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彼と彼女と猫と夢

緩やかな坂道を歩く。


そう言えば何故自分はこんな所を歩いているのだろうか。

理解出来ないが悪い気分では無い。




人の気配を感じ隣を見る。


自分の手に繋がれたもう1つの手。

小さく、柔らかい。

温もりを求めるかの様に手に力が入った。



名を呼ばれる。


自分の名に今まで何の感慨も沸かなかったが、何故かソレは甘美に響いた。




その者はとても不明瞭だ。

隣に居るはずなのに顔も何も確認出来ない。



消えてしまうのではないか。



そんな考えが浮かび、その可能性に虚無感と少しの恐怖を感じた自分に腹が立った。



この手から力を抜けばきっとこの穏やかな雰囲気は霧のように無くなるだろう。


消える?

どうでも良いではないか。




そうだ。


この手に温もりがある事こそが可笑しな事なのだ。


いつでも冷えきった指は剣を握るためだけにある。



それが自分の常であったはず。




意識して手の力を抜いていく。


温もりとの間に出来始めた空間に冷たい空気が流れる。




あぁ、それで良い。


消えて無くなれ。




―…グエンさん…―





++


「んなぅ。」


「……っ。」



体がビクリと跳ね目が覚めた視界に一杯の黒が広がっていた。


「…お前…。」



グエンダルの顔を覗き込み、目が覚めた事に嬉しそうにしているのは少し前に拾った黒猫であった。



「いつの間に入ってくるんだ。」


この猫はいつも知らない内に部屋に入って来る。


気配に敏感な自分が気づかないなんて。



外に視線を向ければまだ日の出前な様だ。



騎士団では役職が上へ行けば行くほどそれに見合う部屋が宛がわれる。



グエンダルには自分の屋敷があるが、殆どを宛がわれた部屋で生活していた。





グエンダルが寝ても余るベッドが置かれる寝室、あまり使わないリビングに風呂やキッチンまで付いた広い部屋だ。隣は執務室に繋がっている。



その広いベッドに半身を起こし、起きる直前の記憶を引き出す。




夢を、見ていた。

内容は覚えていない。




ただ、穏やかで

だけど酷く腹立たしく

何かを諦めた。


そんな夢だった気がする。




まぁ良い。

思い出せないなら大した内容では無かったのだろう。



考え込んでいたグエンダルを不思議そうな顔で見ていた黒猫の頭を一撫ですると、グエンダルはそれ以上考えるのを止め、着替えに手を伸ばした。




++++


外は強い日差しが差している。


だが室内は魔石(魔力を持つ石である)によって空調管理がされている為快適だ。


だからと言って目の前の山の様な書類は不快だった。



グエンダルは自分の執務室でその書類の整理をしている。


それもこれも例の問題の国、カルト国のせいである。


カルト国の皇帝が半月後、ルディースル国にやって来ると言うのだ。



表向きは平和協定の強化であるが、勿論真の目的は異なるだろう。



あの皇帝も馬鹿ではない。


我等の陛下が、カルト国が黒の森の資源目当てで周囲をウロウロしているのではないと知っている事に勘づいているだろうに。


それでも堂々とこちらへ来るのは、何処まで気付いているか探る為と皇帝自ら魔物の気配があるか見に来る。


そこら辺だろう。



戦略があるのか。はたまた無謀なだけか。



どちらにせよ奴の好きにはさせない。



膝の上にいる黒猫のキーリの頭を撫で、息をつく。


落としても払っても放ってもめげずにグエンダルの膝に乗るため既に諦めた。



「どこまで似ているんだ。」

あの馬鹿と。



グエンダルの意識がこちらにあるとゴロゴロ喉を鳴らすキーリ。


まるで奴が傍にいるかのよう…


今にも自分の名が呼ばれそうな気がする。


「グエンさん。」


そう、馴れ馴れしく。


「グエンさんてば!」


「…何をしている。」


そこには扉から顔を覗かせるキーナが居た。


「ノックしてもうんともすんとも言わないもんで。


お茶を持ってきたんです。」


「いらん。」


「陛下からの差し入れでーす。」


そう言われれば捨て去る事も出来ない。



「また医務室行きは御免だ。」


「大丈夫です!お茶だけは上手に淹れられる様にしました、か…ら…。」

キーナの目線がグエンダルの膝に止まる。



そう言えば、キーリが静かだ。

この猫は仕事中は邪魔はしないが息をついたりした時に構ってほしいと騒ぎ出すのだ。


見るとキーリの黒い瞳が、じっとキーナを見つめていた。



微動だにせず。


グエンダルさえも存在しないかの様に、キーナの存在だけを全身で捉えていた。



「キーリ?」

呼んでも耳すら動かない。



キーナの時間が止まった事を感じた。


「…あ、…えと、猫が居たんですね。気付きませんでした。


黒い猫なんてあまり見ないんで。驚きました。」


言うと、キーリがぴょんとグエンダルの膝から降り執務室の扉へ向かった。


「キーナ、扉を開けて来い。」


「あ、はい。」

キーナが扉を開けるとキーリはまたヒタリと彼女を見据え出ていった。


「…グエンさん、スコーンって言うお菓子も持ってきました。食べましょ!」


「貴様も食べるのか。」



振り返ったキーナはいつも通り。ならば自分もそうしよう。


それが良いことかは、別として。



「リビング、リビングに行きましょー!ほらほらー!」

キーナが寄ってきてスルリとグエンダルの手を取った。


「…?」

この感覚、は…。


半ば無理矢理立たせ、隣のリビングへと向かう。


広いと言ってもすぐ部屋に着いたため、キーナが手を離そうとする。



だがグエンダルは離れたキーナの手を逆に掴んだ。



思い出した

温かく、柔らかい、夢。

消えれば良いと離した手。



「グ、グエンさん?」

繋がれた手とグエンダルを交互に見、赤くなるキーナ。


「…小さいな。」


消えて無くなりそうだった。

その可能性に腹立った。


だが今ある小さな手は消える事は無い。


けれど。



「上手く茶を淹れられなければ茶葉を口に突っ込むぞ。」

すり、と親指で甲を撫でてから今度は自分から手を離す。



自分が抱えるもの。

目の前の少女が抱えるもの。


これは絶対的な不可侵だ。

それを変える事は出来ない。


だからこそ、囚われない。


自分と言う人間の像を忘れてはいけない。



背を向けたグエンダルはソファに座りその目を閉じ


キーナは甲をそっと唇へ運んだ。



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