031.ぼっち、到着
リリィたちがギルドでゴタゴタやっている頃――
配信中に衣乃から連絡を貰った麗麻は、配信を切り上げて、着替える間もなくメイド服のまま指定された場所へとやってきていた。
「まったく、無茶振りするんだからさぁ……」
愚痴をこぼしながらも、地図に記された公園を見る。
それでも、言われたとおり動いているのは、探索者として動いた方がいいと思ったからだ。
現地に赴いて何事もなければ笑い話だが、行かなかった時に何か起こったのならば大問題。
そうなった時に、麗麻は自分を許せない――そんな自覚があるからこそ、配信を切り上げて足を向けた。
「ここね」
周囲は住宅や団地。
あとは木々ばかり。
そんなロケーションにある、やや寂れた公園だ。
ただ、やってくる途中に幼稚園や保育園などがあったのを思うと、あまり放置しておいて良いものではない。
「リリィちゃんが来るまでの見張り、ねぇ……」
衣乃の口ぶりからして、ただ見張ってればいいだけではない気がする。
「未許可でもエントランスまでなら良いんだっけ?」
公園へと入り、中にある階段を降りて、木々で鬱蒼としている方へと向かう。
そこには、青い渦のような壁のようなものが、存在感薄く立っていた。
角度によっては完全に死角だ。いつ発生したのか分からず見落とされていても仕方がなく思える。
「……一応プライベートだし、髪だけでも解いておこうかな」
配信を切り上げてそのまま来たのだ。
ヘッドドレスこそ外していたが、髪は配信用のツインテールのままだった。
メイド服を着替えるのは難しいが、髪くらいはおろしておきたい。
髪をとめていたゴムはメイド服の小さなポケットの中へと放り込む。
「ルール無視したバカがエントランスで暴れている可能性があるから、入るときは気をつけるように――か」
麗麻はこの手の未登録、極小ダンジョンに入るのは始めてだ。
わざわざ衣乃が教えてくれた注意事項を思いだしながら、深呼吸をする。
「よし」
超人化発生するギリギリまで入り口に近づき、愛銃である銃剣をSAIから取り出した。
「行こう」
中に入ると、ガタイの良い男の子がいた。制服を着ていることから学生だろう。
だが、エントランスにいたという時点で麗麻からすると警戒対象だ。
「まさか、いきなりイタズラ小僧に出くわしたかしら?」
銃剣を構えながら、声を掛ける。
こちらに気づいた男子高校生は、慌てた様子で両手を挙げた。
「待ってくれ。ここで見張りをしてただけだ!」
「見張り、ねぇ……」
「うちのクラスの女子で、オレより腕の良いやつが調査依頼を受けてるんだよ。彼女が来るまでここでオレは見張ってたんだ!」
「ふーん……?」
「いや、ホントなんだって! 誇律学園高校一年の最果リリィ! それがオレが待ってる女子の名前!」
「……リリィちゃんのクラスメイト? 本当に?」
こちらがリリィの知り合いだと理解したのだろう。
男子生徒は、本当だ! と声を挙げる。
「……貴方も探索者?」
「ああ――まぁ最果と比べられると、全然だけど」
「あの子と比べちゃダメよ。落ち込むだけだから」
小さく息を吐いてから、麗麻は銃を下ろした。
正直言って、探索者として見るとリリィは規格外の存在と言っていい。
目標にするのは良いけれど、目標としての掲げ方を間違えると、絶対に憂鬱になってしまうのが目に見えている。
「オレ、誇律の一年、安藤 善也。そのメイド服――あんたは配信者のロゼか?」
「ええ。でも今は半分プライベート。あたしは譚輝高校二年の宗尾 麗麻よ」
「プライベートなのにメイド?」
「着替える暇がなかっただけ。配信の途中で知り合いから連絡貰ってね。ここの様子を見てきて欲しいって。だから半分はプライベートなの」
「なるほど、そういうコト」
ふぅ――とお互いに息を吐いてから、視線をエントランス奥の階段に向けた。
「その連絡をしたって人に感謝だな。ちょっと厄介な状況になってるんだ」
「厄介?」
「適正の無いダチが、イキった連中に捕まって中に連れ込まれた」
「ちょ、それは厄介どころじゃないじゃない!」
思わず悲鳴じみた声を上げる。
「犯人はうちの学校の先輩。無資格無許可。先輩たち初めての超人化に浮かれたんだ。
こっちが無許可探索できねぇと分かるとおちょくりながら、一緒にここにいたツレを無理矢理に連れて行っちまいやがった……」
「よくキレて追いかけなかったわね」
「中がどうなるか分からないし、オレに勝てねぇモンスターでもいたら、状況が悪化する。
不安は不安だが、最果が来るっていうなら、来てから中へ行った方が勝算もあるだろ」
口ではそう言っているが、善也は歯を食いしばるような顔をしているし、拳も強く握りしめたままだ。
連れていかれた友達が無事であるかどうかすら不明である。
頭はクールを保っているようだが、気が気では無いだろうし、はらわたは煮えくり返っていることだろう。
「あたしも無許可だから、中には行けないわね……もどかしいけど、一緒にリリィちゃんを待ちましょう。彼女が来れば、パーティ扱いで一緒に潜れるだろうし」
「それでも、オレはたぶん足でまといだ。ここで待つよ」
「……そう」
それ以上の言葉は掛けられない。
友達をすぐに助けに行けないこと。助けに行けるようになっても自分は足手まといであるということ。
その事実を受け入れて、ここで待機するという言葉を口にする。
それがどれだけの感情を抑えて口にしたものなのか、麗麻には想像ができない。
「ここでイキってたっていう、先輩のコト教えてもらえる?」
「構わないっすよ」
そうして、真中 央という人物について聞いて、麗麻は思わず頭を抱えた。
「つまり、ここに入ったのはバズる為?」
「だと思います。ただ――探索者じゃないんですよ、あの人。それどころか、噂じゃあダンジョン配信に強い偏見を抱いているというか、アンチというかで」
「それがなんでダンジョン配信で一発当てようとかしてるのかしら」
「……言いたかないんですけど、アンタと最果が原因ではあるんすよ」
「もしかして、リリィちゃんがあたしを助けた動画?」
「それとボーンレイス戦のやつもですね」
SNSなどで切り抜きがバズったのは間違いない。
とはいえ、まさかそれが原因で、ここまで無理な動画撮影を強行するようなやつが出るとは思わなかった。
「ダンジョン配信者や探索者は、危ないヤツ助けるだけでバズってズルいとか言ってたらしいっす。人づてなんで、本当かどうか知らないですけど」
「探索者からすればバカ言ってんじゃねぇってキレたくなる話ね」
「同感です」
そんなやりとりをしていると、やや地味な雰囲気の普段はおっとりした様子の少女が慌てたように階段を駆け上がってくる。アキラの取り巻きの一人だ。
それを見、善也は小さく麗麻を制してから半歩前に出た。
「た、助けて……!」
駆け寄ってくるその少女に対し、善也は腕を組んだまま訊ねる。
「どうした?」
「な、なんか怖い化け物に襲われて……! 殺されそうになってるの……!」
「そうか。それがどうかしたか?」
「すごい怖くて! あぶなくて! みんなを助けて!」
「……なんで?」
「え?」
慌てることも騒ぐこともなく、静かに善也は訊ねる。
すると、彼女は呆けたように口を開けた。
そんな彼女の様子を見ながら、善也は諭すような口調で告げる。
「無許可探索しているヤツを助ける理由はない。そもそもダンジョンの中にはモンスターもいる。トラップもある。命の危険がある。それを理解してるヤツが探索者という仕事をしているんだ。
理解もなく、理解する気もなく、ただただ超人化した自分に酔って調子乗った結果、無資格無許可のままダンジョンに入った犯罪者の為に賭けられる命はねぇ」
「え、犯罪って……でも、友達が……! 央くんたちが死ぬかも知れなくて……!」
涙混じりに訴えてくるのだが、そんな涙など善也には響かない。
むしろ、善也の逆鱗に触れるに十分な発言だ。
「それをオレに言うのか? ダンジョン関連の法律に従ってエントランスから先に行けないオレを煽って、バカにして、挙げ句にイヤがる富鐘を無理矢理に連れて行ったテメェらがッ、オレに助けを求める資格があるとッ、本気で思ってんのかッ!」
大音声による一喝。
それを受けて、少女は完全に涙を流し始めた。
同時に、近くにいる麗麻に気づいて助けを求めるように視線を向けるが――
「言いたいコトは彼が言ってくれたわ。
それ以外に言うコトがあるとすれば、あたしたちは調査許可を持たないからエントランスより先に行けないのよ。
一般人なら不法侵入扱いだけど、資格持ちがそれをやると免許の一時停止か、最悪は剥奪レベルの罰則が来るの。侵入の動機がイタズラだろうが人命救助だろうが、関係なくね。
見ず知らずの――それもルール違反して調子乗ってるヤツの為に大事なライセンスに傷を付けたくないわ」
――麗麻もまた冷たく一蹴した。
もちろん、そう口にしながら可哀想だと思う感情がないといえば嘘になる。他人の涙に弱い自覚もある。けれど、だからといってルールを破って助けにいくのも難しいのだ。
探索者として守るべきルールはある。
ダンジョン配信者としては、探索者資格というのはメシの種でもあるのだから。
「ああ、それと無資格で適正の無い一般人をダンジョンに連れ込みモンスターに襲われてピンチを向かえたのであれば、それは殺人未遂扱いになったりするわ。運良く助かっても、あなたとあなたのお仲間はみんな仲良くマエがつくかもしれないから、覚悟しておくように」
「え? マエ? 前歴ってコト? なんで……殺人? なんで……」
完全にパニックになった少女を放置して、麗麻はダンジョンの奥へ向かう階段を睨む。
「安藤くん。どうしようか」
「実際問題、最果なり誰かなりの調査許可持ってるヤツが来ないコトにはオレらも動けないっすよね」
「まぁ、そうなのよね」
助けに行きたいかどうかでいえば行きたい。
特に適正のない一般人がダンジョンに連れ込まれてしまったというのは心配で仕方がない。
無論、麗麻も善也もリリィが来る気配がないのであれば、資格剥奪覚悟で飛び込むつもりではいるのだが――もう少し様子を見たくはある。
本気で二人でどうするべきか悩んでいると、妙に明るい大人の女性の声が響いた。
「おっ待たせ~」
その声の主が誰か気づいて、麗麻は勢いよく振り返る。
「衣乃さん!」
「ロゼさんお待たせッ! リリィちゃん連れてきたわ!」
「お、お待たせしまっしゅたっぁ!」
衣乃に促されて、リリィも馴れない様子で大声を挙げてみたりする。そしたら途中で声が裏返ってしまってめちゃくちゃ恥ずかしかった。やらなければよかったと俯く。
待ち望んでいた人物の登場に善也と麗麻は顔を見合わせガッツポーズを取り合った。




