第九十三話「闇夜の天楼」
大聖堂の廊下をシリウス、紅、イースの三人は進んでいた。
背後からは、廊下でダルクとヴァージルが戦闘を開始した音が響く。
その彼の思いを受け取り、三人は言葉を交わすことなく、けれど思いは一つに重ね、廊下を進んだ。
やがて、廊下の果て。ひとつの大扉が目の前に立ち塞がる。
「行くぞ……」
シリウスは、自然と声が重苦しくなるのを感じながらも無骨な鉄製の大扉の、その取手に手をかけた。
先ほどのヴァージルの話によれば、この先にアルタイルが居る。
決戦の時を、否応もなく実感する。
扉を開け放つと、一気に視界が開けった。そこは天井がないテラスとなっていた。
寒風が吹き付ける巨大なテラスは、膨大な数の燭台によってオレンジ色に包まれている。
向かって、前方にそびえるのは大階段だ。
まるで、演劇の舞台であるかのように一段高くなった場所があり、その先にはテラスの手すりと雄大な山々の景色が広がっていた。
時刻は日没。
今まさに、陽が山の向こうへ沈んで行った。
そして、その舞台上には一人の男が立っていた。
真っ白なローブに身を包み、蒼白な顔でこちらを見下ろす男。
騎士団長アルタイルがそこに居た。
「な、なんだあれは……」
だが、それ以上に来訪者の目を引いたのは、彼の後ろに浮かび上がる巨大な球体のシルエットだった。
まるで、巨大な砂時計の上部のみが形取られたかのような球体と、そこから垂れる一本の管がある。
球体からは、サラサラと、青白い光の粒が管に零れ落ちる。
そして、その管の下、十字架の様な拘束台に張り付けられている少女は、両目を包帯のような布で覆われ、気を失っているのかガックリと項垂れている。
「エリオーネ!!」
その姿を認め、シリウスは絶叫する。
「……来たか。反逆の咎人達よ。まさか守護する騎士達を打ち破りこの場に辿り着く者がいるとは」
アルタイルは、シリウスたちを視認し、朗々と語る。
「アルタイル、お前の野望を止めにきた。そして、エリオーネは返してもらう」
シリウスは刀『桜花』を抜き、構えながら言う。
だが、そのシリウス達の三人の顔をそれぞれ一瞥し、アルタイルは蒼白な表情を変えず語り続ける。
「……血塗られた王子よ。よく考えてみたまえ」
シリウスに向けて、刀を構えた彼に向か戦闘態勢をとるわけでもなく、語る。
「妹君を救い出して、その後はどうするつもりだね」
アルタイルの言葉は、どのような魔術よりもシリウスに刺さった。
「それは……」
思わず、彼は返す言葉が出ず、刀を握るの力が弱まる。
「貴様は殺人の罪で既に、国民達からは赦される事はない。そして、今の王都には騎士団のような実力を持つものがいなければ、統率を取ることができない。己の正義を突き通すのは構わないが、その結果善良な国民の多くが不幸になるとは思わないのかね」
「くっ……」
頭上から降り注ぐアルタイルの声に、シリウスは重圧を感じる。
この先の国民の混乱を、自分はどうすれば収めることが出来るのだろうかと。
「それはう違う」
葛藤するシリウスに代わり、答えたのはイースだった。
「事実を伝えれば、きっと国民もわかるはずだ。……すべての、事実を」
イースは槍を握る手に力を籠め、言った。
これまでの、彼自身の生い立ちも含めた、事実を。
「そうだよ! シリウスは確かに、剣を振るったかも知れない。でも、その原因はあなたの仕業でしょう? アルタイル!」
紅が続き、アリーデに聞いた事実を叫ぶ。
「……ほう。貴様は、あの女の力を受け継いだ者か。異世界からの使者よ」
その紅に対し、アルタイルはこの時初めて眉をわずかに動かした。
「そうよ。私は雛沢紅。こっちの世界でいう、異世界から来たわ。……あなたの、野望を止めるためにね」
「野望か……。そんなもの、あの女の憶測に過ぎない。事実を都合の良い方向に解釈しているだけかも知れないではないか。そして、雛沢紅よ。貴様の存在が、私の計画の中で唯一の誤算だったといえよう……。だが、まあよい。いずれにせよ、貴様らが生きて王都に帰還することは無い。ここで、消滅するのだ」
アルタイルは、紅をまっすぐ見据え、けれども脅威ではないと言わんばかりに視線を切った。
「俺は、俺の信じる道を進むだけだ。俺を信じてくれる、味方がいる限り」
シリウスは、二人の言葉に再び刀を強く握りしめ、視線を上げた。
もう迷わないと何度も決意したはずなのに、また迷ってしまう。
けれど、その度に、仲間の声で立ち上がることが出来る。
「そうか。まあよい。だが、国民のことを考える義務は、王族である貴様にはあるだろう。真に国民に対し、自由と平穏を享受することが出来るのは『最後の審判』だけなのだ」
アルタイルは手を広げ、背後に張り付けられているエリオーネを披露する。
それが、あたかも自由と平穏の象徴だとでもいうかのように。
「その最後の審判とやらで、お前は神様にでもなるつもりか」
シリウスはその様子に、更に闘志を燃やす。
エリオーネを、誰かを犠牲にした自由と平穏など、有り得ないと。
「フフッ、神様か、違うな。まあ聞きたまえ。そして理解したまえ。そうすれば、貴様たちにも新世界の素晴らしさが理解できよう」
アルタイルは、己の計画のすべてを、シリウスたちに向かい語り始める。
「最後の審判とは、市民の選別なのだ」
「市民の選別……」
それは、アルタイルが王都の上空で行った演説でも語られていた言葉だ。
「そう、文字通り、悪き心を持つ者と善なる心を持つ者の住む世界を分けるのだ。天罰神の力を使って」
「そんなこと……出来るわけがない」
紅は、アルタイルが途方もない事を言っていると否定する。
だが、アルタイルはその様子がおかしいとでも言わんばかりに、口の端を歪めた。
「出来る。その事実は、すでに雛沢紅、君自身が証明しているではないか」
「それって……!?」
その言葉に、紅を始め三人は絶句する。
「そうだ。最後の審判では、新たなる世界、異世界を作り出し、住まう市民を選別するのだ。そして、過去にも一度、世界は二分されている。異世界を創造する魔術は発動しているのだ」




