彼女と闇
アイツが、あの男が来る。
人を人と思いもしない残酷な男が。
姿を思い出すだけで未だに震え、そんな自分に自嘲が漏れた。
いつまであの男から逃げられないのだろうか。
けれど
未だに震えるけれど
お前が再び奪おうとするなら、全力で抗ってやろう。
例えこの暖かな場所を無くすとしても。
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闇に溶ける黒が靡く。
男の様に短かった髪は今は肩口程まで伸びている。
目立たないように黒い服を着て、キーナは城下の裏道を走っていた。
どこに居るかは知らないが、どこに居るかは感じる。
目当ての者へ、物へ、ひたすら息を殺し走る。
やがて一際闇が濃くなる路地に辿り着いた。
「いるでしょう。」
それは疑問ではなく確信。
【いるよ】
そして、男かも女かも分からない声が響く。
「わかるでしょう。」
【わかるよ】
見据える目は常に無いほど冷たく答えた声はキーナへの優しさがあった。
「私は、逃げない。」
彼等を守るため
【うん】
「もう恐れないから。」
【恐れてもいいよ、僕が片付けてあげるから】
「それじゃ駄目なの。私がやらなきゃいけない。」
【そっか、わかった】
「…うん。」
そっとキーナは目を伏せた。
「最近、密偵の数が減っているようだけど?」
少し意地の悪そうな顔で聞く。
【彼等を警戒して減らしたんじゃないのかな】
「……。」
【ウソ。キーナの近くに寄りそうな奴等だけ僕が殺した】
「だからあっちも最近慎重なんだね。…助かるけど彼の邪魔はしないでね。」
【うん】
「どうやって殺したの?あっちもプロでしょう。」
【僕に気付いてなかったから、力は無くても油断していれば殺せる】
「無茶しないでね。」
ふと、キーナが後ろを振り向く。
…一人。
大好きな、美しい彼女。
「案外早かったな。」
【行くの?】
「うん。アナタの気配を残しておこう。」
【奴等にも気付かれるよ】
「あの男が来る時点で私達が居ることは疑ってるでしょう。それに、終わらせるって決めたから。」
キーナが路地に手を差し伸べる。すると黒い霧がその手に巻き付きキーナの手に入っていった。
【ほんの少しだけ、解いたから】
「ありがとう。…時が来たら共に、いこうね。」
【何処までも。僕はキーナのモノだから。ずっと一緒】
彼女はもう近くまで来ている。
「私は行くから。アナタも彼女が来る前に気配を残して、行ってね。」
【わかった】
闇が返事をするとキーナはその場を後にした。そして闇も僅かな気配を残し、消える。
今度は彼女に気付かれないよう、来た道を走って帰る。
本当は知っていた。
彼等の行動を。
自分を監視していることを。
けれどまだあの生温い日常に浸っていたかった。だから気付いていない振りをした。
今日だけではアレと私の繋がりはハッキリしないが、アレがこの街に確実に存在することに気付くだろう。彼等も、奴等も。
チラリと目線を流す。
今、路地一本挟んで彼女と自分はすれ違った。
「ごめんね、シェリーさん。」
あの男が来るまであと少し。
迷わないから、前に進むから、だからもう少しだけあの場所に居させて下さい。