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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十九話「復活の宴」

 長い、夢を見ていたかのようだ。

 深い霧の中を歩くように、ぼんやりとする意識で手探りで歩くような感覚だった。

 長い長い時間の果てに、ふと意識が戻る。


「ここは……?」


 エリオーネは目が覚めた時、そこは暮らし慣れた王都の自室のベッドの上であった。

 彼女は窓から差し込む陽の光によって、その眩しさに目を覚ました。


 身を起こし、呆然とした頭で考える。


 これまでの恐ろしい経験は、夢だったのだろうか。

 騎士団の男に誘われ、暗い地下室へ行った時から? それとも、遥か前。兄と父を同時に失ったときから?

 そして、今の自分自身の目が普通に見えており、『瞬き』をしても恐ろしい事が起きないという事実に、ようやく気が付いた。


「よう、目が覚めたのかい」


 ふと、声がして顔を向けると、ベッドの隣にイスを構え、その手にはリンゴの皮を果物ナイフで剝いている青年が座っていた。

 彼は、頭に青色のバンダナを巻いている。


「あの……私はいったい……」


「ああ、もう大丈夫さ。あれから一週間ぐらい寝込んでいたけれど、アリーデさんと騎士団のステラ……なんとかって人が治療の魔術を使ってくれて。もう目は何ともないはずだぜ」

 青年は快活に笑ってそう言った。


「あの、あなたは……」

「うわあ、そりゃそうか。顔は見てなかったもんな。……俺はシャンクス。無事、君を悪者から盗み出したんだぜ」

 とはいっても、俺はほとんど何もできなかったけどな。と付け足して彼は苦笑する。


 それじゃあ。やっぱり。

 夢ではなかったんだ。


 そこで、ふと気になる。今シャンクスが言った言葉に。

「あの、今おっしゃられたことなのですが……」

 エリオーネが尋ねようとしたとき、自室のドアが開いた。


「シャンクス。交代の時間……おや、お目覚めになられたのですね。それならば、早く報告に来るべきです」

 乳白色の鎧を身に纏った美しい女性がシャンクスをたしなめる。

 その様子から、彼女の事に思い至る。


「今さっき目が覚めたばっかりなんだって! そんな急に色々言ったら疲れちゃうだろ」

 シャンクスが抗議の声を上げる。


「……すみませんでした。この男に何かされてはいないですか?」 

 ベアトリクスはそんなシャンクスを無視して、エリオーネを気遣うように言う。

「なんにもしてないったら!」

 その様子に、シャンクスが憤慨する。


 エリオーネは、そのやり取りを目の当たりにして、思わず笑みがこぼれた。


「あなたにお会いしたい方が沢山おられます。今呼んできますね」

 そういうと、ベアトリクスは部屋を後にする。

「ああ、全て上手くいったんだ。ハッピーエンドってやつだな」 

 とシャンクスが満足そうに言うのが印象的だった。


 そして、ベアトリクスは少しの間をおいて部屋に戻ってきた。

 彼女の後方に続いてきた人物を目にしたとき、エリオーネは感極まって言葉を失う。


「お、お兄ちゃん……それに、お母様も……」

「ああ。悪い。寂しい思いをさせた」

「あなたには、大変な苦労をさせましたね、エリオーネ」


 ヴァーリスとアリーデが、揃って、無事な顔をしてやってきた。

 二人は、エリオーネが知る二人よりも、少し疲れた顔をしていた。それでも、再びこうして会える事に、胸がいっぱいになる。


「よ、よかった……。二人とも、よくご無事で」

 エリオーネは、訳が分からないまま、感涙する。


「いったいこれは、夢なのでしょうか」

 

 彼女は、そのまま笑うように涙を流し続けた。



***


 

 しばらく、エリオーネが落ち着くのを待ち、これまでの出来事をヴァーリスが説明した。

 アルタイルの野望により、世界は混乱していたこと。

 その野望を、ヴァーリスとその仲間たちの手によって食い止めたこと。


 しかし、王都には混乱の日々が続いたそうだ。

 これまで信じていた騎士団の、その団長が反旗を翻したことに、国民達は大きく乱れた。


 それでも、アルタイルが打倒されたことを、残った騎士団のジェイドとステラシェイトが発表した。

 そして、かつての国王殺しの罪で投獄されていたヴァーリス王子が、アルタイルによって無実の罪を着せられていたこと、彼が王都に帰還したことを公表した。

 そのことに、王都は賛否両論入り乱れることになる。


 急に、今まで信じてきたものが百八十度変わってしまうことに、恐怖と混乱する国民達。

 けれど、その国民達を前にヴァーリス王子は演説を行った。


 彼の言葉は、多くの国民達に届いた。

 それは、沢山の仲間が、彼と共に舞台に立ったからだ。


 王都直属の諜報機関を名乗る者、アルタイルに抵抗した騎士団の生き残り、ワイルクレセント国の使者、古都ノーティスの生き残り。

 他にも、魔術学院や橙国など、周辺地域からも、彼の無実と国王就任を賛同する声が多数寄せられた。


 それほどまでに信頼されている彼を、国民は受け入れたのだった。

 

 そしてすべてが終わった後、王都の終戦記念式典は再開した。

 それは、新たな国王の誕生を祝すものとして、大々的に開催された。

 新たな国の門出を祝う祭り。


 それは、今まさに開催されており、三日三晩宴が続いていた。



***



「紅、母さん、こんなところに居たのか」

 シリウスは、この頃はすっかり見慣れた国王の衣装である装飾の付いたジャケットを身に纏い、王城のテラスにやってきた。

 そこでは、紅とアリーデが眼下に広がる宴の様子を眺めながら会話をしていたようだった。


 時刻は昼も過ぎた頃。

 宴は今日も、盛大に盛り上がっている。


「あ、王様。よく似合ってますねぇ」

 紅が冗談めかして言うのに、シリウスは眉間にシワを寄せて睨み返す。

「……ったく、国王が直々に人を探していたっていうのにな。紅、お前に会いに来た奴等が沢山いるぜ」

 シリウスが後方に指をさす。

 そこには、見覚えのある顔が沢山並んでいた。


「みんな!」

 紅は、パッと顔を明るくして、そちらの方に駆け出す。

 そこには、かつて旅を通じて知り合った沢山の人がやってきていた。


「紅さん、お久しぶりです。ご無事で何よりです」

 ローアン・バザーで知り合ったリリィが、車椅子に座ったジークを連れてやってきていた。

「うん。お二人とも、元気そうでなにより。遠いところ、はるばるご苦労様!」

 紅は久しい再開に声を弾ませる。

 その紅に対し、リリィは少し照れた表情で報告した。


「私たち、あの後に結婚したんです」

「ああ。そして、リリィの中には、新しい家族もいる。……全部、君たちのおかげだ」

 ジークは、車椅子のまま頭を下げる。


「本当に……!? おめでとう!」

 紅はまるで、自分の事であるかのように歓喜と笑顔を見せた。


「後で、黒蠍盗賊団のみんなにも挨拶してやってくれ。イネスがなんかくすねてないか心配だけどな」

 ジークは、シリウスに向かって言うと、「ああ。わかった」と苦笑しながら応えた。


 そして、その後ろからもワイワイと騒がしく人が押し寄せる。


「メールル! ガイト!」

 紅は、僅か数日前だが、今となっては遥か昔に別れを交わしたかのような学友を見つける。

「ええ。こんにちは。修行の成果はしっかりと果たせたのですね」

「へっ、俺だって今もバリバリ修行中だ。炎の魔術なら負けねぇぜ」

「うふふ。うんうん」

 紅は二人と握手を交わし、楽しそうに頷いた。


「よし、じゃあみんなでお祭りを楽しもー!」


 紅の明るい声に誘われ、みんなもそれに賛同する。

 その様子に、シリウスも柔らかい笑顔をこぼした。


「あ、あと」

 その時、紅が思いついたように声を上げる。


「夜、またみんなにこのテラスに集まってほしいな。そこで、少しお話したい事があります」

 紅は、少し照れくさそうに笑って、集まった一同にそう言った。

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