第九十二話「乙女の枷」
アイリーンとボロ人形は、コンビネーション技でウィルヘルミーナを翻弄した。
アイリーン自身も、人形を入れていた棺桶をまるでハンマーのように振り回し、ウィルヘルミーナの使役するツルを破壊する。
その間にも、操り人形が縦横無尽動き回り、ウィルヘルミーナの背後に回って羽交い締めにしようと襲い掛かる。
「ああ、もう、鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しいの!」
ウィルヘルミーナはボロ人形から逃れながら、種をバラバラとまき散らし、魔術を発動させた。
しかし、その次の瞬間はシンと静まり返り、何も起きない。
「不発でもしたのか?」
シャンクスが戦況を見守りながら、ぼんやりとつぶやく。
「いや、そんなはずがないわ」
ベアトリクスは、手に汗を滲ませる。
ウィルヘルミーナは激昂しやすい。ゆえに、その能力の高さを持っていても、組織の上位には使命されなかった。
だが、逆に言えば。
激怒した戦闘において、何をしでかすかわからない恐ろしさがある。
「……来る」
アイリーンは肌で感じる。
「ふふふ……せいぜい、肉片が残れば御の字かしらね」
ウィルヘルミーナは不敵に笑う。
次の瞬間、視界が緑の爆発に包まれた。
先ほどまき散らされた種のすべてが、棘のあるツル状の植物として急成長を果たし、圧倒的な質量の爆発を生み出す。
それはウィルヘルミーナを中心とする植物の噴水だった。
棘とツルが、四方八方からアイリーンを埋め尽くす。
「アイリーン!!」
ダルクは緑のツルに埋め尽くされてしまったアイリーンに向かって叫ぶ。
幾重にも折り重なったツルの山は、ドームのようになって、その人がまったく見えないほどに覆いかぶさった。
「……大丈夫よ」
だが、その中から声が聞こえる。
「ふうん。咄嗟にあの棺桶の中に潜り込んだのかしらね。……でも、私の植物の恐ろしさはそれだけじゃない」
緑のツルにいくつものつぼみが顔をもたげた。
やがて真っ赤なバラが咲く。
その花は、毒々しいまでの極彩色を放っていた。
「なっ、この感覚は……」
ベアトリクスでさえも、彼女の本気の攻撃を目の当たりにするのは初めてだった。
「どうかしたのか?」
シャンクスは驚愕するベアトリクスに尋ねる。
「魔力が吸い取られていく……そんな感じがします」
「ご名答。さすがはベアね。この草花は、周囲の魔力を吸い取り成長し、可憐に花を咲かせるの」
「つまり、その中に居る女は、カラッカラに干からびちゃうってわけ」
「アイリーン、脱出しろ!」
ダルクは中のアイリーンにむかっていうが、「アハハッ! 無駄よ。そのツルはそんな簡単には引き裂けないの。そして、魔術で燃やそうとしても無駄。魔術を詠唱でもしようものなら、そこから魔力を吸い取ってしまうもの」
ウィルヘルミーナは高笑いをする。
一同は息をのみ、心配そうにツルの山を見つめることしかできなかった。
「だーいじょうぶ。お姉さんに任せなさい」
その一声と共に、ツルの山を切り裂いて飛び出してきた人影が見えた。
そして、それはそれまでのアイリーンの姿ではなかった。
ボロ人形の体をまさに、着ぐるみのように身に纏ったアイリーンがそこには立っていた。
「なんなの!? 気味が悪いわ!」
「いやー。食虫植物を使役する人に言われる筋合いはないけどね」
アイリーンがボロ人形の、ちょうど口がカッパリ空いた場所から顔をだし、言い返す。
「でもまあ、私もこの見た目は結構アレだからなるべく使いたくなかったんだけどね」
と苦笑いをしながら続ける。
アイリーンのこの姿は、彼女の得意とする人形を使役する魔術を応用したもので、その人形を自分自身ととらえて、自身の体を使役する。
だが、その動きは、魔力により強化される。
その分、反動として肉体の損傷を無視した行動をとってしまう諸刃の剣でもある。
「さ、反撃開始よ」
アイリーンが跳躍し、ツルの山を飛び越え、ウィルヘルミーナに肉薄する。
「ちょっと攻撃を防いだくらいで、調子に乗るんじゃないわよ!」
ウィルヘルミーナは再び、ツルを使役しアイリーンを襲うが、彼女にはもうツルの槍程度では効果がない。
アイリーンが腕を振るだけでツルは飛散し、破壊される。
「お返し、くらいなっ!」
アイリーンの拳がウィルヘルミーナの頬を直撃する。
ウィルヘルミーナが後方に吹き飛び、尻もちをついた。
「ぐっ……」
「命まで取るつもりはないの。ただ、ここを開けてくれればいい」
アイリーンはウィルヘルミーナを見下ろしていう。
しかし、彼女は怒りに眉間に深い皴を刻み、アイリーンを憎々しく見上げるのみだった。
「……ブチ殺す。ブチ殺してやるからなァッ!」
その時、ウィルヘルミーナの腕が暴発的に変容した。
彼女の両腕が、その肩から先がまるで大樹が生えたかのように、太い木の幹に変化し、ズルズルと音を立てて成長し伸び続けている。
「うわっ!?」
その様子にアイリーンは息をのむ。
「後悔させてやるわッ!」
ウィルヘルミーナは激情のまま、その大樹の腕を振り回し、アイリーンを横薙ぎに吹き飛ばす。
彼女の体は吹き飛び、床を転がる。
だが、大樹の攻撃はそれでは止まない。
ウィルヘルミーナの腕はフロアの壁を大きく破壊し、瓦礫を吹き飛ばしながら振りあがり、アイリーンの転がる床を目掛けて雨のように降り注いだ。
「アアハハハハ!?」
ウィルヘルミーナが狂喜乱舞しながら、その樹木の腕で、アイリーンの体を掴み掲げる。
「あ、くっ……!?」
アイリーンの人形の鎧は解除されており、生身の彼女が掴まれている。
さらに、その首を握られ、声が出せない。
「アンタの使役魔術は言葉が始動キーなのよねぇ。だから、声が出せなければ、攻撃もできない」
「う、くっ」
「残念だけど、このままへし折っちゃおうかしら」
「……ど、どいつもこいつも、私の首、掴むんじゃないわよ……」
アイリーンは、震える声を絞り出す。
「……もう、ブチ殺していいか」
アイリーンは、呟いた。
「ハァ??」
ウィルヘルミーナはその言葉に、怒り、握る手に力を籠める。
だが、異変に気が付く。
フロアに、地鳴りのような音が響く。
ゴロゴロと、カタカタと。
その辺り一帯にある瓦礫、破片、石壁などが、糸で吊るされたかのように、振動を始める。
「これは……」
ウィルヘルミーナは疑問を抱く。
アイリーンが使役しているには、数が多すぎる。
「……つぶせ」
アイリーンが指を動かす。
かすれる声で、何とか指示をする。
それは、彼女の最大魔術。
そのフロアに散らばる瓦礫や人形の廃部品が。
すべてが意思をもち、立ち上がる。
「もう、彼の足手まといにはならないって決めたんだから」
アイリーンの合図によって、その物体全てがウィルヘルミーナに襲い掛かる。
それはもはや、人形を操る次元にない。
まるでおもちゃ箱をすべて、ひっくり返してしまったみたいに。
質量の暴力に、ウィルヘルミーナは押しつぶされるしかなった。
「あああああ!?」
巨大な大木の腕を、必死にもがくが、彼女の足、胴体、顔は瓦礫の雪崩に巻き込まれる。
拍子にアイリーンを放し、そのままウィルヘルミーナは、破壊された塔の壁から押し出され、墜落していった。
「ハァ、ハァ。まったく、人の首をなんだと思っているの」
アイリーンは吐き捨てながらも、埃を払い立ち上がる。
「さ、任務の続きよ」
一行を振り返り、快活に笑った。
「まったく、末恐ろしい女だぜ……」
ダルクは、独り言のようにぼやいた。
ちなみに、ダルクは初対面の女性のほとんどを口説いてきたが、アイリーンだけは口説いたことが無い。
「でもよ、この人、生きてるのか……?」
シャンクスは、拘束されているゲヘナに歩み寄る。
彼の体は、両腕を鎖で天井からつるされ、気を失っている。
「ええ。これは天罰術式による捕縛魔術ですね。大戦でも、使用されたものでしょう」
ベアトリクスがその様子を検分しながら言う。
「少年、鎖切っちゃってよ」
アイリーンがシャンクスに依頼する。
「え、お、おう……」
シャンクスは恐る恐る、その鎖にダガーを当てる。
切っていいのだろうか。彼は脳内で考える。
あの大戦で、シャンクスは話でしか知らないけれど。
多くの人を消し去った張本人だ。
もしかしたら、自身の両親を帰らぬ人にしたのも……?
(いいや、違うだろ。いまはエリオーネを助けるんだ。そのために、こいつの力は絶対に必要だろ)
シャンクスは頭を振り、迷いを振りほどく。
今は、頼れるものは何でも頼るしかない。
「いくぜ……」
シャンクスは握るダガーに力を籠める。
鎖は破裂音と共に、ついに解き放たれる。
その男は自重で落下し、そして立ち上がる。
「おはよう。英雄さん」
「……くそっ、お前に助けられるのはこれで何度目だ」
ゲヘナは、悪態をつきながらもアイリーンの顔を認める。
一同はついに、ゲヘナを開放することに成功する。




