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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第九十話「交差の反撃」

 シリウス、紅、イースの三人が廊下の進むの見送った。

 その直後、ダルクは魔導銃を発砲し攻撃を開始する。


 ヴァージルはその腕の動作、魔導銃の挙動、そして弾道を見切り、これまでの戦いと変わらず回避を続ける。

 だが、ダルクは魔導銃に装填されている弾薬を素早く切り替え、今度は地面に向けて発砲する。 

 それまでは単発の弾丸を発砲していたが、今度は地面に衝突すると爆散する炸裂弾を放った。


「おっと!」

 地面の炸裂弾を回避するために、ヴァージルは跳躍する。

 それと同時に、飛んだ勢いのまま攻撃の為にダルクへの距離を一気に詰める。


「もやしっ子の工作には付き合う趣味はないんでね」

 ヴァージルは拳に力を籠め、ダルクの脇腹当たりを狙う。

「ひどい言われようだぜ。工作だって結構役に立つんだ」

 ダルクは懐から、薬莢を放った。

 それは繰り出されたヴァージルの拳に激突し、激しい閃光を放つ。


「くっ、閃光弾か……」

「こいつは特別製でね。なかなか目が開かなくなるぜ」

 いつの間にか、どこから取り出したのか、ダルクは丸いサングラスを装着していた。

 一方、強烈な閃光を浴びたヴァージルは、目を開けることが出来なくなる。


「くっ……目が見えないのは確かに不利だな……だが」

 ヴァージルは目を瞑ったまま、けれど彼の背後に向かって拳を突き出す。

 その拳は、ダルクの耳の横をかすりながら通過した。


「おおう、すげえな。まさか頭の後ろにも目がある特異体質とか言わないよな」

「くくっ、そうだったらオモシロかったんだがな」

 気障な二人は戦闘中でもジョークを欠かさない。

 ダルクは、ヴァージルの所作をつぶさに観察する。

 

「音を聞いただけで、居場所がわかるのか……その記憶ってのは便利なんだな」

「そうさ。すべてを記憶していけば、いつかは万物の成り立ちを理解できる気がしてね。騎士団に居ると、いろいろ面白い経験ができるもんだ」

 ヴァージルは目を瞑ったまま、けれどもダルクの方を見据えながら言った。

 

「それがお前の戦う理由か?」

「そうかもな。俺はすべてを記憶できる……だから、いつかはすべてを理解したい、そんなくだらない願望のためだけに生きているのさ」


 ヴァージルとダルクは言葉を交わす。

 けれども、それはあくまで時間稼ぎ。

 お互い、次の攻撃の糸口を脳内において高速で計算していた。

 

「それならこいつで、どうだ」

 ダルクは、今度は腰に巻いたベルトに下げたバックパックから、細かい粒のようなものをばらまく。

 それは地面にあたるとバチバチという音と共に弾けた。


「この音は、エレボックの実……フィールドワークも得意なのかい」

 ダルクが撒いたものは、エレボックという樹木になる木の実だ。

 これは、実が割れた瞬間に痺れる魔力が放出される、魔力を帯びた植物だ。

 この実を食べようとした動物を痺れさせて捕獲し、その根から放出される溶解液で養分とする植物である。

 

「冒険の合間に、いろいろ採取しているのさ」

 そのエレボックの実が弾ける音は、バチバチと耳に刺さる音であり、目をつぶされ、耳に感覚を研ぎ澄ましていたヴァージルはおもわず眉間にシワが寄る。


「五感をつぶすとは……いやらしい戦い方をするもんだな」

「もやしっ子なりの処世術ってやつさ」

 ダルクはそういいながら、魔導銃を発砲する。

 その撃鉄音を反射神経で聞き取り、ヴァージルはなおも回避する。


「そういう姑息なやつは……大嫌いなんだ。真っ正面からぶつかってくる熱血的なガキの方が好みでね」

「そりゃ、簡単に倒せるからだろ?」

 二人は言葉を何度も交わしながら、戦闘を続ける。

 だが、ヴァージルはこれまでの余裕の笑みはなく、徐々に額に青筋が浮かび上がっていた。


「そうだ……。本気を出さなくても倒せるからだッ!」


 ズンと、そのフロアが振動した。

 それは、ヴァージルが放った気合の衝撃だった。


 カッと、目を強引に見開く。

 閃光弾の影響で、しばらくは開くことが出来ないのに強引に開けた瞳は、真っ赤に充血していた。


「耳鳴りさえも、鬱陶しい」

 ヴァージルは自身の耳を両手ではたく。

 耳の穴からわずかに血が流れ落ち、「これでよし」といった。


「おいおい、そんな脳筋みたいなマネすんのかよ……」

 ダルクは、その激昂した男の様子に絶句する。


「覚悟しろよ、もやし野郎」

 ヴァージルは真っ赤な瞳で、ダルクを指さす。


 ヴァージルは足に力を籠めた。その瞬間、足元の地面が爆発し、一瞬のうちにダルクの眼前に迫る。

 ダルクは逃れようとするも、先ほどまでとは比べ物にならないスピードのヴァージルの腕に襟元を掴まれる。


「おおおお!?」

 ダルクも思わず叫びが漏れる。


 掴まれた姿勢のまま、廊下の壁に背中から打ち付けられる。

 ガンガンと視界が揺れ、背中には激痛が走る。

 何度も、何度も壁に叩きつけられ、しまいには地面に放り捨てられ、転がされる。

 その衝撃で、ダルクが身に着けていた様々な道具が飛散してしまった。


「か、はぁ!?」

 何とか息を吸い込み、相手の様子を確認すると、視界の上にはヴァージルの拳が落石のように降り注いでいた。

 それを、地面を真横に転がり、回避する。

 先ほどまでダルクの頭があった場所に拳が撃ち落され、床には大穴が開く。

 

「ふんッ!」

 だが今度はヴァージルつま先が、振り子のように打ち出され、ダルクの腹部に激突する。

 そのまま、ボールのように蹴り上げられ、ダルクの体は天井に衝突した。


「あ……く……」

 自重で、床に膝から着地する。

 膝をついた中腰姿勢のダルクに、ヴァージルは両の拳を合わせ、ハンマーのように振り上げる。


「歯、食いしばれよ。もやし野郎」

「うっせぇ、脳筋ジジイ」

 ダルクは、口から血を吹き出しながらも、もはや感覚がなくなった腕を振り上げ、魔導銃を構える。

 弾薬は何でもいい、あいつに発砲できれば……。

 

 だが、そう思うダルクが魔導銃の引き金を引くよりも早く、ヴァージルの拳が振り落とされる。

 それは、魔導銃の銃身に直撃し、銃を爆散させた。


「あっ……くそっ」

 粉々に砕け散る魔導銃の破片が、スローモーションのようにダルクの視界を舞う。

 長年愛用した、自作の銃は眼前の男によって粉砕されてしまった。


「まだ、終わらんぞ」


 ヴァージルは拳を振り下ろした姿勢から、肩を突き出してダルクの顔面を跳ね飛ばす。

 ダルクは吹き飛び、廊下の壁に激突しずるずると床に落ちた。


「ふんッ。雑魚め。俺は一度動かした筋肉のことまで、記憶している。すなわち、体の最も効率のいい動かし方を理解しているということだ」

 その分、疲労感はとてつもないが、とは言葉にはしなかった。

 ヴァージルの体の筋肉は、ビクンビクンと痙攣している。

 彼の体の、百二十パーセントを引き出す扱い方は、その分反動もすさまじい。

 

 けれども、ダルクはダラリと垂れ落ちたまま、床に座り込みピクリとも動かない。


「死んだか」

 ヴァージルは嘲笑しながら、歩み寄る。


「……か、勝手に殺すんじゃねぇよ」

 ダルクは、それでも震える足で、壁に手をつきながら立ち上がった。


「ちょっとだけ、息を整えてたのさ」

 もはや、いつもの気障でハンサムな顔はどこにもない。

 数々の打撃により、腫れ、流血した痛々しい顔であった。

 

「まだそんな虚勢を張る元気があったとはな。だがどうだ、お前のご自慢のオモチャはもうない。あるのは、おのれの肉体ただ一つだ」

 ヴァージルはパンパンと手のひらと拳を合わせ打ちながら、パンチの構えをとる。

「そうさ。……俺の、全身の力を込めたパンチをお見舞いしてやるよ」

 それに呼応するかのようにダルクも腕を持ち上げる。


「くっ……面白い。いいだろう。特別にお前の名前を記憶しておいてやるよ」

 死にゆく名前は憶えない主義の、この俺がな。という言葉と共に、ヴァージルは拳に力を籠める。


 ダルクは、ふらふらと立ち上がり、弱弱しいファイティングポーズをとる。

 

 両者の、肉体だけの攻撃。


 バッと地面を蹴ったヴァージルの、その右の拳は、まっすぐにダルクの顔面を狙う。

 それに対抗して、ダルクも決死の右ストレートを放つ。


「馬鹿め……お前の肉体、筋肉の動き、仕草を見て、俺の記憶と照らし合わせれば、結果は自ずと導き出される。その攻撃は通用しない」

 ヴァージルの剛腕による拳が、ダルクの顔面を直撃する。 

 記憶から導き出される計算結果は、そうなるはずであった。


「……甘いんだよ。切り札は最後まで取っておくものさ」


 その時、ダルクの右腕がまばゆく光り出す。

 それは、全身に巡る力を一か所に集約した力の奔流。


 まさしく、気の力だった。


「な、なんだと!?」

「誰が、俺自身がへなちょこだって言ったんだ? ……実は俺自身もめっちゃ強いんだよ」

 ダルクはボロボロの顔で、けれども不敵に笑う。


 これまで、どんな敵を相手にしても、シリウスやイースといった味方にさえも見せなかった彼の本当の実力。

 彼は世界を渡り歩き、ありとあらゆる武術を身に着けていた。

 それは、気でさえも、既に習得済みであった。


「思い知れッ!」


 ダルクのクロスカウンターが、ヴァージルの顔面に突き刺さる。

 その瞬間、力が爆発し、ヴァージルの体は吹き飛んだ。


 彼の体はその勢いのまま、神殿の廊下の壁を突き破った。

 ヴァージルの体は、雪山の彼方へ飛んで行った。


「……ちっ、派手にやられちまったぜ……階段の上、いかねえと……」

 だが、ダルクも無傷ではない。

 その場に膝から崩れ落ちた瞬間、力が抜けてしまった。


「ちくしょう。ここまで来たって言うのよ」


 力を振り絞り、立ち上がることすらできない。

 

 その時、背後から廊下を進み来る足音が聞こえた。

 

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