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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十六話「二人の王子」

 縦に振り下ろされるアルタイルの斬撃。

 それをシリウスは刀で受け止める。


「く、すごいパワーだ……ッ!?」

 シリウスは、気を全開にしながら、なおかつ凄まじい集中力を保ち続けることで、アルタイルの一撃を受け止めることが出来た。

 だが、それも受け止めるのがやっと。

 顔を渋面にしながらようやくその場に踏みとどまれるシリウスに対し、アルタイルは余裕の笑みを浮かべたままだ。

「まだまだ、これからだ……!」

 そこからアルタイルは剣を引き、そして何度も連撃を繰り出す。

 

 その度に襲い掛かる衝撃。衝撃波が空気を震わせる。

 一撃一撃が、岩山を粉砕するかのような強大な破壊力を秘めている。

 シリウスは、宙を舞う一本の糸を掴むような繊細な作業を幾度も繰り返すほどの、驚異的な集中に迫られる。


「だが、それもいつまで持つか!」

 アルタイルの連撃は続く。


「ダルクも、イースも。ここまで俺を連れて来てくれたんだ……! 俺は、負けないッ!」

 シリウスは闘志を燃やし、全ての力を出し尽くす覚悟で攻撃を防ぐ。

 

「ふむ……では、これならどうだね」

 剣撃の合間、アルタイルが剣を握っていない方である左手に魔力が集中する。

 それを、シリウスの懐に向けて発射する。


 剣を受け止めるか、魔力弾を防ぐか。

 一瞬の判断が、シリウスの動きを遅らせる。


「くっ!?」

 どちらも防ぐことは間に合わないと悟った瞬間、振り落とされる剣を防ぐことを決断した。

 しかしそのままでは、無防備な懐に魔力弾が直撃する。


 だが、魔力弾はシリウスの体に到達しなかった。

「私も、忘れてもらっちゃ困るよ……!」

 紅の放つ炎剣が、針の孔を通すほどの精度で両者の間を通過し魔力弾をレジストしていた。

 

 その様子を見たシリウスは強気に笑う。

「お前を信じた、俺の選択に間違いはなかったぜ」 

 そしてシリウスは、受け止めたアルタイルの剣を強引に押し返す。


「……くっ、厄介な力だ。だがそのような奇跡も、そう何度も上手くいくまい」

 アルタイルはさらに全身から放出する魔力を強め、その剣撃と魔力弾のコンビネーション技を何度も繰り出す。

 その度に、シリウスは剣撃を受け止め、紅は魔力弾を打ち消す。

 

 お互いの息がぴったりと合い、アルタイルの攻撃を防ぎ続ける。


 それは、これまでの旅を共にしてきた二人だからこそ、成せる技であった。

 シリウスの微妙な体の動かし方の癖は、紅は感覚的に理解している。そして、シリウスもそれを信頼しているからこそ、何の躊躇もなく行動し続けられる。


「だが、このままじゃ、勝機は薄い……あの鎧か、せめて剣を破壊できなければ、こちらの攻撃が通用しない」

「でもどうすれば……」

 シリウスと紅は、アルタイルへの反撃の手立てを探っていた。

 

「いい加減に……終いだ!」

 アルタイルは業を煮やしたのか、剣を両手で握り、剣撃にすべての力を集中させる。

 彼の剣がシリウスの刀に直撃した時、アルタイルの剣先が眩い光を放った。


 それは、刀身から放たれる放射状の魔術である。

 シリウスの刀による防御をかいくぐり、彼の全身を矢のように貫く。

「ぐっ!?」

 シリウスは全身にナイフを突き刺されたような、激しい痛みに襲われる。

 そのまま、シリウスの体は紅とは反対側へ、大きく後方に吹き飛んだ。


「シリウス!?」

 紅はシリウスに駆け寄ろうとするが、間にはアルタイルが立ちふさがる。


「ほう……耐えるか、血塗られた王子よ。普通の人間であれば、その一筋を食らうだけでも全身が八つ裂きにされていようものを」

 その次の瞬間、アルタイルは剣を仕舞い込み、両手を前に掲げていた。

 その両手に、魔力が充填されていく。


「すべてを……消滅させる……!」

 アルタイルの両手の先が眩しく光り、その手から極太レーザーのような魔術波が放たれる。

 その身に施した魔術刻印により引き出された彼の生命エネルギーを強引に攻撃魔術に変換させた攻撃。

 それはゲヘナのように、ひたすらに破壊をもたらす魔術波となる。

 そして、それはシリウスに襲い掛かる。


「シリウスーーー!?」

 紅の魔術であれば受け止められるかもしれない、けれど、今の紅の位置からではシリウスの元へ駆けつけることが出来ない。

 シリウスは迫りくる極太レーザーを前に、一瞬の間に回避することは出来ないと悟り刀を構えるが、強大な魔力を気の力では受け止めることは不可能だろう。

 

 彼の全身が青白い光に包まれる。

 シリウスはただ、身を固めることしかできなかった。


 その時だった。


 一つの人影が上空から降り立ち、シリウスの前に立ちふさがりアルタイルの極太レーザーのような魔術を消滅させた。


「い、いったい……?」

 紅は先ほどの魔術に目がくらみながらも、瞼を押し上げ、その情景を確認する。

 そこには、一人の男が降り立っていた。


「……俺にも、決着を付けさせろ」


 全身に魔術刻印が施され、その体からは紫色の煙のような魔力を放出し続ける男。

 ゲヘナが、二人の前に立ちふさがっていた。


「あなたは……」

「ノーティスの悪魔、なのか?」


 紅は、その体に施された魔術刻印を見やる。

 指先から、足の先まで。

 肌が見えなくなるぐらいの、刻印。先ほどのイースの結末を目にしただけに、胸が痛む。


「……まさか、ゲヘナ。貴様まで加勢するとはな。まったく、騎士団の者どもは使い物にならんな」

 アルタイルは吐き捨てる。


 その様子を一瞥し、ゲヘナはシリウスの方に首だけを向ける。

「おい、おまえが王都の王子だな。俺を開放した奴等から聞いたぞ。……俺が奴の鎧を引きはがし、一瞬でも隙を作る。そこに、そっちの魔術師と合わせ技を叩き込め」

 ゲヘナが告げる言葉は、意外にも共闘の申し出だった。


「なんだと……?」

 シリウスは、かつて大戦で王都を滅ぼしかけた存在と手を組むことに戸惑う。

「どうせ、俺は奴の天罰術式を耐えられん。普通に戦っても、戦況は変わらん。行くぞ」

 だが、ゲヘナはそんなこともお構いなしの様子だ。

 実際、アルタイルを前にそのようなことを言っている場合でもない。

 シリウスはゲヘナの言葉に首を縦に振る。


 ゲヘナが、その両腕に紫色の魔力を発生させ、アルタイルに向けて飛翔する。

 アルタイルが扱う『天罰術式』は、ゲヘナにしか特効性が無い。

 つまり、アルタイルはこれまでシリウス達に放ったような攻撃とは別の魔術を、ゲヘナに対して放つ必要がある。


「おのれ……死にぞこないが何人集まろうと、結果は同じだ!」

 アルタイルは再び、剣を構え攻撃の態勢をとる。


 今度は、ゲヘナとシリウスによる連撃が、アルタイルに繰り出される。

 しかしそれは、これまでのイースや紅との連撃とは意味が大きく異なる。


 アルタイルの剣による斬撃は、ゲヘナには通用しない。

 ゲヘナの全身に施された魔術刻印によって湧きおこる無制限の魔力は、並大抵の攻撃を無力化する。

 だからこそ、特効性がある『天罰術式』が必要であった。


 しかし、『天罰術式』はその特効性を得るために、ゲヘナ以外の人間には効果がない魔術となっている。

 つまり、シリウスに『天罰術式』を食らわせても、何の効果も与えない。


 ゲヘナが剣による攻撃を。

 シリウスが天罰術式による魔術を。

 そして、紅が通常の魔術を。

 

 三者が打ち消し合うことによって、アルタイルの攻撃を完全に無効化することが出来る。


「くっ……貴様らァ!?」

 この状況で、初めてアルタイルが憤りを見せる。

 

「今までのお返しだ! くらえ!」

 シリウスによる、気を込めた一撃が振り下ろされる。

 それを、アルタイルが剣で受け止める。

 その脇から、紅の炎剣が飛来し、アルタイルは胴体でそれを直で食らう。

 だが、その身に纏う鎧のおかげか、ダメージは与えられない。


「ならば、……これでどうだ!」

 そのアルタイルに、ゲヘナが両腕の魔力を浴びせようと、飛び掛かる。


 しかし、アルタイルはニヤリと唇の端を曲げて見せた。

「……まずは、貴様からだァ!」

 アルタイルはゲヘナの攻撃を予期していた。

 その手には、天罰術式しか発動されていない。


「他の二人の攻撃など、私には取るに足らんッ! 貴様だけは最初に潰す!」

 アルタイルはあくまで、対ゲヘナ用の『天罰術式』に集中していた。

 その両手から、天罰術式による魔術レーザーを、ゲヘナの眼前に放つ。

 

 極太レーザーのような魔術がゲヘナの視界を覆う。

「まずい!?」

「逃げて!」

 シリウスと紅は、その攻撃の勢いから回避は無理だと悟る。


「この程度、食らうかァァァ!」

 ゲヘナが両腕に魔力を貯め、全身の力を発揮する。

 それを後方へ向けて、まるでジェットエンジンが推進力を得るかの様に放つ。

 

 かつて、アイリーンを救うために心の炎を燃やした時のように。

 ゲヘナはアルタイルの想像を超えるスピードで空中へ移動した。


「なに!?」

 アルタイルは魔術を放った姿勢のまま、一瞬ゲヘナを見失う。


「ここだ」

 その次の瞬間、ゲヘナはアルタイルの背後に回り込み、両腕から紫色の魔力を打つ放つ。

 それはアルタイルの胴体、鎧に激突し、激しい破壊音と共にその鎧を破壊する。

「ぐうううっ!? いつの間に……!? いつの間に力を増したのだァ!?」

「今の俺には、戦う目的がある……強くなる意志がある、それだけだ」

 ゲヘナはそういい、そのまま羽交い絞めにし、アルタイルを拘束する。


「今だ! やってしまえ!」

 ゲヘナはアルタイルの背後からシリウスと紅へ向けて叫ぶ。


「分かった! 紅、頼むぞ!」

 その声に合わせて、シリウスが刀を握る。

 刀に気を籠め、その刀身を強化する。


「これが……俺たちの全力だ!」


 シリウスは全身に巡る力を、気として刀に集中させる。

 もう、この一撃が最後の一撃だろう。


 自身の肉体が持つ、全エネルギーを刀に集中する。

 ゲヘナや、イースのように魔術刻印による強制的なものではないが、それでも今のシリウスは自身の肉体が持つ限界を超えた力を引き出そうとしていた。

 刀身が、気により眩い金色に変化する。


「シリウス……これが私の力、受け取って!」

 紅は一本の炎剣を発生させる。彼女が持つ膨大な魔力、そのすべてをたった一本の炎剣に、ひたすらに密度を高めて詰め込んでいく。

 やがてその炎剣は、煉獄の溶岩のように。

 見るだけでも肌が解け落ちそうなほどの、強大なものへと成長させる。

 

 そして、シリウスの握る刀、橙国に伝わる伝説的刀、『桜花』の刀身に紅の全力の魔力を注ぎ込んだ炎剣を放出する。

 

 魔術で出来た炎剣と、シリウスの刀が一つに重なる。

 かつて、魔の山で大蛇を両断したように。

 あの時とは、魔術の威力も、刀に込める力も違う。


 旅を通して身に着けた最大限の力を込めた一撃を作り出す。

 そして、それを迷わず、アルタイルに打ち出す。


「うおおおおおおおおお!」

「いけええええええええ!」

 シリウスと、紅の叫びが重なる。


 アルタイルはゲヘナに掴まれたまま、光の剣を使い、シリウスの刀を受け止めた。

 だが、剣は徐々に押し負ける。

 

「こんな……バカなァァァァ!?」


 アルタイルの剣は、シリウスの炎刀により、両断された。


 そして、その炎の刀による一撃は、アルタイルとその背後のゲヘナを巻き込み爆発する。

 激しい爆発は、そこに居るものすべての視界を真紅に染め上げる。

 轟音はまさしく、竜の唸り声のように。

 すべてを消滅させるほどの破壊力が、アルタイルとゲヘナを包み込んだ。

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