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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十五話「決意の右腕」

 まずは、イースが先頭を切って再び突撃し、アルタイルの魔術障壁を発生させる。

「何度やっても無駄だ」

 アルタイルは、自身の魔術障壁を信用しきっているのか、はたまた彼らの力を侮っているのか、好きなように攻撃をさせる。

 魔術障壁をを発動している間は、攻撃の威力が減少する。

 その手から放たれる魔力弾を今度のイースは身をこなし回避する。


「今だ! 行くぞ、紅」

「分かった!」

 その間に、シリウスが刀の先に力を籠める。

 そして紅は発生させた一本の炎剣に威力を集中させる。


 二人は阿吽の呼吸で、その一撃を放った。

 同時に、イースが飛び退き、攻撃の進路を開ける。


 シリウスの刀と、紅の炎剣がアルタイルの魔術障壁に激突した。

 だが、巻き上がる硝煙が晴れた先でも、アルタイルの魔力障壁は打ち破れていない。


「フフフ……。無駄だ。私の魔力は騎士団の中でも並程度と称されたが、魔術の術式の練度がまったく異なる。その程度の攻撃では、私に傷をつけることはできない」

 アルタイルは一歩も動くことなく、三人を嘲笑った。

「クソがッ。……どうすれば……」

 シリウスはその状況に歯噛みする。


 その時、イースが意を決したように、口を開いた。

「祖国の仇に……本当に会うことになるとは、思ってもみなかった」

 イースはダラリと両腕を下ろす。


「俺は生まれた時から、敗戦国の国民として育った。両親はすぐに他界し、残り僅かな親族と共に、細々と生き残っていくしかなかったのだ」

 彼の口から、初めて語られる出生の話。

 一同は、それに耳を傾ける。


「そして、成長し自立できる年齢になったころ、身分を隠して王都に入った。そこには、大戦のことなど全く知りもしない国民達が居た。だが、俺はそのことは仕方ないと割り切ることが出来たのだ。国民に、罪はない」


「だが、調べていくうちに、事実と異なることがわかってくる。王都では、ノーティス人は祖国に引きこもり閉鎖的な暮らしを続けているとあった。だが、違う。我々は騎士団によって滅ぼされたのだ。生き残りを許されない存在として、殲滅させられたのだ……! そのことに、激怒する以外の感情が湧かなかった」

 シリウスの知る歴史では、ノーティス人は今も彼らの地で不干渉のまま暮らしていると言っていた。けれども、イースの知る真実は、騎士団、いや、アルタイルの指示によるノーティス人の虐殺により滅ぼされていたのだった。


「だからこそ、俺は王都の諜報機関に接触し、騎士団の陰謀を告発した。天誅が下るべきは、騎士団であると」


「そして、今ここで俺は祖国の復讐を果たすことが出来る!」

 イースは、自身の上着の袖を引き裂いた。

 その右腕には、見たことのない文字で描かれた、魔術刻印が施されていた。


「それは、まさか!?」

 シリウスは、その文字を見て驚愕する。

 自身の肌に、直接魔術刻印が施されている。


「そうだ。かの英雄のように、全身に施すことは不可能だった……。それに、今この術式はまだ発動していない。俺の肉体が持つ魔力では、これを発動させてしまえば半日と持たずに、俺の腕は機能を失ってしまうだろう」

 最後の切り札と言える、彼の力。


「しかしそれは、全てこの日の為にあったのだ」

 彼は、アルタイルに向けて、全力で挑む決意をする。

 

「祖国の恨み、そして未来の世界の為であるなら、俺の右腕一本は安いものだろう、行くぞッ!」

 イースは、右腕の刻印に、懐から取り出した小刀で一本の線を追加する。

 それに呼応し、右腕に描かれた刻印すべてが、青白く光りを放つ。


「うおおおおお!?」

 イースの肉体をつかさどるエネルギーを、無理やり魔力に変換し、爆発的な力を得る。

 彼の生命エネルギーと引き換えに、戦闘能力を得る。

 

「行くぞ! 紅!」

 イースの覚悟を受け取ったシリウスは、紅に合図を出し再び合体技を試みる。


「ほほう……かかって来い! ノーティスの亡霊よ!」

 アルタイルは、自身の魔術障壁を信じている。

 あくまでも、彼らの攻撃を防ぎきるつもりだ。


「おおおおおおおおおお!!」

 イースの咆哮と共に、三人の攻撃を一つにする。

 光る右腕のエネルギーを集中させた槍先と。

 気を貯めた刀の切先と。

 炎剣の先端が。 


 三人のフルパワーの一撃が、アルタイルの魔術障壁に衝突する。

 これまでにない、途轍もない爆風を巻き上げ、周囲はその余波で振動する。


 その時、激しい破裂音と共に、アルタイルの魔術障壁が砕け散り、爆散した。


「行った!」

 紅はその様子を認め、歓喜する。

「このまま押し切る!」

 その一瞬を逃さず、イースはさらなる連撃を試みる。

 右腕の魔力が、その手に握る槍に流れ込む。


 それまで以上の速度で繰り出される流星の突きが、アルタイルの眼前に迫る。

 青白い魔力を帯びた槍の一撃は、爆発的な破壊力を秘めていた。


 だが、その槍はアルタイルの右手につかまれ、静止してしまった。


「な、なんだと……!?」

 その事実に、イースは顔を歪める。

「あの一撃を、素手で!?」

 シリウスでさえも、勝敗は決着したと確信していただけに、驚愕する。


「フフフ……まさか、障壁を打ち破ることが出来るとは思っていなかった。だが、もしもの場合でも、その後の対策は練ってある」

 

 アルタイルは、不気味な程の余裕を崩さない。

 そして、彼の周囲の空気がブワリと、魔力の波動に包まれる。


「その、魔術刻印の秘法を知るのは、何もノーティス人だけではないのだ」


 アルタイルは言い放つ。

「まさか!?」

 その言葉に、シリウスは最悪の事態を想像する。

「その通りだ……。見よ!」

 アルタイルのローブが、その体から放たれる魔力のオーラによって吹き飛ぶ。

 そこに現れた上半身すべてに刻印されているのは、紛れもなくイースと同様の魔術刻印だった。


「本来の私の魔力では、貴様らに敗れていただろう。だが、この刻印を上半身に施すことによって、私は騎士団でも最強の存在となったのだ」

 アルタイルの体から、驚異的なほどの魔力が放出される。

「さあ、行くぞ!」 

 アルタイルは、右手に力を籠めると簡単に槍の先が爆散した。

 それと同時に、素早く左手の拳を突き出す。

 イースの腹部に直撃したその一撃で体が大きくのけぞり、全身の空気をすべて吐き出す。

「がっ……」

 その状態で、アルタイルの拳に魔力が集中する。

 ゲヘナが行うのと同じように、魔力がその拳から放出され、イースの体は爆発に包まれながら、遥か後方に吹き飛んだ。

 地面を捲りあげるほどの衝撃と共に、彼の体が転がる。


「イース!?」

 シリウスと紅は彼の元に駆け寄る。


「ほう、体を粉砕するつもりであったが、刻印の力のおかげでそれを耐えることが出来たか。まあ、良い。もう戦闘は出来んだろう」

 幸いにも、彼の体は原型をとどめていた。

 しかし彼は気を失い、弱弱しい息を吐くのみであった。

 そして、刻印が施されていたイースの右腕は、青白い光が失われ、とても人間の肌とは思えない真っ黒い色になってしまった。


 生命エネルギーを使い果たした肉体の壊死。

 それが、彼の最大の攻撃の代償だった。

 

「くっ……」

 その様子を認め、シリウスはイースの決意を思い知る。 


「さあ、いくぞ。こうなった以上は、もはや猶予はない。反逆の王子よ!」 

 アルタイルは、両腕に魔力を集中させると、その魔力を用いて二つの物を形作った。

 それは、剣と鎧である。


 青白い不気味なほどに輝く魔力で構成された、剣と鎧を実体化させる。

 その鎧を身に纏い、剣を構えた姿はまさに、騎士であった。


「まずは貴様から、処刑してやろう」

 アルタイルの剣撃が、シリウスに襲い掛かる。

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