017.ぼっち、背中を預ける
(……鬼火、邪魔……ッ!)
身体が再生する時に、一緒に鬼火が発生する。
それ意外にも、ボーンレイス巨大種の周囲には、一定ペースで常に鬼火が発生していくようだ。
自分に向かってくるモノや、落ちると自分の邪魔になりそうなモノを可能な限り切り散らしながら、リリィはボーンレイス本体と切り結ぶ。
「……ッ!」
大剣を大きく振ってボーンレイスの爪を弾き、リリィは飛び退きながら間合いを取る。
(本体と戦ってると、鬼火を全部落としきれない……でも――)
背後から、銃声が聞こえて、リリィが散らしそびれた鬼火を撃ち落とす。
(ウラマさんがいる……!)
そのことに安堵しながら、リリィは剣を構え直す。
ずっとソロでやってきたから、経験したことのない安心感がある。
(でも、早く倒さないとウラマさんが疲れちゃうかな)
とはいえ――
腕を砕いても、肋骨を砕いても、頭蓋を砕いても、しばらくすると再生してしまう。
そして、再生する時は鬼火の発生を伴うのだ。中途半端なダメージはむしろ麗麻の負担が増えてしまう。
(弱点を、核を見つけないと……! 倒せない……!
ウラマさんもずっとスキルを使えるワケじゃない……!
わたしだって同じだ……だから、どちらかが力尽きちゃう前に、どうにかしないと……ッ!)
胸中で焦りながらも、どうにか倒すべく思考を巡らせ、リリィは探るように剣を振るい続けた。
麗麻はリリィの邪魔にならないように、銃撃をして鬼火を撃ち落としていく。
「武技:シャープシュート」
スキルを発動し、狙いを付け、弾鉄を引く。
鬼火を撃ち抜き消滅したのを確認して、素早く次の鬼火に狙いを付ける。
「武技:シャープシュート」
スキルを発動し、狙いを付け、弾鉄を引く。
多少狙いがそれても発動したスキルがそれを補正し、弾道が僅かなホーミング軌道をして対象を撃ち抜く。
「武技:シャープシュート」
スキルを発動し、狙いを付け、弾鉄を引く。
何度も何度も、それを繰り返す。
何度も繰り返して、解体場に浮遊して漂う鬼火をひたすらに撃ち抜いていく。
右の壁際に戦えていない探索者やギルドのスタッフがいる。
そちらへ向かう鬼火を撃ち落とす。
左の壁際にボーンレイスを連れてきた探索者たちがいる。いなくなったと思っていたら目立たない場所へと移動していただけのようだ。
自分たちで鬼火を避けたり散らしたりする動きが見えず、ただ怖がっているようにも見える。
そちらへと向かう鬼火を撃ち落とす。
そのうちの一人がスマホを向けて撮影しているように見えたが、今の麗麻は気にする余裕はない。
とにかく人を狙う鬼火を優先に、リリィが払い切れなかった鬼火を撃ち落としていく。
中途半端に残せばリリィの邪魔になるし、解体場に残る人たちのケガに繋がりかねない。だから、とにかく撃ち落とす。
とはいえ、全てを落とす余裕は無い。
だから、自分にもリリィにも、逃げてる探索者やスタッフの邪魔にもなりそうにないところに落ちそうな鬼火は無視をする。
リリィや自分の邪魔にならないのであれば、火柱や爆発が起きても問題ないはずだ。
けれど、散らしても落としても鬼火は現れる。
ボーンレイス本体の意志など関係なく自動的に発生し、周囲に飛び散っているかのようだ。
「……ッ」
スキルの使いすぎによる疲労がこみ上げてくる。
ダンジョンの影響で超人化した肉体は、体内にマナというエネルギーを蓄える。
スキルというのはそれを消費して発動する必殺技、あるいは魔法のようなチカラだ。
ダンジョン内であれば、内部に漂うマナを身体が勝手に吸収し、僅かな足しなっていくので、ある種のコスト軽減作用がある。
だが、ここは擬似的にダンジョン内部の環境を再現しているだけの解体場だ。
大気中にマナなんてものは漂っていないし、本物のダンジョンではないせいで、スキルを使った時のマナの消費が大きい。
解体をスムーズに行う為の処置が、今は戦うチカラになっているとはいえ、普段とは勝手が違う。
「……弾切れ、次……!」
腰元のホルスターから、弾薬を取り出す――いや取り出そうとした。
疲労とマナ欠乏の影響で手が震え、弾薬を取り出せない。
「……っ」
震えるな――と胸中で自分を叱咤して、弾薬を取り出し、愛銃に込める。
「武技:シャープシュート」
弾薬を込めたら即座に撃つ。
「ぅ、く……」
ダンジョン内でマナ欠乏を起こした経験はゼロではない。
けれど、そんな状態でスキルを強引に発動した経験は初めてだ。
目がかすむ。
吐き気がする。
身体の震えが止まらない。
明らかにマナとは違う。
使ってはいけない何かをスキル発動の為に消費している感覚。
だけど、それでも――そんな理由で止まるワケにも、止めるワケにもいかない。
今ここで戦えるのは自分とリリィだけなのだ。
(リリィちゃんを支援すると、言ったんだ……最後まで、やりきらないと……ッ!)
さっき以上に震える手をホルスターに突っ込む。
「お、おい嬢ちゃん! 顔色がやばいぞ! 手もそんだけ震えてたらまともに構えられないだろ! もうやめろッ、無茶だ!」
周囲の人間の避難誘導を終えて戻ってきた解体場の職員、烏間が声を掛けてくるが、麗麻は首を横に振る。
「探索者としての、義務、みたいな……モノでしょ。戦えない人、守らなきゃ……はぐれやイレギュラーみたいな相手なら、なおさら……」
上がった息を整えもせずにそう答えて、さらに気合いを込めて弾薬を取り出す。
いつもは手元を見なくてもできるはずの作業がうまくいかない。
身体の内側は冷蔵庫の中にでもいるかのように冷えてきているのに、汗だけは猛暑下やサウナの中にいるかのように垂れてくる。
だけど、汗なんて気にしてられない。
「ちゃんと弾を込めれてねぇじゃねーか! もう無理だって!」
「それでもッ! リリィちゃんがッ、戦ってるッ! 倒れてはッ、いられないッ!」
大声を上げたら少し落ち着いてきた。
素早く装弾して、構えた。
「武技:シャープシュート」
その瞬間、突然に妙な浮遊感を覚えて、チカラが抜ける。
立っているはずなのに、どこかへと落下していくような錯覚。
(あ……)
視界が薄暗くなっていく。
そんな視界の端で、なんとか鬼火を撃ち落とせたことに安堵する。
徐々に膝にチカラが入らなくなり倒れそうになるのを、必死に堪える。
「ぐ、ぁ……たおれ、て、られるかぁ――ッ!!」
歯を食いしばり、床を踏みしめ堪えて構える。
「はぁ、はぁ……」
愛銃が、異様に重く感じる。
一瞬――意識が途切れた。
立ったまま寝ていたような感覚。
ハッとして顔をあげると、すぐ近くにまで鬼火の一つが迫っている。
「ッ!? やべぇッ、こんな近くまでッ!?」
「……クソがぁぁッ!」
「嬢ちゃんッ!?」
銃剣を構えた。
さっきまでと比べて、異様に重く感じる。
弾鉄も異様に重い。
さっきまで引けてたはずなのに、引き切れない。
「――ァァァッ!」
銃と指先にマナを込めて、弾鉄を強引に引き切った。
スキルにはならなかったが、マナは込められた為、目の前の鬼火を弾き消した。
だが、武器の重みは耐えられても、その反動には耐えられなかった。
「あ」
手から、愛銃が落ちていく。
「ダメ……」
震える手、笑う膝、滲む視界。
銃剣が床に落ちて大きな音を立てる。
身体がフラつく。
「嬢ちゃんッ!」
すぐ近くにいるはずの烏間の声が、まるで遠くから聞こえてくるようだ。
身体が傾いていく。その自覚はあれど、身体がもう動かない。
きっと、このままみっともなく顔から地面に倒れ込むのだろう。
それを覚悟したのに――けれど、地面に触れる前、烏間ではない誰かが受け止めてくれた。
「はい。よくがんばりました」
「え?」
必死に目を見開いて、自分を抱き止めた相手を見上げる。
「滝洲さん、その子をお願いしますね」
「ええ。紡風さんも気をつけて」
「問題ありません」
誰かとやりとりをしていたその女性は――
「衣乃、さん……」
「無理しすぎ……って言いたいけど、それをしないと守れない感じだった?」
「……うん」
「そ。ならお説教はナシね。みんなを守ってくれてありがとう。休んで」
――知り合いの姿を見て、麗麻は大きく息を吐いた。
ゆっくりと地面にへたり込む。
「おじさん。この子をお願い」
「ああ。アンタも無理するなよ?」
「どうかしらね。今、ちょっとイラついてるから」
そう言って、衣乃は地面を蹴った。
「嬢ちゃん、だいぶ限界だろ。寝ちまっても、オレが運ぶくらいはできる」
「……寝ない。終わるまで、意識は……落とさない」
それは、麗麻の矜持だ。
探索者として、戦闘中に意識を落とすワケにはいかない。
足にチカラが入らず立ち上がれない。けれども、這うようにして落とした銃剣を拾う。得物を手放したままではいられない。撃てなくても、銃口の先についてる刃がある。
愛銃を抱きしめながら、自分と交代するように戦場に向かっていく衣乃の背中を、麗麻は真剣に見つめるのだった。
「飛び交う鬼火が邪魔なようですね。本体と戦っている彼女の邪魔にもなっている」
神経質そうな雰囲気の細身の男――紡風は、メガネのフレームを広げた手の人差し指で押し上げながら状況を分析する。
それを終えると、ボクシングスタイルで拳を構えながら、鬼火へ向かって駆けた。
「ですが、マナを込めた攻撃であれば炸裂させずに落とせる」
マナを纏わせた拳で手近な鬼火を砕き、手首に付けた大きめの腕輪から先端に重りのようなモノがついた極細のワイヤーを射出して距離のある鬼火を討ち払う。
「ゆらゆらとした動きだけど、七割くらいは人間をホーミングしてるわね。そりゃああの子がひたすら潰し続けるワケだ」
衣乃は紡風が向かった方向とは反対側に手を掲げた。
「魔技:アクアバレット・ガトリング」
自分の周囲に小さな水球を無数に展開する。
「シュート!」
かけ声と共に、水球が弾丸へと変形して一斉に解き放たれる。
それぞれが確実に鬼火を貫き、複数をまとめて消滅させていく。
安全を確保したのを確認すると同時に、衣乃は声を上げた。
「協会職員ッ、戦う気ない探索者ッ! なにをチンタラやってんだッ! どうしてとっとと解体場から退かなかったッ! 一カ所に固まらなかったッ! 邪魔だって自覚してるならとっととここから失せろッ!」
麗麻が無茶をしたのは彼らのせいだ。
大きく広がって壁際に張り付いていた。
少し観察していれば、鬼火が人をホーミングしているのに気づけたはず。
けれど速度はさほどない。超人化してなくても、走れば何とか逃げられる程度。この解体場には自転車だってある。
遠距離から飛び道具系のスキルを当てれば安全に処理もできるということも、ちゃんと観察していれば分かっただろう。
だというのに、鬼火を撃ち落とす協力しない。
それだけでなく、これだけ現場広くに拡散して逃げていれば、当然のように鬼火も広範囲に広がっていく。
麗麻が広範囲技を控えたのもそれが理由だろう。
ダンジョンでない場所な上に、遮蔽物もない場所であるが故に、迂闊な技は周囲を巻き込みかねない。だからこそ、ひたすら狙いを付けて撃ち続けざるをえなかった。
「スタッフはともかく探索者ッ! 駆け出しだろうがなんだろうが、とっとと逃げるコトもできないのッ!?」
叫んだところで動きが鈍い連中に軽く舌打ちしながら、さらに魔技を何度か発動させて鬼火を消し飛ばす。
それから、リリィの元へと邪魔にならない範囲で近づく。
「リリィちゃん!」
「イノさん! ウラマさんは!? 途中から銃声が無くなって!」
「あの子は大丈夫。休ませてるわ。
それと、ここからは鬼火は一切気にしないでいい。そのかわり本体を任せていい?」
「……戦う分には平気です。再生込みでも対処可能範囲内。でも、倒し方がわかりません!」
「なるほど……紡風さん!」
一つうなずき、即座に衣乃は紡風を呼んだ。
「こいつの倒し方! 知ってます?」
「首から伸びる背骨! それらの中にある一つだけ色が違うモノ!
微妙に色が濃いか、薄いか、少し程度ですけど――明確に違うモノ、それが核となってる骨です!」
見知らぬ男性の声に驚きながらも、リリィは人見知りを発揮せず、ボーンレイスを見る。ここは人を怖がるよりもするべきことがある場面だ。
明確に対処すべき敵、危険な敵を前にしたリリィは――本人にその自覚はあまりないが――嫌いも苦手も臆病も、その敵の排除の為なら無視できる。
だから、見知らぬ男性のアドバイスを受けながら、注意深くボーンレイスの背骨を観察し、リリィは確認するように訊ねた。
「基本的に背骨のどれかなんですね?」
「ええ。私が知っている情報ではそうです! 真っ二つとかでなく可能な限り細かく砕いてくださいッ!」
飛び交う鬼火を散らしながらそう答える紡風に、リリィは大きく息を吸ってうなずく。
「もう少しだけ、鬼火の相手をお願いします」
衣乃と紡風の二人が、飛び交う鬼火を片っ端から潰していく。
この状態であれば、リリィが弾くのは自分を狙うモノやぶつかりそうなモノだけで良さそうだ。
途中からペースが落ち、完全に銃声がしなくなったことで不安だった麗麻も、衣乃が言うには問題ないそうだ。
恐らくスキルの使いすぎで疲労困憊となって動けなくなっているだけなのだろう。
心配するようなことは何もない。
これなら、もっと本気を出す余裕も出てくる。
倒し方も分かったし、再生の際に発生する鬼火にも気にせず戦えるようになった。
ならば――
「もう、苦戦はしない……ッ、すぐに片付けるッ!」
――リリィは、麗麻が見惚れたあの顔をしながら、大剣を背負うような構えをして、そう告げた。
衣乃はそんなリリィの横顔を見ながら――
(ああ……これは、ロゼさんがうっかり見惚れちゃったと口にした理由も分かるわ……)
――そんなことを思っていた。




