彼女と彼と陛下と
王族や彼らに招待された者しか入る事が許されない宮庭園。
美しい花々、大理石で造られた噴水、草原を思わせる柔かな芝に置いてあるチェアやテーブルは白く磨きあげられている。
そんな広い庭で優雅にお茶を飲んでいるのはルディースル国37第国王陛下のギルヘルムである。
太陽の光を受けて輝くプラチナブロンドと荘厳な光を湛える蜂蜜色の瞳
56歳とは思えない鍛え抜かれた体は昔彼が戦場に居たことを物語る程のもの。
抗い様の無い色気と威厳を放つ絶対的な支配者。
だが今この時だけはそんな成りは潜め。
だらしなく鼻の下を伸ばし初孫を抱いた様な顔をしながら隣に座る少女に自らお茶菓子を与えていた。
「ほら、キーナよ。お前はこのムースを塗ったスコーンが好きだろう?たんとお食べ。」
他国から崇められ、恐れられている賢王は今や形無し。
そして彼をそんな風にしているのはギルヘルム本人が拾った黒髪の少女、キーナであった。
「うわぁ~!ありがとうございます、陛下ッ!」
パクリとギルヘルムの手ずからスコーンを食べる恐れ知らず。
普通ならば下端の小娘が庭に入る事はおろか王族を近くで見る事も出来ない筈だが…。
「ほれ、グロースの果汁水もあるぞ。」
「わぁ~い!」
さすがにいつもの侍女服ではなく、紺の仕立ての良いワンピースを着ているキーナとデレデレのギルヘルムは父と娘の様に見える。
そして彼らの向かい側に座る一人の騎士。
二人を視界に入れないようにしながらも会話が聞こえる度に額に浮かぶ青筋が増えていく。
グエンダルの雰囲気は史上最強に冷気を放っていた。
「こらグエンダル。殺気を飛ばすで無い。茶が冷めるだろう。」
「お言葉ながら。茶番に付き合っていられる程心は広くないので。」
グエンダルもグエンダルで恐れ知らずである。
「お前の心の広さは蟻の額ほどもなかろう。キーナ、このような堅物愛想を尽かしてもよいのだぞ?」
気温が一気に下がり離れた所に控えた侍女長が震え出す。
「愛が溢れすぎて尽きないんです!ね、グエンさん!」
「知らん。鬱陶しい。」
言葉とは逆に気温が戻った事に生暖かい目を向ける侍女長。
「はい、グエンさんもスコーンどうぞ。すっごく美味しいですから!」
ニコニコと、無邪気に差し出す。
「……。」
眉間に皺を寄せるグエンダルとキラキラした目で観察するギルヘルム(と侍女長)。
「貴様の手ずからなど要らん。」
あ~ぁ~。と言う溜め息がギルヘルム(と侍女長)から漏れ、グエンダルに差し出していた手をキーナが引っ込める。
「すみません…。」
眉をハの字にして微笑むキーナを見てギルヘルムと侍女長のじっとりした目線がグエンダルに注がれる。
それを受けたグエンダルの顔が苦虫を噛み潰したかのごとく歪む。
やがてグエンダルはゆっくりスコーンを取り、
「…キーナ。」
ムースをたっぷり付けキーナに差し出した。
「!!」
ポカンとするキーナとニヤニヤキラキラする二名。
「要らんのなら…「た、たた食べます食べます!!」」
グエンダルの手ずからスコーンを食べる。
その顔はトロンと甘く崩れていた。
「へへ、グエンさん、だいすき。」
※この時完全にギルヘルムと侍女長は気配を殺していた。
「キーナは本当に素直だな。ここまで想われて心動かぬ奴は居まい。のう、グエンダル?」
「誰も頼んでいません。」
「聞いたか、キーナ。お前はこんな男の何処が良いのだ。他に優しい者、顔の良い者、財産を持つ者が居ろう。」
「ふふ、そうですねぇ。」
ギルヘルムの言葉を聞いて微かにキーナは微笑んだ。
それにギルヘルムもグエンダルも怪訝な顔をする。
その微笑みがあまりにも優しく甘いものだったからだ。
「私が好きなのは“グエンダル・ハズウェル”さんですから。」
聞く者によっては答えになっていない。
「…そうか。」
だがキーナを見つめるギルヘルムの瞳は優しさを湛えていた。
孤高の銀王
並外れた魔力と身体能力を持つからこそ上り詰めた地位
だがそれと引き換えに何かを欠いた男
常に張りつめた背中
常に冷気を漂わせた瞳
国の駒として使うことは王として当たり前の事だが、ギルヘルムは昔からこの男が休まる場所が出来ないかと願っていた。
そして、やっと現れた可能性。
不思議に人を惹き付ける娘。
彼女と共にいるその居心地の良さはグエンダルも感じている筈だ。
だが慣れない空気に、理解出来ない気持にグエンダルは苛立ち、キーナを遠ざけようとしている。
それではいけないとギルヘルムは思っている。
勝手な話だが小さな可能性に賭けてみたい。
「それにグエンさんが不細工さんならモテモテな心配は無いですからね~!逆にバッチコイですぐふふ!!」
…些か心配だが。
「ならばもしグエンダルに捨てられたなら余の所へ来るが良い。良い男を紹介してやろう。」
優しくキーナの頭を撫でる。
「捨てるも何も拾ってすらいません。」
「ぐは!完全拒絶!?」
「事実だ。」
「なら拾って下さい!あいらぶ!」
「死んだら骨は拾ってやろう。」
「ホントですか!やった~!」
「…(喜ぶのか。)」
願わくば、未来が二人のものであるよう。
その未来が悲しい結末にならないよう。
息の合った二人を眺めながら、一国の王は一人の人間として願うのであった。