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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十八話「紅蓮の天狼」

 その時、二人が立つテラスに四人の足音が響いた。

 二人は振り返り、その主を見つめる。


「ダルクさん!」

 紅は、見慣れた仲間の顔を見つけ、歓喜の声を上げる。

「無事だったんですね!」

「ああ、まあ、あんまり無事じゃねえけどよ。そっちも、……まあ何とかなった見てぇだな」

 ダルクはふらつきながらも、自身の足で歩みよってきた。

「ああ。そっちもな。……あっちでイースがやられてる、後で助けてやってくれ」

 シリウスはダルクと目を合わせ、少しニッと笑いながらも、すぐに真剣な表情に戻る。


「こっちは、俺と同じ組織のアイリーンだ。そっちの二人がシャンクスとベアトリクスだそうだ。まあ俺たちと目的が同じ奴等だ、敵じゃねぇ」

 ダルクは、時間もないので雑に紹介をする。


「……あれに溜まっている魔力を、何とかしないといけないわね」

 アイリーンが装置を見上げて、必死に対応を考える。

「魔力を引っ張り出すだけなら、ぶっ壊せばいい。だがそうすれば、この場所はおろか、おそらく王都まで爆発で吹き飛ぶだろうな」

 ダルクは装置を検分しつつ喋る。

「エリオーネの中にも、きっと相当の魔力が充填されているはずよ。強引に引きはがせば、彼女も危ういわ」

 アイリーンはエリオーネの側に近寄り、彼女に触れそうな距離に手をかざして言った。


 今もなお、エリオーネの体は青白い魔力の光に包まれており、爆発しそうなほどの威圧感を感じる。


「……この場で、装置の魔力を受け取り、その者が消滅するしかありません。私がやります」

 そこに、歩み出たのはベアトリクスだった。

 一同は驚きながら彼女を見る。

 その表情は、至極当然だとでも言わんばかりに落ち着いていた。

 

「ベアトリクス!? 何言ってんだ!」

 シャンクスは大声を上げ、それを止める。

 紅は二人の事情は知らないが、当然そのやり方を反対する。

「ダメだよ、誰も犠牲になんて出来ない……!」

 しかし、ベアトリクスは首を振り、頑なに拒否する。その意思はもう変わらないという風情だ。


「いいのです。私は元々、騎士団の人間です。こうなった責任は、私が取るべきです。それに、私一人の体で皆さんの未来が守れるのであれば、本望です」

「でも、……いくらあなたの力でも、これほどの魔力を受け止めきれないかもしれないわ」

 アイリーンは装置を見上げ、その中に眠る途方もない魔力量に驚嘆しながら言う。

 ゲヘナを処刑するための一撃を放つための魔力。

 それは、アリーデを凌ぐほどの魔力を持つエリオーネに対して、更に上乗せされるものであり、普通の生身の人間ではとても耐えられないほどの膨大なエネルギーだ。

 いくら、騎士団の人間であるベアトリクスでも、それを受け止めきれる保証は無い。


「……だったら、俺がやる」


 そこに立ち上がったのは、傍らで気絶から復活したゲヘナだった。

 まだ、硝煙の昇る体のまま、一同を押しのけ前に出る。


「この地上で、最も魔力に耐えられるのは俺だ。それに、元々こいつは俺を処刑するためのもんだろ。……そういう運命なんだよ」

「でも……」

 アイリーンはその彼の肩に触れ、けれど引き留める言葉を投げかけることに躊躇する。

 そんな彼女に対し、ゲヘナは振り返らずに言った。


「言っただろ。ヒーローになれって。俺は、お前たちすべてを救った英雄になれるんだ。これ以上ないくらいの、名誉だ」


 かつて、祖国を守れず、悪魔と呼ばれた王子は。

 今ここに、地上すべての人類を破滅から救った英雄へと、返り咲く。


「騎士団の女。お前はまだやり直せる。俺の分まで、その身を未来の人々の為に使うことだ」

 ゲヘナはベアトリクスに向かって言った。彼女は、静かに頷くのみで、何も言うことが出来なかった。 


「後は任せたぞ。王都の王子」

 ゲヘナは、シリウスに向かって言う。


「……ああ。分かった」

 シリウスは、それに応える。

 

 二人の脱獄した王子は、奇妙な運命をたどり、ここに決意を一つにした。


「……決まりだな。紅ちゃん。もう一つの、最期の大仕事だ」

 ダルクが、その最後のやり取りを見届け、作戦について段取りをする。


「まず、ゲヘナがあの装置を破壊して、中に溜まった魔力をすべて受け止める」

 ダルクは球体の装置を指さす。

 それに、ゲヘナは首を縦に振る。


「その瞬間、エリオーネに繋がる管を切断しろ。だがタイミングを間違えば、魔力が暴発して大変なことになるかもしれねえ。やるのは……お前だな」

 ダルクが指さしたのは、シャンクスだった。

「お、俺!?」

「そうだ……悪いが、俺もシリウスもイースも、もうまともに腕が動かねぇ。それに、女たちにやらせるわけにも行かねぇだろ?」

 ダルクは、ニッと笑う。

「あ、ああ。分かった」

 シャンクスは事の重大さに震えながらも、了承した。


「そして、その管を通じて、今度はエリオーネから紅ちゃんが魔力を受け取る。その魔力をつかって……」

「俺を吹き飛ばせ」

 ゲヘナが、最期の言葉を言う。


「う、うん……」

 紅は、その後のゲヘナの状態を思いやり、素直に頷くことが出来なかった。

「魔術師。気にすることはない。俺は元々死んでいたはずの人間だ」

 ゲヘナが、そんな紅に向かって言う。


「ここに居るお前たちが、それを気にする必要はない。……俺は魔力を吸い取ったらそのまま上空へ舞う。そこに最後の一撃を寄こせ」

 ゲヘナは、それきり視線を装置の方に動かした。


「じゃあ、急ぐぞ。作戦開始だ」

 ダルクの一言に、一同は緊張の面持ちで行動を開始する。


 これが、正真正銘の最期の戦いだ。


 まず、ゲヘナが宙へ飛び上がり装置の上部、球体に右腕を突き刺す。

 中に溜まっていた青白い粒体は眩しく点滅を始め、そこからあふれ出す青白い光をゲヘナが体全体に吸い込む。


「うおおおおおおお」

 咆哮と共に、紫色の魔力を全身から放出し、そのすべてを吸い尽くす。


「今だ! 管を切れ!」

 ダルクの合図に、シャンクスがダガーを一閃させる。

「行くぞおおお!?」

 シャンクスに一刀両断された管はプッツリと弾けた。

 エリオーネと繋がる管が切れ落ちる。

 彼女が貼り付けになっていた十字架から体を引きはがし、シャンクスが抱きとめる。


「そして、私が魔力を受け取る」

 

 管の、エリオーネと繋がる方を紅が握りしめ、これまでエリオーネに溜められていた魔力を紅が受け取る。

 紅の体に、魔力が充填され始める。


 紅は、先ほどの一撃で、アリーデから受け継いだ魔力のすべてを使い果たしていた。

 彼女自身の魔力を使うことが出来たといえど、その量は微々たるものだ。

 再び以前のように魔術を扱うことが出来るのは、これが最後だろうと心の中で確信する。


「じゃあ、行くぜ。……未来を、頼むぞ」

 

 ゲヘナが、一同に向かって言う。


 彼はテラスから、遥か上空へ飛び上がった。

 既に陽が沈み、真っ暗な闇が空を覆い尽くしている。


 その黒一色のキャンバスに、一筋の粒が光を放ちながら飛翔する。

 あっという間に、その姿は目ではとらえられないほどの距離に昇った。


 そこに、紅は受け取ったすべての魔術を用いて、最期の魔術を放つ。


 それは、一体の巨大な炎のオオカミ。

 はるか上空、天空へ浮かび上がったゲヘナに向かって猛進する。


 紅蓮の天狼。


 天空を駆け上るそのオオカミは、やがて、その人を飲み込んだ。

 夜空に、巨大な爆発の光が舞う。


 それは、夜明けの光のように。

 漆黒の空を切り裂いた。


「綺麗……花火みたい」

 ポツリと、紅は呟いた。

 その光は、やがて余韻を残し消滅していった。


 ふっと、夜風が吹き抜ける。


「すべて、終わったんだ」

 その様子を見届け、シリウスは言った。

 

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