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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第一章 出会いと始まり
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第九話 盗賊と好み

 隣に直結した天窓から光の差す遺跡は、長い廊下のように続き、終わりが見えないくらいだった。

 さすがに天井から脱出するのは不可能な高さである。


 シリウスと紅は並んで歩き、シリウスは片手に大事そうに壺を抱えていた。

「ねぇ、それどれ位の値段で売れるかな?」

「どうだろうな。でも指輪の時とは比べ物にならないくらいにはなるだろ」

 シリウスもどことなくうれしそうにしている。

 紅がいなかったらスキップでもしてしまいそうだ。


 紅にはこの世界の物価がよくわからないので、その壺がどれほど貴重なものか分からないが、シリウスの様子を見れば、相当なレア物だと分かった。


「……っ?」

 シリウスが急に足を止め、腕を真横に突き出した。

 紅はちょうどその腕にぶつかった。

「わっ、ちょっとシリウスどこ触って―――」

「上だ! 気をつけろ!」

 急にシリウスが叫んだ。

 その次の瞬間、天窓の方からチカッと光るものが風を切る速度で飛んできた。


「えっ?」

 呆気にとられている紅を尻目に、シリウスが勢い良く剣を振りぬき、そのまま何かを打ち落とした。

 キィンという金属音とともに、地面にクナイのようなものが転がった。

「暗器の類か……?」

 暗器とは、身に隠して簡単に持ち運べる武器のようなものだ。

 クナイなんかは、紅にとって漫画や映画等で忍者が使っているイメージがある。


「おい、あの天井を魔術で打ち落とせるか?」

「わかった、やってみる」

 まだゴーレムとの戦闘の疲労が残っているが、炎剣の一本、それも威力が最小クラスのものなら発生させることが出来た。

 さっきまでと同じ要領で炎剣を弓矢のように飛ばし、天井の一角、暗器の飛んで来た辺りを吹き飛ばす。

 瓦礫が降ってくる中に、小柄な少女が混じっていた。


「いってて、なんだ? 魔術師が混ざってたのか? ちくしょう」


 起き上がった少女は悪態をつきながらこっちを見た。

 年齢は紅よりも少し幼く、ホットパンツにベルトを二本交差させて、そのベルトに色々な武器が提げられている。

 そのうえ、上着として羽織っているコートは膝に届くぐらい長く、袖も手首まですっぽりと納まっている。ジャラジャラ鳴っているところを見れば、コートにも武器がいっぱい隠されているのだろう。


「お前、もしや盗賊か何かか?」

 シリウスが警戒するように唸る。

「ふん、そんなこと見れば分かるじゃない。珍しい壺を持ってるわね」

「おい、ちょっと持ってろ」

 紅に壺を投げ渡し、シリウスは剣を構えて前に躍り出る。

 

「ふふっ、かかってくる?」

 余裕たっぷりな女盗賊に、シリウスは大きく剣を振り下ろした。

 盗賊はバックステップを踏み、距離を取ると、袖からジャラジャラ鳴る鎖を取り出した。


 次の瞬間には、鎖の端がシリウスの頭蓋骨目掛けて射出されていた。

「クソッ!?」

 咄嗟の判断で剣を当て軌道をそらすが、巧みに操作された鎖の先には分銅のようなものがついていて、剣ごとシリウスの体を絡め取ってしまった。

「ふふふ……残念でした」

 盗賊の持つ反対側の端には草を刈るような鎌がついている。

 それをヒュンヒュン回して笑みを浮かべていた。

(ちっ、鎖鎌か。厄介だな……)

 シリウスの剣と鎖鎌は相性が悪い。

 もしかしたらシリウスの武器に合わせて、盗賊も使用する武器を選択したのかもしれない。

(だが、まだまだ行ける!) 

 シリウスは自分の体に巻きついた鎖を大きく引いた。

 突然力が加わったため、鎖でつながっている盗賊もバランスを崩す。

 ここで安易に鎌を投げてしまっては意味が無い。盗賊も鎖を引っ張り立て直す。

 しかし。

「何っ!?」

 シリウスが既に眼前の距離まで迫ってきていた。

 しかも距離が縮み、鎖が弛んだことで解けかかっている。

 剣で鎖鎌を盗賊の手から弾き落とすと、そのままの勢いでのしかかるように押し倒した。

 シリウスは馬乗りの状態になり、盗賊の動きを封じる。


「ふふん、結構戦い慣れてるんだね。でも、まだだよ」

 しかし、盗賊は依然として余裕の態度を崩さない。


 シリウスは反射的に身を捩ると、つい先ほどまでシリウスの顔があったところを、投げナイフが通過していた。

 どうやら盗賊の袖に仕込まれていたようだ。

 その隙を狙い盗賊の蹴りがシリウスの腹に命中し、盗賊がシリウスの下から這いずり出る。


「ほら、もう疲れちゃったの?」

 挑発する様に、今度はベルトに下げてあったマチェットと呼ばれる鉈に近いナイフを二本両手に逆手に持ち、立ち上がったシリウスの懐に飛び込んでくる。

「クソがっ、ちょこまかと!」

 シリウスは剣で応戦するも、素早い動きと、時折他の武器も組み合わせてくるので押され気味だ。しかもシリウスにはゴーレム戦の疲労が色濃く残っている。

 そんなことから、シリウスは腹部に大きく切り傷を負ってしまった。


(このままじゃまずい……次で決める)

 再び飛び掛ってきた盗賊に、咄嗟に足元にあったソフトボール大の石ころを蹴り上げた。

 反射的にそれをナイフで防いだ盗賊に、シリウスは剣を横薙ぎに振る。

 しかし、これももう一本のナイフで受け止められた。

 だが今度は、シリウスは片足を軸にし身を半回転させ回し蹴りを放つ。

 防御手段がない盗賊はまともにこれを喰らい、二メートルほど後方に吹き飛んだ。


「今だ、逃げるぞ!」

 シリウスは振り向き、紅を探すが、その姿が見当たらない。

「何? おい、どこだ?」

「よーやく気づいた? 案外抜けてるんだね……いてて」

 盗賊が腹をさすりながら立ち上がった。

 その姿を見てすぐにピンと来た。

(盗賊"団"か……クソが!)

 最近ギルドを悩ます黒蠍盗賊団。その一人であろうこの少女は何故一人で戦っていたのか。


 その策にはめられたことに愕然とした時、遺跡にこだまするように、「シリウス~」と呼ぶ声が聞こえた。それは間違いなく紅の声である。

「そっちか!」 

 声のした方向、つまり遺跡の奥のほうへとシリウスは駆け出す。

 その後に盗賊が続いた。


「させない!」

 シリウスは後ろから飛んできたクナイをかわし、紅の声のする方へ向かう。

 遺跡の廊下の角を曲がったところで、十メートルほど先に、壺を持った紅ごと抱えた大男が走って逃げる姿を捉えた。


「コォラァァァ!! 女は捨てろって言っただろー!」


 シリウスよりも先に盗賊の少女が叫んだ。事実、紅を抱えて走るのはいささか苦労であるだろう。

「し、しかしイネス姐さん、こいつなかなかの俺好みで……」

「知るかー!!」

 大男の弁解も虚しく盗賊に一蹴されてしまった。しかも盗賊の少女の名前までばらしてしまっている。

 そんな事情など無視してシリウスは走るペースを上げる。徐々に大男との距離も詰まり、あと少しで手が届きそうだ。


「!?」

 その瞬間、横合いからブーメランが飛んできた。

 かろうじて前転し回避するも大男との距離が離れてしまった。飛んできた方向には、長身のひょろりとした、これもおそらく盗賊の一味であろう男が立っていた。

「くそ、お前らにかまってる余裕は無い」

 無視して走ろうとするも、またブーメランによる妨害が来る。なかなか走り出せないシリウスは、紅が遠のいていくのを感じ、焦り始めた。


「シリウス、シリウスー!」

「うるさい小娘っすねー。そんなにアイツが好きなんすか?」

 しれっと大男が、紅を抱えて走りながら聞いた。

「うるさい、いいから離しなさいよ!」

 ガブリ、という痛々しい音とともに、紅は大男の手にかぶりついた。

 悲鳴を上げた大男に手を離され、紅は地面を転がり、壺が手からこぼれてしまった。

 コロコロ転がる壺は、後ろから走ってきた盗賊の少女、イネスが回収してしまった。

「ほら、さっさと逃げるぞ!」

「うう~俺好み……」

 未練がましく紅を見る大男に、紅はベ~と舌を突き出して答えた。


「大丈夫か?」


 すぐに後ろから追いついたシリウスは、なんとかほかの盗賊を振り切ってきたみたいだ。

「うん、あの女の子が今壺持ってる」

 シリウスは紅の手を取って走りだした。盗賊までの距離はあまり開いていない。

 距離が徐々に縮まってくるが、「ほいっ!」っとラグビーのパスよろしくイネスが他の盗賊に壺を投げ渡した。

「くそ、かく乱作戦か」

 シリウスが追いつこうとすればまたパスを回し、距離をあける。気がつくと応援の盗賊たちも現れ、イネスを含めた四、五人の盗賊が壺を回していた。


「ハァ、ハァ、もう無理……」 

 走りつかれた紅がその場にへたり込み、シリウスも並んで立ち止まる。

「ふふ、どうやらお疲れみたいだね」

 イネスが息も切らさず二人の前に立ちはだかった。

 どうやら足止め係のようで、壺を持った盗賊たちはもう遺跡の奥に消えてしまった。


「ふん、せめてテメェだけでもギルドに突き出して賞金にしてやる」

 シリウスが剣を握りなおし、イネスを睨む。

「おやおや、ご苦労なことで。残念だけどもう足ががくがくに見えるのは気のせいかな?」

 シリウスは連戦に続き、全力疾走を繰り返している。

 もう、本当に限界が近いだろう。

 それでも、せめて紅をかばうようにイネスと対峙する。

「小娘一人ぐらい、これくらいがちょうど良いのさ。オラ、構えやがれ」

 再び緊張が走り、二人が火花を散らすほど睨み合う。

 一瞬でお互いの得物が交錯しそうな気配の中、不気味な沈黙が包む。


 そんな沈黙を破るように、「わああああああああああ」という間抜けな叫びが二人と紅の横を駆け抜けた。


「お、おい、お前ら。どこへ行くんだ?」

 イネスはうろたえた。

 何故なら彼女の仲間である盗賊が、壺を抱えたまま来た道を引き返しているからである。


「……ったく。なんなんだよ……」

 微妙にしらけたシリウスに、「命拾いしたじゃん」とイネスはひやかす。「んだと?」とシリウスがまたも唸ると。


「あの……二人とも……」

 蚊帳の外だった紅が、申し訳なさそうに声を出す。


「「ああん?」」

「後ろ……」

 こんな時だけ仲良く後ろを振り向く二人。

 その先には、今にも襲い掛かりそうな、四足歩行のゴーレムが構えていた。


「……逃げるぞ!!」

 獲物に飛び掛る獣みたいな動きのゴーレムをかわしながら、シリウス達は再び走り出した。

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