彼と予測
グエンダルの執務室。
そこにグエンダル、アレン、シェリーの三人がソファに座っていた。
「いい加減お前の考えを教えろよ、グエン。何故今回の件でキーナちゃんにシェリーを付けるのか。」
アレンは黙っているグエンダルの目を見据え、シェリーも強い眼差しでいた。
2年前にここへ来た少女。
体も心もボロボロでやっと最近憂いた顔を見せなくなった。
キーナは不思議と人を惹き付ける。
いくら保護されたとしても、出生も分からない者を簡単に受け入れるはずがない。
だがキーナはいつの間にかここの人々の心へ入り込み、警戒を解かせた。
キーナが笑えばそこは明るくなり彼女の言葉や行動は微笑ましい気持ちになる。
アレンもシェリーも彼女を気に入っていた。グエンダルも素直ではないが同じだと二人は思っている。
さらに国王陛下も孫の様に可愛がり、殿下とは兄妹の様だ。
それ故に今回グエンダルに命じられた任務にきちんと説明が欲しかった。
「キーナ・スーミヤの言動及び行動の徹底的な監視。」
それがシェリー及びアレンの任務だ。
二人が知っているのはカルト国が不穏な動きをしている事、それにキーナが何らかの関与をしているかもしれないと言うことだけだ。
半月後、そのカルト国の皇帝がこの国へやって来る。
もう何も聞かずただ憶測をつけて任務をするだけでは納得が出来ない。
「グエン。俺は国家騎士団だ。それを誇りにも思っているし、情なんてもんはとうの昔に無くした。」
「私も、ルディースル国に、国王陛下に忠誠を誓った一族の一人です。」
「俺達はずっと何も聞かなかった。けどな、信用されてねぇって感じたまま任務は続けたくないんだ。」
その言葉にシェリーも頷く。
そして、二人の強い視線を受けしばらくの沈黙の後グエンダルはゆっくりと口を開いた。
「……あの国では魔物が召喚された。」
二人の息を飲む音が聞こえた。
魔物。
憎しみの象徴、恐れの対象。
かつて、ルディースル国初代皇帝陛下が禁忌とした化け物。
「恐らくは陛下が魔力を感知した際だ。そしてその魔物はカルト国から逃亡した。奴等は其れを探している。」
「待て待て、魔物が召喚されたと言うことは契約者が居るって事だろう。簡単に逃げ出せる筈が…。それにもし本当に魔物が逃げ出したなら何処かの国が滅んでないのも可笑しくないか?」
歴史に残る魔物達。
契約者は魔物への枷だ。
弱い術者は喰われるが強い者になると魔物を従える事が出来る。
仮に逃げ出したとなれば契約者が従わせる事が出来なかったと言うことになる。
枷を無くした化け物は必ずと言って良いほど暴走し、自分の欲望を満たす為に無造作に人間を襲う。
事実、過去には枷が無くなった魔物により滅ぼされた国は多い。
「あぁ。だが、契約者が死んでいなかったとすれば?その魔物と契約者が共に逃げ出し、この国に潜伏したとすればどうだ。」
「…潜伏するにはこの国は絶好の場所ですね。魔力が溢れているんですもの。でもそんな事が出来るのでしょうか。」
魔物は力を使い憎しみや恐れを糧に生きていると言われている。
黙って契約者に従い大人しくしているのは信じがたい。
「確信は無い。だが可能性は大きいだろう。」
「厄介な事だ。んな爆弾がこの国にあるかもしれないなんてな。」
「話は分かりましたが、それとキーナと何の関係が…。」
そこでシェリーの顔が青ざめた。
「…まさか…。」
「キーナ・スーミヤは……
契約者である疑いがある。」
アレンはそこでその日初めてグエンダルの表情に変化を見た。
「そんな、有り得ませんッ!キーナの魔力では契約者は不可能です!!」
それはグエンダルも分かっている。しかし。
「陛下が魔力を感知し、彼奴を保護した。タイミングが良すぎるし場所も黒の森だった。ただの子供が居るには不自然だ。」
「それだけじゃぁ疑うには早くないか?」
「彼奴の周辺にはカルト国の密偵が居たことが無い。お前達も知っているようにこの国にはカルト国の密偵が多く潜んでいる。
奴等は貴族から洗濯侍女に至るまで執拗に調べている。にもかかわらず、奴等がキーナを調べる事も追った痕跡も無い。一度も、だ。」
「キーナちゃんが何かしているか。もしくは他の力がキーナちゃんを守っているか。そう見えるな。」
「でも魔力はどう説明するのですか?」
「王族しか見ることの出来ない禁書に魔力が殆ど無い契約者について記されていた。」
「禁書ってお前…。」
「無論陛下の許可は得ている。だが、この事を口外すれば俺達の首は飛ぶだろう。」
「だろうな…。で、魔力が殆ど無い契約者ってどう言う事だ。」
「細かな事は書かれていなかった。…ただ、その者が契約した魔物は非常に知能が高かったとされている。」
「仮にキーナちゃんが契約者ならその魔物は知能が高いって事か。」
「アレンまで!キーナが契約者だなんて…っ!!」
「ほんの少しの疑いがあるならば徹底的に調べるべきだ。」
グエンダルの話に納得を見せるアレンを非難しようとしたシェリーにグエンダルが言う。
「納得は求めない。国の害であれただ排除するだけだ。」
「それが、あの子でも?」
「……………あぁ。」
シェリーの青い目がゆらりと揺れ、怒りでつり上がる。
だがグエンダルの歪められた瞳と組まれた指が白く成る程力が入れられているのを見て一気に収まった。
以前なら是と即答したでしょうに。
なんては言わない。
「疑いは、晴らすものだわ。」
代わりに出たのは自身の決意。
「その通りだ。疑いたくないならそれを晴らせば良い。だろう?グエン。」
アレンがニヤリと笑う。
やっと見つけた親友の唯一の光をそう易々と逃してたまるか。
それに、随分と自分もあの少女を気に入っているらしい。
「あぁ。」
今度は即答したグエンダルにアレンシェリーが目を合わせ噴き出す。
「…何だ。」
「いやなんでも。俺達は任務に戻る!じゃぁなグエン、今日はちゃんと寝ろよ!」
ぐぅっとグエンダルの眉間に皺が寄るのを見て二人は慌てて誤魔化し、執務室を後にした。
二人が出て行き足音が遠ざかる。グエンダルは深くソファに座り直した。
「………キーナ。」
ここには居ない少女の名を呼ぶ。
自分の剣があの小さな存在を消し去る事がなければ良い。
そう考えた事を無視が出来ない程、グエンダルも彼女に何かしらの思いが芽生えていた。
真実は、まだ、分からない。