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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十四話「自由への執念」

 アルタイルの言い放つ事実を、すぐには受け入れられなかった。

 しかし、紅は旅を続ける中で、自身の世界とシリウスの世界の全く異なる魔術の存在を認めつつも、文化や食料、動植物など似通った存在があることを見てきた。

 それは、二つの世界が、元はひとつの存在であった事の、他ならぬ証明であったといえる。


 人類の歴史が、少なくとも紅が学校で学んできた歴史よりももっと太古の時代。

 世界は一つだったかもしれないと。

 

「……私は嘆いているのだ。善良なる市民が不利益を被り、邪悪で狡猾な悪人ばかりが利益を得る世界に。生まれながらにして、絶望の底に堕とされる存在に救済が与えられないこの世界に」

 アルタイルの語る言葉は、まるで自分自身の過去を振り返るかのようだった。


「この世界を改編しなければならないと、気付いたのは私がまだ幼い頃であった」


「産まれながらの個性に優劣を付けられ、大人達から勝手に劣っている者、不要なるものとレッテルを貼られたものに、人間らしい暮らしは与えられなかった……」

 アルタイルは、自身の生まれ、育ちを夢想する。


「才能豊かな姉ばかりが優遇され、己は失敗作も同然の扱いを受け、惨めに暮らすしか無かったのだ。そこに、自由も平穏もありはしなかった。どれほど『教え』を紐解いてみても、目の前に繰り広げられるのは実力と権力だけが全てを司る、俗物にまみれ穢れた世界だった。そんな世界を改編せねばならないと、気付いたのはわずか十歳の頃であった」


 アリーデは言っていた。彼女の家系は北の聖地で密かに継がれていた強大な魔力を有する家系だと。

 そこには、紅たちには語らなかっただけで、才能に対する厳しい『しきたり』のようなものがあったのかもしれない。


「その頃から、古文書の解読に明け暮れた。魔導書の解読には、才能は必要ない。あるのは根気のみで良かった。そして、古文書に記された古代の魔術を、自分の解釈で復元し、改造する技術を身に付けていったのだ」

 アルタイルは自身の拳を握りしめる。

 それは、恐ろしいほどの執念だった。

 劣勢な生まれを覆そうとする、運命を破壊しようと試みる執念だ。

 

「そして、今回の『最後の審判』の構想を完成させた」


「最後の審判には、天罰神を応用することにした。天罰神の無制限な破壊を、異世界転移魔術に置き換えることで、悪人だけを新たに創造した異世界に転移させる計画を構築した」


「だが、天罰神をこの世に顕現させるには膨大な魔力を要した。それは、到底現世では叶わない量の魔力であった。そのため、私はまた新たな計画を検討する必要が出てきた」

 アルタイルはそこで、背後にあるエリオーネと球体の装置を見やる。


「それこそが、天罰神の羽化といえよう」


「天罰神の幼体と言うべきものであれば、人類の中で最高峰の魔力を有する者の体内に生み出すことが出来た。だから、依り代を用いてその幼体を育成する方法を取ることにした」


「天罰神が、裁いた者の魔力を吸収するようにする事で、その身を急激に成長させ成体へと羽化する様に。その為には、生贄と言える強大な魔力を持つ存在が必要であった」


「ま、待てよ……それじゃあ……」

 シリウスは自身の脳内でアルタイルの話を構築し、やがてひとつの事実に辿り着く。


 それは、アルタイルがまだ少年と言うべき年端もいかない頃に夢想された計画であったという。

 そして事実だけを見れば、今のところアルタイルの計画は順調に進行しているということ。


「そう、天罰神の生贄として、古都ノーティスの悪魔を使う事としたのだ。凶暴な程に、残虐なほどに成長した魔力の化物を処刑する事によって、その者が有する魔力を吸収し、完全体へと変貌を遂げるのだ」

 アルタイルは、ゲヘナが成長するために、あえて何度も騎士団の戦士をゲヘナにぶつけては、戦わせてきた。

 そうすることで、彼が死線を乗り越えさらなる成長をするために。

 まるで、家畜を十分に肥やしてから食すかのように。


「そう、都合よく戦争なんて起きるわけがない」

 イースも、シリウスと同様にアルタイルの話から、真実に辿り着こうとしていた。


「アルタイル、お前は……大戦も含めた計画を立てたんだ」

 イースは、震える声で言い放った。


「ククッ。古都ノーティスの亡霊よ。その通りだ。この背後の装置は、あくまで処刑時に使用する一撃のための魔力程度しか、供給できぬ。まあ、それでもこの半島を吹き飛ばす事が出来るほどの魔力量だがな」


 背後にそびえる球体。

 その上部は、青白い粒体が沢山詰まっていた。

 この装置は、魔力を有する物体を溶解し、純粋な魔力に変換するものであった。魔力を帯びた鉱石や、王都直属ギルドに集められた魔力を帯びた物品は、騎士団が引き取りこの装置で魔力に変えられていた。

 そこにはかつて、ローアン・バザーでトレジャーハンターをした物も含まれる。


 いくら、エリオーネに宿る天罰神の力を持ってしても、今のゲヘナを滅ぼすには力が足りない。

 それを補うための力を付与するための装置であった。


「そう、大戦は私が仕組んだ」

 アルタイルは言った。


「古都ノーティス側では、彼らの象徴である要人を。王都側では周辺都市で幼子の無差別殺傷を。それぞれお互いの仕業であるかのように仕立てた工作を行った。戦争の火種を作ったのだ」

 アルタイルは恐ろしい事実を朗々と語った。

 既に、彼の計画は本来の目的を忘れ、自身の思い通りに行くならどんな犠牲も厭わなくなっていた。

「戦争の火種は、容易く燃え盛った。まるで、争いを望む多数の人間がいたかのようにな」

 アルタイルは口の端を歪めたまま、語り続ける。


「ひどい……そんなことって……」

 あまりの事実に、紅は言葉を失った。


「古都ノーティスに伝わる、人体への魔術刻印の秘法の存在は既に文献で知っていた。戦争で追い込まれた彼らが、最期の手段としてそれを用いることは、もはや自明の理だった」


「だからこそ、その者だけに対抗する魔術の開発は、大戦が起こる遥か前から開発を進めていたのだ」

 ゲヘナだけに特効する『天罰術式』。それは、ゲヘナが現れることをあらかじめ予期して造られたものだった。


「私は、タイミングを見計らって、その魔術を解禁するだけで良かった」


「すべては、私の掌の上で進んでいた」


「ゲヘナを生み出させ、大戦で拘束する事に成功した私は、今度は天罰神の依り代として目星を付けていた、姉の確保に急いだ。しかし、あの女は忌々しくも逃げ足だけは達者だった」

 そこからは、アリーデが語った内容と同様であろう。

 アルタイルが騎士団長の座に上り詰め、アリーデへと魔の手を忍ばせた頃から、彼女の逃走劇は始まる。


「あの女は王都に匿われた。だからこそ、国王の暗殺計画と、邪魔な王族の排除を決行した。その点、お前は実によく動いてくれたよ。ヴァーリス王子」

 ここで、アルタイルはシリウスを見据えた。


「この野郎ッ……!?」

 シリウスは思い知る。

 自身の行いはすべて、アルタイルにより操られていたのだと。

 父である国王クロードの凶行もまた、アルタイルの仕業であったことも。


「しかし、あの女の追走にかなりの時間を要した。私が騎士団長に上り詰め、様々な特権を得ることが出来て、ようやくあの女の捕捉に動き出せた。ゲヘナを早く処刑したくとも、天罰神の幼体を用意出来なければ意味が無い。私はかなり焦っていた。だからこそ、あの女を異世界までも取り逃がしてしまった」

 王都の地下で、その当時は騎士団もあまり介入できていなかった異世界転移魔術の研究所こそが、最期の砦だったのだ。


「だが、あの女は気づいていなかった。自身の娘が、己の力を超えつつある事を」

 背後で張り付けにされている、エリオーネに視線が集まる。


「傲慢な女の末路にふさわしい。自身の能力を超えるものが居る事を想像出来なかったのだ。その娘、エリオーネの魔力は、既に彼女を凌いでいた」

 気を失った少女の小さな体には、今も管から装置による魔力の供給が行われている。


「邪魔な王都の国王と、王位継承者である王子を同時に消す事が出来たのは僥倖であった。そうする事で、エリオーネを守る者は居なくなった」


「全部、お前が……!」

 シリウスは犬歯をむき出しにする。


「そう。そして、殺人の王子は監獄島へ収容されたと誤情報を流し、実際には大陸の南果てにある森に隠すよう私が命じた」

 シリウスは、その情報操作によって大陸南の田舎の山奥に収容されていた。

 名も知らぬ、山賊たちはむしろ、足が付かないと言えた。

「反騎士団、反王都勢力のシンボルにされることを警戒したためだ。あの森でお前を見つけ出すものがるはずはなかったのだがな」


「だが俺は出てきた。そして、今ここに居る」

 シリウスは、胸を張って宣言する。


「そうだよ。私が偶然通りがからなかったら、シリウスは出てくることが出来なかった」

 紅は自身が異世界から、偶然シリウスの側に転移しなければ、今ここでアルタイルの野望に立ち向かう者はいなかった。

 それは、もしかしたらアリーデの強い思いが、シリウスの元へ紅を誘ったのかもしれない。


「しかし、ここまでの全ては、私の計画通りだ」

 アルタイルは、すべてを語り尽くした。


 シリウスは、自身の運命が目の前の男によって大きく狂わされたことを思い知る。

 攻撃のタイミングを推し量っていた。


 だがその時、シリウスよりも先に飛び出した姿があった。

 槍を握りしめ、一心不乱に飛び出したのは小柄な青年の姿だった。


「イース!?」

 シリウスはこれまで冷静だった彼の、直情的な行動に驚く。


「祖国は……お前の独善的な計画によって滅びたというのか!?」

 彼は初めてといえるような、激昂を見せていた。

 アルタイルの話が終わるまで、それを必死に押さえつけていたのだろう。


「ほう、ノーティスの亡霊よ」

 だが、アルタイルはなおも悠々と立ち続ける。


「それは必要な犠牲である。善人だけの恒久世界の構築に、必要な犠牲であったのだ」

「そんな事……認める訳にはいか無いッ!」

 イースが槍を握り締め、階段を一気に駆け上がる。

 その勢いのまま、槍による連撃をアルタイルに浴びせる。

 神速の連打。


「は、はやい!?」

 紅の目ではとらえられないほど、彼の全力と言える神速の攻撃だった。


「……無駄だ。ノーティスの亡霊よ」

 だが、アルタイルには槍が届かず、傷ひとつ負っていなかった。

 イースの槍による連撃は、アルタイルの体を膜のように覆い尽くす青白い魔力の壁、魔術紋章によって防がれていたのだった。

 

「無駄かどうか、まだだ!」

 攻撃を防ぎ切ったと思った瞬間、アルタイルの眼前に迫るのは刀、『桜花』を構えたシリウスだった。

 シリウスは刀に気を込め、威力を爆発的に向上させる。

 その一撃を、アルタイルの額に向けて振り落とす。


 一瞬のうちに、両者の間に爆発が巻き起こる。

 爆風が止むとき、しかしアルタイルは依然としてそこに立ち続けていた。


「それで、終わりかね?」

 アルタイルの体を覆って守る青白い魔術紋章は、まだ消えておらず、そして彼の体は無傷であった。


「なんだと!?」

 シリウスの全力の一撃を浴びせても、あの魔力障壁を打ち破ることが出来なかった。

 その事実に驚く間もなく、アルタイルの反撃が襲い掛かる。


 その直後、アルタイルの両腕が眩く光った。

 その手に集中した魔力が、シリウスとイースに向かって炸裂する。


「グッ!?」

 腹部に連打を浴び、シリウスとイースは共に後方へ吹き飛んだ。


「大丈夫!?」

 床に転がるシリウスとイースの元に、紅が駆け寄る。

「ああ。なんとかな」

 シリウスは、片膝を突きながらも立ち上がる。

「あいつは、防御に魔力の大部分を費やしている」

 イースも立ち上がり、アルタイルの防御障壁を分析する。


「ああ。おかげで攻撃の威力は何とか耐えることができた」

 シリウスは腹部に喰らった魔力弾の威力を確かめつつ、刀を構え直す。


「なんとかして、あの障壁を突破しなければいけない」

 シリウスは傍らに立つイースに言う。

「ああ。だが、急ごう。シリウス。アルタイルの後ろにそびえたつあの装置、エリオーネに魔力を供給している。あれが十分に溜まり切ってしまうと処刑に乗り出すだろう」

「分かった。イース! 紅! コンビネーションだ。全員の一撃を合わせることで、あの魔術障壁を突破するぞ」

「うん!」

 シリウスの掛け声に合わせ、三人が動く。

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