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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十一話「花弁の棘」

 全力を出し切り、項垂れるダルクの背後に、足音が響く。

 その音に、ダルクは一瞬、思考する。


 この足音が、騎士団の別の人間の者であれば、俺は終わりだ。

 もう、何の抵抗もする力は残っていないと。


 コインの表か、裏か。


 ダルクは、目を閉じた。


「……お疲れさん」


 その頭上から降り注いだのは、聞き覚えのある女性の声だった。


「……んだよ。表か」

「ん?」


 その声の主、アイリーンは膝をつき呆然とするダルクの肩をポンポンと叩き、ねぎらった。


「な、なあ。アイリーン。こいつは仲間なのか?」

 その背後に、バンダナを巻いた少年と乳白色の鎧を身に纏った女性が居た。

 ダルクは面識がなかったが、どうせアイリーンのことだ。道中で拾ったのだろうと推測する。


「そうよ。私の組織の仲間よ」

 仲間、か。

 そう呼ばれることに違和感が無くなった自分自身に、苦笑する。


「その様子じゃ、珍しく本気で頑張ったのね。お疲れさんだよ」

 アイリーンはうんうん頷いている。

「ああ、例の者はおそらくこの階段の上だ。廊下の先は、俺の仲間が、向かってる」

「ん、了解」

 そういうと、アイリーンは背負っていた棺桶を下ろし、中にむかって「おいで」と合図を出した。

 そうすると、棺桶の中から、不気味な人形が顔をだす。


「抱えて」

 アイリーンの指示に従い、人形はダルクをお姫様抱っこ状態で抱え上げる。

「なあおい」

「行くのよ。一緒に」

「まじかよ……」

 ダルクはその恰好に不満気だが、ここに放置されるわけにもいかない。

 それに、抵抗するだけの力も残っていなかった。


***


 アイリーンに続いて、三人と一体はグルグルと階段を上った。

 それは、大聖堂の外からも見えていたそびえたつ塔の部分であり、果てしないほどの高さに感じた。

「ああーいいな。俺も担いでもらおうかな」

 シャンクスは疲れてきた膝をさすりながら言った。


「おっと、少年。君が一番元気そうなんだけどねぇ」

 アイリーンは茶化すように言う。


「……それより、お前たちはいつの間にここについたんだ」

 ダルクはアイリーンに尋ねる。

「ん? 私が一番乗りだったね」

 アイリーンが目覚め、聖地の橋を渡った後、イズがその橋の上に立ちふさがったという。


「本当は、ワイルクレセントの使者が来るまで待つつもりだったんだけどね。あの黒い騎士が来ちゃったから」

 タイミングを見計らいながら、木陰から覗いていたという。


「それで、俺たちがヤバくなった時に助けてもらったってわけよ」

 シャンクスは「間一髪だったけどな。……てか、見てたんならもう少し早く助けに来てくれよ」という。


「それで、私たちはこの大聖堂まで来たんだけど、各階に騎士団が待ち構えている様子だったし、私たちの中で戦える戦力が少ない事もあったからさ。先に王子様御一行に行ってもらったの」

「ということは、俺たちがグルードやヴァージルと戦っているのも見ていたってわけかよ……」

「うん。まあね」

 アイリーンはあっけらかんという。


「……だからこうして、助けに来たんだってば!」

 ダルクの冷めた視線を浴び、弁解のようにアイリーンは言った。


 そんな会話をしているうちに、一同は階段を上り切った。


 そこは、一つの円形の広い部屋だった。

 まるで、灯台の様だと、ダルクは思った。


 そして、その部屋には、一人の女性が立っていた。


「来たわね。まさか、イズやヴァージル、グルードを退けたということかしら」

 そこに居た女性こそ、白いローブに褐色の肌。

 騎士団第六番の女性、ウィルヘルミーナだった。


「そうよ。まあ、やったの私じゃないけど……」

「ふうん。ベア、生きていたのね」

 ウィルヘルミーナはアイリーンを興味なさそうに一瞥した後、その背後に居るベアトリクスを見て言った。

「ええ。ウィル。イズは、谷底に落ちたわ」

「そう。ま、死んだかどうかはわからないわけね」

 

「なんだ、ベアトリクス。こいつとも因縁があんのか?」

 シャンクスは尋ねるが、ベアトリクスは「イズほどではないわ」という。


「ベア。あなたとは同僚としても、尊敬していたわ。けれど、貴方は七番で私は六番。常に、劣等感を植え付けられる存在でもあった」

 ウィルヘルミーナは静かに、ベアトリクスの言葉を聞きながら語り始める。

「それなのに、貴方は無様に逃走した。……それだけで、十分な因縁ではないかしら?」

 ウィルヘルミーナが敵意をむき出しにして言う。


「だ、け、ど! ここは私に任せてもらうわ」

 前に躍り出したのは、アイリーンだった。

「手負いの二人はもちろん任せられないし、少年にはまだやってもらうことがありそうだしね」

 

「ふうん。あなた、一体何なの?」

 ウィルヘルミーナがアイリーンを見て言う。

「私は、返してほしいだけよ。貴方の背後に拘束されている、その人をね」

 アイリーンが指さす。

 そのウィルヘルミーナの背後に居るのは、鎖に繋がれ、気を失っている人物だった。


「ゲヘナ……」

 ダルクは、アイリーンの人形からそっと降ろされ、壁にもたれながら呟いた。

 かつて、大戦ではノーティスの悪魔、あるは地獄と称された悲劇の英雄が、そこに居た。


「あれが……」

 シャンクスも、言葉を失いその姿を眺める。


「そう、そうなのね。こんなものを求めるなんてね……力を利用したいだけ? それともまさか、個人的に好意を抱いていたりとか?」

 アッハハとウィルヘルミーナは嘲笑する。

 それをアイリーンはニッと笑って受け止める。


「そういうんじゃないの。ただ、私は悪いヤツを見るとほっとけないのよ」


「そういう冗談、ほんとつまんないわ」

 ウィルヘルミーナは今度は怒の感情を出す。

「気をつけてください、彼女の戦闘能力は侮れません」

 ベアトリクスはアイリーンに警告する。

「任せて。お姉さんだって、たまにはいいとこ見せないとね」

 そういうと、操り人形と共に一歩、前に踏み出した。


「いいわ。その薄汚い人形ごと、バラバラにしてあげる」


 ウィルヘルミーナは腕をすっと、前に差し出した。

 そして、その手のひらから、粒のようなものが零れ落ちる。


「気を付けて! 彼女は植物を使役します!」

 ベアトリクスが忠告する。


「うっさいわ、ベア。黙ってよ」

 その途端、ウィルヘルミーナが撒いた種が、瞬く間に発芽し、幹が伸びる。

 ツル状の植物は、まるで生き物であるかのようにのたうち回り、激しいスピードで槍のようにベアトリクス目掛けて飛来する。


「防いで!」

 アイリーンの指示により、体長二メートルはあるボロ人形の足が繰り出される。

 ウィルヘルミーナの使役するツルを蹴り飛ばし、ベアトリクスを守った。


「きったない足出すんじゃないわよ!」

 ウィルヘルミーナはさらに、ツルの方向を変えて、アイリーンの操る人形を襲った。

 四方八方から迫りくるツルに、人形の四肢は捕縛される。

 そのまま、ギリギリと引き絞られる。


「くっ……でも、人形だから痛覚とかはないのよね」

 アイリーンは眉をしかめる振りだけをして、ポツリといった。


解除(おしまい)

  

 アイリーンの合図によって、人形は四肢からボロボロと崩れ落ちた。

 ツルは掴んでいたはずの人形を取りこぼす。


再開(あそぼ)


 そして、再びアイリーンの合図によって崩れ落ちた人形の破片は、再生されその異形の人型を復活させる。


「ふうん、そうなのね。人形をいくら壊そうとも、意味がないのね。じゃあ、術者をつぶすまでよ!」

 ウィルヘルミーナが、今度はアイリーンに向けてツルを使役する。

 ビタビタとのたうち回るツルは、アイリーンの腕に絡みつく。


「ほどいて」

 だが、アイリーンの指示一つで、人形が動き、そのツルを手刀で切断する。


「私を守ってくれるのよ。いいでしょ」

 アイリーンは人形と肩を組んでウィルヘルミーナに向かって笑った。

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