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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十七話「一片の力」

「やったか……!?」

 シリウスの視界が、徐々に戻り始める。

 彼の両腕はダラリと垂れ、膝が言うことを聞かず、ガックリと地面につく。もう体の持つすべての力を使い果たしたのだと悟る。


 だが、その硝煙が晴れる頃。

 そこには一つの人影が立っていた。

 

 そこにいたのは、蒼白な顔をした男だった。


「……ハァ、ハァ。もはや、一切の躊躇も不要ということか……!?」

 アルタイルは生き延びていた。

 そしてその体には、顔までも覆い尽くす魔術刻印が浮かび上がっていた。


「まさか……奴も全身に!?」

 シリウスはその事実に驚愕する。


 アルタイルも、あらかじめその全身に魔術刻印を施していたのだった。

 これまでの戦いで発動させていたのは、あくまで上半身のみということだった。

 イースと同じように、刻印を施したまま発動はさせていなかったということだろう。

 

「咄嗟に……こいつを盾にし、更に全身の刻印を発動させなければ……私は消滅していた……」

 その身には、ゲヘナが担がれている。

 彼の全身は焼け焦げ、気を失っている。アルタイルはそれを投げ捨てた。


「なんて野郎だ……」

 シリウスは絶句する。

 本来なら、どんな攻撃も通用しないゲヘナだが、紅の魔術の影響からか瀕死状態に陥っていた。


「だけど、その状態にあなたは耐えられるの!?」

 紅は、アルタイルの体を見る。

 顔までの皮膚すべてに、青白い刻印が浮かび上がっている。

 それは激しく脈動し、今まさに生命の炎が燃え尽きようとするかのようだった。


 ゲヘナは、ノーティスの王家に伝わる特別な体質であるからこそ、その全身の刻印に対応し力を使うことが出来ている。

 才能としては、突出していないアルタイルが全身に刻印を施せば。

 程なくして訪れるのは、その身の崩壊。


「耐える必要などないということだ……私の身が朽ち果てようと、もはや構わない……! 天罰神による最後の審判は失敗に終わる……あの装置の魔力供給が完了した時、天罰神は覚醒する。だが、術者の私によるコントロールと、ゲヘナの処刑が無ければ、その力は完全体にならず制御は出来ない。暴走したその力は、地上のすべてを破壊し尽くすだろう。もはや、民の選別は不可能となったのだ……」

 アルタイルは、うわごとのように呟く。


「すべてを、消すまでだ」


 アルタイルの最後の手段。

 それは、リセットだ。

 エリオーネの天罰神の力は暴走し、この大地を巻き込み暴力的な破壊をもたらし、消し去るものとなる。

 アルタイルは装置を破壊するかのように、両手を装置の球体に向けて魔術を放つ構えをした。


「そんなこと、させない!」

 紅は、その装置とアルタイルの間に、立ちふさがる。


「そうか……では、貴様ごと、消し去るッ!」

 アルタイルの極太レーザーのような魔術が発射され、紅に襲い掛かる。

 アルタイルの全身に施された魔術刻印による、彼の生命エネルギーすべてを放出した一撃。


 それに対し、紅も同じように両手を前に差し出し、赤い魔術を放出することで受け止める。

 二人は対峙し、真っ白な魔術と、赤い魔術が繋がる。

 一本の魔力による攻撃の糸を、押し合う。


「無駄だ……お前の力は、あの女の魔力に過ぎない……! 私の全身に魔術刻印を施した力はそれを上回るのだ!」

 アルタイルの言葉通り、紅の側にアルタイルの白い魔術が迫りくる。

 徐々に、徐々に。

 それは侵食するかのように、白い魔術が紅の方へ近寄る。


「う、うう……」

 紅は、それでもその身に宿るアリーデの魔力『裁きの炎』の力をすべて出し切る。


「紅、頑張れ……! お前だけが、最期の希望なんだ……紅!」

 シリウスは叫ぶ。

 それに、紅は頷く。

「……うん、シリウス。大丈夫。だって、私とシリウスが力を合わせれば、どんな壁だって、乗り越えられるんだ……!」

 それでも、無情にも紅の赤い魔術は押し負けていく。


「終わりだ!」

 アルタイルが、全身の力を籠める。

 彼の全身が最後の力を振り絞り発光する。

 その力の奔流は魔術の放出に乗って、紅へ襲い掛かる。


「負けない……! 約束したから……また、あの場所へ帰るって、約束したんだっ!」


 紅の最後の一言に、赤い魔術が勢いをよみがえらせる。

 それは、一瞬の拮抗の後、徐々にアルタイルの白い魔術を押し返し始める。


「な、なぜだ!? あの女の魔力総量は把握している……私のこの全身刻印後の魔力を持ってすれば、それを上回っていることに間違いはないのだ……!」

 アルタイルは押し負けゆく事実に紛糾する。


「……最後に、力を貸してくれるものは、私の中にある」

 その時、紅は感じる。


 これまでの旅を通じて、色々なものを見てきた。


 異世界へ迷い込み、戸惑いながらもシリウスと出会った。

 無我夢中で彼を守ろうと飛び出した時、魔術が発動した。

 その魔術のおかげで、苦難を乗り越え、何度も守られてきた。


 旅を続ける中で色々な経験をして、沢山の感情を知った。

 沢山の人と、出会った。


 そのすべてが、紅に力を貸してくれる気がした。


「それは、私自身の力だったんだ」


 紅は、一つの答えに辿り着く。


「この魔術の力はアリーデさんが分け与えてくれたもの……だけど、まだもう一つ、力が残っている」

 

 紅はその身に湧きおこる力に、確信する。


「私自身の魔力が、あるはずだよ」


 アリーデの魔力に比べれば、ほんの些細なものかもしれない。

 けれど、この拮抗した状況で、その僅かな力は大きく戦況を変える。

 

 この旅を通じて、紅が見つけた本当の自分自身の力。

 それを、手のひらに込めて放出した。


 紅の放つ赤色の魔力が、アルタイルの魔力を上回った時、その魔術は消滅する。


 レジスト。

 アルタイルの最後の魔術は、消滅した。

 同時に、紅の首にかかっていたペンダントに込められた、赤い色が消失する。


「ば、バカな……そんなこと、が……」


 一瞬の静寂が、全てを包み込む。

 その次の瞬間。

 アルタイルは、その身すべてが、黒く変色していく。

 自身の力を超えるほどの魔術を放ち、体は機能を失ってゆく。

 その身に余るほどの力を使用した代償として、アルタイルの体のすべてが壊死していった。


「……だ、が。私を倒したとて……天罰、神は、とまらん……すべて、消える、のだ」

 その一言と共に、アルタイルは灰となり崩れ落ちた。


「紅! 大丈夫か」

 シリウスが何とか震える足で立ち上がり、紅の元へ歩み寄る。

「あれを、何とかしなくちゃ」

 紅は、シリウスに肩を貸しながら、改めて大階段の上にそびえる装置と、その下に眠るエリオーネの姿を見上げた。

 エリオーネの体には、装置から絶えず青白い光が降り注いでいる。


「どうすりゃ、いいんだ」

 シリウスは全身の力が入らないまま、見上げることしかできなかった。

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