第九十七話「一片の力」
「やったか……!?」
シリウスの視界が、徐々に戻り始める。
彼の両腕はダラリと垂れ、膝が言うことを聞かず、ガックリと地面につく。もう体の持つすべての力を使い果たしたのだと悟る。
だが、その硝煙が晴れる頃。
そこには一つの人影が立っていた。
そこにいたのは、蒼白な顔をした男だった。
「……ハァ、ハァ。もはや、一切の躊躇も不要ということか……!?」
アルタイルは生き延びていた。
そしてその体には、顔までも覆い尽くす魔術刻印が浮かび上がっていた。
「まさか……奴も全身に!?」
シリウスはその事実に驚愕する。
アルタイルも、あらかじめその全身に魔術刻印を施していたのだった。
これまでの戦いで発動させていたのは、あくまで上半身のみということだった。
イースと同じように、刻印を施したまま発動はさせていなかったということだろう。
「咄嗟に……こいつを盾にし、更に全身の刻印を発動させなければ……私は消滅していた……」
その身には、ゲヘナが担がれている。
彼の全身は焼け焦げ、気を失っている。アルタイルはそれを投げ捨てた。
「なんて野郎だ……」
シリウスは絶句する。
本来なら、どんな攻撃も通用しないゲヘナだが、紅の魔術の影響からか瀕死状態に陥っていた。
「だけど、その状態にあなたは耐えられるの!?」
紅は、アルタイルの体を見る。
顔までの皮膚すべてに、青白い刻印が浮かび上がっている。
それは激しく脈動し、今まさに生命の炎が燃え尽きようとするかのようだった。
ゲヘナは、ノーティスの王家に伝わる特別な体質であるからこそ、その全身の刻印に対応し力を使うことが出来ている。
才能としては、突出していないアルタイルが全身に刻印を施せば。
程なくして訪れるのは、その身の崩壊。
「耐える必要などないということだ……私の身が朽ち果てようと、もはや構わない……! 天罰神による最後の審判は失敗に終わる……あの装置の魔力供給が完了した時、天罰神は覚醒する。だが、術者の私によるコントロールと、ゲヘナの処刑が無ければ、その力は完全体にならず制御は出来ない。暴走したその力は、地上のすべてを破壊し尽くすだろう。もはや、民の選別は不可能となったのだ……」
アルタイルは、うわごとのように呟く。
「すべてを、消すまでだ」
アルタイルの最後の手段。
それは、リセットだ。
エリオーネの天罰神の力は暴走し、この大地を巻き込み暴力的な破壊をもたらし、消し去るものとなる。
アルタイルは装置を破壊するかのように、両手を装置の球体に向けて魔術を放つ構えをした。
「そんなこと、させない!」
紅は、その装置とアルタイルの間に、立ちふさがる。
「そうか……では、貴様ごと、消し去るッ!」
アルタイルの極太レーザーのような魔術が発射され、紅に襲い掛かる。
アルタイルの全身に施された魔術刻印による、彼の生命エネルギーすべてを放出した一撃。
それに対し、紅も同じように両手を前に差し出し、赤い魔術を放出することで受け止める。
二人は対峙し、真っ白な魔術と、赤い魔術が繋がる。
一本の魔力による攻撃の糸を、押し合う。
「無駄だ……お前の力は、あの女の魔力に過ぎない……! 私の全身に魔術刻印を施した力はそれを上回るのだ!」
アルタイルの言葉通り、紅の側にアルタイルの白い魔術が迫りくる。
徐々に、徐々に。
それは侵食するかのように、白い魔術が紅の方へ近寄る。
「う、うう……」
紅は、それでもその身に宿るアリーデの魔力『裁きの炎』の力をすべて出し切る。
「紅、頑張れ……! お前だけが、最期の希望なんだ……紅!」
シリウスは叫ぶ。
それに、紅は頷く。
「……うん、シリウス。大丈夫。だって、私とシリウスが力を合わせれば、どんな壁だって、乗り越えられるんだ……!」
それでも、無情にも紅の赤い魔術は押し負けていく。
「終わりだ!」
アルタイルが、全身の力を籠める。
彼の全身が最後の力を振り絞り発光する。
その力の奔流は魔術の放出に乗って、紅へ襲い掛かる。
「負けない……! 約束したから……また、あの場所へ帰るって、約束したんだっ!」
紅の最後の一言に、赤い魔術が勢いをよみがえらせる。
それは、一瞬の拮抗の後、徐々にアルタイルの白い魔術を押し返し始める。
「な、なぜだ!? あの女の魔力総量は把握している……私のこの全身刻印後の魔力を持ってすれば、それを上回っていることに間違いはないのだ……!」
アルタイルは押し負けゆく事実に紛糾する。
「……最後に、力を貸してくれるものは、私の中にある」
その時、紅は感じる。
これまでの旅を通じて、色々なものを見てきた。
異世界へ迷い込み、戸惑いながらもシリウスと出会った。
無我夢中で彼を守ろうと飛び出した時、魔術が発動した。
その魔術のおかげで、苦難を乗り越え、何度も守られてきた。
旅を続ける中で色々な経験をして、沢山の感情を知った。
沢山の人と、出会った。
そのすべてが、紅に力を貸してくれる気がした。
「それは、私自身の力だったんだ」
紅は、一つの答えに辿り着く。
「この魔術の力はアリーデさんが分け与えてくれたもの……だけど、まだもう一つ、力が残っている」
紅はその身に湧きおこる力に、確信する。
「私自身の魔力が、あるはずだよ」
アリーデの魔力に比べれば、ほんの些細なものかもしれない。
けれど、この拮抗した状況で、その僅かな力は大きく戦況を変える。
この旅を通じて、紅が見つけた本当の自分自身の力。
それを、手のひらに込めて放出した。
紅の放つ赤色の魔力が、アルタイルの魔力を上回った時、その魔術は消滅する。
レジスト。
アルタイルの最後の魔術は、消滅した。
同時に、紅の首にかかっていたペンダントに込められた、赤い色が消失する。
「ば、バカな……そんなこと、が……」
一瞬の静寂が、全てを包み込む。
その次の瞬間。
アルタイルは、その身すべてが、黒く変色していく。
自身の力を超えるほどの魔術を放ち、体は機能を失ってゆく。
その身に余るほどの力を使用した代償として、アルタイルの体のすべてが壊死していった。
「……だ、が。私を倒したとて……天罰、神は、とまらん……すべて、消える、のだ」
その一言と共に、アルタイルは灰となり崩れ落ちた。
「紅! 大丈夫か」
シリウスが何とか震える足で立ち上がり、紅の元へ歩み寄る。
「あれを、何とかしなくちゃ」
紅は、シリウスに肩を貸しながら、改めて大階段の上にそびえる装置と、その下に眠るエリオーネの姿を見上げた。
エリオーネの体には、装置から絶えず青白い光が降り注いでいる。
「どうすりゃ、いいんだ」
シリウスは全身の力が入らないまま、見上げることしかできなかった。




