し去らなければならない。
それが、自分の役目。
キーナ。
もう一度少女の名を口の中で呟く。
その響きはいつもの様に柔らかくは響かず、手に良く馴染んでいる愛剣がいやに重いと感じた。