第九十一話「花弁の棘」
全力を出し切り、項垂れるダルクの背後に、足音が響く。
その音に、ダルクは一瞬、思考する。
この足音が、騎士団の別の人間の者であれば、俺は終わりだ。
もう、何の抵抗もする力は残っていないと。
コインの表か、裏か。
ダルクは、目を閉じた。
「……お疲れさん」
その頭上から降り注いだのは、聞き覚えのある女性の声だった。
「……んだよ。表か」
「ん?」
その声の主、アイリーンは膝をつき呆然とするダルクの肩をポンポンと叩き、ねぎらった。
「な、なあ。アイリーン。こいつは仲間なのか?」
その背後に、バンダナを巻いた少年と乳白色の鎧を身に纏った女性が居た。
ダルクは面識がなかったが、どうせアイリーンのことだ。道中で拾ったのだろうと推測する。
「そうよ。私の組織の仲間よ」
仲間、か。
そう呼ばれることに違和感が無くなった自分自身に、苦笑する。
「その様子じゃ、珍しく本気で頑張ったのね。お疲れさんだよ」
アイリーンはうんうん頷いている。
「ああ、例の者はおそらくこの階段の上だ。廊下の先は、俺の仲間が、向かってる」
「ん、了解」
そういうと、アイリーンは背負っていた棺桶を下ろし、中にむかって「おいで」と合図を出した。
そうすると、棺桶の中から、不気味な人形が顔をだす。
「抱えて」
アイリーンの指示に従い、人形はダルクをお姫様抱っこ状態で抱え上げる。
「なあおい」
「行くのよ。一緒に」
「まじかよ……」
ダルクはその恰好に不満気だが、ここに放置されるわけにもいかない。
それに、抵抗するだけの力も残っていなかった。
***
アイリーンに続いて、三人と一体はグルグルと階段を上った。
それは、大聖堂の外からも見えていたそびえたつ塔の部分であり、果てしないほどの高さに感じた。
「ああーいいな。俺も担いでもらおうかな」
シャンクスは疲れてきた膝をさすりながら言った。
「おっと、少年。君が一番元気そうなんだけどねぇ」
アイリーンは茶化すように言う。
「……それより、お前たちはいつの間にここについたんだ」
ダルクはアイリーンに尋ねる。
「ん? 私が一番乗りだったね」
アイリーンが目覚め、聖地の橋を渡った後、イズがその橋の上に立ちふさがったという。
「本当は、ワイルクレセントの使者が来るまで待つつもりだったんだけどね。あの黒い騎士が来ちゃったから」
タイミングを見計らいながら、木陰から覗いていたという。
「それで、俺たちがヤバくなった時に助けてもらったってわけよ」
シャンクスは「間一髪だったけどな。……てか、見てたんならもう少し早く助けに来てくれよ」という。
「それで、私たちはこの大聖堂まで来たんだけど、各階に騎士団が待ち構えている様子だったし、私たちの中で戦える戦力が少ない事もあったからさ。先に王子様御一行に行ってもらったの」
「ということは、俺たちがグルードやヴァージルと戦っているのも見ていたってわけかよ……」
「うん。まあね」
アイリーンはあっけらかんという。
「……だからこうして、助けに来たんだってば!」
ダルクの冷めた視線を浴び、弁解のようにアイリーンは言った。
そんな会話をしているうちに、一同は階段を上り切った。
そこは、一つの円形の広い部屋だった。
まるで、灯台の様だと、ダルクは思った。
そして、その部屋には、一人の女性が立っていた。
「来たわね。まさか、イズやヴァージル、グルードを退けたということかしら」
そこに居た女性こそ、白いローブに褐色の肌。
騎士団第六番の女性、ウィルヘルミーナだった。
「そうよ。まあ、やったの私じゃないけど……」
「ふうん。ベア、生きていたのね」
ウィルヘルミーナはアイリーンを興味なさそうに一瞥した後、その背後に居るベアトリクスを見て言った。
「ええ。ウィル。イズは、谷底に落ちたわ」
「そう。ま、死んだかどうかはわからないわけね」
「なんだ、ベアトリクス。こいつとも因縁があんのか?」
シャンクスは尋ねるが、ベアトリクスは「イズほどではないわ」という。
「ベア。あなたとは同僚としても、尊敬していたわ。けれど、貴方は七番で私は六番。常に、劣等感を植え付けられる存在でもあった」
ウィルヘルミーナは静かに、ベアトリクスの言葉を聞きながら語り始める。
「それなのに、貴方は無様に逃走した。……それだけで、十分な因縁ではないかしら?」
ウィルヘルミーナが敵意をむき出しにして言う。
「だ、け、ど! ここは私に任せてもらうわ」
前に躍り出したのは、アイリーンだった。
「手負いの二人はもちろん任せられないし、少年にはまだやってもらうことがありそうだしね」
「ふうん。あなた、一体何なの?」
ウィルヘルミーナがアイリーンを見て言う。
「私は、返してほしいだけよ。貴方の背後に拘束されている、その人をね」
アイリーンが指さす。
そのウィルヘルミーナの背後に居るのは、鎖に繋がれ、気を失っている人物だった。
「ゲヘナ……」
ダルクは、アイリーンの人形からそっと降ろされ、壁にもたれながら呟いた。
かつて、大戦ではノーティスの悪魔、あるは地獄と称された悲劇の英雄が、そこに居た。
「あれが……」
シャンクスも、言葉を失いその姿を眺める。
「そう、そうなのね。こんなものを求めるなんてね……力を利用したいだけ? それともまさか、個人的に好意を抱いていたりとか?」
アッハハとウィルヘルミーナは嘲笑する。
それをアイリーンはニッと笑って受け止める。
「そういうんじゃないの。ただ、私は悪いヤツを見るとほっとけないのよ」
「そういう冗談、ほんとつまんないわ」
ウィルヘルミーナは今度は怒の感情を出す。
「気をつけてください、彼女の戦闘能力は侮れません」
ベアトリクスはアイリーンに警告する。
「任せて。お姉さんだって、たまにはいいとこ見せないとね」
そういうと、操り人形と共に一歩、前に踏み出した。
「いいわ。その薄汚い人形ごと、バラバラにしてあげる」
ウィルヘルミーナは腕をすっと、前に差し出した。
そして、その手のひらから、粒のようなものが零れ落ちる。
「気を付けて! 彼女は植物を使役します!」
ベアトリクスが忠告する。
「うっさいわ、ベア。黙ってよ」
その途端、ウィルヘルミーナが撒いた種が、瞬く間に発芽し、幹が伸びる。
ツル状の植物は、まるで生き物であるかのようにのたうち回り、激しいスピードで槍のようにベアトリクス目掛けて飛来する。
「防いで!」
アイリーンの指示により、体長二メートルはあるボロ人形の足が繰り出される。
ウィルヘルミーナの使役するツルを蹴り飛ばし、ベアトリクスを守った。
「きったない足出すんじゃないわよ!」
ウィルヘルミーナはさらに、ツルの方向を変えて、アイリーンの操る人形を襲った。
四方八方から迫りくるツルに、人形の四肢は捕縛される。
そのまま、ギリギリと引き絞られる。
「くっ……でも、人形だから痛覚とかはないのよね」
アイリーンは眉をしかめる振りだけをして、ポツリといった。
「解除」
アイリーンの合図によって、人形は四肢からボロボロと崩れ落ちた。
ツルは掴んでいたはずの人形を取りこぼす。
「再開」
そして、再びアイリーンの合図によって崩れ落ちた人形の破片は、再生されその異形の人型を復活させる。
「ふうん、そうなのね。人形をいくら壊そうとも、意味がないのね。じゃあ、術者をつぶすまでよ!」
ウィルヘルミーナが、今度はアイリーンに向けてツルを使役する。
ビタビタとのたうち回るツルは、アイリーンの腕に絡みつく。
「ほどいて」
だが、アイリーンの指示一つで、人形が動き、そのツルを手刀で切断する。
「私を守ってくれるのよ。いいでしょ」
アイリーンは人形と肩を組んでウィルヘルミーナに向かって笑った。




